第55話 友との約束
ノルドステーション、執務室。
窓の外には、無数の輸送船が行き交う活気ある宇宙港の景色が広がっていた。
ドロイド軍による大粛清から半年。
俺、クロウ・フォン・フライハイトの元には、新たな体制に移行した各地から、驚くべき報告が次々と舞い込んでいた。
「マスター、旧ローゼンバーグ領を含む寄子領の経済状況ですが、極めて順調です。全ての領地において、税収および生産高が前年同月比で200%の成長を記録しています」
シズが淡々と読み上げるレポートを見て、俺は思わず天井を仰いだ。
「200%……!?いや、彼らの経営手腕が凄いのは分かっていたが、ここまでか」
俺が各地の領主として送り込んだのは、ただの家臣ではない。
数億人という気の遠くなるような応募者の中から、書類選考、そして地獄の領地経営シュミレーター実技といった苛烈極まる登用試験を勝ち抜いた、選りすぐりのエリートたちだ。
彼らの前職は、商会の会長やベンチャー企業の創業者など、いわゆる「敏腕経営者」がほとんどである。
実力主義の俺の領地において、家柄など何の意味も持たない。
求められるのは結果を出せる能力のみ。
彼らは、領地経営を「国家統治」というよりは「企業統治」として捉えている。
無駄な儀礼や派閥争いを排除し、インフラを整備し、領民という「従業員」の福利厚生を充実させ、生産性を最大化する。
その結果がこれだ。
「今まで汚職役人共が、どれだけ中抜きして私腹を肥やしていたんだって話だよな……」
俺は呆れ半分、感心半分で溜息をついた。
かつての領主たちは、金の卵を産む鶏を絞め殺して肉を食っていたようなものだ。
対して、俺たちがやっているのは鶏小屋を綺麗にし、餌を与え、卵を大量生産させること。
どちらが豊かになるかは火を見るよりも明らかだ。
「彼らは健全な発展と利益を追求するという点で、既存の帝国貴族としては異質でしょう。ですが、勇爵家という武力がバックにあることで、彼らは安心して経済活動に専念できています」
「ああ、いい循環だ。この調子で勢力圏の経済地盤を固めていこう」
俺が満足げに頷いた時だった。
シズの表情が、ふと真剣なもの――いや、彼女は常に無表情だが、纏う空気が鋭いものに変わった。
「マスター。内政は順調ですが、外に目を向けると看過できない動きがあります。直近の調査で、帝国本国が1000万隻規模の戦艦建造を進めている兆候が確認されました」
「は……?1000万?」
俺はコーヒーカップを持つ手を止めた。
聞き間違いかと思ったが、シズの高性能演算が数値を間違うはずがない。
「帝国が?そんな話、公式発表どころか噂にもなってないぞ。情報統制されているのか?どうやって分かった」
「状況証拠からの逆算です。先日、我が領の輸送網拡大のために帝国の造船所に追加で大型輸送船を発注しようとしたところ、帝国内の『全て』の造船所から断られました。『今後10年先まで受注が一杯である』と」
「全ての造船所が10年待ち?民間の需要だけでそんなことになるわけがない」
「はい。そこで詳しく物流データをハッキングし調査したところ、どうやら帝国軍がダミー会社を使って極秘裏にラインを独占しているようです。運び込まれているレアメタル、エネルギーパック、人員の規模から割り出すと、おおよそ1000万隻の戦艦を調達する計画と推測されます」
「1000万隻か……多いな」
俺は椅子に深く沈み込んだ。
前回の懲罰戦争では、相手が舐めてかかってきた上に、地の利がある「セイレーン回廊」へ誘い込めたから勝つことができた。
だが、広い宇宙空間での艦隊決戦となれば話は別だ。
俺が得意とする増殖機雷も、防衛戦や閉所では無敵だが、だだっ広い宇宙の真ん中に浮かべていても誰も引っかかってくれない。
迂回されればそれまでだ。
「守るには有利だが、こちらから攻め込む、あるいは打って出るには1000万という数は脅威だぞ」
「現在の帝国正規軍が約300万隻。それに建造予定の1000万隻が加われば、総数は1300万隻。我がフライハイト軍が現在保有する艦隊、1060万隻を、数において上回ることになります」
シズの冷静な分析に、執務室の空気が重くなる。
単純な数だけで勝敗は決まらないが、数は力だ。特に相手が本気でこちらを潰そうと総力を挙げてきた場合、消耗戦は避けられない。
「だが、こっちには切り札がある。超弩級戦艦ラグナロクに搭載されている惑星破壊兵器、『対消滅縮退砲』だ。あれがあれば、敵の主力艦隊ごと消し飛ばせるんじゃないか?」
