第77話 共和国大統領
イリス・プライムを埋め尽くしていた絶望が、たった一撃の閃光によって払拭された。
ネメシス消滅の余韻が残る中、ラグナロクのブリッジにあるメインスクリーンには、銀河共和国軍総司令官、アトキンス提督の憔悴しきった、しかし深い感謝に満ちた顔が映し出されていた。
『クロウ殿……。貴殿が来なければ、我々は、いや、この銀河の人類は今日、滅亡しておりました』
アトキンスは画面越しに深々と頭を下げた。
『なんとお礼を言っていいか……言葉も見つかりません』
「礼には及ばんよ、提督。お前らが負けると、俺も困るからな」
俺は椅子に深く腰掛けたまま、ぶっきらぼうに答えた。
実際、彼らが負ければネメシスはワームホールを通り、俺の領地であるフライハイト領へ雪崩れ込んでくる。
これは俺自身の防衛戦でもあったのだ。
だが、事情を知らないアトキンスは、ポカンとした顔をしている。
彼は俺を、この銀河のどこかに隠れ潜んでいた未知の勢力だとでも思っているようだ。
まさか、銀河の「外」から来たとは夢にも思っていないだろう。
『……と、とにかく!我が銀河共和国政府の代表、ゼーベック大統領が貴殿に直接お会いして謝意を伝えたいと申しております。つきましては、貴殿の船への乗船許可を願いたいのですが……』
「大統領……?」
俺は眉をひそめた。
皇帝でも貴族でもなく、大統領。
帝国で育った俺には馴染みのない称号だが、まあ、この共和国とやらの「一番偉い奴」ということだろう。
「ああ、分かった。会おう」
俺は即答した。
こちらの銀河の指導者と話をするのは、今後のためにも有益だ。
それに、腹も減ってきた。
「そうだな……6時間後に、俺の旗艦『ラグナロク』に来てくれ。一番デカい奴だ。夕食を用意しておく」
『ろ、6時間後……承知いたしました! では、後ほど』
通信が切れると、俺はシズへ振り返った。
「聞いたな、シズ。6時間だ。賓客をもてなす最高級のフルコースを用意しろ」
「承知いたしました。自動調理器のレシピを最高ランクに設定し――」
「違う」
俺はシズの言葉を遮った。
「機械任せの味じゃ芸がない。お前が作れ、シズ。お前の手料理だ」
「……私が、ですか?」
「俺の舌を満足させるお前の腕前なら、異文化の客人もイチコロだろう。頼んだ」
シズは一瞬きょとんとしたが、すぐにその無機質な瞳に僅かな誇らしさを宿し、スカートの端を摘んで優雅に一礼した。
「はいマスター。腕によりをかけて、完璧な晩餐をご用意いたします」
***
そして、6時間後。
ラグナロクの第1格納庫に、銀河共和国政府のエンブレムをつけた小型連絡船が静かに着艦した。
プシューッという減圧音と共にハッチが開く。
タラップを降りてきたのは、銀河共和国大統領ゼーベック、軍総司令官アトキンス提督、そして数名の側近たちだ。
彼らは降り立った瞬間、息を呑んで立ち尽くした。
「これが……戦艦の内部だというのか?」
彼らが見上げているのは、格納庫の天井ではない。遥か彼方まで続く、巨大な都市のような艦内構造だ。
全長20キロメートル。
先ほど、世界を終わらせるほどの攻撃を放った、神話級の巨艦。
その圧倒的な質量と技術力の結晶に、彼らは畏怖を感じていた。
「ようこそ、ラグナロクへ」
俺は彼らを出迎えるべく、前に進み出た。
俺の背後には、俺の「家族」と「腹心」たちが控えている。
エプロン姿から正装に着替えたドロイドのシズ。
俺の最愛の妻シャルロットと、その手を握る愛娘のルル。
老練なる執事のギリアム。
