第86話 映画配給交渉
超弩級戦艦『ラグナロク』が、次元の回廊であるワームホールを抜ける。
光の奔流が収束し、視界が通常の宇宙空間へと戻った瞬間、そこには懐かしい「我が家」の光景が広がっていた。
フライハイト勇爵領、辺境宙域。
そこには、留守を預けていた頼れる番犬が待っていた。
『――識別信号確認。ラグナロク、および随伴艦隊の帰還を確認!お帰りなさいませ、閣下!』
通信モニターに映し出されたのは、要塞惑星『アイリス』で防衛指揮を任せた俺の直属の部下、クロエの元気な姿だった。
彼女の背後には、超巨大要塞アイリスが、威圧的な砲門を星々に向けて鎮座している。
「ああ、ただいま。留守の間、領内に異常はなかったか?」
『はい!領内は平和そのものです!』
「はは、いい番犬ぶりだ」
俺は満足げに頷いた。
やはり、自分の庭は落ち着く。隣の銀河での死闘が嘘のような静けさだ。
「クロエ、任務変更だ。ワームホールの向こう側にいたネメシスは、俺が根こそぎ殲滅した。……もう、あっちから敵が攻めてくることはない」
『せ、殲滅……ですか?たった1ヶ月で?相変わらず閣下の「お掃除」は桁が違いますね……。了解しました!』
「よって、ワームホールの防衛任務は解除だ。アイリスは本星エンドの衛星軌道上に戻り、通常防衛ラインに復帰しろ」
『了解しました!アイリス、移動を開始します!』
巨大な要塞惑星が、重力波を放ちながらゆっくりと移動を開始するのを見届け、俺は艦長席から立ち上がった。
「さて……ここからは別行動だ」
***
ラグナロクをアイリスと共にエンドへ戻し、俺は愛機である戦艦『フェンリル』へと乗り換えた。
まずは、家族を送り届けなければならない。
フライハイト領、ノルドステーション。
ここの宇宙港で、シャルロット、ルル、そしてギリアムが下船する。
「パパ、行っちゃうの?」
ルルが俺の足にしがみついて見上げてくる。
「ああ。パパはちょっと、帝国首都星で大事な仕事があるんだ。……映画監督としてのな」
俺はしゃがみ込み、ルルの頭を撫でた。
「映画監督?すごい?」
「ああ、すごいぞ。パパが作った映画で、銀河中の人をあっと言わせてやるんだ」
「クロウ様……。くれぐれも、無理はなさらないでくださいね。帝国首都星は、狐と狸の化かし合いが横行する場所ですから」
シャルロットが心配そうに俺の服の襟を整える。
彼女にとって、帝都はかつて囚われていた忌むべき場所でもある。
だが、今の俺には彼女を守る力も、貴族としての地位もある。
「心配するな。今回は喧嘩をしに行くんじゃない。商売をしに行くだけさ。……まあ、売る商品は『爆弾』みたいなもんだがな」
俺はニヤリと笑った。
そう、俺が持ち込む映画は、帝国の嘘を暴く爆弾だ。
だが、起爆スイッチは俺が握っている。
「ギリアム。二人のことを頼んだぞ」
「御意。旦那様も、武運長久を。……映画の公開、楽しみにしておりますぞ」
家族を見送り、俺は再びフェンリルへと乗り込んだ。
隣には、相棒のシズが控えている。
「行き先は、帝国首都星。……殴り込みと行こうか」
***
数週間後。
銀河帝国の心臓部、帝国首都星。
その地表は、黒鉄の金属で埋め尽くされ、自然など欠片も残されていない人工の惑星だ。
空には無数のエアカーが行き交い、巨大なホログラム広告が煌びやかに踊っている。
その第一区画。
帝国の中でも選りすぐりの大企業が本社を構える一等地に、そのビルはあった。
銀河最大手の映画配給会社『ギャラクティカ・ムービー』。
数々のプロパガンダ映画や娯楽超大作を世に送り出し、帝国の情報産業の一角を担う巨大企業だ。
俺はシズを引き連れ、正面エントランスを堂々とくぐり抜けた。
