第94話 分離独立
帝国映画賞の授賞式会場、『インペリアル・ドーム』から出た俺は、その足で真っ直ぐに皇宮へと向かっていた。
自家用エアカーの中ではなく、皇宮が差し向けた専用のエアカーだ。
隣にはシズが座り、周囲は帝国近衛兵の車両でガチガチに固められている。
傍から見ればVIPの護送だが、実態は連行に近い。
「マスター。心拍数は正常ですが、アドレナリン分泌量が増加しています」
「そりゃあな。これから行くのは、銀河最強の猛獣の檻だ」
俺はネクタイを少し緩め、不敵に笑った。
懐には通信端末。 服の下にはシールドジェネレーター。
そして、1光年先にはヴォルフが待機している。 準備は万端だ。
***
皇宮、宮殿の奥深く。
一般の貴族どころか、下位の皇族すら立ち入りを禁じられた「私的区域」。
その最奥にある巨大な扉の前で、案内役の侍従長が足を止めた。
「……ここから先は、陛下がお一人でお待ちです。武器の類は持ち込み禁止ですが……」
侍従長がチラリとシズを見る。
「こいつは俺の介護用ドロイドだ。これがないと俺は発作で死ぬかもしれんぞ?」
俺が嘘八百を並べると、侍従長は渋い顔をしたが、陛下の「連れてこい」という命令を優先し、黙って下がった。
だが、扉の前を塞ぐように、黄金の鎧をまとった女性の近衛兵が二人、槍を交差させて立ちはだかっていた。
「……陛下に来いと言われた。フライハイト勇爵だ。道を開けろ」
俺が低い声で告げる。
近衛兵たちはピクリとも動かない。
無言の威圧。
俺を試しているのか、あるいは単なる嫌がらせか。
俺はため息をつき、一歩前に踏み出した。
全身から、歴戦の覇気を叩きつける。
「聞こえんのか?それとも、その槍で俺を串刺しにするか?……やってみろ。お前らの国が今日で終わるぞ」
本気の殺気。
近衛兵たちの肩がわずかに震え、そして重々しく槍を引いた。
道が開く。
重厚な扉が、音もなく自動的にスライドした。
***
中は、広大な空間だった。
照明は落とされ、壁一面の水槽から放たれる青白い光だけが室内を照らしている。
その中央に置かれた豪奢な玉座。
そこに、女帝アーデルハイト・フォン・グラングリアが、ワイングラスを片手に座っていた。
「……よく来たな、フライハイト」
彼女の声が、静寂を震わせる。
俺はシズを背後に控えさせ、玉座の数メートル手前で立ち止まった。
「ああ。……さしずめ、『美男』と『野獣』のコンビといったところか?」
俺が軽口を叩くと、アーデルハイトの眉がピクリと動いた。
「……『美女』と『野獣』の間違いではないのか?余の御前でいい度胸だな、フライハイト。……それとも、余が野獣だとでも言いたいのか?」
「ご想像にお任せすると言っておこう。……俺は『お前ら』を恐れていないからな」
俺は敬語を捨てた。
ここは外交の場ではない。
互いの喉元にナイフを突きつけ合う、決闘の場だ。
俺は呆れたように肩をすくめ、言葉を続けた。
「いい機会だ。ついでに一つ、教えてやろう」
「……何の話だ?」
「この皇宮じゃ、処刑を恐れて皆お前のイエスマンしかいないだろうからな。俺が代わりにハッキリ指摘してやるよ」
俺は玉座の女帝を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「この宮殿……幾層にも重なる白亜の巨塔のデザイン自体は、なかなか格好いいと思うんだ」
「……は?」
「だがな、頂上に立ってるあの天に手を伸ばす巨像。あれが全部台無しにしてる。めちゃくちゃダサいぞ。見た目が下品すぎる。お前、本当にセンスないな」
さらに俺は、あきれ返ったように鼻で笑い飛ばした。
「あんな恥ずかしいものを、1000年間も放置してたなんて信じられない。常識的に気づくだろ普通。俺がお前の立場なら、恥ずかしくて自決してるぞ」
その言葉が響いた瞬間、アーデルハイトの顔からスッと表情が消え失せた。
「............................」
しばらくの沈黙。
アーデルハイトはグラスを置き、ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間、彼女の背後から人間離れしたプレッシャーが膨れ上がる。
「……単刀直入に聞こう。お前は、どこまで知っている?」
「何のことか分からないな?」
俺は肩をすくめてすっとぼけた。
「とぼけるな。……あの映画、『キャプテン・クロウとネメシスの伝説』。あれは間違いなく実写だ。CGなどではない」
彼女は一歩ずつ、俺に近づいてくる。
「そして、映画に出てきた超弩級戦艦『ラグナロク』。……あれも現実に存在する。ゼルクの視察では見つけられなかったようだが、余の目は誤魔化せんぞ」
「……買い被りだな。あれはフィクション。俺の妄想の産物だ」
「では、あの『公式ガイドブック』はどう説明する?」
アーデルハイトの目が鋭く光った。
