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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第8章 矮小銀河編

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第76話 イリス・プライム防衛戦

 イリス・プライム。


 かつては豊かな緑と水を湛え、この矮小銀河における文明の発祥地として栄えた美しい惑星。


 だが今、その輝きは絶望の赤に塗り潰されようとしていた。


 惑星の衛星軌道上は、鉄と肉片、そして爆炎が入り乱れる地獄の様相を呈していた。


「――第3防衛戦線、崩壊!これ以上持ちこたえられません!」


「右翼艦隊、全滅!ネメシスが……奴らが本星の大気圏内に侵入します!」


「ダメだ、数が違いすぎる!弾薬もエネルギーも尽きた!もう終わりだぁッ!!」


 通信機からは、断末魔の叫びと絶叫が絶え間なく流れ込んでくる。


 銀河共和国軍総司令官、アトキンス提督は、旗艦『アーク・ロイヤル』のブリッジで、血の気が失せた顔を覆いたくなる衝動を必死に堪えていた。


「怯むな!ここで我々が退けば、背後にいる1兆の民が食い殺されるのだぞ!!」


 アトキンスは裂帛の気合いで叫んだ。


 だが、その声も虚しく響く。


 戦況は、もはや「敗北」という言葉すら生ぬるいほどの惨状だった。


 この矮小銀河に突如現れた災厄、『ネメシス』。


 あらゆる有機物を喰らい、無限に再生する不死身の異生命体。


 かつて人々が暮らしていた星々は、ことごとく彼らに喰い尽くされた。


 生き残った人類およそ1兆人が、最後の希望として逃げ込んだのが、このイリス・プライム星系だった。


 銀河共和国が誇った100万隻の艦隊は、繰り返される撤退戦の中で消耗し、今や稼働できるのはわずか1万隻。


 造船所も資源惑星もすべて奪われ、補給など一滴もない。


 対するネメシスは、喰らった生命体を苗床に増殖し、その数は数十億、いや数百億に達しているだろう。


 漆黒の宇宙を埋め尽くす、肉塊のような生体宇宙船の群れ。


 それらが今、最後の防波堤である共和国艦隊を飲み込もうとしていた。


「提督!旗艦の主砲、『ギガ・レーザー』充填率120%!これ以上は臨界点を超えます!」


 オペレーターが悲鳴のように報告する。


 この旗艦に搭載された大出力レーザー砲だけが、唯一、ネメシスの再生能力を上回り、奴らを細胞の一片すら残さず蒸発させることができる兵器だ。


 だが、発射には膨大なエネルギーと冷却時間を要する。


「まだだ……!もっと引きつけろ!一撃で最大数を葬るのだ!」


「しかし、敵の前衛が本艦に迫っています!シールドが持ちません!」


 モニターには、醜悪な触手と牙を持つネメシスが、目前まで迫っているのが映し出されていた。


 アトキンスは拳を握りしめ、血を吐くような命令を下した。


「……護衛艦隊に告ぐ!この旗艦を守るのだ!」


 彼は叫んだ。


「この旗艦が搭載している大出力レーザー砲しか、奴らに歯が立たん!発射までのインターバルを何としても稼ぐのだ!……ネメシスに特攻してでも、近づけさせるな!!」


 それは、指揮官として言ってはならない言葉だった。


 だが、そうする以外に道はなかった。


 通信越しに、部下たちの短い、しかし決意に満ちた返答が聞こえた気がした。


 ズガガガガガンッ!