身に纏っているのは、最上級の素材で織り上げた漆黒の貴族服。襟元には勇爵家の紋章バッジが輝いている。
広大なロビーには、洗練された受付カウンターがあり、美しい受付嬢が業務的な笑顔で対応していた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
俺はカウンターに片肘をつき、サングラスを少しずらして彼女を見た。
「社長に会いに来た。俺の作った映画を、お前らの所で配給して欲しくてな」
単刀直入。
だが、受付嬢の反応はマニュアル通りだった。
「申し訳ございません。当社の代表ローレンスへの面会は、完全予約制となっております。アポイントメントはいただいておりますでしょうか?」
「アポ?ないな」
「でしたら、まずは企画書を提出していただき、担当部署での審査を経てから……」
「面倒くさい」
俺は彼女の言葉を遮った。
そして、左手の薬指に嵌めた指輪――皇帝から賜った、勇爵の証である『貴族指輪』を、コツンとカウンターに叩きつけた。
「……あ、あの……?」
受付嬢が困惑した表情を浮かべる。
俺は演技スイッチを入れた。
ここからは、辺境の成金貴族ではなく、帝国の特権階級たる「冷酷な支配者」の顔だ。
「おい。お前、俺を誰だと思っている?」
ドスを効かせた低い声。
場の空気が一瞬で凍りつく。
「こ、この指輪は……?」
「見えんのか?それとも、目が腐っているのか?これは『勇爵』の紋章だ。フライハイト勇爵家、当主クロウ・フォン・フライハイトだぞ」
俺は身を乗り出し、彼女を威圧した。
「勇爵だぞ、勇爵。……この銀河の1割を独裁支配し、皇帝陛下から直々に特権を与えられた俺様に、『アポがないから帰れ』だと?」
「ひっ……!も、申し訳ございません!存じ上げず……!」
「お前ごとき下民が、俺の時間を奪うことがどれほどの重罪か分かっているのか?……消すぞ?」
殺気。
本物の戦場を潜り抜けてきた俺が放つそれは、一般人にとっては死刑宣告に等しい圧力となる。
受付嬢の顔から血の気が失せ、彼女はガタガタと震え出した。
「は、はひぃっ!た、只今!只今社長をお呼びいたします!!しょ、少々お待ちをぉぉぉ!!」
彼女は悲鳴に近い声を上げて通信機に飛びついた。
俺はふんと鼻を鳴らし、悠然とソファに腰を下ろした。
その横で、一部始終を見ていたシズが、あきれ果てたようなため息をつく。
「……相変わらず、マスターは強引ですね。素直にアポを取ればいいものを」
「シズ。俺は『勇爵』だぞ?」
俺は足を組み、優雅な手つきで懐から葉巻を取り出した。
「ここは帝国首都星だ。誰が見てるか分からん。狐と狸の巣窟で、馬鹿正直にルールを守る奴は『弱い』と見なされて食い物にされる。……下手に出過ぎるのは、貴族としてはあり得ないんだよ」
「はぁ。……つまり、舐められないためのパフォーマンスですか」
「そうだ。俺は『傲慢で危険な貴族』という役を忠実に演じているだけさ。……それに、こうでもしないと社長なんて出てこないだろ?」
「そうですか。……マスターのその『性格の悪さ』も、才能の一つかもしれませんね」
シズはドロイドだが、呆れたような、それでいてどこか楽しんでいるような雰囲気を醸し出していた。
***
5分もしないうちに、専用エレベーターの扉が開き、汗だくになった男が全力疾走で走ってきた。
高級なスーツを着ているが、その顔色は青ざめている。
「お、お、お待たせいたしましたぁっ!!」
男は俺の前まで来ると、直角に腰を折って深々と頭を下げた。
「お前が、ここの社長か?」
「は、はい!初めましてフライハイト卿!私がギャラクティカ・ムービーの社長をしております、ローレンスと申します!この度は、遠路はるばるお越しいただき、光栄の極みでございます!」
