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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第9章 分離独立編

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第88話 不死議会

 帝国首都星(セントラル)


 地表を埋め尽くす摩天楼の輝き、その遥か地下深く。


 皇宮の地下シェルターよりもさらに下層、恒星に近い大深度地下に、その空間は存在した。


 皇族の身辺を守護する最強の近衛騎士団ですら立ち入りを禁じられた、絶対不可侵領域。


 帝国の極秘研究所『生命の泉(レーベンスボルン)』。


 そこは、帝国を裏から支配する真の中枢であり、同時に「人であることを捨てた者たち」の巣窟でもあった。


 広大なドーム状の空間には、不気味な青白い光が満ちている。


 中央には円卓が置かれ、その周囲を囲むように、階段状の座席が遥か上層まで伸びていた。


 そこに座っているのは、数千名の男女。


 彼らは皆、一様に若々しく、美しく、そしてその瞳には人間とは異なる冷たい光を宿していた。


『不死議会』。


 研究所が生み出した「不老不死の施術」を受け、悠久の時を生きる皇族のみが参加を許される、帝国の最高意思決定機関である。


 表向きの元老院など、彼らにとってはただの飾り、下等な人間たちを欺くための諮問機関に過ぎない。


 この国を真に支配しているのは、ここにいる数千の「神々」だった。


 その頂点、円卓の上座に君臨するのは、妖艶な美貌を持つ女帝、アーデルハイト・フォン・グラングリア。


 そしてその末席には、クロウを帝国司法省大臣にまでのし上げた張本人、現元老院議長のゼルク・フォン・グラングリア殿下の姿もあった。


 重苦しい沈黙の中、アーデルハイト女帝が口を開いた。


 その声は鈴を転がすように美しいが、絶対的な威圧感を伴っていた。


「――此度、皆に集まってもらったのは、他でもない。あの小僧……フライハイトが作った『例の映画』の件についてだ」


 その言葉が出た瞬間、議場がどよめいた。


 ここにいる全員が、あの映画『キャプテン・クロウとネメシスの伝説』を観ている。


 そして、全員が理解していた。


 あれは、単なるCGや特撮によるフィクションではない。


 彼らの同胞「ネメシス」が、一方的に虐殺される現実の記録映像であることを。


 一人の皇族が、耐えきれないように立ち上がり、叫んだ。


「陛下!奴の映画はフィクションなどではございません!あの映像に映るネメシスたちの動き、断末魔、そして崩壊する細胞の挙動……あれは本物です!奴は本当に、別の銀河で我々の同胞を殲滅したのです!」


 それに呼応するように、別の皇族も声を荒げる。


「左様!奴の持つ『ラグナロク』とかいう超兵器……あれは危険すぎます!我々ですらいまだ実用化できていない技術です!いますぐ奴を叛逆者として認定し、討伐軍を編成せねば、我々が滅ぼされます!」


 恐怖が伝染していく。


 彼らは数万年もの間、ネメシスの力と不死の肉体により、人類の上に君臨してきた絶対強者だった。


 だが今、その絶対性が揺らいでいる。


「人間」ごときに殺されるかもしれないという、忘れかけていた恐怖。


 さらに、別の皇族が分厚い本を掲げた。


 クロウが出版した『公式ガイドブック』だ。


「陛下!映画だけならまだしも、この本は看過できません!ここには、我々が最高機密として隠蔽してきたネメシスの体内構造、生態、繁殖方法、そして弱点が、事細かに図解入りで書かれています!」


 彼は悔しさに顔を歪め、本を叩きつけた。


「しかも奴は、これをあろうことか『1000クレジット』などという端金で、一般書店で販売しているのです!我々の神秘性が、尊厳が、1000クレジットで切り売りされているのですよ!?」


