第61話 白銀の悪魔
漆黒の宇宙空間。
惑星ジルブランの軌道上を埋め尽くすように展開した、1万隻の宇宙海賊艦隊「ブラッディ・スカル」。
彼らの目の前に、たった一隻で立ちはだかる白銀の巨影があった。
フライハイト勇爵家の戦艦『フェンリル』である。
『へっ、一隻で何ができるってんだ!あんなピカピカの船、集中砲火で鉄屑にしてやるぜ!』
宇宙海賊たちの嘲笑が通信回線に乗って聞こえてくる。
だが、フェンリルのブリッジでは、クロウが不敵な笑みを浮かべていた。
「シズ、主砲発射準備」
「イエス、マスター。主砲発射シークエンス、起動」
その瞬間、フェンリルの外観が劇的に変化した。
艦全体を覆っていた白銀の流体金属装甲が、まるで生き物のように波打ち、艦首部分へと集中していく。
滑らかな装甲が左右に割れ、その下から現れたのは、戦艦の全長に匹敵するほどの巨大な砲身だった。
内部で圧縮されたエネルギーが、青白い光となって漏れ出している。
「な、なんだあれは!?装甲の下から……主砲!?」
「でかすぎるぞ!船体そのものが砲身になってやがる!」
宇宙海賊たちが戦慄する間も与えない。
「消えろ――大出力レーザー砲、発射」
クロウが指を弾いた。
音のない宇宙空間で、しかし視覚的な「轟音」とも呼べる極太の光帯が奔った。
それは大陸一つを容易に焼き払い、惑星の核すら貫くほどのエネルギーの奔流だ。
光が、宇宙海賊艦隊の中央を突き抜けた。
一瞬の静寂。
そして、連鎖的な爆発が宇宙を埋め尽くした。
射線上にいた艦艇は、シールドを展開する暇もなく、装甲ごと蒸発した。
その余波だけで周囲の艦艇も誘爆し、火球となって散っていく。
『う、うわああああああッ!?』
『2番隊から20番隊まで、信号ロスト!全滅したぞ!?』
『なんだあの威力は!ただの金持ち領主の脱出船じゃなかったのか!?化け物だ!』
たった一撃。
それだけで、密集していた敵艦隊の約2割、およそ2000隻が宇宙の塵へと変わっていた。
ブリッジでは、その光景を目の当たりにしたアレクが、開いた口が塞がらないといった様子で固まっている。
「……す、すごい。一撃で、2000隻を……」
だが、シズの報告は冷静だった。
「マスター、主砲の強制冷却に入りました。エネルギー再充填および砲身冷却完了まで、10分かかります」
「10分か。長いな」
クロウは眉をひそめた。
1万隻のうち2割を消し飛ばしたが、まだ8000隻が残っている。
宇宙海賊たちはパニックに陥っているが、それも時間の問題だ。
彼らが冷静さを取り戻し、この一隻に殺到すれば厄介なことになる。
「戦艦クラスの装甲を確実に撃ち抜くには、現状のフェンリルの武装ではあの主砲のみだ。だが、次を撃つまでの間、ただの的でいるつもりはないぞ」
クロウは素早く次の指示を出した。
「無人艦載機を全て出せ!敵の注意を引きつけ、足を止めるんだ!」
「了解。無人艦載機、全機発艦します」
フェンリルは、その防御力においても銀河最強を誇る。
第一層に高出力エネルギーシールド、第二層に自己修復機能を持つ流体金属装甲、そして第三層に最上級の金属『オリハルコン』と『ヒヒイロカネ』の複合装甲という三重の守りだ。
だが、無敵ではない。
1万に近い敵艦からの「飽和攻撃」――四方八方から同時に数万発のビームやミサイルを浴びせられれば、シールドジェネレーターは過負荷で機能停止、流体金属装甲の再生速度がダメージに追いつかなくなる。
そして最後の物理装甲も、現代戦の主流である高出力ビーム兵装の前では、長時間耐えることは難しい。
「10分間、タコ殴りにされれば流石のフェンリルも沈む。攻撃こそ最大の防御だ」
フェンリルの側面ハッチが一斉に開放された。
そこから吐き出されたのは、銀色の蜂のような無数の光点。
「無人艦載機10000機の全機発艦を確認。攻撃目標、敵艦隊」
1万機の部隊が、宇宙海賊艦隊へと殺到した。
これらは有人機ではないため、人命を考慮しない限界機動が可能だ。
鋭角的なターン、人間なら失神するほどの加速で敵の弾幕をかいくぐり、船に取り付いていく。
『な、なんだこいつら!速すぎる!』
『対空砲撃て!落とせ!』
『うわぁっ!突っ込んできやがった!』
宇宙空間でドッグファイトが始まった。
敵の対空砲火によって、いくつかが撃墜される。さすがに数が多い分、弾幕も濃い。
だが、クロウの狙いは撃滅ではない。
「シズ、敵戦艦の『エンジン』を狙え。ブリッジや砲塔は無視していい」
「エンジン、ですか?」
「ああ。敵が動けなくなれば、的として固定できる。そうすれば、冷却が終わった大出力レーザー砲を、外すことなく確実に命中させられるからな」
「……合理的かつ残酷な戦術です。了解しました、全機に指示を伝達します」
シズの瞳の中でデータが高速で流れる。
その瞬間、戦場の無人機たちの動きが変わった。
無秩序な攻撃から、明確な意図を持った精密攻撃へ。
無人機たちは被弾を恐れず、敵艦のサイドスラスターやメインエンジンに肉薄し、ミサイルを叩き込んだ。
