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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第9章 分離独立編

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第90話 皇族視察

 数週間後。


 フライハイト勇爵領の領境宙域は、かつてない緊張と、異様な高揚感に包まれていた。


「……おいおい、とんでもねえ数だぞ」


「殿下の『護衛』ってのは、侵略軍のことだったのか?」


 領境の監視ステーションで、兵士たちがモニターを指差してざわめく。


 そこに映し出されているのは、帝国の紋章を掲げた10万隻の大艦隊。


 ゼルク・フォン・グラングリア殿下が引き連れてきた、威圧のための武力だ。


 だが、その10万隻の艦隊の乗組員たちは、今、生きた心地がしていなかった。


 なぜなら――彼らがフライハイト領に入った瞬間から、その周囲を60万隻もの無人艦隊が取り囲んでいたからだ。


 上下左右前後、全方位を埋め尽くす鋼鉄の壁。


 ヴォルフ率いるフライハイト防衛艦隊だ。


 彼らは一切の攻撃行動を見せないものの、砲門は常に「礼儀正しく」帝国艦隊の方を向き、無言の圧力をかけ続けていた。


「ご案内いたします、殿下。……どうぞ、道に迷われぬよう」


 ヴォルフからの通信が、皮肉たっぷりに帝国艦隊へ送られる。


 事実上の「護送」状態で、ゼルク一行はノルド・ステーションへと導かれていった。


 ***


 ノルド・ステーション宇宙港。


 特別に設営された貴賓用発着場には、真紅のレッドカーペットが敷かれ、その周囲には数百、いや数千ものカメラドローンが羽虫のように舞っていた。


 ギャラクティカ・ムービー社の撮影クルー達だ。


 彼らは帝国全土への生中継を行っており、この「歴史的視察」の一挙手一投足を逃すまいと目を光らせている。


「到着されました!ゼルク・フォン・グラングリア殿下です!」


 アナウンサーの声と共に、タラップから一人の青年が降り立つ。


 神々しいまでの美貌。


 不老不死の皇族、ゼルク殿下だ。


 彼は優雅に手を振っているが、その笑顔の裏で、頬がわずかに引きつっているのを俺は見逃さなかった。


(……ようこそ、俺のステージへ)


 俺、クロウ・フォン・フライハイトは、妻のシャルロット、そしてドロイドのシズを従えて出迎えた。


 シズはメイド服姿だが、その中身はネメシスが跳梁跋扈していた旧時代の戦闘用ドロイドだ。


 対人戦闘はもちろん、対ネメシス戦闘においても右に出る者はいない。


 万が一、ゼルクが暴挙に出ても、シズがいればシャルロットだけは確実に守れる。


「ゼルク殿下、よくぞお越しくださいました!領民一同、心より歓迎いたします!」


 俺は恭しく頭を下げた。


 カメラが一斉にフラッシュを焚く。


「……うむ。出迎えご苦労、フライハイト卿」


 ゼルクが俺の前で足を止める。


 その双眸には、人間を見下す冷酷な光が宿っていたが、カメラの前では「慈悲深き貴人」を演じざるを得ないようだ。


「このような辺境の地ですが、領民たちも一生懸命労働に励んでおります。彼らにとっても、殿下の来訪は最大の励みになりましょう」


 俺が白々しいおべっかを使うと、ゼルクは周囲を見渡して頷いた。


「ああ、見ればわかる。……この領地は活気に満ちている。素晴らしいことだ」


 口では褒めているが、その視線は鋭く周囲を索敵している。


(ラグナロクはどこだ?違法な兵器工場は?)


 そんな焦りが透けて見える。


 だが残念だったな。


 ここには何もない。


 あるのは「善良な発展」だけだ。


「さあ、まずは我が領の基幹産業である、ドロイド工場をご案内いたします」


 俺はゼルクを誘導した。


 カメラドローンたちが、その後をぞろぞろとついていく。


 ゼルクは一瞬、鬱陶しそうに眉を寄せたが、すぐに営業用スマイルを貼り付けて歩き出した。


(……チッ、鬱陶しいハエ共め。これでは奴の秘密を暴くための『裏の調査隊』を動かせないではないか……!)


 ゼルクの心の声が聞こえてくるようだ。


 俺はその背中を見ながら、口の端を吊り上げた。


 ***


 一行が到着したのは、『マター・ドロイド・インダストリー社』の巨大工場群だ。


 数年前に設立した当初とは比べ物にならない。


 1000倍の規模に拡張された敷地には、最新鋭の全自動ラインが走り、秒単位で高性能ドロイドが生み出されていた。


「こちらが、現在我が領の主力商品となっているドロイドたちです」


 俺は誇らしげに紹介した。


「まずは、富裕層向けの執事・給仕用高級ドロイド『セラフィム』。……そして、過酷な環境下での作業を担う鉱山労働用『ワーカー』。……最後に、領内の治安維持を守る自律型戦闘ドロイド『センチネル』です」


