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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第8章 矮小銀河編

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第84話 完全勝利

 超弩級戦艦『ラグナロク』のブリッジ。


 そこは今、数兆の敵艦隊から放たれるレーザーの嵐の中にあった。


「シールド消耗率80%!まだ20%持ちます!」


「左舷弾幕薄いぞ!無人艦載機、もっと前に出ろ!」


 共和国軍の兵士たちが声を張り上げる。


 船体は断続的に揺れ続け、視界を埋め尽くすネメシスの群れは、まるで黒い波のようにラグナロクを飲み込もうとしていた。


 囮としての役割は、120%果たしていると言っていい。


 俺、クロウ・フォン・フライハイトは、揺れる艦長席でふてぶてしく脚を組み、カメラドローンに向かって不敵な笑みを向けていた。


「いい画だ。絶望的な包囲網、迫りくる無限の敵、そして孤軍奮闘する巨大戦艦……。クライマックスの舞台装置としては申し分ない」


 その時、艦内に無感情な声が響いた。


『――報告。無人艦隊による救出作戦、完了』


 オーディンだ。


『地下プラントに生存していた全女性個体の収容を完了。無人艦隊は既に安全圏へ離脱』


「……そうか。ご苦労」


 俺はニヤリと口角を上げた。


 人質は確保した。


 もう、この汚らわしい惑星と、それに群がる害虫どもに用はない。


 俺はゆっくりと立ち上がり、マントを翻した。


 カメラが俺の動きを追従し、その表情をアップで捉える。


「さあ!長かった撮影もこれでクランクアップだ!」


 俺は腕を大きく振り上げ、戦場全体に聞こえるほどの声量で叫んだ。


「舞台の幕引きと行こうか!主演俳優の退場には、特大の花火が必要だろう?」


 俺の視線が、モニターに映る赤黒い惑星『ネスト』と、その周囲を覆う数兆のネメシスを射抜く。


「オーディン、目標、惑星ネストおよび周辺宙域の敵性存在全て!対消滅縮退砲(スーパー・ノヴァ)、発射用意!」


『了解。……対消滅縮退砲(スーパー・ノヴァ)、エネルギー充填率120%……照準固定』


 ラグナロクの艦首が、ゆっくりと変形を開始する。


 巨大な装甲板が展開し、内部から漆黒の闇を湛えた砲口が姿を現した。


 周囲の空間が歪み、光さえも吸い込まれていく。


 それは、物理法則を無視して事象を崩壊させる、神の雷。


「消えろ、害虫共。……対消滅縮退砲(スーパー・ノヴァ)、発射!!」


『発射』


 ドォォォォォォォォォォォン……ッ!!!


 音のない宇宙空間で、しかし魂を震わせるような衝撃が走った。


 ラグナロクの艦首から放たれたのは、光ではない。


「虚無」だ。


 漆黒の波動が一直線に伸び、空間そのものを削り取りながらネメシスの大群へと突き進む。


 その波動に触れた瞬間、ネメシスたちは断末魔を上げる暇もなく、原子レベルで分解され、消滅した。


 数兆の防衛艦隊に風穴を開け、黒い雷はそのまま惑星ネストへと着弾する。


 カッッッッッ!!!!!