勇爵という肩書きの威力は絶大だ。
下手をすれば会社ごと潰されかねない相手に対し、彼は最大限のへりくだりを見せている。
「立ち話もなんです。……ど、どうぞ、最上階の社長室へ!最高のおもてなしをさせていただきます!」
「ああ、案内しろ」
俺は鷹揚に頷き、立ち上がった。
***
通された社長室は、首都星の夜景を一望できる豪華な空間だった。
最高級のソファに座らされ、希少な茶葉を使った紅茶と、見たこともないような高級茶菓子が出される。
ローレンス社長は、ハンカチで額の汗を拭いながら、対面のソファに浅く腰掛けた。
「さて、フライハイト卿。……受付の者から聞きましたが、今回、映画を制作されたとか?」
「ああ」
「失礼ですが、貴族の方々が趣味で映画を作られることはよくあります。……しかし、わざわざご自身で配給の交渉にいらっしゃるとは。……一体、どういった映画なのですか?」
彼は内心、「どうせ金持ちの道楽で作った駄作だろう」と思っているに違いない。
だが、それを口に出せないのが商売人の辛いところだ。
俺はカップを置き、ニヤリと笑った。
「俺を主人公とした、ネメシスを退治するアクション映画だ」
「……ほほう!ネメシス退治ですか!」
ローレンスの目が少しだけ輝いた。
「そのジャンルは、帝国内でも根強い人気があります。『人類の勝利』を再確認するテーマは、教育的価値も高いですからな。……こちらとしても大歓迎です」
ジャンルとしては安牌だ。
だが、彼が想像しているのは、チープなセットで撮影された特撮か、ありきたりなCGアニメだろう。
「映画を見せていただいてもよろしいですか?」
「ああ、データはこれだ」
俺は懐から、漆黒のメモリーチップを取り出した。
1兆画素の映像データと、オーディンの編集技術が詰め込まれた「爆弾」だ。
「この机のメモリーポートに刺せばいいか?」
「はい。そうしたら、壁面の大型スクリーンで上映が開始されます」
俺はチップを差し込んだ。
部屋の照明が落ち、500インチを超える巨大スクリーンが光を放ち始める。
「――では、拝見させていただきます」
ローレンスは、社交辞令的な笑みを浮かべてスクリーンに向き直った。
だが。
その数秒後。
彼の表情は凍りつき、そして驚愕へと変わっていった。
***
上映時間は2時間強。
その間、ローレンス社長は一言も発さなかった。
いや、声が出なかったのだ。
瞬きすら忘れたように、食い入るように画面を見つめ続けていた。
オープニングの、100万隻の大艦隊発進シーン。
数兆のネメシスが宇宙を埋め尽くす、絶望的な俯瞰映像。
ラグナロクの主砲が放たれ、惑星ごときれいに消し飛ぶカタルシス。
そして何より、ネメシスという生物の「質感」。
ぬらぬらとした粘液の光沢、脈打つ血管、断末魔の瞬間に飛び散る体液。
それら全てが、1兆画素という狂気的な解像度で描かれていた。
上映が終わり、エンドロールが流れても、部屋には沈黙が支配していた。
やがて、照明が戻る。
「…………」
ローレンスは、魂が抜けたように呆然としていたが、やがてガバッと俺の方を向いた。
「フ、フライハイト卿……!!」
彼の目は血走り、興奮で紅潮していた。
「な、なんなんですか、これは……!!この高画質!この圧倒的なリアリティ!まるで、本物の戦場にカメラを持ち込んだかのような……いや、本物以上の迫力!!」
彼は立ち上がり、震える手でスクリーンを指差した。
「特にあのネメシスのCG!あんなグロテスクで、それでいて生物的な美しささえ感じる造形は見たことがありません!最新のレンダリング技術ですか!?どこのスタジオで作らせたのですか!?」
「企業秘密だ」
俺は静かに答えた。
(そりゃあリアルだろうな。全部、本物の実写だからな)