「なんたる侮辱……!」


「許せん、フライハイトめ……!」


 不死議会は紛糾した。


 怒号と悲鳴が入り混じる。


 事態は深刻だった。


 彼らは、自分たちを葬り去る力を持った男を、あろうことか帝国貴族として召し上げ、あまつさえ帝国司法省大臣という要職に就けてしまったのだ。


 毒は既に体内の奥深くまで根を張っており、摘出は困難を極める。


「静まれ」


 アーデルハイトの一言で、議場は再び静寂に包まれた。


 女帝は冷たい瞳で全員を見渡し、そして末席の男に視線を向けた。


「ゼルク。……あの男を拾い上げ、ここまで増長させたのは其方だな?」


 指名されたゼルク・フォン・グラングリアが、優雅に立ち上がる。


 彼は内心で冷や汗をかいていたが、表情には微塵も出さなかった。


「はっ。……我が不明の致すところ。誠に申し訳ございません」


「謝罪はよい。解決策を示せ。……あの化け物を、どう始末する?」


 ゼルクは一瞬思考し、そして悪魔的な提案を口にした。


「陛下。……まずは、フライハイト派閥の所領に対して、大規模な『査察』を実施しては如何でしょうか?」


「査察だと?そんな生温いことで何になる。名目はどうするのだ?」


「名目は、『フライハイト派閥の急速な経済発展を視察し、その功績を称える』というもので結構です。……ですが、真の目的は粗探しです」


 ゼルクはニヤリと笑った。


「奴の領地に、帝国の監査官と軍部を送り込みます。そこで、奴が隠し持っている違法兵器や、脱税の証拠……あるいは叛逆の証拠を見つけ出すのです。そうすれば、大義名分を持って奴を処断できます」


「だが、奴はあの『ラグナロク』を持っているのだぞ?力ずくで抵抗されたらどうする?」


「ご安心を。所詮、奴は人間です」


 ゼルクは軽蔑の色を浮かべて言った。


「強力な兵器を持っていても、中身は脆い定命の者。我々のように不死でもなければ、ネメシスの力もない。……政治的な包囲網と、不意打ちによる暗殺、あるいは物量による圧殺。やりようはいくらでもあります。我々ネメシスに、生身の人間が勝てるはずがありません」


 その言葉に、議場の空気が少し和らいだ。


 そうだ、我々は神に近い存在なのだ。人間ごときに遅れを取るはずがない。


 そんな傲慢さが、彼らの理性を曇らせる。


「……そうだな。よかろう、査察を承認する」


 アーデルハイトは頷いた。


 だが、女帝の思考はさらに冷酷だった。


「だが、それだけでは不十分だ。万が一、奴が開き直って全面戦争を仕掛けてきた場合に備え、保険が必要だ」


 彼女は地図上に手をかざした。


「査察に加え、フライハイト派閥以外の各領主に対し、『軍備増強』の強化を命令しろ。……少しでも奴に対抗できる、捨て駒の戦力を整える必要がある」


「捨て駒、ですか?」


「ああ。戦争になった時に、各領主の艦隊を、フライハイト領を取り囲むように配備させるのだ」


 一人の皇族が懸念を示した。


「陛下。しかし、奴のラグナロクは惑星一つを破壊する力があります。我々はつい最近、『アイリス・カノン』が搭載された、要塞惑星アイリスを失ったばかり……一般領主の艦隊など、束になっても紙屑のように燃やされるだけでは?」


「だからこそ、だ」


 アーデルハイトは残忍な笑みを浮かべた。


「各領主の艦隊には、我々の『盾』になってもらう。……そして、その背後には督戦隊として、我が直属の『ネメシス艦隊』を配置する」


「……!」


「クロウ・フォン・フライハイトは、映画を見る限り、妙に人間臭い情を持っているようだ。……奴は、自国の民を守るために戦ったという。ならば、同じ人間同士……それも、無理やり徴兵された無関係な領主軍を相手に、あのような大量破壊兵器を撃てるかな?」


 議場がざわめいた。


 人間の心理を逆手に取った、卑劣極まりない作戦。


 自分たちは安全な後方からネメシス艦隊で威圧し、前線には何も知らない人間の艦隊を並べ、クロウに「同族殺し」を強要するのだ。


「撃てば、奴は帝国全土を敵に回した大虐殺者となる。撃たなければ、その隙に我々が奴を殺す。……どちらに転んでも、奴に勝ち目はない」


「おお……!なんと素晴らしい!」


「陛下!名案でございます!」


「さすがはアーデルハイト様!」


 称賛の声が上がる。


 彼らにとって、人間の命など家畜以下の消耗品でしかない。


「ゼルク。すぐに手配せよ。各領主には秘密通信で伝令を。……『フライハイトの反乱に備えよ』とな」


「御意。……直ちに」


 ゼルクが恭しく頭を下げる。


 その顔には、自分の失態を取り戻せるという安堵と、クロウへの歪んだ優越感が浮かんでいた。


 こうして、会議は終了した。


 地上の喧騒とは裏腹に、地下深くで決定された悪意。


 それは、英雄として帰還したクロウたちに、「査察」という名の理不尽な暴力となって降りかかろうとしていた。


 クロウ・フォン・フライハイトの本当の戦いは、これから始まる。

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