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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第8章 矮小銀河編

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第74話 ワームホール

 超弩級戦艦『ラグナロク』の医療区画。


 張り詰めた空気が、その部屋を支配していた。


 白い輝きを放つ医療ポッドの傍らで、俺は腕を組んでその時を待っていた。


 周囲には、シズ、シャルロット、ルル、ギリアム、そしてヴォルフ。


 俺の信頼する側近たちが、固唾を飲んでベッドの上の少女を見つめている。


「……バイタル、覚醒水準に到達しました。意識が戻ります」


 シズの冷静な報告と同時だった。


 ベッドの上の少女――長い銀髪と、特徴的な尖った耳を持つ『亜種人類デミヒューマン』のまぶたが、微かに震えた。


 ゆっくりと、その瞳が開かれる。


 だが、その瞳には焦点が定まっていない。


 途方もない時間を氷の中で過ごしていたのだ。


 意識の混濁は避けられないだろう。


「……あ、う……」


 彼女は掠れた声を漏らし、天井の無機質なライトを見つめた。


 そして、ゆっくりと視線を巡らせ、俺たちの姿を捉える。


 瞬間、彼女の体がビクリと跳ねた。


「……ッ!?」


「落ち着け。危害を加えるつもりはない」


 俺は努めて低い声で、ゆっくりと語りかけた。


「言葉はわかるか?お前の乗ってきた船のログ解析で、お前たちが『帝国標準語』を使っていることは分かっている」


「あ、あ……」


 彼女は唇を震わせ、混乱した様子で視線を彷徨わせる。


 記憶の断片と、目の前の現実が一致していないのだろう。


「わ、私は……エリナリーゼ……。ネメシスから……逃げてきたの……。ここは、どこ……?」


 エリナリーゼ。それが彼女の名か。


 俺は頷き、事実を告げた。


「ここは銀河帝国、フライハイト勇爵領。その北方に位置する『暗礁宙域』だ。俺たちは漂流していたお前を保護した」


 その言葉が、引き金だった。


「て、……帝国……!?」


 エリナリーゼの瞳が極限まで見開かれる。


 顔から血の気が失せ、ガタガタと激しい震えが彼女の体を襲った。


 それは単なる驚きではない。


 魂に刻み込まれた、原初的な恐怖だ。


「帝、国……嫌だ、嘘だ……どうして……!」


「おい、どうした?帝国がどうかしたのか?」


 俺が歩み寄ろうとした瞬間、彼女はベッドの上で後ずさり、叫んだ。


「く、来るな!!!!また我々を実験動物にする気だな!!!そうだろ!!!!」


 悲痛な絶叫が部屋に響き渡る。


 シャルロットが「ひっ」と息を呑んで俺の後ろに隠れた。


「実験動物?何のことだ?」


「とぼけるな!!」


 エリナリーゼは涙を流しながら、俺たちを指差して糾弾した。


「帝国は……お前たちは、我々の遺伝子を弄り回して、あの恐ろしい『ネメシス同化実験』の被験体にしたんだ!お前もその手先なんだろう!?私を解剖する気か、それとも化け物を植え付ける気か!!」


 その言葉に、室内の空気が凍りついた。


 ヴォルフが目を見開き、ギリアムが息を呑む。


 シズだけが、無表情の中に鋭い光を宿している。


(ネメシス同化実験……だと?)


 俺は彼女の口から飛び出した、そのおぞましい単語を反芻した。


 やはり、俺の推測は正しかった。


 帝国の闇は、俺が考えていたよりも遥かに深く、そして腐りきっている。


 俺は大きく息を吐き、両手を挙げて敵意がないことを示した。


 そして、彼女の目を見て、誠心誠意、嘘偽りのない言葉を紡いだ。


「……エリナリーゼ、よく聞け。俺は帝国貴族だが、お前たちを実験台にした連中の仲間じゃない」


「う、嘘よ!帝国の人間はみんな……」


「俺の名はクロウ・フォン・フライハイト勇爵。……俺は、ネメシスから人類を助ける側の人間だ」


 俺は一歩踏み出した。


「俺は知っている。この帝国が、既に上層部においてネメシスに乗っ取られている可能性があることを。そして、その『化け物』たちが作った歪んだ支配構造の下で、多くの罪のない人間が苦しんでいることを」


 エリナリーゼの動きが止まる。


「俺は、そんな腐った帝国を内部から食い破り、瓦解させようとしている。……俺はかつて、帝国の最底辺でゴミのように捨てられた。だからこそ、理不尽に虐げられ、実験動物扱いされる痛みが分かる」