「こんな映画……帝国映画史で初です!!!間違いなく、歴史を変える傑作だ!素晴らしい!」
ローレンスは興奮のあまり、俺が勇爵であることも忘れて捲し立てた。
プロの目から見ても、この映像はオーパーツなのだ。
「気に入っていただけてよかったよ」
「気に入るどころではありません!これを配給できなければ、私は映画屋を辞めます!」
完全に食いついた。
ここからは、ビジネスの時間だ。
「さて、フライハイト卿。……ここからは契約のお話になりますが」
ローレンスは咳払いをし、商売人の顔に戻った。
「映画における利益配当の仕組みについてはご存知ですか?」
「いいや、知らないな。教えてくれ」
俺は無知を装った。
「通常、映画館で上映すると、チケット代などの利益の半分は映画館に、もう半分は我々配給会社に入ります。これを『配給収入』と言います」
彼は指を立てて説明する。
「そして、製作者であるフライハイト卿に流れる利益としては、この配給収入から何割分、という形になります。……一般的には、新人の監督作品であれば10%、有名監督でも30%といったところですが……」
彼は一度言葉を切り、俺の目を真っ直ぐに見た。
そこには、この傑作を何としても手に入れたいという執念が見えた。
「この映画に関しては……配給収入の60%を約束いたします」
「ほう、60%か」
俺は眉を上げた。
相場の倍以上。
破格の好条件だ。
「思い切ったな。会社の利益が薄くなるんじゃないか?」
「構いません!この映画を、競合他社に取られるわけにはまいりませんからな。……それに、この作品がヒットすれば、関連グッズや二次利用での利益も見込めます。60%は、我々の誠意だと思っていただきたい!」
必死だ。
だが、その判断は正しい。
この映画は、間違いなく帝国全土で社会現象になる。
金銭的な利益以上に、配給会社としてのブランド価値を爆上げするだろう。
「……いいだろう」
俺は満足げに頷いた。
「その誠意、受け取った。配給はギャラクティカ・ムービー社で決まりだ」
「あ、ありがとうございます!!」
ローレンスが歓喜の声を上げる。
「契約書を早急に作成し、お送りいたしますので!後日、ご署名をお願いいたします!」
「ああ。……今日はいい日になったよ」
俺は立ち上がり、シズに目配せをした。
シズがメモリーチップを回収する。
「ローレンス社長。……次に会うときは、レッドカーペットの上かもしれないな」
「ええ、ええ!この映画ならば、今年の帝国映画賞・最優秀作品賞は確実でしょう!授賞式でお会いできるのを楽しみにしております!」
「フッ、楽しみにしておこう」
俺はマントを翻し、社長室を後にした。
背後で、ローレンスが最敬礼で見送っている気配を感じながら。
エレベーターに乗り込むと、シズがポツリと言った。
「……マスター。60%の配当契約、お見事です。ですが、本当に良かったのですか?お金儲けが目的ではないのでしょう?」
「金は二の次だ。だが、商業的に成功すればするほど、多くの国民がこの映像を目にすることになる」
俺は窓の外、きらびやかな帝都の夜景を見下ろした。
「そして、多くの人間が見れば見るほど……この映像の『リアルさ』に気づく奴が出てくる。特に、皇族連中がな」
俺の狙いは、あくまで皇族への脅しだ。
「俺はネメシスを殺せる」。
その事実を、エンターテインメントという包装紙で包んで、奴らの喉元に突きつけてやる。
「さて、帰るぞシズ。……次は、ポップコーンの用意もしないとな」
銀河最強の生産者は、映画プロデューサーとしての第一歩を踏み出した。
そのフィルムが、帝国の屋台骨を揺るがすことになるとも知らずに、帝都の夜は更けていった。




