第92話 帝都への誘い
ゼルク殿下の視察から数ヶ月後。
フライハイト勇爵領、ノルド・ステーション。
領主執務室では、クロウ・フォン・フライハイトがいつものように電子書類の決裁に追われていた。
平和な日々だ。
ゼルクの「食レポ」騒動以来、帝国からの露骨な干渉は鳴りを潜めていた。
だが、その静寂を破るように、デスク上の通信端末がけたたましい着信音を鳴らした。
相手は、ギャラクティカ・ムービー社のローレンス社長だ。
「……はい、もしもし」
『フライハイト卿!緊急ニュースです!やりました、やりましたぞおおお!!』
ホログラムで現れたローレンスは、興奮のあまり顔を真っ赤にして叫んでいた。
「耳が痛いぞ、ローレンス。……何事だ?」
『映画ですよ!「キャプテン・クロウとネメシスの伝説」が……帝国の「最優秀作品賞」の受賞が決まりました!』
「ほう」
『それだけではありません!主演男優賞、監督賞、撮影賞も同時受賞です!主要部門を総なめにする、史上初の「四冠」達成ですよおおおッ!!』
ローレンスが万歳をする。
なるほど、それはめでたい。
俺は軽くグラスを持ち上げ、祝杯の真似事をした。
「ああ、それくらい受賞しないとな。あそこまでのクオリティは、この銀河において唯一無二だ。当然の結果だろう」
『まったくもってその通りです!……あ、それでですね、授賞式は2週間後に帝都のインペリアル・ドームで行われるのですが……』
ローレンスはそこで一度言葉を切り、声を潜めた。
まるで、とんでもない機密情報を漏らすかのように。
『今回は、特別ゲストがいらっしゃいます。……なんと、アーデルハイト女帝陛下御自らが会場にお越しになり、受賞者に直接トロフィーを渡すそうですよ!!』
「……なんだと?」
俺の動きが止まった。
アーデルハイト女帝。
帝国の頂点に君臨し、数千年の時を生きるとされる絶対者。
そんな雲の上の存在が、たかが映画の授賞式、下賎な興行の場に降りてくるだと?
「……なるほどな。分かった、授賞式には間に合うように帝国首都星へ向かう」
『ありがとうございます!お待ちしてます!これで我が社の株価もまた爆上がりですぞー!』
ローレンスとの通信が切れると、執務室に重苦しい沈黙が落ちた。
「……異常ですね」
傍らに控えていたシズが、即座に口を開いた。
「本来、上位の皇族が……それも女帝陛下が、このような娯楽イベントに顔を出すなどあり得ません。ましてや、プロパガンダ色の強い作品の授賞式です」
「ああ。間違いなく、俺の映画が原因だな」
俺は椅子に深く座り直し、指を組んだ。
ゼルクの報告だけでは飽き足らず、女帝自らが俺を値踏みしに来るというわけか。
あるいは――その場で俺を消すつもりか。
「今回の授賞式は、厳重警戒した方がいいです。相手は不老不死の化け物たち……何をしてくるか分かりません」
「当然だ。シズ、お前も連れて行く。……それと、式典用の礼服の下には、最新型の『超小型シールドジェネレーター』を仕込んでおくぞ」
「了解しました。直ちに調整します」
だが、個人の防衛装備だけでは不安が残る。
相手は銀河帝国そのものだ。
もし向こうが本気で俺を排除しようとすれば、授賞式会場ごと吹き飛ばすことだってやりかねない連中だ。
「……対話には『力』が必要だ。強者は弱者の言葉など聞かない。歴史を見ても明らかだ。力こそが正義。俺は力の信奉者だからな」
俺は迷わず、直通回線を開いた。
呼び出し音と共に、不敵な面構えの男が表示される。
フライハイト軍総司令官、ヴォルフだ。
『閣下、今度はどうした?また面白い余興でも?』
「ああ、極上の余興だ。……俺の映画が帝国映画賞で受賞した。授賞式は2週間後だ」
『へぇ、そりゃめでたい。レッドカーペットを歩く閣下の姿、中継で見させてもらいますよ』
「だが、その式典にな……女帝アーデルハイトが来るらしい」
ヴォルフの表情から、笑みが消えた。
歴戦の猛者である彼も、その名の持つ意味を理解している。
『……陛下が?わざわざ映画の授賞式に?……ケッ、じゃあ碌なことはねえな。あの女帝は、ネメシスの親玉だぜ』
「そうだ。俺の首を狩りに来るか、あるいは品定めにくるか……。どちらにせよ、丸腰で行くわけにはいかん」
俺は言葉に力を込めた。
「ヴォルフ。……『ラグナロク』を含む無人艦隊1000万隻、全艦出撃だ」
『1000万……!地下の「オメガ・ドック」に眠らせてある虎の子を、全部!?閣下、ついにか!?ついに帝国と開戦か!?』
待ちわびたと言わんばかりに、ヴォルフが好戦的な笑みを浮かべて身を乗り出してくる。
「そんなわけあるか。まだ帝国には救うべき人間が山ほどいる。彼らを救い出してから、帝国をすりつぶす」
『……へっ。そりゃそうだ。了解』
「ああ。ただし、目立たないようにな。いつも通り、艦隊は帝国首都星の主要航路から外れた、1光年離れた宙域で待機させろ」
1光年。
ワープを使えば数十分で到達できる距離だ。
「俺からの『1回目の合図』でラグナロクの対消滅縮退砲を撃て」
『対消滅縮退砲を!?』
「そうだ。ただし、帝国首都星には当たらないように、100万キロ離してな。この攻撃はあくまでビビらすだけだ。もし女帝陛下が『御乱心』召された場合は、たとえ陛下の御身に傷を付けたとしても、『忠臣』としてお止めしなければならないからな」
俺の皮肉たっぷりの言葉を聞いて、ヴォルフが再びニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
『……閣下、そのまま女帝をぶち殺してもいいんですぜ?』
「……馬鹿を言うな。あくまで『お止めする』だけだ。……だが、もし俺から『2回目の合図』があれば、それは開戦という意味だ」
『ほぅ……』
「その時は、俺もなんとか乗艦の『フェンリル』まで戻り、帝国首都星の居住区画を荒らしてから脱出する。フェンリルにはドロイド軍が100万体積載されている。開戦と共に部隊を展開し、貴族共をぶち殺す手筈だ。俺も犬死はごめんだからな」
『「話し合い」がこじれた時の保険にしちゃデカすぎるハンマーですが、相手が相手だ。確かにそのくらい無いとダメだな。すぐ準備する!』
『総員、第一種戦闘配置!オメガ・ドック開門!全艦抜錨だ!!』
通信の向こうで、ヴォルフの怒号とサイレンの音が響き始めた。
通信を切り、俺は立ち上がった。
窓の外、広大な宇宙を見上げる。
「力による安全保障。……抑止力としてのラグナロク」
相手が神を自称するなら、こちらは神殺しの剣を持つまで。
俺は今できる最大の準備をして、女帝アーデルハイトの待つ、帝国首都星へと向かうのだった。




