第64話 監獄惑星攻略作戦
翌日。
ノルドステーションの最深部にある、対盗聴シールドで守られた特別作戦会議室。
重厚な円卓を囲むメンバーの顔ぶれは、いつになく真剣だった。
俺、クロウ・フォン・フライハイト。
ドロイドのシズ。
そして、寄子領のパトロール任務から急遽戻った、グレイ・ヴォルフ大佐。
さらに、先日「取引」を成立させたレジスタンス組織のリーダー、クロエだ。
彼女は新品の服に身を包み、食事と休息をとったおかげで顔色は良くなっていたが、その瞳に宿る鋭い光は変わっていない。
「さて、全員揃ったな」
俺は集まった面々を見渡し、本題を切り出した。
「これより、アインザッツ強制収容所に囚われているレジスタンスメンバーの奪還作戦について協議する。……まず、敵地の正確な場所と情報を共有したい」
俺が目配せすると、シズが部屋の中央に巨大な銀河マップのホログラムを展開した。
「アインザッツ強制収容所が存在するのは、ここ。『監獄惑星アイリス』です」
シズが指し示したのは、俺たちのいる北方辺境と似た辺境の場所だった。
「場所は帝国首都星を中心に見ると、我が領が北方の辺境であるのに対し、アイリスは東方の銀河外縁部、その最深部に位置しています。一般航路からは外れた暗礁宙域です」
「東の果てか。遠いな」
「はい。そしてこのアイリスは、自然の惑星ではありません」
ホログラムが拡大され、不気味な黒い球体が映し出された。
表面は無機質な金属で覆われ、無数の砲台と監視塔が針のように突き出している。
「人工天体……?」
「その通りよ」
説明を引き継いだのは、クロエだった。
彼女は忌々しげにその球体を睨みつけた。
「監獄惑星アイリスは、帝国が建造した巨大な宇宙要塞よ。直径は10000キロメートル。惑星規模の超巨大人工天体ね」
「ほう、デカいな」
「問題はその武装よ。分かっているだけでも、対艦用の大出力レーザー砲が1000門。高出力レーザー機関砲に至っては数えられないほど配備されているわ」
「1000門だと?」
俺は眉をひそめた。
フェンリルの主砲と同じクラスの兵器が、1000門も並んでいるというのか。
「さらに、惑星そのものを破壊できるほどの、超弩級レーザー砲も搭載されているらしいわ」
「なっ……!?」
その情報には、さすがの俺も驚愕した。
惑星破壊兵器。
それは俺が切り札として持っている超弩級戦艦ラグナロクの『対消滅縮退砲』に匹敵する戦略兵器だ。
まさか、帝国も同等の兵器を隠し持っていたとは。
「……厄介だな。閣下、正面突破は無理だぜ」
腕組みをして聞いていたヴォルフが、渋い顔で唸った。
「フェンリルは最強の盾を持っているが、あくまで戦艦同士の撃ち合いを想定したもんだ。大出力レーザー砲1000門の一斉射撃を受ければ、シールドは一瞬で飽和、ご自慢の流体金属装甲も再生が追いつかずに蒸発しちまうな」
「攻撃面だけじゃないわ。防御面も完璧なの」
クロエがさらに絶望的な情報を付け加える。
「アイリスの周囲には、帝国首都星で使用されているものと同じクラスの『エネルギーシールド』が常時展開されているわ。生半可な攻撃じゃ、傷一つつけられない」
「鉄壁、か」
俺は指で机を叩いた。
なるほど、アインザッツ議長が「法の番人」として絶対的な権力を誇る理由が分かった気がする。
この難攻不落の宇宙要塞こそが、彼の力の源泉なのだ。
「で、だ。その要塞の中に、何人が収容されているんだ?」
「収容総数は……約5000億人よ」
「ご、5000億!?」
「全員が思想犯、あるいは無実の罪で捕まった人々よ。彼らは死ぬまで過酷な労働を強いられているわ」
クロエは拳を握りしめた。
「今回、どうしても救出して欲しい幹部や主要メンバーだけでも、100万人はいるわ」
「100万人、か」
俺は天を仰いだ。
1000人の救出なら強行突破も考えられる。
だが、100万人となると話は別だ。
輸送船を何百隻も用意し、敵の砲火の中でピストン輸送をする必要がある。
そんなことをしていれば、輸送船ごと撃ち落とされて全滅だ。
「正面玄関から入って、100万人を連れて逃げるなんて物理的に不可能だぞ。何年かかると思ってる」
俺が指摘すると、クロエは懐から古びたデータチップを取り出した。
「ええ、普通ならね。一気にそんな数は運べない。……『運ぶ』ならね」
クロエはチップをシズに手渡した。
シズがそれをコンソールに接続すると、ホログラムの映像が一変した。
黒い球体の表面だけでなく、複雑に入り組んだ「内部構造」が鮮明に映し出されたのだ。
通気ダクト一本、配線一本に至るまで、恐ろしいほど詳細な設計図だった。
「これは……アイリスの設計図か?しかも、軍の最高機密レベルの」
俺が驚くと、クロエは静かに、しかし重々しく答えた。
「このデータを入手するために、私たちは10年かけたわ」
彼女の声が微かに震える。
「潜入工作員を何千人も送り込んで……そのほとんどが処刑された。拷問され、情報を吐かされそうになって自決した仲間もいる。このチップ一つを持ち出すために、最後には陽動で3万人の同志が特攻して死んだわ」
「3万人……」
室内の空気が凍りついた。
目の前に浮かぶ青白い設計図。
それは単なるデータではない。数万人の命の代償であり、彼らの血と執念の結晶なのだ。
「彼らの犠牲のおかげで、私たちはこの要塞の『秘密』を知ることができた」
クロエは設計図の中心核を指差した。
「この惑星、中心核に『超光速航行エンジン』が搭載されているのよ」
「……は?」
会議室の空気が止まった。
惑星サイズのものに、エンジン?
