第81話 戦争映画
超弩級戦艦「ラグナロク」、工場区画。
決戦を明日に控えたこの日、艦内は出撃準備に追われる兵士やドロイドたちで慌ただしい空気に包まれていた。
だが、その一角にある特別区画だけは、どこかのんびりとした空気が流れていた。
「……よし、設計図の入力完了。生産開始だ」
俺、クロウ・フォン・フライハイトがコンソールを操作すると、目の前の「万能物質製造工場」が稼働音を上げ、次々と小さな球体を吐き出し始めた。
それは、直径10センチほどの、レンズが付いた浮遊球体だった。
「パパ、これなあに?新しいオモチャ?」
俺の足元で、愛娘のルルが無邪気に尋ねてくる。
その横では、妻のシャルロットが微笑ましそうに見守り、執事のギリアムが紅茶の準備をしている。
そして、ドロイドのシズが、首を傾げながら完成品を手に取った。
「マスター、何をなさっているんですか?形状からして偵察機のようですが、武装がありません」
シズの分析通りだ。
俺はニヤリと笑って答えた。
「ああ、これはな、『超高性能1兆画素カメラドローン』だ。戦場全体をあらゆる角度から撮影できる、撮影特化のマシンだよ」
「い、1兆画素……ですか?」
シズが珍しく言葉を詰まらせる。
人間の眼球の限界を遥かに超え、数キロ先の兵士の表情まで鮮明に捉えるオーバースペックもいいところだ。
「カメラドローンが今回の戦争とどのような関係があるのですか?偵察用にしては解像度が高すぎます」
ドロイドである彼女には、効率以外の目的が理解しにくいのかもしれない。
「いやな、シズ。今回の戦争は決戦だ。数兆の敵、ネメシス艦隊と、俺たち100万の艦隊が激突する。……こんな壮絶で、派手で、スペクタクルな光景は、そうそうお目にかかれるもんじゃない」
俺はドローンを指先で回しながら言った。
「こんな最高のロケーションを、ただの記録ログで済ませるのは勿体ないだろう?だから、こいつの1兆画素でバッチリ映像に残して……一本の『戦争映画』でも作ろうと思ってな」
「ええっ……え、映画、ですか?」
シズが目を丸くする。
その言葉に食いついたのは、紅茶を淹れていた老執事ギリアムだった。
「おお!旦那様、私も映画は大好きですぞ!特に、去年の帝国映画賞を受賞したアクション超大作『ギャラクティック・バトリオンIV』は最高でしたな!あの爆発シーンの迫力といったら!」
普段は冷静沈着なギリアムが、少年のように目を輝かせている。
こいつ、意外とミーハーなんだよな。
「はて、しかし……映画を作るのは大賛成ですが、一体『誰』に見ていただく予定なのですか?この銀河共和国の方々ですか?」
ギリアムの問いに、俺はさらりと答えた。
「ああ。公開範囲は、この銀河共和国と...銀河帝国に決まってるだろう」
「「「えっ……!?」」」
その場にいた全員が固まった。
シャルロットが心配そうに口を開く。
「あ、あの、クロウ様……?帝国では公式発表として、数万年前の『対異生命体戦争』で人類はネメシスに完全勝利したことになっています。……ネメシスは絶滅したはずの存在です」
シズも真剣な表情で警告する。
「はい。そのような現実の戦争映像を公開すれば、歴史の隠蔽が露見してしまいます。即座に発禁処分になるどころか、皇族や情報局から目をつけられ、反逆罪に問われる可能性が高いかと」
帝国の支配体制は、「ネメシスという脅威は去った」という前提の上で成り立っている。
その裏で、皇族たちが国民を拉致してネメシスに献上しているなど、知られてはならないトップシークレットだ。
本物のネメシスの大群が映った映像など、爆弾以外の何物でもない。
「まともに出せば、そうなるな」
俺は余裕の笑みを崩さずに言った。
「だから俺は、この戦争映画をあくまでも『フィクション』として公開する予定だ」
「……フィクション、ですか?」
「ああ。タイトルはそうだな……『キャプテン・クロウとネメシスの伝説』なんてのはどうだ?ド派手なCG、とんでもない物量、そして無敵の主人公。……隣の銀河で本物のネメシス数兆と戦ってました、なんて誰も思わないだろうさ」
俺は肩をすくめた。
「帝国民のほとんどは、ネメシスなんておとぎ話の中の怪物だと思ってる。精巧な『特撮映画』として見れば、ただのエンターテインメントだ」
「なるほど……。木を隠すなら森の中、真実を隠すなら虚構の中、というわけですね」
ギリアムが感心したように頷く。
「だが、狙いはそれだけじゃない」
俺は目を細め、声のトーンを落とした。
「国民は騙せても……『本物のネメシス』を知っている連中、つまり帝国の皇族どもは騙せない」
全員の視線が俺に集中する。
「奴らは知っている。ネメシスの真の姿、その恐ろしさ、そして数兆という群れの脅威を。……その化け物どもを、1兆画素の超高画質で、俺が一方的に蹂躙し、殲滅する映像を見たら、奴らはどう思う?」
シャルロットがハッとして口元を押さえた。
「……恐怖、しますね。自分たちがネメシスだから、それを虫けらのように駆除する力を持つあなたが……怖くてたまらなくなる」
「ご名答だ、シャルロット」
俺は指を鳴らした。
「この映画は、皇族共に対する『脅迫状』だ。俺にはネメシスを倒す力がある。手出しをすれば、お前たちも同じ目に遭うぞ……とな。奴らがこの映像の異様なリアルさに気づけば気づくほど、俺への恐怖心は増し、迂闊な手出しができなくなる」
これは、最強のプロパガンダだ。
国民には娯楽を提供し、俺の名声を高める。
皇族には恐怖を植え付け、抑止力とする。
一石二鳥の作戦だ。
「さしずめ、俺は銀河最強の生産者兼、映画監督デビューというわけだ」
俺は完成したドローンを宙に放った。
ドローンは静かな羽音を立てて、俺の周りを旋回し始める。
「さあ、明日は最高のアングルで撮りまくるぞ。……今年の帝国映画賞は全て俺のものだな!ハハハハ!」
俺の高笑いが、ラグナロクの艦内に響き渡った。
明日の地獄のような決戦すらも、この男にとってはエンターテインメントの一部に過ぎない。
その圧倒的な自信に、家族と部下たちは頼もしさを感じずにはいられなかった。
そして翌日。
銀河の歴史に残る大決戦の幕が上がる。




