第7話 地底を駆ける鉄の蛇
地下鉄への入り口が開かれてから、1週間が経過した。
工場の深層、地下鉄ターミナル駅。
かつては闇と埃に支配されていたその場所に、今、新たな命が吹き込まれようとしていた。
「よし、接続完了。動力炉、点火」
俺がコンソールを操作する。
ズゥゥゥン……。
腹の底に響くような駆動音と共に、プラットホームに据え付けられた巨大な鉄の塊が目を覚ました。
それは、俺がこの1週間、寝る間も惜しんでレストアした「軌道列車」だった。
ベースとなったのは、車庫で錆びついていた鉱石運搬用の列車だ。
だが、今の姿にかつての面影はない。
装甲は、ベンケイと同等の強度を持つオリハルコン装甲で覆われている。
先頭車両には、障害物を物理的に粉砕するための巨大な衝角と、岩盤掘削用のドリルを装備。
後部車両は、居住スペース兼移動工房として完全にリフォーム済みだ。
名付けて、装甲列車『アイアン・スネーク号』。
俺たち反逆者の、新たな足だ。
「どうだ、ベンケイ。お前の新しい職場だぞ」
俺が声をかけると、機関車の運転席に巨体を押し込んでいたベンケイが、モノアイを青く明滅させた。
『機関出力、正常。ブレーキ圧、正常。……素晴らしい仕上がりです、マスター。現役時代のスペックを300%上回っています』
「当たり前だ。俺が手を入れたんだからな」
俺はニヤリと笑い、工具を腰のベルトに収めた。
プラットホームには、見送りに来たギリアムとルルの姿があった。
ルルは心配そうに眉を寄せ、両手を胸の前で組んでいる。
「クロウ殿、本当によろしいのですか?地下の探索など、何が潜んでいるか分かりません。今回は我々も同行した方が……」
ギリアムが不安げに尋ねる。
俺は首を横に振った。
「いや、今回は俺とシズ、それにベンケイのチームで行く。まだ安全が確保されていないルートだ。それに、誰かがこの工場を守らなきゃならない」
俺はルルの前にしゃがみ込み、その頭を撫でた。
「ルル。お前とギリアムは、ここの留守番だ。防衛システムはオートにしてあるが、万が一の時は、お前がギリアムを守ってやってくれ」
ルルは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な表情になり、コクリと強く頷いた。
彼女の声――『天使の歌声』は、実験の結果、生物を鎮静化させる力があることが分かっている。
もし変異体が迷い込んでも、彼女がいれば時間は稼げるはずだ。
「行ってきます、ルル。お土産に、キラキラ光る綺麗な石を持って帰ってきてあげますね」
シズがしゃがみ込み、ルルの小さな手を握る。
ルルは顔を赤らめ、小さな声で「……いってらっしゃい」と紡いだ。
俺が作った人工声帯は、今日も完璧に機能しているようだ。
「よし、出発だ!野郎ども、乗り込め!」
俺が号令をかける。
プシューッ!
排熱ガスが噴出し、アイアン・スネーク号が動き出した。
目指すは北へ50キロ。
『第3資源採掘プラント』だ。
車窓の外を、等間隔に並んだ照明灯が流れていく。
俺たちは暗闇の中を、猛スピードで突き進んでいた。
***
地下鉄の旅は、予想以上に快適だった。
俺が念入りに調整したサスペンションのおかげで、振動はほとんどない。
車両の中で優雅にコーヒーを飲む余裕すらある。
向かいの席では、シズが窓の外を流れる暗黒をジッと見つめている。
『……不思議です』
シズがポツリと漏らした。
「何がだ?」
『地下とは、暗く、汚く、危険な場所だと定義されていました。ですが、今は……なぜか、落ち着きます。まるで、ゆりかごの中にいるような』
彼女の言葉に、俺は苦笑した。
「そりゃそうだ。このトンネルも、列車も、全部人間が作ったものだからな。自然の脅威に晒される地表より、人工物に囲まれている方が、機械であるお前にとっちゃ居心地がいいんだろうよ」
『そう、なのでしょうか。……マスターの作る空間は、いつも暖かいですね』
シズが俺を見て、ふわりと微笑んだ。
最近、彼女の表情が豊かになってきた気がする。
初期化されていた感情プログラムが、学習によって成長しているのだろうか。
それとも、俺の整備の腕が良すぎて、顔面パーツの可動域が広がりすぎたか?