そして、フライハイト軍総司令官、グレイ・ヴォルフ大佐。
最後に、この銀河出身の案内人、エリナリーゼだ。
ゼーベックとアトキンスの視線が、俺たちに注がれる。
彼らは一瞬、驚いたように目を見開いた。
どこから来たのか、という疑問が彼らの瞳に浮かんでいる。
だが、驚いているのは彼らだけではない。
俺もまた、彼らの姿をまじまじと観察していた。
「……なるほどな」
俺は内心で納得の声を上げた。
先頭に立つ大統領、ゼーベック。
彼は身長2メートルを優に超える筋肉隆々の巨躯を持ち、その額からは太く捻じれた二本の「角」が生えていた。
威厳あるその姿は、まさに御伽話に出てくる『魔王』そのものだ。
その隣に立つアトキンス提督。
通信画面では分からなかったが、彼もまた常人離れした特徴を持っていた。
鋼のように引き締まった細身の身体。
そして何より目を引くのは、頭髪の間から伸びる、長く先端が尖った耳だ。
エリナリーゼと同じ特徴だが、彼の肌は夜の闇のように黒く、髪は白銀。
神秘的でありながら、獰猛な戦士の雰囲気も併せ持っている。
後ろに控える側近たちも同様だ。
獣のような耳を持つ者、肌が鱗に覆われている者、特徴は様々だ。
誰一人として、「普通の人間」はいなかった。
(間違いない……。彼らは全員、数万年前に帝国の『ネメシス同化実験』、あるいは遺伝子操作の過程で生み出された、改造人間たちの子孫だ)
俺の故郷である帝国では、彼らは「実験動物」として扱われ、歴史の闇に葬られた。
だが、彼らの祖先は生き延び、この矮小銀河で独自の文明を築き上げていたのだ。
「……初めまして。銀河共和国大統領、ゼーベックです」
魔王のような男が、太い声を響かせて恭しく一礼した。
その仕草には、力ある者への敬意と、知性が滲み出ていた。
「今回は……我々人類を、滅亡の危機から救っていただき、誠にありがとうございました。貴殿らの介入がなければ、我々は明日を迎えることはできなかったでしょう」
「アトキンスです。……先ほどは通信越しでしたが、改めて礼を言わせてください。本当に、感謝します」
彼らは深々と頭を下げた。
俺は鷹揚に頷き、隣のエリナリーゼの肩に手を置いた。
「礼なら、このエリナリーゼに言ってやってくれ。彼女が命がけで助けを求めに来たからこそ、俺は動いたんだ」
「エリナリーゼ……君が?」
ゼーベックが驚いたように彼女を見る。
「は、はい!……でも、私はただ、逃げただけで……」
エリナリーゼは恐縮して身を縮めるが、その表情は誇らしげだった。
彼女もまた、尖った耳を持つ同胞だ。
ゼーベックたちにとっては、同胞が生きて戻り、しかも最強の援軍を連れてきたことになる。
「謙遜するな。お前は立派な功労者だ」
俺はポンと彼女の背中を叩くと、ゼーベックたちに向き直った。
「さて、立ち話もなんだ。約束どおり、夕食の準備をしてある。食べていくといい」
「夕食、ですか……?」
「ああ。積もる話もあるだろうし、俺としても、お前たちに色々と聞きたいことがあるんでな。……それに、うちのメイドドロイドが腕によりをかけて作った手料理だ。冷めないうちに案内しよう」
俺はニヤリと笑い、通路の奥を指し示した。
「さあ、行こうか。生産者が振る舞う、極上のディナーへ」
ゼーベックとアトキンスは顔を見合わせた後、意を決したように頷いた。
彼らは俺の後について、ラグナロクの深部へ歩き出す。
最強の戦艦の中で行われる、異形の人類との晩餐会。
それは、二つの銀河の運命を繋ぐ、重要な会談の始まりだ。