 ズラリと並んだドロイドたち。


 特に『センチネル』の列は圧巻だ。


 洗練された装甲と、無駄のないフォルム。


 帝国軍の旧式ドロイドとは性能の次元が違う。


 ゼルクがセンチネルの前で足を止めた。


「……ほう。これがフライハイト製の戦闘ドロイドか。……なかなかの性能のようだな」


「ええ。あくまで『治安維持用』ですが、宇宙海賊程度なら瞬時に制圧可能です」


(……この数、そしてこの品質。……こいつは、帝国軍の正規兵器よりも遥かに高性能ではないか。……危険だ。あまりにも危険すぎる)


 ゼルクの目に警戒の色が濃くなる。


 だが、カメラが回っている以上、彼は称賛するしかない。


「……素晴らしい。このような効率的かつ高度な工場は初めて見た。帝国の技術向上に貢献する卿の姿勢、余も鼻が高いぞ」


「恐縮です!さあ、カメラに向かってその素晴らしい笑顔をどうぞ!」


 ギャラクティカ・ムービー社のクルーが寄ってくる。


 ゼルクは引きつった笑顔でセンチネルと握手をさせられ、記念撮影に応じた。


 これで「皇族公認の優良工場」というお墨付きを得たわけだ。


 しかし、ゼルクもただ引き下がるわけにはいかなかった。


 本来の目的を果たさねばならない。


 彼は周囲のカメラを少し気にしつつも、思い切って俺に尋ねてきた。


「……ところで、フライハイト卿。先日の映画で大活躍していた、あの巨大な戦艦……『ラグナロク』とやらはどこにあるのだ? ぜひ実物を拝見したいものだが」


(……キタキタキタ!)


 俺は「待ってました!」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。


「おおっ!殿下もあの映画をご覧になってくださったのですね!ええ、ええ、もちろんございますとも!ぜひご案内いたしましょう!」


 俺が嬉々として歩き出すと、ゼルクの目に一瞬、獲物を捕らえたような鋭い光が宿った。


(愚か者め、自ら違法兵器の尻尾を出すとはな……!)


 そんな彼の心の声が聞こえてきそうだ。


 俺がゼルクたちを案内したのは、広大な観光エリアの一角だった。


 そこには、多くの観光客がカメラを片手に群がっている巨大な展示物があった。


「さあ、殿下!こちらが我が領が誇る『ラグナロク』でございます!」


「なっ……これは……」


 ゼルクが絶句する。


 目の前に鎮座していたのは、確かにラグナロクの姿をしていたが——それはハリボテの『映画のセット』だった。


「全長200m、1/100サイズの忠実な再現模型です。かっこいいでしょう?」


 俺は自慢げに胸を張った。


 もちろん、お前が血眼になって探していた「違法な超巨大戦艦」なんてものは、最初から表に出すわけがない。


(お前が探していたものはこれだろ?せいぜい観光気分を味わってくれよ)


 内心でゼルクを小馬鹿にしながら、俺は彼の反応を窺った。


「……も、模型……?」


「はい!観光客の皆様にも大人気でしてね。さあ殿下、ラグナロクを背景に記念撮影とまいりましょう!」


 呆然とするゼルクの隣に立ち、俺はカメラドローンに向けてピースサインを作った。


 フラッシュが瞬く中、ゼルクの顔は屈辱と怒りでわなないていたが、カメラの前では無理やり口角を上げるしかなかった。


「……素晴らしい……再現度だな……」


「お褒めいただき光栄です!さて、すっかり歩き回ってしまいましたね。次は食の方をご案内しましょう」


「……あ、ああ。案内してくれ」


 ゼルクはすっかり疲労困憊した様子で答えた。


 粗探しをするはずが、ただ観光地を巡らされ、宣伝塔に使われていることに気づき始めているのだろう。


 ***


 次に向かったのは、巨大なドーム状の建造物が連なる『食料生産プラント』だ。


 中に入った瞬間、豊かな緑の香りと、湿り気のある土の匂いが漂ってきた。


「なっ……これは……!?」


 ゼルクが目を見開く。


 そこには、地平線の彼方まで続く広大な農地と、牧草地が広がっていた。


 人工太陽の光を浴びて輝く野菜、のんびりと草を食む牛や羊たち。


 無機質な宇宙ステーションの中とは到底思えない光景だ。


「この食料生産プラントでは、1000億人分の生鮮野菜や家畜類を飼育・生産しております」


 俺は淡々と説明した。


「ここでは、帝国で一般的な『化学合成食料』のような味気ない代物ではなく、本物の土と水で育てた『有機食品』を作っています。我が領の領民は、毎日これらを食べることができます。……余剰分は、近隣の寄子領に販売しておりますが」