そんな軽口を叩こうとした時だった。
キキキキキィィィィィッ!!
突如、列車が急ブレーキをかけた。
慣性で身体が前につんのめる。
俺はとっさにコーヒーカップを守り、シズは素早く俺の身体を支えた。
「なんだ!?事故か!?」
俺がインターホンに怒鳴る。
運転席のベンケイから、冷静な報告が返ってきた。
『障害物検知。前方の線路上に、巨大な瓦礫……いいえ、構造物が崩落しています。これ以上の進行は不可能です』
俺とシズは顔を見合わせ、すぐに装備を整えて外へ出た。
列車のヘッドライトが、闇の中に浮かび上がる「絶壁」を照らし出していた。
それは、天井が崩れてできた瓦礫の山だった。
トンネルを完全に塞いでいる。
「……こりゃひどいな。掘削ドリルで穴を開けるにしても、半日はかかるぞ」
俺が舌打ちをした時だ。
シズが鼻をピクリと動かし、刀の柄に手をかけた。
『マスター、下がってください。……匂います』
「匂う?ドロイドなのにか?」
『匂うというのは比喩です。正確には、瓦礫の向こう側から、強烈なエネルギー反応を確認』
瓦礫の隙間から、青白い光が漏れている。
鉱石に一歩一歩近づくごとに、ヘルメットに搭載された放射線測定器の数値が跳ね上がっていた。
「……これは高純度エネルギー鉱石の反応だ!ってことは、この瓦礫の向こうが目的地か!」
『はい。座標データとも一致します。どうやら、トンネルの外壁が崩れて、線路まで鉱石が溢れ出しているようです』
「なら話は早い。ここからは歩きだ。ベンケイ、お前はここで列車を守れ。俺とシズで様子を見てくる」
『了解です、マスター』
俺たちは瓦礫の山をよじ登り、その向こう側へと降り立った。
そこで俺たちが目にしたのは、息を呑むような光景だった。
「……すげえ」
思わず声が出た。
そこは、広大な地下空洞だった。
天井も壁も、すべてが青く輝くクリスタルで埋め尽くされた空間。
巨大な鍾乳洞のようだが、その一本一本が、帝国では宝石よりも高値で取引される「高純度エネルギー鉱石」の結晶なのだ。
青白い光が乱反射し、地底とは思えない幻想的な輝きに満ちている。
「ここにあるだけで、帝国軍の一個艦隊を十年は動かせる量だぞ……。まさに宝の山だ」
俺は震える手で、足元の結晶を一つ拾い上げた。
ほんのりとした温かさがある。
この石一つで、工場の動力炉を一ヶ月はフル稼働できるエネルギー密度だ。
『マスター、警戒を。エネルギー濃度が高すぎます。これほどの環境下では、通常の生態系とは異なる進化を遂げた個体が存在する可能性があります』
シズが油断なく周囲を警戒する。
俺も頷き、腰のプラズマカッターを抜いた。
「ああ、分かってる。こんなご馳走の山を、誰も食わずに放置してるわけがないからな」
その言葉がフラグになったわけではないだろうが。
ズズズ……。
地面が、微かに震えた。
いや、地面ではない。
俺たちの目の前にある、巨大な「青い岩山」が動いたのだ。
『ッ!?緊急回避!』
シズが俺を突き飛ばす。
直後。
ドォォォォン!!
先ほどまで俺が立っていた場所に、巨大な水晶の槍が突き刺さった。
「なっ……!?」
俺は転がりながら体勢を立て直し、その「岩山」を見上げた。
それは、生物だった。
全長二十メートルはあるだろうか。
多脚型の甲殻生物。
だが、その背中は岩ではなく、鋭利に尖った青いエネルギー鉱石の棘で覆われている。
六つの複眼が、青白く、そして凶悪に輝いていた。
『個体名不明!エネルギー鉱石と融合した、特異型汚染変異体です!』
「さしずめ、鉱石喰らいってとこか!あいつ、ここにあるエネルギーを食って育ってやがったんだな!」
敵が咆哮を上げる。
キシャァァァァァァッ!!