 俺は彼女の震える手を取った。


 冷たい手だった。


「信じろとは言わない。だが、俺はお前を実験台にはしないし、誰にもさせない。……俺は『生産者』だ。命を消費するのではなく、生み出し、育むのが俺の仕事だ」


 俺の言葉に、エリナリーゼの瞳から狂乱の色が消えていく。


 彼女は俺の手を見つめ、そして俺の顔をじっと見つめ返した。


 そこにある確固たる意志を感じ取ったのか、彼女の肩から力が抜けた。


「……本当に、私を切ったりしない?」


「ああ。約束する」


「……分かったわ。貴方の目は、優しい目をしている...」


 ***


 落ち着きを取り戻したエリナリーゼに、シズが温かいスープを用意した。


 それを一口飲み、人心地ついた彼女は、ポツリポツリと語り始めた。


 それは、帝国の歴史から抹消された、忌まわしき真実だった。


「今から数万年前……。私たち亜種人類(デミヒューマン)はね、自然発生した種族じゃないの」


 彼女は自らの尖った耳に触れた。


「帝国の秘密研究施設『生命の泉(レーベンスボルン)』。そこで遺伝子工学によって『作られた』存在なのよ」


「作られた……?」


「ええ。当時の帝国は、ある狂気的な計画を進めていた。それが『ネメシス同化実験』」


 エリナリーゼの顔に、再び影が落ちる。


「彼らは、強靭な生命力と戦闘能力を持つ『ネメシス』の細胞を、人間に適合させようとしていた。ネメシスを受肉させ、意のままに操る最強の兵士……あるいは、ネメシスそのものになるための『器』を求めていたの」


「なんてことだ……」


 ギリアムが呻くように言った。


「そして、その実験のために生み出されたのが、私たちのような『強靭な肉体を持つ実験動物』。……私たちの祖先は、来る日も来る日も細胞を植え付けられ、化け物になって廃棄されていった」


 部屋に重苦しい沈黙が流れる。


 シャルロットが涙ぐみ、ルルが怒りに拳を握りしめている。


「でも、ある日奇跡が起きた。祖先たちは研究所のセキュリティがダウンした隙に集団脱走したの。必死に逃げて、逃げて……最後にたどり着いたのが、この暗礁宙域のさらに奥」


「そこに、何があったんだ?」


 エリナリーゼは俺を見た。


「ワームホールよ。それも、銀河間を繋ぐ特大のやつね」


「ワームホール……!」


 一同が驚愕の声を上げた。


 なるほど、それで全ての辻褄が合う。


 なぜ亜光速エンジンしか持たない彼女が、数百万光年も離れた隣の銀河へ行けたのか。


 そして、なぜ隣の銀河から来た彼女たちが、帝国語を話すのか。


超光速航行(ハイパードライブ)エンジンを持たない祖先達は、帝国から逃げるために、一か八かそのワームホールに飛び込むしかなかった。……結果的に、それは私たちをこの銀河の隣にある『矮小銀河』へと運んでくれたわ」


「帝国は追ってこなかったのか?」


「ええ。おそらく、ワームホールに飛び込んで死んだと思ったか、あるいは不安定すぎて追跡を諦めたんでしょうね。……おかげで、私たちは新天地で文明を築き、数万年の間、平和に暮らしていた。……数年前までは」


 エリナリーゼの声が震える。


「数年前……突如として、アレが現れたの。ネメシスが」


「奴らは、ワームホールの向こう側にも居たのか?」


「分からない。でも、彼らは突然現れて、私たちの星を襲った。彼らは……有機生命体が大好きなの。人間も、動物も、植物さえも喰らい尽くす。私たちの軍隊も必死に戦ったわ。でも、完敗だった」


 彼女は絶望的な表情で首を振った。


「彼らは『無限の再生能力』を持っているの。触手切り落としても、数秒で生えてくる。頭を吹き飛ばしても再生する。完全に、細胞の一片も残さずに消滅させないと死なない。……私たちの軍には、そんな高火力の兵器は少なかった。だから、ジリ貧だったわ」


 無限再生能力。


 厄介極まりない性質だ。


 生半可な攻撃では、餌を与えるようなものだということか。


「私の住んでいた惑星は、もうネメシスに支配されたわ。私は旧時代の脱出船に乗せられて、運よく無傷でワームホールを越えてここまで辿り着けた。……でも、今も向こうの銀河では、残った仲間たちが絶望的な戦いを強いられている」