 窓の外で、味方の駆逐艦が加速し、迫りくるネメシスの群れに自ら突っ込んでいく。


 爆発。


 自らの命を弾丸に変え、敵の足止めをする同胞たちの姿。


 そうやって、何千、何万という兵士たちが、わずか数秒の時間を稼ぐために散っていった。


「……距離至近!いつでも撃てます!」


「撃てぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」


 アトキンスの号令と共に、旗艦の前部が展開し、極大の閃光が放たれた。


 青白い光の奔流が宇宙を切り裂く。


 直線上にいた数十万のネメシスが、断末魔を上げる間もなく蒸発し、消滅していく。


 圧倒的な破壊力。


 宇宙に一瞬の空白が生まれた。


「やったか……!?」


 乗組員たちが歓声を上げようとした、その時だった。


 光が収まると、そこには絶望が待っていた。


 数十万を消し飛ばしたはずの空間を、背後から湧き出した新たなネメシスの群れが、即座に埋め尽くしたのだ。


 数千億、数兆という圧倒的な数の暴力の前では、一隻の戦艦の主砲など、大海に石を投げるようなものだった。


「そんな……」


「嘘だろ……あんなに倒したのに……」


 ブリッジに絶望が伝染する。


 警報音が変わった。


 敵の増援が、旗艦を襲おうとしている。


「……もう、ダメか」


 アトキンス提督は、ガクリと膝をついた。


 もはや打つ手はない。特攻させる味方も残っていない。


 主砲の発射には10分かかる。だが、我々の命はあと1分も持たないだろう。


「人類は……滅びゆく運命なのか……」


 アトキンスは眼下に広がる青い惑星を見た。


 あそこには、1兆人の市民がいる。


 家族が、友人が、恋人たちが、震えながら救助を待っている。


 だが、その空がネメシスに覆われるのも時間の問題だ。


「すまない……私は、もう先に逝く……」


 アトキンスは震える手で懐からビームガンを取り出した。


 捕まれば、ネメシスに生きたまま食われる地獄が待っている。


 せめて、人間としての尊厳を保ったまま死にたい。


 彼は銃口をこめかみに当てた。


 冷たい感触。


 引き金に指をかけ、目を閉じる。


(許してくれ……みんな……)


「提督ッ!!!」


 その時、レーダー手が喉を引き裂かんばかりの絶叫を上げた。


「周辺宙域に超高質量の重力反応、多数ッ!!その数……計測不能!100万隻艦隊規模です!!」


 アトキンスは目を開けた。


「……なに?」


「ワープアウトしてきます!本艦の至近距離です!!」


「100万隻だと!?馬鹿を言うな、我々の軍にそんな数はいないぞ!?ネメシスの増援か!?」


「いえ、識別信号……該当なし!ですが、敵性生体反応ではありません!金属反応です!」


 アトキンスは呆然と窓の外を見た。


 金属反応?100万隻?


 そんな馬鹿な。


 この銀河のどこに、そんな戦力が残っているというのだ。


 アトキンスがワープアウト予定宙域を凝視した、その瞬間。


 空間が、砕けた。


 光の粒子が乱舞し、巨大な質量を持った「何か」が、次々と実体化する。


 それは、銀河共和国の無骨な船とは違う。


 洗練され、白銀に輝く、見たこともない形状の戦艦たち。


 100、1000、1万……いや、視界を埋め尽くすほどの、整然とした大艦隊。


 そして、その中心に現れたのは――


「な、なんだあれは……」


 全長20キロメートル。


 共和国軍の旗艦ですら豆粒に見えるほどの、超弩級の巨艦。


 それはまるで神話の神が乗る箱舟のように、戦場に降臨した。


「て、提督!正体不明の艦隊から、全帯域通信!共和国軍の通信帯域に割り込んできます!」


「繋げ!敵か味方か!?」


 メインスクリーンにノイズが走り、一人の男の姿が映し出された。


 黒い軍服を纏い、不敵な笑みを浮かべた、精悍な若者。


『――よお。随分と派手に追い込まれているな、現地の司令官殿』


 男は、戦場の喧騒などどこ吹く風といった様子で言った。


 アトキンスは震える声で問うた。


「き、貴官は……何者だ?敵か、味方か?」


『俺か?俺は通りすがりの生産者……クロウ・フォン・フライハイトだ』


 男はニヤリと笑った。


『味方だと思ってくれていい。……少しばかり、掃除をさせてもらうぞ』


 男が視線を外し、誰かに命じる様子が映る。


『オーディン、目標、前方展開中のネメシス全群。――対消滅縮退砲(スーパー・ノヴァ)、発射用意』


 スーパー・ノヴァ。


 その名が告げられた瞬間、超巨大戦艦の艦首が幾重にも展開し、空間そのものが悲鳴を上げるようなエネルギーの収束が始まった。


 周囲の無人艦隊すら霞むほどの、圧倒的な光の奔流。


『消えろ。……発射』


 閃光。


 音はなかった。


 だが、その威力は宇宙の理を超えていた。


 放たれた極大のビームは、着弾と同時に空間ごと「縮退」し、そして爆発的な「対消滅」を引き起こした。


 それは、擬似的な超新星爆発(スーパー・ノヴァ)


 数百億のネメシスが密集していた空間が、まばゆい光に飲み込まれる。


 再生能力?細胞?そんな次元の話ではない。


 原子、分子、素粒子に至るまで、存在そのものがエネルギーへと変換され、この宇宙から抹消されていく。


「……ぁ……」


 アトキンスは言葉を失った。


 光が収まった後、そこに広がっていたのは、ただの虚無。


 数億、数十億といたはずのネメシスの大群が、たった一撃で、文字通り「無」に帰していた。


 残骸すら残っていない。


『……ふん、こんなものか。案外脆いな』


 通信機から、男の拍子抜けしたような声が聞こえた。


「ば、馬鹿な……」


 アトキンスはへなへなと座り込んだ。


 たった一撃。


 たった一隻の主砲が放った一撃で、我々を絶望の淵に追い込んだ銀河規模の厄災が、消しゴムで消されたように宇宙から消え去ったのだ。


「これが……生産者……?」


 アトキンスは理解を超えた光景に、ただ震えるしかなかった。


 絶望に染まっていたイリス・プライムの空に、今、規格外の救世主が降臨したのだ。

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