「ネメシスの体内構造、細胞の再生プロセス、そして弱点……。あれは我々が隠蔽し続けてきた『極秘研究』のデータそのものだ。……いや、それ以上に詳しい。我々ですら知らなかった生態まで書かれている。……ただの人間が、想像だけで書ける内容ではない」
彼女は俺の目の前まで来て、冷たい指先で俺の顎を持ち上げた。
「答えろ。……誰から聞いた?どこでその知識を得た?お前の背後には誰がいる?」
「俺の考えた設定が凄かったというだけだろう?……何をそんなに焦っているんだ?」
俺は彼女の手を振り払った。
「定命の人間の分際で……余を恐れないとはな」
アーデルハイトの美しい顔が、憤怒で歪む。
その背後で、空気が揺らぐ。
彼女の体内から溢れ出るエネルギーが、物理的な衝撃波となろうとしていた。
「調子に乗るなよ、小僧。……今すぐお前を殺す事も容易いのだぞ?この部屋には誰もいない。お前がここで消えても、誰も真相を知ることはない」
「俺を殺す?……へえ、やってみるか?」
俺はポケットの中に入れていた右手に力を込めた。
そこには、小さな送信機が握られている。
「だが、そっちがその気なら……こっちもタダじゃ死ねないな」
カチッ。
スイッチを押した。
***
その信号は、超光速通信となって、瞬時に空間を跳躍した。
帝国首都星から1光年離れた宙域。
暗闇に潜む、超弩級戦艦『ラグナロク』のブリッジへ。
『――信号受信!閣下からの指令だ!』
艦長席に座るヴォルフが、獰猛な笑みを浮かべて叫んだ。
『待ちわびたぜ!野郎ども、派手な花火を打ち上げろ!』
『対消滅縮退砲、セーフティ解除!』
『照準、帝国首都星前方100万キロ宙域!座標固定!』
『撃てェッ!!!』
音のない宇宙で、漆黒の閃光が走った。
***
ズゥゥゥゥゥゥン……ッ!!!
突如、皇宮が激しく揺れた。
いや、皇宮だけではない。直径2億キロの巨大人工天体そのものが、悲鳴を上げたのだ。
「なっ……!?」
アーデルハイトの表情が凍りついた。
地震など起きるはずのない人工大地が、まるで巨人の手で揺さぶられたかのように振動している。
部屋の調度品が倒れ、水槽の水が波打つ。
『――緊急警報!緊急警報!セントラル宙域、距離100万キロ宙域にて、極大の重力震を感知!規模は測定不能!空間そのものが歪んでいます!』
室内のスピーカーから、パニックになった管制官の声が響く。
『こ、これは……ブラックホールの発生!?いや、対消滅反応です!直撃していれば、首都星の外殻が消滅していました!!』
「なん……だと……?」
アーデルハイトは、揺れに耐えきれず玉座の肘掛けにしがみついた。
その姿は、先ほどまでの絶対者の威厳など見る影もない、怯える小動物のようだった。
一方、俺は直立の姿勢を保っていた。
揺れが収まるのを待ち、俺は呆然としている女帝を見下ろした。
「……アーデルハイト。これが、俺の力だ」
「お、お前……まさか……」
「お前らが血眼になって探している、ラグナロクの『対消滅縮退砲』だ。……映画で見たろ?惑星一つを消し飛ばす、ネメシスを消す力だ」
俺は一歩、彼女に近づいた。
「100万キロ外した。……これが何を意味するか分かるか?次は外さないってことだ」
アーデルハイトは、ガタガタと震える手で口元を覆った。
彼女は理解したのだ。
自分の不死の肉体など、この圧倒的な火器の前では何の意味も持たないことを。
彼女ごと、帝国首都星ごと、塵も残さず消滅させられることを。
「……ああ、分かった。……分かった……」
彼女は力なく玉座に座り込んだ。
プライドも、殺意も、恐怖の前にへし折られた。
「……帝国では、手に余る。……もう、お前を独立させる事にする」
「独立?」
俺は眉をひそめた。
「帝国では、皇族の意思に反する家を見せしめのために独立させて、滅ぼすのが伝統だ。……お前の妻の祖国、フレイア公国も元は有力な帝国貴族だった。独立させ、孤立させ、経済と軍事で圧殺する……」
彼女は虚ろな目で語る。
「……だが、お前にはそれは通用せぬな」
「当たり前だ。圧倒的な軍事力、経済力を誇るフライハイト家を独立させて、フレイア公国みたいにすり潰せるとでも思ってるのか?」
「……いや、そうではない。……これは『手切れ』だ」
アーデルハイトは、悔しげに唇を噛み締めながら言った。
「お前とは、今後一切関わらない。……だからお前も、我々と関わるな。帝国の領土から出て行き、勝手に国を作れ。……相互不可侵だ」
事実上の追放だが、実態は「不可侵条約」の締結だ。
帝国は俺に手を出さない。
その代わり、俺も帝国の支配体制(ネメシスの秘密)を暴くな、と。
「なるほどな。……いいだろう。乗ってやる」
俺は頷いた。
これ以上の戦争は、今のところ俺にもメリットがない。
独立国家として認めさせれば、堂々と軍拡ができる。
だが――。
俺は、アーデルハイトの目を見て直感した。
(……まだ何か隠しているな?恐怖しているが、絶望はしていない。……これは時間稼ぎか?)