その声は空気を振動させ、周囲のクリスタルを共鳴させて不快な高周波を撒き散らした。
「うぐっ……!?」
俺は耳を塞いだ。
鼓膜が破れそうだ。
『マスター、下がって下さい!排除します!』
シズが跳躍する。
ブースターを全開にし、音速の斬撃を敵の頭部へと叩き込む。
ガギィィィン!!
硬質な音が響き、火花が散った。
だが、刃は通らない。
敵の装甲――いや、身体を覆うクリスタルが硬すぎるのだ。
『物理切断、不可能です!』
「マジかよ!あいつの身体、全部エネルギーの塊か!」
敵が反撃に出る。
背中の棘が一斉に発光したかと思うと、そこから青白いレーザーのような電撃が放たれた。
バリバリバリバリッ!!
『くっ……!』
シズが刀で防ぐが、衝撃で吹き飛ばされる。
「シズ!」
『ダメージ軽微。ですが、接近できません。あの放電フィールドがある限り、近づけば回路を焼かれます』
厄介すぎる。
物理攻撃は通じず、遠距離攻撃も強力な放電フィールドで無効化される。
おまけに、ここは敵の巣だ。
周囲にある無尽蔵のエネルギー鉱石から、奴は無限に力を供給できる。
持久戦になれば、こちらはジリ貧だ。
「……くそッ、どうする。逃げるか?いや、ここまで来て手ぶらで帰れるか!」
俺の脳が高速回転を始める。
エンジニアの思考。
敵の弱点を探せ。
構造を見抜け。
奴はエネルギーの塊だ。
鉱石を食って、体内で変換し、あの電撃として放出している。
つまり、奴の体内は「過剰なエネルギーで満たされた高圧ボイラー」と同じだ。
外側が硬いなら、内側から壊せばいい。
だが、どうやって?
俺の視線が、周囲の地形を走る。
無数に生えたクリスタルの柱。
そして、足元に敷設された、朽ち果てた「トロッコ用のレール」。
「……レール?」
閃いた。
電流。
伝導体。
レール。
そして、俺たちが乗ってきた「アイアン・スネーク号」には、大岩を粉砕するための巨大なドリルと、ベンケイという超重量級の発電機が乗っている。
「いける……!」
俺は通信機に向かって叫んだ。
「シズ!あいつを3分間、足止めしろ!その間に俺が『必殺兵器』を準備する!」
『3分……。了解です。私の全パーツが焼き切れても、時間を稼ぎます!』
シズが再び突撃する。
今度は正面からではなく、高速機動で敵の周囲を旋回し、放電の狙いを散らす作戦だ。
俺はその隙に、全速力で瓦礫の山を駆け戻った。
トンネルの向こうで待機しているベンケイの元へ。
「ベンケイ!仕事だ!先頭車両のドリルユニットをパージしろ!それから、お前の動力炉を直結ケーブルでドリルに繋げ!」
『肯定。ですがマスター、ドリル単体では自走できません』
「走らせるんじゃない!これを飛ばすんだよ!こいつを『弾丸』にする!」
俺は瓦礫の隙間から見えていた、鉱山用のレールに目をつけた。
このレールは、あの空間の中央、クリスタル・イーターがいる場所まで一直線に続いている。
簡易的なリニア・カタパルトだ。
フレミングの法則。
ローレンツ力。
「いいかベンケイ。俺が合図したら、お前の全エネルギーをこのレールに叩き込め。リミッター解除で、120%だ!」
『了解。動力炉融解のリスクがありますが、実行します』
準備完了まで、あと30秒。
広場の方では、シズが限界を迎えていた。
度重なる電撃を受け、彼女の銀色の装甲は黒く焦げ、動きが鈍っている。
鉱石喰らいが、トドメとばかりに巨大な顎を開き、エネルギーを溜め始めた。
極大の熱線が、シズを消し炭にしようとしている。
『……ここまで、ですか』
シズが膝をつく。
だが、その時だ。
「シズゥゥゥッ!伏せろォォォォッ!!」
俺の声が響き渡った。
シズは反射的に地面に伏せる。
同時に、俺はベンケイの背中でスイッチを叩いた。
「食らいやがれ!特製・超電磁スピン・ドリル・ブレイクだぁぁぁッ!!」
ズガァァァァァン!!
