第80話 反攻作戦
翌日。
イリス・プライムの空が、物理的な「闇」に覆われた。
それは日食でも、厚い雲でもない。
超弩級戦艦「ラグナロク」。
全長20キロメートルにも及ぶ白銀の巨躯が、重力制御をきかせて、宇宙港へと降下を開始したのだ。
ズズズズズズズ……という重低音が大気を震わせる。
首都の住民たちは、空を見上げて呆然と立ち尽くしていた。
視界の端から端までを埋め尽くす、圧倒的な鉄の山。
昨日、自分たちを絶望の淵から救い出した「神の船」が、今まさに地上に降り立とうとしているのだ。
「……でかいなんてレベルじゃないぞ」
「あんなものが空を飛ぶのか……?」
民衆のざわめきと畏怖の視線を受けながら、ラグナロクは繊細な操縦で着陸脚を展開し、大地を踏みしめた。
ドオオオオオオン!!
着地の衝撃だけで、小規模な地震が起きる。
巨大なハッチが開き、タラップが降りてくる。
そこから姿を現したのは、黒い軍服に身を包んだ俺、クロウ・フォン・フライハイト。
その背後には、ドロイドのシズと、フライハイト軍総司令官ヴォルフが従っている。
今回は軍事的な取り決めがメインとなるため、シャルロットやルル、ギリアム、エリナリーゼたちは船で待機させてある。
タラップの下には、既にレッドカーペットが敷かれ、昨日会ったばかりのゼーベック大統領とアトキンス提督が、直立不動で出迎えていた。
「ようこそ、イリス・プライムへ!クロウ殿の来訪を、全市民を代表して歓迎いたします!」
ゼーベックの声に合わせ、周囲に控えていた軍楽隊がファンファーレを奏でる。
だが、俺はそんな儀礼的なことよりも先に、実利的な話をしたかった。
「出迎えご苦労。……堅苦しい挨拶は抜きだ。それより、土産を持ってきたぞ」
俺は親指で背後を指した。
ハッチから、数万機の大型輸送ドロイドが、コンテナを抱えて次々と降りてくるところだった。
その数は、宇宙港の広大な敷地を埋め尽くすほどだ。
「……あれは?」
アトキンスが怪訝な顔をする。
「物資不足で腹を空かせているお前らに、ささやかなプレゼントだ。コンテナの中身は、全て食料だ」
「しょ、食料……ですか?これほどの量を?」
「ああ。昨日、このラグナロクの艦内工場をフル稼働させて製造した、フリーズドライ食品だ。水分を抜いて極限まで圧縮してコンパクトだが……お湯で戻せば、1兆人の国民全員が、1ヶ月は腹一杯食える量はあるはずだ」
「い、1兆人が1ヶ月……ッ!?一晩でそれだけの量を製造したと言うのですか!?」
ゼーベックが目を剥いて絶句する。
1兆人分の食料備蓄など、国家予算を傾けても確保できるものではない。それを、たった一隻の船が、わずか一晩で「生産」してしまったのだ。
彼らにとってラグナロクの生産能力は魔法に見えるだろう。
「味も保証するぞ。お湯で解くだけで、出来立ての肉や野菜に戻る。……まあ、お前らが普段食ってる味気ないペースト食よりは、幾分かマシなはずだ」
「ペーストよりマシどころか……ご馳走です!ああ、これでどれだけの命が繋がるか……!」
アトキンスが震える声で感謝を述べる。
「それだけじゃない。こっちが本命だ」
俺は懐から小さなケースを取り出し、ゼーベックに投げ渡した。
中には、キラキラと輝く種が入っている。
「それは『超速成栽培種』だ。どんな荒地でも育ち、わずかな水と光があれば、植えてから数週間で収穫できる。しかも、連作障害も土やせも極限まで抑えた、俺の特製改良品種だ」
「す、数週間で収穫……!?そんな魔法のような作物が……」
「魔法じゃない、これは科学だ。『高度な科学は魔法と区別がつかない』からな。無理もない。……食料危機は深刻なんだろう?即席の食料で凌いでいる間に、それを植えて育てろ。民衆の腹を恒久的に満たしてやるんだ」