「ま、毎日……だと?一般市民が、有機食品を?」


 ゼルクが絶句する。


 帝国の常識では、有機食品は一部の特権階級だけの贅沢品だ。


 平民は味気ない合成ペーストを啜るのが当たり前。


 それがここでは、1000億人が当たり前のように新鮮なサラダとステーキを食べているというのだ。


「……信じられん。帝国首都星セントラルですら、ここまでの規模のプラントは存在しないぞ」


「食は生の基本ですから。……民が飢えていては、良い仕事もできません」


 カメラクルーが、丸々と太ったトマトや、霜降りの牛肉をアップで撮影する。


 この映像が流れれば、帝国の他領の民衆は羨望の眼差しを向けるだろう。


「フライハイト領に行けば、美味しいものが食べられる」と。


「素晴らしい……!貴族以外でも毎日有機食品が贅沢に食べることができる環境……。ここ以外にはないだろう!まさに地上の楽園だ!」


 ゼルクは称賛の言葉を口にしながら、内心で歯噛みしていた。


(……経済力、技術力、そして食料自給率。……この領地は、既に一つの『国家』として完成してしまっている。……これを潰すには、もう手遅れかもしれん……!)


 彼の焦燥感はピークに達していた。


 ***


 視察の締めくくりは、迎賓館での豪華な晩餐会だった。


 テーブルには、先ほどのプラントで収穫されたばかりの食材を使った、フルコースが並べられている。


 メインディッシュは、最高級フライハイト牛の厚切りステーキ。


 付け合わせには、新鮮な彩り野菜のソテー。


 グラスには、領内で醸造されたワイン。


「さあ殿下、どうぞお召し上がりください。毒見は済ませてありますので」


 俺が促すと、ゼルクはナイフを手に取った。


 カメラのレンズが、彼の手元をズームで狙う。


 全銀河の注目が集まる中、彼は肉を切り分け、口に運んだ。


「…………」


 咀嚼する。


 その瞬間、ゼルクの目がカッと見開かれた。


(……う、美味い……ッ!!)


 あふれ出る肉汁の旨味、とろけるような脂の甘み。


 何千年も生きている彼ですら、これほど生命力に溢れた食事は久しぶりだった。


「……素晴らしい」


 演技ではなく、本心からの言葉が漏れた。


「特にこの肉質が良い!ナイフを入れるだけで肉汁が溢れ、口の中で解けていくようだ!野菜も、味が濃い!……余の宮殿の食事よりも美味かもしれん!」


「お気に召して光栄です」


 俺は満足げにワインを掲げた。


 その様子は即座に帝国中に配信された。


『あのゼルク殿下が絶賛!フライハイト牛の奇跡!』


 そんなテロップと共に。


 こうして、ゼルクは終始、俺の用意した「最高のおもてなし」を堪能し、笑顔で食レポをさせられ、ラグナロクのラの字も見つけられないまま、全日程を終えることになった。


 ***


 宇宙港。


 帰り支度を整えたゼルクを見送るため、俺たちは再びレッドカーペットの上に立っていた。


「ゼルク殿下、お帰りでございますか。短い間でしたが、殿下の慈愛に触れ、領民一同感謝しております」


「……うむ。フライハイト卿、見事な領地経営であった。……引き続き、帝国の為に励むがよい」


 ゼルクは完璧な貴族の笑顔で答え、タラップを上がっていった。


 ハッチが閉まるその瞬間まで、彼は手を振り続けていた。


 俺もまた、満面の笑みで手を振り返した。


「ありがとうございましたー!また来てくださいねー!」


 領民たちの歓声が宇宙港に響き渡る。


 そして、帝国軍艦隊10万隻は、再びヴォルフの艦隊60万隻にガッチリとガードされながら、すごすごとフライハイト領を去っていった。


 ***


 フライハイト領を離れた帝国軍艦隊旗艦。


 その個室に入った瞬間、ゼルク・フォン・グラングリアの表情から仮面が剥がれ落ちた。


「クソッ!クソッ!クソォォォォォッ!!!」


 彼は近くにあった高価な花瓶を床に叩きつけ、粉々に砕いた。


「余は一体何をしていたのだ!?ドロイドを見て、牛を見て、肉を食って……『美味しゅうございました』だと!?ふざけるな!!」


 彼は髪を振り乱し、叫んだ。


「本来の任務を果たしていないではないか!!違法兵器の証拠確保どころか、ラグナロクの巨大な模型を見せられて記念撮影させられただけだぞ!ただ奴の領地の宣伝マンをやらされただけではないか!!」


 モニターには、録画されていた中継映像が流れている。


 そこには、満面の笑みでステーキを頬張る、マヌケな自分の姿が映っていた。


 これを見たアーデルハイト女帝や、他の不死議会のメンバーがどう思うか。


 想像するだけで、背筋が凍る。


「不味い……。非常に不味いぞ……!このままでは、余の立場が……!」


 不老不死の肉体を持つ彼が、初めて「冷や汗」というものを流していた。


 クロウ・フォン・フライハイト。


 あの男は、単なる武人でも成金でもない。


 情報と心理を巧みに操り、笑顔で相手を地獄に突き落とす、真の怪物だ。


「……殺す。必ず殺してやる……!」


 ゼルクは震える手で砕けた花瓶の破片を握りしめ、虚空に向かって呪詛を吐いた。


 だがその声は、広大な宇宙の闇に虚しく消えていくだけだった。

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