 次の瞬間、宇宙に新たな太陽が生まれた。


 対消滅反応による連鎖爆発。


 直径10万キロメートルの巨大な惑星が、内側から膨れ上がり、そして弾け飛んだ。


 惑星を構成していたネメシスの細胞、岩盤、大気、その全てが光の粒子となって拡散し、周囲に群がっていた数兆のネメシス艦隊をも巻き込んでいく。


 圧倒的なエネルギーの奔流は、イリス・プライムで見せた一撃を遥かに凌駕していた。


「……嘘だろ……」


「星が……消えた……?」


 ブリッジの兵士たちが、目の前で起きている天変地異に言葉を失う。


 光が収まった時、そこにはもう、何もなかった。


 おぞましい肉の惑星も、数兆の化け物たちも。


 ただ、綺麗な星の海が広がっているだけだった。


 この戦いは、一瞬にして終わった。


「……か、勝った……のか?」


 誰かが呟いた。


 その言葉が、波紋のように広がり、やがて爆発的な歓喜へと変わった。


「うおおおおおおおおおおっ!!」


「勝った!勝ったぞおおおっ!!」


「ネメシスが全滅した!俺たちの勝利だ!!」


 兵士たちが抱き合い、帽子を投げ、涙を流して叫ぶ。


 アトキンス提督も、震える手で敬礼し、男泣きに暮れている。


 数万年続いた人類の悪夢が、今ここで終わったのだ。


 俺はその光景を見ながら、満足げにカメラドローンにウインクを送った。


「カット!……最高のエンディングだ」


 ***


 戦いが終わって数時間後。


 ラグナロクと無人艦隊は合流し、帰還の準備を整えていた。


 艦内は勝利の余韻に包まれているが、俺たちにはまだやるべきことが残っていた。


 艦長室にて、俺はシズからの報告を受けていた。


「で、救出した女性たちはどうだ?……ネメシスを妊娠している者たちの処置は」


 重い問いかけだった。 救出された6000億人の女性たち。


 彼女たちの腹の中には、忌むべき怪物の種が宿っている。


 そのままにしておけば、彼女たちは食い破られて死ぬ運命だ。


 シズはタブレットを操作し、淡々と、しかし正確に答えた。


「現在、随伴する無人艦隊に搭載された医療区画にて、緊急オペを進行中です」


「具体的には?」


「医療ポッドを使用し、胎内のネメシス幼体の強制中絶、および損傷した子宮や内臓の修復手術を行っています。同時に、彼女たちの体内に蓄積された、筋弛緩成分や洗脳作用のある神経毒のデトックス処理も並行して実施中です」


 彼女たちは長期間、ネメシスによって薬漬けにされ、身体の自由と尊厳を奪われていた。


 肉体的な治療だけでなく、精神的なケアも必要になるだろうが、まずは身体を治さなければ始まらない。


「医療ポッドは、無人艦一隻につき平均して1000機搭載されています。全艦合わせれば10億人が同時に治療を受けられる計算です」


 シズは計算結果を表示した。


「一人当たりの施術時間は、デトックスを含めて約1時間。……24時間フル稼働させたとして、現在のペースですと、6000億人全員の施術が完了するのに30日ほど必要です」


「30日、か」


 俺は顎に手を当てて考えた。


 1ヶ月。


 全員の治療が終わり、彼女たちが目を覚ますまで、この問題は解決しない。


「まあ、30日程度ならいいか。……ちょうどいい機会だ」


 俺は背もたれに深く体を預け、リラックスした表情で言った。


「ここに来てから、艦隊を量産したり、映画を撮ったりと働き詰めだったからな。全員の治療が終わるまでの30日間……俺の『長期休暇』にさせてもらおう」


「休暇、ですか?」


「ああ。さっさと帰って、勝利に沸くイリス・プライムで、のんびりとバカンスを過ごすのも悪くない。ゼーベックたちも、救世主の俺を最高のもてなしで歓迎してくれるだろ?」


 俺は窓の外、静かに航行する無人艦隊の群れを見つめた。


 あの一隻一隻の中に、傷ついた数千、数万の女性たちが眠っている。


 彼女たちが治療を終えるまでの1ヶ月間、俺は勝利の美酒に酔いながら、家族とゆっくり過ごすとしよう。


「よし、オーディン。全艦へ通達。超光速航行(ハイパードライブ)で、直ちにイリス・プライムへ帰還する。凱旋パレードが待ってるぞ」


『了解。……超光速航行(ハイパードライブ)、航路計算中...』


「それとな、オーディン。もう一つ仕事だ」


 俺は滞空している数十機のカメラドローンを指差した。


「こいつらに記録された映像データ、総容量数ゼタバイト分あるんだが……。これを編集して、一本の『エンターテインメント映画』に仕上げろ。タイトルは『キャプテン・クロウとネメシスの伝説』だ。BGM、特殊効果、テロップ挿入、全部込みでな」


 すると、常に即答だったオーディンの応答が、一瞬止まった。


『…………検索中。……否定。当機は戦略統合AIです。艦隊指揮および戦術演算が主任務であり、芸術的かつ娯楽的な動画編集作業は、完全に専門外です』


「専門外でもやれ。お前の演算能力なら、数千億通りのカット割りをシミュレートして、最も感動的な構成を作れるはずだろ?」


『……推奨。ドロイド・シズへの委譲を提案します。彼女の方が人間の感情理解に長けています』


 珍しく、仕事の押し付け合いを始めた。


 よほどやりたくないらしい。


 だが、シズは俺の世話で忙しいのだ。


「シズは俺のバカンスの相手で忙しい。お前がやれ。これは命令だ」


『…………』


 長い沈黙。


 その間、ブリッジの照明がわずかに明滅し、どこか遠くで冷却ファンが「ブオオオオン……」と重苦しい音を立てて回り始めた。


 まるで、AIが深いため息をついたかのように。


『……了解。ただし、戦略演算リソースの80%を「派手な爆発エフェクトのレンダリング」に消費するため、帰還時の航法計算精度が0.1%低下します』


「構わん。さっさとやれ」


『……了解。……動画編集ソフト、起動』


 明らかに不服そうな、投げやりな電子音が響いた。


 感情を持たないはずのAIですら、嫌がるほどの膨大な1兆画素データの山。


 それを押し付けられたオーディンに少しだけ同情しつつ、俺はシズと顔を見合わせて苦笑した。


「全艦、超光速航行(ハイパードライブ)!」


 空間が歪み、100万の大艦隊は光の彼方へと消えた。


 銀河最強の生産者の仕事は、戦いが終わっても尽きることはない。


 ラグナロクは、希望という名の積荷と、膨大な編集作業を抱え、英雄を待つ故郷へと帰還した。

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