ゼーベックは震える手で種を握りしめ、深々と頭を下げた。
「……感謝します。この御恩は、生涯忘れません」
「礼には及ばん。腹が減っては戦はできんからな」
***
簡単な歓迎式典を終えた俺たちは、政府が用意した専用の大型エアカーに乗り込み、共和国軍最高司令部へと向かった。
車内は広々としており、対面式の座席になっている。
エアカーが浮上し、首都のハイウェイを滑るように進んでいく。
俺は窓の外を流れる街並みを眺めた。
そこは、かつての繁栄を感じさせる高度な未来都市だった。
だが、その至る所に爆撃の跡や、放棄された区画が見受けられ、戦争の傷跡が生々しく残っている。
そして何より目を引いたのは、行き交う人々の姿だ。
「……やはり、普通の人間はいないな」
街を歩く市民たち。
角が生えている者、耳が長い者、肌が青や緑の者、尻尾を持つ者。
誰一人として、俺たちのような「旧来の人類」の特徴を持つ者はいない。
全員が、いわゆる『亜種人類』だ。
(数万年前、帝国の秘密研究所から脱出した被検体は、おそらく数千から数万人程度だったはずだ)
俺は心の中で計算する。
わずかな生存者たちが、ワームホールを抜けてこの過酷な矮小銀河にたどり着き、環境に適応し、子を産み、育て、文明を築き上げた。
一時は10兆人もの人口を抱える巨大な星間国家を作り上げるまでに至ったその生命力。
(大したもんだ。帝国が『失敗作』として捨てた種が、これほど強かに生き延びていたとはな)
俺の隣で、シズが小声で補足する。
「マスター。彼らの身体能力は、平均して旧人類の1.5倍から2倍です。過酷な環境やネメシスとの戦いにおいて、その形質が有利に働いたのでしょう」
「ああ。皮肉な話だが、帝国による遺伝子改造が、彼らを生き延びさせたわけか」
やがて、エアカーは都市の中央にそびえ立つ、巨大な要塞のような建物の前で停止した。
共和国軍最高司令部。
「庁舎」というよりは、巨大な要塞だ。
窓は一切なく、厚さ数メートルの複合装甲に覆われた外壁は、ここが行政の中心であると同時に、最後の防衛拠点であることを物語っていた。
「こちらです、クロウ殿」
案内され、厳重なセキュリティゲートをいくつもくぐり抜ける。
廊下を行き交う軍人たちもまた、全員が亜種人類だ。
彼らは俺の姿を見ると、驚いたように目を見開き、そして最敬礼を送ってくる。
昨日の「奇跡の一撃」を見た者たちなのだろう。
その眼差しには、英雄を見るような崇拝の色が混じっていた。
通されたのは、建物最深部にある、最も大きな戦略会議室だった。
円形劇場のような構造になっており、中央には巨大な戦況モニターが設置されている。
周囲の席には、共和国軍の高級将校たちがずらりと並んでいた。
数百人の視線が、一斉に俺たちに注がれる。
俺、シズ、そしてヴォルフの三人は、一番高い位置にある上座へと案内された。
本来なら部外者が座る場所ではないが、今の俺はこの星系の実質的な守護者だ。
誰も異論を挟む者はいない。
俺たちが着席したのを確認し、アトキンス提督が立ち上がった。
「――諸君。紹介しよう。彼こそが、昨日我々を絶望から救い出してくださった、隣銀河からの来訪者……クロウ・フォン・フライハイト殿だ」
どよめきと、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
俺は片手を軽く挙げてそれに応えた。
「今回は、我々の対ネメシス最終反攻作戦に、クロウ殿自らが参画してくださることになった。……これは、我々にとって千載一遇の好機であり、最後の希望だ」
アトキンスの言葉に、将校たちの表情が引き締まる。
ここにいる全員が、昨日の出来事を知っている。