しばらくすると、戦場の様相が一変した。
宇宙海賊艦隊の動きが、目に見えて鈍り始めたのだ。
***
一方、宇宙海賊艦隊の旗艦。
宇宙海賊「ブラッディ・スカル」の船長は、モニターに映る惨状に血を吐くような叫び声を上げていた。
「船長!第三、第四戦隊、航行不能!敵艦載機にエンジンをやられました!」
「第五戦隊もです!奴らの艦載機、臆せずエンジンの噴射口にミサイルを撃ち込んできやがります!」
「何だと!?ええい、小賢しい真似を!」
船長はコンソールを叩いた。
たった一隻の敵に、手玉に取られている。
だが、相手の狙いは読めた。
「奴ら、こちらの足を止めて、あの大砲をもう一度撃ち込む気だ!だが、奴の船は一隻だけだ!発射には時間がかかるはず!」
船長は決断した。
動けないなら、耐えればいい。
耐えて、その隙にこちらの主砲で焼き払う。
「周囲の艦載機を対空砲で迎撃しつつ、全艦、シールド出力を『艦首』に最大展開しろ!一点集中防御だ!」
「艦首に、ですか?」
「そうだ!奴の攻撃は直線的なレーザーだ!正面さえ防げば、後ろまでは届かん!全艦で壁を作れ!数千のシールドを重ねれば、いかなる攻撃も防げるはずだ!」
宇宙海賊たちは生き残るために必死だった。
動けなくなった艦艇が、残ったエネルギーの全てをシールドに回し、フェンリルの方向に幾重もの光の壁を展開する。
その様子を、クロウは冷ややかな目で見下ろしていた。
「ほう。奴らも少しは頭が回るようだな」
モニターには、敵艦隊が亀のように縮こまり、正面に分厚いシールドの壁を作っている様子が映っている。
艦載機だけでは、戦艦の分厚い装甲を貫いて撃沈するには時間がかかる。
だからこそ、彼らは「耐える」ことを選んだのだ。
「艦載機だけでは船はやられないと見るや、シールドを艦首に集中させている。理に適った判断だ」
「クロウ!あれじゃあ、次の主砲も防がれちゃうんじゃないか!?数千隻分のシールドだぞ!?」
アレクが不安そうに声を上げる。
通常なら、その通りだ。数千の艦艇が展開するシールドの積層防御は、要塞の壁よりも硬い。
だが、クロウは鼻で笑った。
「甘いな。俺のフェンリルを、そこらの量産型戦艦と一緒にするなよ」
クロウはコンソールに足を乗せ、ふんぞり返った。
「俺の船の大出力レーザー砲はな、お前らのチンケなシールドごと貫くために、コスト度外視で作ってあるんだよ!」
その時、シズの声が響いた。
「マスター、主砲の冷却および再充填が完了しました。いつでも行けます」
「よし」
クロウは立ち上がり、右手を前に突き出した。
まるで、神が裁きを下すかのように。
「無人機、退避!射線を開けろ!」
一斉に左右へ散開する。
海賊たちの視界に、再びあの悪夢のような砲口が輝くのが見えたはずだ。
「あばよ、ハイエナ共。地獄で後悔しな」
クロウの声が、虚空に響く。
「大出力レーザー砲、最大出力。――発射!!」
二度目の閃光。
それは最初の一撃よりもさらに太く、さらに激しい光の奔流だった。
宇宙海賊たちが展開した数千枚のシールド。
それらは、紙のように容易く引き裂かれた。
抵抗すら許されなかった。圧倒的な熱量は、シールドの干渉波ごと敵艦を飲み込み、貫通し、その後ろにいる艦をも貫き、一直線に宇宙の彼方まで突き抜けた。
『ば、ばかなぁぁぁぁぁッ!?シールドが、意味がな――』
断末魔すら残らず、光の中に消えていく。
動けなくなり、密集して「壁」を作っていたことが仇となった。
彼らは自ら、処刑台の上に並んだのだ。
光が収束した後。
そこには、何も残っていなかった。
1万隻いたはずの宇宙海賊艦隊は、その9割以上が消滅し、残った数隻も戦意を喪失して漂流しているか、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
「……終わったか」
クロウが息をつく。
ブリッジには、冷却ファンの低い回転音だけが響いていた。
「す……すごい……」
アレクが震える声で呟いた。
彼はモニターと、隣にいる親友の顔を交互に見ている。
「クロウ、すごすぎるよ……。本当に、10000倍の敵に勝っちゃうなんて!魔法を見ているみたいだ」
「言っただろ?俺は300倍の敵にも勝った男だってな」
クロウはニカっと笑い、アレクの背中をバシッと叩いた。
シズも淡々と、しかし誇らしげに報告する。
「残存勢力の掃討は無人機に任せれば完了します。被害状況、フェンリルは軽微。シールド消費率10%。……完全勝利です、マスター」
「よし!いい運動になったな」
クロウは大きく伸びをした。
眼下には、平和を取り戻した青い惑星ジルブランが輝いている。
あの美しい海も、森も、屋敷も、すべて守りきった。
「さあ、帰るぞアレク!戻ったら戦勝記念の凱旋だ!男爵に一番高い酒を開けてもらわないとな!」
「ははは、そうだね!父さんもきっと泣いて喜ぶよ。……ありがとう、クロウ。君は本当に、僕たちの英雄だ」
白銀の戦艦フェンリルは、勝利の余韻を残しながら、ゆっくりと青き星への帰路につくのだった。