ベンケイの全電力を受けたコイルが発光する。
音速を超えて射出されたのは、数トンの重量を持つ巨大な採掘用ドリルだ。
それは青白い雷を纏いながら、レールの上を滑走し、瓦礫の山を突き破り、一直線に敵へと飛び込んだ。
狙いは一点。
鉱石喰らいが開いた、その口の中!
ドシュゥゥゥッ!!
ドリルの先端が、敵の口腔内に吸い込まれる。
硬い外殻ではない。
柔らかい粘膜の奥、敵の心臓であるエネルギーコアが輝く喉の奥へ。
そして、回転するドリルが、体内で暴れ回る。
ギ、ギィィィィィィィッ!?
鉱石喰らいが、聞いたこともないような絶叫を上げた。
体内からの破壊。
「爆ぜろッ!」
俺が拳を握りしめる。
カッ!!
敵の身体が内側から強烈に発光した。
青い光が膨張し、甲殻の隙間から光線が漏れ出す。
そして。
ズドォォォォォォォォン!!
大爆発。
地下空洞全体が揺れるほどの衝撃波と共に、鉱石喰らいの巨体は木っ端微塵に弾け飛んだ。
青い破片が、キラキラと雪のように降り注ぐ。
静寂が戻った。
残ったのは、焦げ付いた匂いと、舞い散るエネルギーの残滓だけ。
「……はぁ、はぁ。見たか……これが、エンジニアの喧嘩のやり方だ」
俺は膝から崩れ落ちそうになりながら、Vサインを作った。
瓦礫の向こうから、ボロボロになったシズが歩いてくる。
彼女は俺を見ると、呆れたように、しかしどこか誇らしげに溜息をついた。
『……マスター。貴方は本当に、無茶苦茶ですね。ドリルをレールガンにして撃ち込むなんて、どこの戦術教義にも載っていません』
「俺の辞書にだけ載ってるんだよ」
俺はシズに肩を貸してもらいながら、爆心地へと向かった。
そこには、敵の死骸と共に、一際強く輝く巨大な結晶が転がっていた。
鉱石喰らいの心臓。
凝縮されたエネルギーの塊だ。
「大漁だ。ここの資源があれば、工場の出力どころか、大都市一つだって賄える」
俺は熱を帯びた結晶を拾い上げた。
重い。
それは、未来の重さだった。
「帰ろうぜ、シズ、ベンケイ。ルルとギリアムが待ってる。……あいつらに、最高の土産話と、宝石を見せてやらないとな」
***
こうして、俺たちの初めての遠征は、大成功に終わった。
工場に持ち帰った大量のエネルギー鉱石のおかげで、工場の動力炉はかつてない活況を呈していた。
【エネルギー充填率:100%】【動力炉出力:安定】【稼働可能時間:無制限】
コンソールに表示される文字列を見ながら、俺はニヤリと笑った。
満タンだ。
これで、エネルギー残量を気にせず、資材の生成や設備の修復を思う存分行える。
俺たちの拠点は、盤石なものとなった。
だが。
俺たちはまだ知らなかった。
この時、地下深くで放った強大なエネルギーの波動が、エンド上空にある監視衛星から、10万光年離れた「ある場所」に感知されていたことを。
帝国首都星、軍事司令部。
無数のモニターに囲まれた暗い部屋で、一人の男が画面上の波形を見つめていた。
『……辺境宙域、廃棄惑星エンドにて、高エネルギー反応を確認。この波形……旧時代の遺産か?』
男は、冷酷な光を宿した義眼を細めた。
『パトロール艦隊に繋げ。……掃除の時間だとな』
俺たちの知らないところで、最悪の敵が動き出そうとしていた。
だが、今の俺たちはまだ、目の前の勝利と、ルルの笑顔に酔いしれていたのだった。




