第73話 邂逅
フライハイト領の最奥部、未探査領域『暗礁宙域』。
濃密な星間ガスとデブリが漂うこの危険な宙域に、かつてない規模の大艦隊が侵入していた。
その中心に鎮座するのは、全長20キロメートルにも及ぶ超巨大構造物。
俺、クロウ・フォン・フライハイトの切り札であり、動く生産拠点でもある超弩級戦艦『ラグナロク』だ。
その周囲には、まるで巨大なクジラを守る魚群のように、無数の艦艇が随伴している。
その数、実に100万隻。
「……やりすぎじゃないですか?クロウ様」
ラグナロクの広大なブリッジで、シャルロットが窓の外を埋め尽くす味方の光を見て呆れたように呟いた。
「相手は伝説の化け物『ネメシス』だぞ。100万隻でも足りないくらいだ」
俺は艦長席でふんぞり返りながら答えた。
過剰戦力?いいや、これこそが「生産者」の戦い方だ。
質より量。
個の武勇より、圧倒的な物量による圧殺。
それが俺の流儀である。
艦隊は順調に進んでいたが、暗礁宙域の奥深くへ進むにつれ、窓の外の景色は異様なものへと変わっていった。
「マスター。センサーに多数の反応。……いえ、これは反応ではありません。デブリです」
オペレーター席に座ったシズが報告する。
「映像を出せ」
メインスクリーンに映し出された光景に、ブリッジの全員が息を呑んだ。
そこは、宇宙船の墓場だった。
数千、数万、いや、億を超えるかもしれない。
あらゆる形状、あらゆる宇宙船が、無残な鉄屑となって漂っていた。
その全てに、あの幽霊船と同じ特徴――巨大な何かによって食い千切られたような痕跡がある。
「……なんて数だ」
「これら全てが、隣の銀河から逃げてきた船だと言うのですか……?」
ルルが怯えたように俺の袖を掴む。
隣の銀河で起きた惨劇の規模が知れる。
おそらく、一つの銀河文明が丸ごと食い尽くされ、生き残った僅かな難民たちがこの暗礁宙域まで逃げ延び、そして……ここで力尽きたのだ。
あまりに不気味で、静謐な地獄絵図だった。
***
墓場の中を進むこと数時間。
シズの声が再び響いた。
「マスター、前方に特異な反応。……残骸の中に、一隻だけ損傷のない船があります」
「損傷がない?映像拡大!」
スクリーンがズームされる。
無数の捻じ曲がった鉄屑の中心に、ぽつんと浮かぶ小さな船があった。
全長は30メートルほど。
小型の輸送船だろうか。
周囲の幽霊船とは違い、装甲は滑らかで、化け物に喰われたような跡は一切ない。
まるで嵐の後の水溜まりに咲いた一輪の花のように、不自然なほど綺麗な状態だった。
「あの船だけ無事だと?……怪しいな。至急スキャンしろ!」
俺の命令に、シズがコンソールを高速で叩く。
「了解。スキャン開始……広域スペクトル解析、熱源探知、内部構造スキャン……完了」
シズが一瞬動きを止め、こちらを振り返った。
「マスター。……内部に微弱な『生体反応』があります」
「なんだと!?生体反応!?」
俺は身を乗り出した。
この死の海で、生きている者がいるだと?
「ネメシスか?それとも生存者か?」
「パターン照合中……不明です。ですが、ネメシスのエネルギー波形とは異なります」
「油断はするな。擬態している可能性もある」
俺は即座に指示を飛ばした。
「調査のためにドロイド部隊を向かわせろ!重武装の戦闘用ドロイドを1個小隊投入だ。何かあれば即座に破壊しろ!」
「了解。重武装戦闘ドロイド、射出します」
ラグナロクのハッチが開き、数機のドロイドが噴射炎を上げて小型船へと向かっていく。
その様子をモニターで見守りながら、傍らに控えていたギリアムが、顎に手を当てて呟いた。
「ふむ……妙ですな」
「何がだ、ギリアム」
「あの小型船の形状です。あれは……帝国の建国初期、あるいはそれ以前の『黎明期』に使われていた民間船の型によく似ています」
ギリアムは、データを指差した。
「当時は深刻な物資不足に喘いでおりました。そのため、軍用艦以外の民間船には『超光速航行エンジン』が搭載されていなかったのです。全て、光の速さを超えられない『亜光速エンジン』のみで航行しておりました」
「亜光速エンジン……?」
俺は眉をひそめた。
「待てよ。だとしたら、計算が合わないぞ」
「左様でございます、旦那様。もしあの船が、他の船と同じように『隣の銀河』から逃げてきたのだとしたら……亜光速で何百万光年も離れた銀河間を渡ることなど、物理的に不可能です。到着する頃には数百万年が経過しているはず」
「だが、あの船はここにある。しかも綺麗な状態で」
謎は深まるばかりだ。
隣の銀河から来たのか?それともこの銀河の過去からタイムスリップでもしてきたのか?