「つまり、この惑星自体が『超巨大な宇宙船』ってことよ。非常時には惑星ごと移動できるように設計されているの」
クロエは涙をこらえながらも、力強く言い放った。
「だから、作戦はこうよ。私たちが中枢に潜入し、メインブリッジを制圧する。そして、惑星のコントロールを奪い、超光速航行エンジンを起動……5000億人の囚人を乗せたまま、惑星ごと銀河の外へワープして逃げるのよ!」
「…………」
あまりのスケールの大きさに、全員が言葉を失った。
囚人を助け出すのではなく、監獄ごと盗み出す。
まさに発想の転換であり、死んでいった数万人の仲間が託した、起死回生の策だった。
「ハッ、ハハハハハ!!」
俺は堪えきれずに高笑いした。
「最高だ!気に入ったぞクロエ!惑星強盗とはな、俺でも思いつかなかった!」
「ふふん、伊達に数百年も帝国相手に喧嘩売ってないわよ。……これが、死んでいったあの子たちが遺してくれた、最後の希望なの」
「なるほど、理に適ってるな」
ヴォルフも感心したように頷く。
「外からの攻撃には無敵の要塞も、中から乗っ取られれば脆い。制御さえ奪えば、あの強力な武装もシールドも、すべて我々のものになります」
「だが、問題はどうやって入るかだ」
俺は冷静さを取り戻し、核心を突いた。
「シールドがある以上、どうやって内部に侵入する?」
「それは……私たちがいるじゃない」
クロエは自分自身を指差した。
「あんたは『帝国の貴族』、フライハイト勇爵よ。そして私たちは『捕まったレジスタンス』。……分かるでしょ?」
「……なるほど。囚人として俺が護送してきた、ということにすれば、正面ゲートを堂々と通れるわけか」
俺が捕縛したレジスタンスを、直接アインザッツ強制収容所に引き渡しに来た、という名目なら、向こうも拒否する理由はない。
むしろ、議長の覚えを良くしたい貴族ならやりそうなことだ。
「だが、それはお前らが一番危険じゃないのか?」
俺はクロエの目を見据えた。
護送されるということは、武装解除され、手錠をかけられ、敵の懐深くまで連行されるということだ。
もし途中で正体がバレれば、その瞬間に処刑される。丸腰でだ。
「一番のリスクを背負うのは、お前たちだぞ」
「分かってるわ」
クロエは即答した。
その声に迷いは一切ない。
「だけど、やるしかないのよ。私たちは弱者だもの。ずっとそうやって、命がけの博打を打ち続けてきたんだから。……それに」
彼女はちらりと俺を見た。
「今回は『最強の護衛』がついているんでしょう?あんたが守ってくれるって、信じてもいいのかしら?」
挑発的な視線。だが、そこには確かな信頼への期待があった。
俺は口角を上げた。
「愚問だな。俺の囚人に指一本触れさせるものか」
俺は立ち上がり、宣言した。
「よし、作戦決定だ!フェンリル単艦でアイリスへ向かう。表向きはレジスタンスの護送任務だ。内部に入り込み、中枢を制圧、アイリスごと持ち逃げする!」
「了解!」
「承知しました、マスター」
「ヴォルフ、お前はフェンリルの指揮を執り、外で待機だ」
「御意。派手に花火を上げましょう」
「クロエ、お前たちは演技力を磨いておけよ。怯えた囚人のフリができなきゃ、怪しまれるからな」
「失礼ね。私、昔は劇団員志望だったのよ?」
クロエが不敵に笑う。
その笑顔の裏には、散っていった数万の仲間の魂が共にあるようだった。
こうして、5000億人を救うための、銀河史上最大規模の「強盗作戦」が動き出した。
狙うは帝国の暗部、監獄要塞アイリス。
フライハイト家の次なる獲物は、惑星一つだ。