そして、俺が単なる善意の救世主ではなく、自らの領地を守るための「予防戦争」としてこの銀河に来たことも共有されている。
利害の一致。
感情論ではない、冷徹な計算の上で成り立つ同盟関係こそが、彼らにとって最も信頼できる「保証」なのだ。
「では、状況を確認する」
アトキンスがコンソールを操作すると、中央モニターに銀河の立体地図が表示された。
そこには、無数の赤い光点と、わずかな青い光点(共和国軍)が映し出されている。
「昨日のクロウ殿の攻撃……『スーパー・ノヴァ』により、イリス・プライム周辺に展開していたネメシスの侵攻軍は消滅しました。……その数、およそ推計で5000億」
会場がざわめく。改めて聞くと、とんでもない数だ。
「しかし、これはあくまで侵攻部隊の一部に過ぎません。……ネメシスの本隊は、未だ健在です」
「残りの連中はどこにいる?」
俺が尋ねると、地図上の一点が拡大された。
イリス・プライムから1万光年離れた宙域にある、赤黒く変色した不気味な惑星。
「これが敵の本拠地、『ネスト』です。……我々の調査によれば、この惑星の地下深くに、銀河中から拉致された女性たちが捕らえられ、生体プラントとして利用されています」
「数は?」
アトキンスは一瞬言い淀み、そして絶望的な数字を口にした。
「推計で……最低でも数千億、最大で数兆人に及びます」
会場が静まり返る。
かつての人口10兆人のうち、行方不明になった女性の大半が、そこにいる計算になる。
ネストは単なる基地ではない。
巨大な牢獄であり、地獄そのものだ。
「……彼女たちが、まだ生きていればの話ですが」
アトキンスの重い言葉に、拳を握りしめる音が響いた。
「……で、ここの守りは?」
「絶望的、です」
アトキンスが苦々しい顔でモニターを指した。
「ネスト周辺には、防衛用として残された親衛隊クラスのネメシスが密集しています。その数……数兆」
数兆。
侵攻してきた部隊すら可愛く見えるほどの、圧倒的な物量。
宇宙空間を埋め尽くすほどの化け物の壁が、そこにはあった。
「それだけではありません。奴らを単なる『生物の群れ』だと侮らないでいただきたい」
アトキンスが警告する。
「このクラスのネメシスは、体内に超光速航行が可能な生体器官を有しています。我々の艦隊と同様に、自由に銀河を跳躍できるのです」
「ワープする生体兵器、だと……?」
「はい。さらに、一部の個体は大出力のレーザー発射器官も備えています。……つまり、我々が相手にするのは、獣の群れではありません。統率され、機動力と火力を持った『数兆隻の超巨大宇宙艦隊』なのです」
会場に戦慄が走る。
ただでさえ数兆という数。
それがワームホールを抜け、レーザーを撃ってくる。
生物の皮を被った戦艦の集団。
それがネメシスの正体だった。
「しかも、奴らはネストに近づく『有機生命体』を感知する能力が異常に高い。ステルス艦ですら、中に人間が乗っているだけで即座に見つかり、数兆の艦隊斉射を受け、藻屑と消えます」
詰んでいる、と誰もが思った。
正面から大軍で攻めれば、数兆のレーザー斉射で蒸発するか、乱戦の中で女性たちが死ぬ。
かといって、少数の特殊部隊で潜入しようにも、人間が乗っている時点で即座にバレて袋叩きに遭う。
「……八方塞がりだな」
ヴォルフが腕を組んで呟く。
「俺たちの艦隊で包囲して砲撃すれば、ネストごと吹き飛ばせるが……それじゃあ意味がない」
会議室に重苦しい沈黙が流れる。
誰もが、解決策を見出せずにいた。
ネメシスを全滅させることはできる。
だが、「数兆人の人質を無傷で救出する」という条件がついた途端、難易度は神話級に跳ね上がるのだ。
俺は指で机を叩き、思考を巡らせた。
敵は艦隊としての機能を持つ。
有機生命体に反応する。
人間がいるとバレる。
なら、どうすればいい?