 エリナリーゼはベッドから降り、床に跪いて俺に懇願した。


「お願い、クロウ!貴方は貴族で力があるんでしょう!?お願い、私たちを助けて!もし私たちが負ければ、奴らは餌を求めて、ワームホールを通ってこっちの銀河にも流れてくるわ!!」


 彼女の叫びは、悲痛なSOSであり、同時に最悪の未来予知でもあった。


 隣の銀河が食い尽くされれば、次はここだ。


 ワームホールの出口は、ここ暗礁宙域にある。


 つまり――俺の領地『フライハイト領』が、ネメシス侵攻の最前線になるということだ。


 俺は跪く彼女の肩を抱き、立たせた。


「……顔を上げろ、エリナリーゼ」


 俺は不敵な笑みを浮かべた。


「助けてやるよ。お前たちも、その故郷もな」


「え……?」


「勘違いするなよ。俺は慈善事業家じゃない。だが、ネメシスがワームホールを抜けてきたら、一番最初に蹂躙されるのは俺の領地だ。自分の庭に害虫が入ってくるのを指をくわえて見ているほど、俺は寛容じゃないんでな」


 それに、と俺は心の中で付け加えた。


 隣の銀河という未知のフロンティア。


 これらをネメシスごときに食わせてやる道理はない。全て俺が頂く。


「それに、無限再生能力?上等だ。俺の『生産』能力と、奴らの『再生』能力……どちらが上か、力比べと行こうじゃないか」


 俺はシズに向き直り、即座に命令を下した。


「シズ、通信だ。アイリスに繋げ」


『はい、マスター』


 数秒後、ホログラム・ディスプレイにクロエの姿が映し出された。


『――お呼びでしょうか、閣下』


「クロエ、緊急事態だ。アイリスを動かせ。今から送る座標へ、最大戦速で移動させろ」


 俺は端末を操作し、エリナリーゼの船から解析したワームホールの座標を転送した。


「領内の最奥部で、特大のワームホールが見つかった。そこから、伝説の化け物『ネメシス』が雪崩れ込んでくる可能性がある。至急、ワームホール出口に防衛ラインを構築しろ」


『……ワームホール、ですか。それにネメシスまで。相変わらず、閣下の周りには退屈という言葉が存在しませんね』


「皮肉はいい。クロエ、お前とアイリスは『盾』になれ。万が一、ワームホールからネメシスが漏れ出してきた場合、一匹たりとも俺の領地に入れるな。その不沈の要塞で出口を完全に封鎖しろ」


『承知しました。鉄壁の蓋となってご覧に入れましょう。……して、閣下は?』


 クロエの問いに、俺はニヤリと笑った。


「俺は『剣』になる。――この超弩級戦艦『ラグナロク』と無人艦隊100万隻を率いて、ワームホールに突入する」


『なっ……!?』


 エリナリーゼが驚愕の声を上げた。


「突入するって、まさか……向こうの銀河に行くつもりなの!?」


「当たり前だ。座して死を待つのは俺の性分じゃない。それに、お前の仲間がまだ戦っているんだろう? なら、助けに行くのが筋ってもんだ」


 俺は拳を握りしめた。


「クロエはここで退路を守れ。俺たちが向こう側で、ネメシス共を根絶やしにしてくる!」


『……フフッ、流石は閣下。豪快すぎて呆れますが、それこそが我々のボスです。背後は任せて、存分に暴れてきてください』


「ああ、任せたぞ」


 通信を切ると、俺はヴォルフに向かって叫んだ。


「聞いたなヴォルフ!全艦隊、進路変更!目標、ワームホール突入!これより銀河の『外』へ殴り込みをかける!」


「了解だ!へへっ、異銀河への遠征かよ!燃えてきやがった!」


 ラグナロクの巨大なエンジンが唸りを上げ、100万の艦隊が魚群のように向きを変える。


 その先にあるのは、時空が歪んだ光の渦――ワームホール。


「行くぞ、エリナリーゼ。お前たちの故郷を取り戻しにな」


「……はいっ!お願いします!」


 涙を拭い、力強く頷く彼女を乗せて。


 銀河最強の生産者は、ついに既知の宇宙を飛び越える。


 未知なる矮小銀河での、対ネメシス殲滅戦の火蓋が切られようとしていた。

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