あるいは、俺たちの知らない航法があるのか。
『こちら調査隊リーダー。対象の船内へ侵入。……内部は真空、重力制御なし。ですが、動力炉は生きています。スリープモードで稼働中』
ドロイドからの通信が入る。
カメラ映像には、埃一つない清潔な通路が映し出されていた。
外の地獄が嘘のような静けさだ。
『ブリッジ奥の部屋にて、コールドスリープカプセルを発見。……中に、人間がいます』
「人間だと!?」
『映像を送ります』
モニターに映し出されたのは、透き通るような氷の棺。
その中で、一人の少女が眠っていた。
年齢は10代後半ほどか。
透き通るような白い肌、流れるような銀色の髪。
そして何より特徴的なのは――その耳だ。
髪の間から覗く耳は、人間よりも長く、先端が尖っていた。
「……耳が、長い?」
「まるで、おとぎ話に出てくるエルフのようです」
シャルロットが目を輝かせる。
だが、俺は警戒を解かなかった。
「見た目に騙されるな。ネメシスが人間に擬態しているのかもしれん。……カプセルごと回収しろ。ラグナロクの隔離区画へ運べ」
***
数十分後。
回収されたカプセルは、ラグナロク内部の厳重にシールドされた研究室へと運び込まれていた。
俺、シズ、そしてヴォルフがそれを取り囲む。
部屋の周囲には数十体の戦闘用ドロイドが銃口を向けて待機している。
「シズ、カプセルのロックを解除しろ。ただし、ネメシスの遺伝子反応、あるいは敵対行動が確認された瞬間、中身ごと焼き払え」
俺の非情な命令に、シズは淡々と頷く。
「了解。……解凍プロセス、開始」
プシュー……という音と共に、カプセルから白い冷気が漏れ出す。
カバーがゆっくりと開き、眠れる美女の姿が露わになった。
間近で見ると、その美しさは人間離れしている。
神秘的と言ってもいい。
シズがスキャンを開始する。
緊張の一瞬。
もしこいつがネメシスなら、ここが戦場になる。
「……遺伝子構造、解析完了」
シズが顔を上げた。
「――異生命体因子、検出なし。人間です」
「ほう……」
俺は安堵の息を吐き、同時にドロイドたちに銃を下ろすよう合図した。
「だが、あの耳はどうなんだ?ただの奇形か?」
「いいえ。遺伝子レベルで安定しています。……解析結果が出ました。分類:『亜種人類』」
「亜種人類だと?なんだそれは」
「遺伝子のベースはマスターと同じホモ・サピエンスですが、人為的に高度な遺伝子改良が加えられた痕跡があります。特定の環境への適応、寿命の延長、あるいは感覚器官の強化……そういった目的で『デザイン』された人類です」
「デザインされた人類……」
俺は眠っている少女の顔を覗き込んだ。
帝国の歴史には、そんな種族が存在した記録はない。
だとすれば、やはり彼女は「外」から来たのか、あるいは「失われた歴史」の住人なのか。
「とりあえず、化け物じゃないなら安心だ。……おい、こいつの容態は?」
「バイタル安定。長い冬眠状態による衰弱は見られますが、致命的な疾患はありません。適切な処置を施せば、数時間以内に意識を取り戻すでしょう」
「そうか。なら、しばらくベッドの上で寝かせておけ。点滴と、消化の良い食事を用意してやれ」
俺はシズに指示を出し、部屋を出ようとした。
振り返り、もう一度だけ少女を見る。
長く尖った耳を持つ、亜種人類。
彼女が目覚めた時、この幽霊船の謎、そしてネメシスの正体について、何らかの答えが得られるはずだ。
「……丁重に扱えよ。彼女は、俺たちが掴んだ唯一の『生きた糸口』だ」
俺たちは厳重な警備を残し、彼女の回復を待つことにしたのだった。
目覚めの時は、刻一刻と迫っていた。