俺の問いに、シズは首を横に振った。
「対消滅縮退砲は確かに強力無比な兵器です。一撃で恒星系すら揺るがす破壊力を持っています。しかし、その威力ゆえに、一度の発射で長時間の砲身冷却とエネルギー再充填が必要です」
シズは空中にホログラムを展開し、シミュレーション映像を表示した。
「敵も馬鹿ではありません。散開して広く展開された場合、直線的な破壊力を持つ対消滅縮退砲では一部しか消滅させることしかできません。動かない相手、あるいは惑星への攻撃には効果絶大ですが、機動力を活かした艦隊戦においては、決定打にはなり得ても『万能』ではありません」
「役不足、か……。連射が効かないんじゃ、1300万の群れを相手にするのは骨が折れるな」
俺が眉を顰めていると、シズはさらに追い打ちをかけるような情報を提示した。
「また最悪の試算にはなりますが、フライハイト家の寄子以外、帝国中の全ての貴族家を敵に回した場合、貴族の私兵も合わせると、最大で4000万隻を動員できる底力が帝国にはあります」
「よ、4000万……っ!?」
俺は絶句した。
こちらの保有戦力の約4倍。
単純計算で、1隻で4隻を相手にしなければならない。
「無論、あくまで机上の空論です。それだけの艦隊を運用するとなれば、兵士も後方部隊を合わせると2兆人は必要になります。現実的に補給線を維持するのは不可能に近いですが、帝国という組織が持つ潜在能力は、それほどまでに巨大だということです」
「2兆人……」
俺は改めて、自分たちが喧嘩を売っている相手のデカさに戦慄した。
腐っても帝国。数万年続く支配体制は伊達ではないということか。
軍事力は増強している。
技術力も圧倒的だ。
だが、相手は銀河を支配してきた巨大帝国。その底力は侮れない。
やはり、単独での力比べには限界がある。
もっと仲間が必要だ。
軍事的な同盟だけでなく、経済的、政治的に結びつき、帝国に対する緩衝地帯となってくれるような協力者が。
「シズ。我が家の勢力圏の外縁部にある隣領で、経済的に困窮している家をリストアップしてくれ。金と技術で恩を売り、こちらの陣営に引き込む」
「承知しました……検索条件入力。経済状況『困窮』、貴族ランク『下級~中級』、地理的条件『フライハイト領に隣接』……計算完了。表示します」
空中に数万件の貴族家のリストがズラリと並ぶ。
その膨大なリストをスクロールしていた俺の目が、ある一つの名前で止まった。
『ジルブライト男爵家』
「……あ」
その懐かしい名前に、俺の記憶の扉が開いた。
「ジルブライト……アレクの家か!?」
アレク・フォン・ジルブライト。
俺が特別編入した貴族学校時代の同期であり、数少ない友人の一人だ。
俺たちは共に『先端工学科』に所属していた。
周りの貴族たちが社交界だの剣術だのと華やかな話題で浮かれている間、俺とアレクは実習室に籠もり、油まみれになってジャンクドロイドをいじくり回したり、徹夜で制御プログラムを組んだりしていた。いわゆる「機械オタク」仲間だ。
『また回路が焼き切れたか。クロウ、そっちの予備パーツ貸してくれ』
『ほらよ。まったく、お前も好きだねえ。こんなポンコツ直すより新品買ったほうが早いぞ』
『自分の手で直すのがいいんじゃないか。それに、こいつにはまだ魂がある』
そんな技術談義に花を咲かせた日々を思い出す。
彼は卒業後、すぐに実家の領地を手伝う為に帰郷したはずだ。
あいつは真面目でお人好しな男だ。
貧しい実家の領地を少しでも良くするために、今も泥まみれで働いているに違いない。
「そういえば、約束してたな。『いつかお前の家にフェンリルで乗り付けてびっくりさせてやる』って」
男なら、そして技術屋なら誰もが夢見るその白銀の戦艦で遊びに行くと、俺は冗談交じりに言ったのだ。
「今がその時だな。……いや、フェンリルどころか、艦隊ごと乗り付けることになりそうだが」
俺はニヤリと笑うと、椅子から勢いよく立ち上がった。
方針は決まった。
経済支援という名目だが、久しぶりに友の顔が見たい。
それに、あいつなら俺の背中を預けるに足る男だ。
「シズ、家族全員を呼べ!俺の親友を紹介したい!準備ができ次第、出発するぞ!」
「目的地は?」
「決まってるだろ!ジルブライト領へ!」
俺は高らかに宣言した。
待ってろよアレク。
お前が腰を抜かすような土産を持って、今から会いに行くからな。