(……逆転の発想だ)
俺の中で、一つのパズルがカチリと嵌った。
「おい、アトキンス。確認だが……奴らは『有機生命体』に反応するんだよな?」
「は、はい。そうです。生体反応があるものに対して、異常な攻撃性を示します」
「逆に言えば……『生体反応がないもの』には興味を示さない、ということか?」
「ええ、まあ……。無人の隕石や、漂流するデブリなどには反応しませんが……それが何か?」
「なら、話は簡単だ」
俺はニヤリと笑い、立ち上がった。
「有機生命体を乗せなければいい」
「……は?」
アトキンスが呆気にとられる。会場中の視線が俺に集中する。
「俺の連れてきた100万の艦隊。……あれの『中身』を言っていなかったな」
俺はヴォルフに目配せした。ヴォルフが頷き、補足する。
「我がフライハイト軍の艦隊は、旗艦ラグナロクには5万の兵士が搭乗しているが……それに随伴する100万隻の戦艦は、全て完全自律型の無人艦だ」
「なっ……!?」
「む、無人!?100万隻が!?」
驚愕の声が上がる。
無理もない。
この銀河共和国の技術レベルでは、単純な自動操縦はできても、100万隻もの艦隊を複雑に連携させ、戦闘機動を行わせるような高度な戦略AIは存在しないのだ。
「俺の作った戦略AI『オーディン』が、全艦を一括制御している。……つまり、あの100万隻の中には、ネメシスが感知できる『餌』は一人も乗っていない」
俺はモニターを指差し、作戦の全貌を語り始めた。
「いいか、作戦はこうだ。まず、俺の旗艦『ラグナロク』が囮になる」
「お、囮ですと!?」
「ああ。ラグナロクには俺も含め、5万の兵士が乗っている。……さらに、お前らの軍の兵士も乗せられるだけ乗せろ。数十万人規模でな」
俺は獰猛な笑みを浮かべた。
「ネメシスにとって、これほど美味そうな『極上の餌』はないだろう? 俺たちは派手に暴れ回り、ネストを守っている数兆の防衛艦隊を、一点に引きつける」
「し、しかし……相手はワープもレーザーも使う数兆の軍勢ですよ!? それを一手に引き受けるなど、自殺行為です!」
「俺の船を舐めるなよ。……で、敵の主力が俺たちに群がっている隙に、本命の『無人艦隊』をネストに突入させる」
俺は地図上に侵攻ルートを描いた。
「無人艦100万隻に、戦闘用ドロイドを満載して送り込む。……奴らは機械だ。生体反応はない。ネメシスにとってはただの石ころと同じだ」
「……!!」
アトキンスが目を見開いた。
理解したのだ。この作戦の画期的な点を。
「機械の軍団で、気づかれることなくネスト内部へ侵入し……ドロイド兵を使って、物理的に女性たちを確保・救出する。敵が気づいた頃には、人質は全て無人艦に収容され、安全圏へ離脱しているという寸法だ」
「そして、人質の安全が確保された瞬間に……」
「ああ。俺がラグナロクの主砲で、ネストごと残りのゴミどもを消し飛ばす」
静寂。
そして、爆発的な歓声が会議室を揺らした。
「おおおおおおっ!!」
「それだ!それならいける!!」
「生体反応のない軍隊……!そんな手が!」
本来なら不可能な作戦だ。
だが、俺には「オーディン」という最強のAIと、無尽蔵に生産できるドロイド軍団がある。
ネメシスの習性を逆手に取った、完全なる必勝パターン。
「……恐れ入りました」
アトキンスが震える声で言った。
「貴殿の技術力と発想……まさに、次元が違う。この作戦なら、あるいは……!」
「『あるいは』じゃない。必ず成功させるんだ」
俺は全員を見渡して断言した。
「これは、お前たちの種族の存亡をかけた戦いだ。そして俺にとっては、害虫駆除の仕上げだ。……失敗は許されん」
ゼーベック大統領が立ち上がり、涙ぐんだ目で俺を見た。
「クロウ殿……。貴殿は、我々に戦う力だけでなく、勝つための知恵まで授けてくださるのですね」
「だから言っただろう。俺は生産者だ。……勝利という結果も、俺が生産してやる」
俺はマントを翻し、宣言した。
「作戦決行は1週間後だ。それまでに、ラグナロクに搭乗する志願兵のリストアップをしておけ。……死ぬ気のある奴だけ連れてこい。数兆の敵艦隊を相手にする囮役だ、地獄を見るぞ」
「「「イエス・サー!!!」」」
数百人の将校たちが、一斉に敬礼する。
その瞳には、もはや絶望の色はなかった。
あるのは、勝利への確信と、未来への希望のみ。
銀河共和国、最後の反攻作戦。
その幕が、今まさに上がろうとしていた。




