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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第8章 矮小銀河編

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第79話 ネメシスの秘密

 超弩級戦艦ラグナロク内の会議室。


 先ほどの晩餐の余韻は消え失せ、張り詰めた空気が場を支配していた。


 ゼーベック大統領が、ホログラム端末に表示されたネメシスの解剖図を指し示す。


 それは、昆虫と爬虫類、そして軟体動物を悪魔鍋で煮込んだような、醜悪な生物の姿だった。


「クロウ殿。……ネメシスの、真に恐ろしい『生態』についてお教えします」


「ああ、頼む。奴らを根絶やしにするには、そのライフサイクルを知る必要がある」


 俺は腕を組み、ゼーベックの言葉を待った。


「ネメシスの発生源は不明です。数年前、突如としてこの銀河の端に現れ、有機生命体を捕食し始めました。……奴らには無限の再生能力がある。ここまではクロウ殿もご存じでしょう」


 ゼーベックは一度言葉を切り、苦渋に満ちた表情で俺を見た。


「しかし……どうやってネメシスが『繁殖』するのか、お分かりになりますか?」


「繁殖、か」


 俺は少し考えた。


「自己複製か、それとも卵生か?……いや、旧時代の軍事データベースにも、ネメシスの繁殖方法に関する詳細な記述はなかったな」


 俺が首を振ると、ゼーベックは重く沈んだ声で告げた。


「ネメシスは胎生です。……ただし、ネメシス自身に生殖器はありません」


「あ?生殖器がないのに、どうやって胎生で増えるんだ?」


 生物学の常識から外れている。


 生殖器を持たない生物が、どうやって子供を産むというのか。


 ゼーベックは、言うのをためらうように視線を逸らし、そして意を決したように言った。


「ネメシスは……他の知的生命体の生殖器に、自らの因子を植え付けて個体を増やします」


「……なんだと?」


「つまり、異種族のメス……人間の女性を捕らえて、『苗床』にしているということです」


 その言葉の意味を理解した瞬間、俺の中で沸点を超えた怒りが湧き上がった。


 捕食するだけではない。


 犯し、利用し、増えるための道具にするというのか。


 その時、隣に座っていたシャルロットが、顔色を青ざめさせ、カタカタと震え出した。


 彼女はかつて、帝国に刃向かい滅ぼされた国の姫だった。


 捕らえられた彼女は、反逆者への見せしめとして死ぬことすら許されず、100年もの長きに渡って、玩具として陵辱され続けた凄惨な過去を持つ。


 ゼーベックの語る「生殖のための道具」という地獄は、彼女がかつて味わった絶望そのものだったのだ。


「あ……ぅ……いや、だ……」


 フラッシュバックした恐怖に、彼女の瞳が揺れる。


「シャルロット……」


 俺は無言で彼女の手を強く握りしめた。


 その手は氷のように冷たかったが、俺の体温を感じて少しだけ震えが収まる。


 俺が救い出すまでの100年間、彼女が耐え忍んだ地獄。


 それを再びこの世界で再現しようとしている連中がいる。


 許せるはずがなかった。


 ゼーベックは、シャルロットの様子に痛ましげな目を向けつつも、説明を続けた。


「ネメシスは捕獲した女性を、自分たち専用の生殖器へと肉体改造します。……筋肉を弛緩させる特殊な神経毒を体内に注射して動けなくし、意識だけは鮮明なまま、必要な栄養はネメシスの触手から強制的に摂取させられる。……そして、死ぬまで子供を産まされ続ける『孕み袋』として生かされるのです」


 ドンッ!


 俺は拳をテーブルに叩きつけた。


「……下衆が」


 俺は吐き捨てるように言った。


「帝国が今なおやっていることと同じだ。……吐き気がする生態だ」


「はい……。地獄、という言葉すら生ぬるい所業です」


「なるほどな。……で、捕らえられたその女性たちは、今どこにいるんだ?」


 俺の問いに、アトキンス提督が星図の一点を指し示した。


「ネメシスの発生地点付近……我々が『ネスト』と呼んでいる、超巨大な惑星規模の拠点が確認されています。おそらく、この銀河中から拉致された数千億、数兆人の女性がそこに集められ……この銀河を埋め尽くすネメシスは、そこから産み落とされています」


「そうか。なら話は早い」


 俺は殺気を込めて言った。


「その『ネスト』とやらを殲滅すれば、奴らの供給源は断たれる。この銀河に平和が戻るというわけだな」


 だが、俺の提案に対し、ゼーベックは首を横に振った。


「いいえ、クロウ殿……。事はそう単純ではありません」


「何だと?元を断つのが定石だろう」


「確かにネストを破壊すればネメシスは増えません。しかし……それでは、我々人類も滅びてしまうのです」


 ゼーベックは悲痛な面持ちで、イリス・プライムの現状を語った。


「なぜなら……現在、このイリス・プライムに残された1兆人の生存者の中に、女性がほとんどいないのです!」


「……どういうことだ?」


「ネメシスは、繁殖のために女性を優先的に狙って捕獲します。個体数を増やすための本能でしょう。そのため、戦場で捕食されるのは男性、連れ去られるのは女性……という選別が行われました」