彼女はまだ、奥の手を持っている。
あるいは、俺の知らない「脅威」がまだ潜んでいる。
「……公国でも王国でも、好きに名乗るといい。……下がれ」
彼女は疲れたように手を振った。
「ああ、あばよ」
俺は踵を返し、扉へと向かった。
だが、扉が開く直前。
俺は思い出したように立ち止まり、振り返らずに言い放った。
「ああ、忘れていた……!次回作の映画のタイトルだが……」
俺は、彼女にだけ聞こえるような声量で、ハッキリと告げた。
「『生命の泉~ネメシス同化実験の秘密~』……にでもするか」
「ッ!?!?!?」
背後で、アーデルハイトが息を飲む音が聞こえた。
彼女が決して口にしなかった、帝国の根幹に関わる施設名。
それを俺が完全に把握しているという事実を、最後の最後に突きつけてやった。
「……なんてな。冗談だ」
俺はニヤけた顔で肩をすくめ、そのまま退出した。
閉ざされた扉の向こうに、凍りついた女帝を残して。
***
クロウが去った後の私室。
アーデルハイトは、震える手でワイングラスを握りしめ、パリンと砕き割った。
「おのれ……!おのれぇぇぇッ!!クロウ・フォン・フライハイトぉぉぉッ!!!」
ガラス片が手に刺さり、青白い血が流れるが、彼女は痛みなど感じていなかった。
あるのは、数千年ぶりに味わう屈辱と、殺意のみ。
荒い息を吐きながら、彼女はふと手元の端末を操作し、通信を開いた。
相手は建設大臣である。
『は、はい! こちら建設省、大臣の――』
「宮殿の頂上にある、余の巨像を撤去しろ」
声を荒らげることなく、ひどく淡々とした声で彼女は告げた。
『へ……? て、撤去、でございますか?』
通信越しに、大臣の困惑しきった声が響く。
『陛下、どうかお待ちください。あの巨像は、陛下の治世一千年を共に歩んできた、極めて歴史深い象徴でございます。それを突然――』
「撤去しろ」
アーデルハイトは冷たく、ただ一言だけ繰り返した。
『し、しかし、あのような壮麗な――』
「直ちにだ」
(壮麗だと……?下品でセンスがないと、あの男は言ったのだぞ……!)
内心では顔から火が出るほどの羞恥に身悶えしていたが、数千年にわたり君臨してきた女帝が、そんな素振りを臣下の前で表に出すはずもない。
氷のように冷徹な表情を微塵も崩さぬまま、彼女は一方的に通信を叩き切った。
彼女は再び歪んだ笑みを浮かべ、虚空を睨みつけた。
「全部知っている……。奴は、我々の正体も、あの場所の秘密も、全て……!」
「だが……勘違いするなよ、人間風情が」
彼女は血のついた手で、虚空を掴むように伸ばした。
「奴は……たった一つの銀河にいるネメシスを殲滅しただけで満足している……。井の中の蛙め」
彼女の瞳の奥で、ドス黒い光が明滅する。
「『本体』は、あんなものではない。……奴をすり潰すには、まだ準備に時間が掛かるが……必ず、必ずこの手で八つ裂きにしてくれる……!」
こうして、歴史的な会談は幕を閉じた。
銀河最強の生産者と、銀河帝国の因縁は、これで終わりではない。
「独立」という名の新たなステージで、より激しい戦いが始まろうとしていた。