 アトキンスが、絶望的な数字を口にした。


「現在、イリス・プライムに生存している1兆人のうち……女性はわずか1万人ほどしか残っておりません」


「1兆人に対して、たったの1万人だと……!?」


 俺は絶句した。比率がおかしいどころの話ではない。


 砂漠に落ちた砂金のような数だ。


「……種として、理論上は存続できるかもしれません。徹底的な遺伝子管理と人工授精、そして人工子宮を用いれば、母体の負担を減らして数を増やすことは可能です」


 ゼーベックが悔しげに拳を握る。


「ですが、肝心の卵子の数が絶対的に限られているのです。わずか1万人の提供者では、1兆人の人口を支えるだけの数を生産することは到底できず、遺伝的な多様性も失われてしまう」


 技術があっても、材料がない。


 それがこの銀河共和国が直面している詰みの状況だった。


「現在の文明レベルを維持することは不可能です。たった1万人の女性由来の次世代では、1兆人が築き上げた社会システム、技術、インフラ、その全てを継承し維持するための労働力が圧倒的に足りません」


「……なるほどな」


 俺は事態の深刻さを理解した。


 人が減るということは、知識や技術の継承が断絶するということだ。


 高度な科学技術を持つ銀河共和国が、次の世代には石器を持って狩りをする原始人に戻ってしまうかもしれない。


「急激な人口減少による文明の崩壊……。最悪の場合、原始時代への逆行もあり得るということか」


「はい。ですから、我々には未来がないのです」


 次世代を残せない。


 文明を維持できない。


 それは、種としての緩やかな、しかし確実な「死」を意味していた。


 俺はハッとして、エリナリーゼを見た。


 彼女は、数少ない「逃げ延びた女性」の一人だ。


(……そうか。彼女が送り出された本当の理由)


 単なるSOSの使者ではない。


 彼女は、人類という種の存続をかけた「希望の種」として、ワームホールの向こうへ逃がされたのだ。


 もしこの銀河が全滅しても、彼女さえ生き残れば、どこかで血を繋ぐことができるかもしれない――そんな、悲壮な願いを託されて。


「……つまり、ただ『ネスト』を破壊するだけじゃダメだということだな」


 俺は結論を口にした。


「ネメシスに捕らえられている女性たちを、無事に『解放』し、連れ戻す必要がある」


「その通りです。……しかし、ネストは敵の本拠地。数兆のネメシスが守りを固めています。そこに突入し、人質を傷つけずに救出するなど……」


 ゼーベックが言葉を詰まらせる。


 不可能だと言いたいのだろう。


 だが、俺はニヤリと笑った。


「不可能?俺を誰だと思っている」


 俺は立ち上がり、シャルロットの肩を抱いた。


「俺は生産者だ。失われたものを再び生み出し、取り戻すのが仕事だ。……安心しろ、シャルロット。そしてゼーベック」


 俺は宣言した。


「その『ネスト』とかいうふざけた場所を叩き潰し、囚われた女性たちを全員連れ戻してやる。……一匹残らず駆除した上でな」


 ***


 重い話はこれで終わりだ。


 俺は会議を切り上げることにした。


「大体の事情は分かった。具体的な作戦行動は、明日、俺がイリス・プライムに降りてから詰めよう。……今日はお開きだ」


「承知いたしました。では、我々は一度戻り、受け入れの準備を進めます」


 ゼーベックたちが立ち上がる。


 去り際に、俺は一つだけ彼らに頼み事をした。


「ああ、そうだゼーベック。一つ頼みがあるんだが」


「何でしょう?我々にできることなら何でも」


「この星系の衛星軌道上に漂っている、無数のデブリ……。あれ、くれないか?破壊された艦船の残骸とか全部だ」


 ゼーベックはきょとんとした。


「デブリ……ですか?あんなものは航行の邪魔になるだけのゴミですが……お好きにどうぞ。むしろ掃除していただけるなら助かりますが」


「よし、言質は取ったぞ」


 彼らが帰還すると、俺は即座にシズへ命令を下した。


「シズ、ドロイド部隊を総動員しろ!イリス・プライム周辺のデブリを片っ端から回収だ!鉄くずだろうが死体だろうが構わん、全て回収してラグナロクの『万能物質(マター)製造工場』へ放り込め!」


「イエス・マスター。……資源不足のこの星系において、ゴミの山は宝の山ですね」


 シズの指揮の下、数万機の作業用ドロイドが宇宙空間へ散らばっていく。


 かつての激戦の爪痕である大量の残骸が、次々とラグナロクの巨大なハッチへと吸い込まれていく。


 俺はブリッジでその光景を見下ろしながら、コンソールを操作し始めた。


「さて、と……。明日のお土産(支援物資)でも作ってやるか」


 回収されたデブリは、工場によって分解・再構築され、新たな物質へと生まれ変わる。


 それは、飢えた人々を満たす食料であり、傷ついた人々を癒す医薬品であり、家を失った人々のための建材だ。


「1兆人分の支援物資……骨が折れるが、やりがいのある仕事だ」


 夜はまだ長い。


 銀河最強の生産者の1日は、まだ終わらない。

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