第53話 オーダー666
数日後。
俺、クロウ・フォン・フライハイトが送り込んだドロイド軍による、「大粛清」が開始された。
対象となるのは、我がフライハイト勇爵家の寄子となった貴族たちが統治する領地だ。
これまでは旧態依然とした腐敗貴族や、その取り巻きである悪徳文官たちが我が物顔で支配していた場所である。
俺は領主たちにこう告げていた。
「領内の膿を出し切れ。できないなら、俺がやる」と。
そして今日が、その実行日だった。
各惑星、各都市、各重要施設に、俺の万能物質生産工場から吐き出された無数の戦闘ドロイドが同時に降下を開始する。
空を埋め尽くす輸送船のハッチが開き、黒い雨のようにドロイドたちが降り注ぐ光景は、圧巻の一言に尽きる。
「な、なんだこれは!?空が……鉄の塊で埋め尽くされているぞ!」
「ドロイド軍だ!フライハイトの紋章が入っている!」
「ばかな、ここは勇爵家の同盟領だぞ!?なぜ我々が攻撃されているんだ!?」
現地にいた文官たちは大混乱に陥っていた。
彼らはこれまで、領主の威光を傘に着て私腹を肥やし、領民を虐げてきた連中だ。
まさか自分たちが排除の対象になるとは夢にも思っていなかったのだろう。
彼らが慌てて私兵団や警備隊を呼び寄せようとするが、すべては遅すぎる。
「排除せよ、排除せよ、排除せよ」
無機質な音声と共に、ドロイドたちが正確無比な射撃を行う。
腐敗した役人が雇っていたゴロツキのような兵士たちは、最新鋭の装甲を持つドロイドの前に成す術もなく薙ぎ払われていく。
「ドロイドが多すぎる!」
「ひいいっ!た、助けてくれ!金ならある!金貨でも延べ棒でもくれてやるから!」
命乞いをする文官を、ドロイドの冷たい光学センサーが見下ろす。賄賂など、プログラムされた彼らには何の意味も持たない。
各地の文官たちは、その罪状を読み上げられる暇もなく、ことごとく殺害されていった。
その圧倒的な暴力の嵐の中で、しかし、虐げられてきた者たちの反応は違った。
重税に喘いでいた4等民、スラム街に押し込められていた5等民たちは、窓から、路地裏から、その様子を恐る恐る覗き込み――そして、歓喜したのだ。
「おい見ろよ、あの悪代官の屋敷が燃えてるぞ!」
「税務官の車がドロイドに踏み潰された!」
「やった……やったぞ!ようやくあいつらの支配が終わるぞ!」
抑圧の象徴であった役所や豪邸が制圧されていく様を見て、彼らは涙を流して喜んでいた。
俺が目指すのは、あくまで効率的で生産的な領地経営だ。
そのためには、生産者である領民のモチベーションを下げる害虫は排除しなければならない。
各地での作戦は概ね順調に進んでいるようだった。
だが、一箇所だけ、予想以上の抵抗を見せている場所があった。
それは、俺が実施した登用試験で堂々の1位を獲得した才女、ビアンカ・フォン・ステラ女男爵に任せた「旧ローゼンバーグ領」だ。
***
旧ローゼンバーグ領は、元々広大な工業地帯を有する豊かな土地だった。
だが、それ故に利権構造は複雑怪奇に入り組み、腐敗の根は深い。
ビアンカが新領主代行として赴任し、改革を宣言した瞬間、既得権益を失うことを恐れた旧勢力が牙を剥いたのだ。
モニターに映し出される現地の映像は、凄惨なものだった。
都市のあちこちから黒煙が上がっている。
それは戦闘による被害ではない。内側からの破壊だ。
「……狂ってやがるな」
俺はフェンリルのブリッジで、その光景を見て呟いた。
現地の文官どもは、自分たちが次の領主体制で政治に関われない、つまり「甘い汁を吸えない」とわかるや否や、領地の各地で破壊工作を開始していたのだ。
『ワシらを無視するというのなら、焦土作戦だ!』
傍受した通信からは、狂乱した役人の叫び声が聞こえてくる。
『せめても奴らが統治できないように、ありとあらゆるインフラ、工場を破壊しろ!発電所を爆破せよ!貯水施設に毒を入れろ!』
『我々が得られない富など、灰にしてくれるわ!』
彼らは自分たちの保身すら投げ出し、ただ「新しい支配者を困らせる」ためだけに、領地という資産を破壊していた。
領民のことなど微塵も考えていない。
まさに害虫、いや、ウイルスのような連中だ。
ビアンカも優秀な指揮官だが、守るべき対象が多すぎる上に、敵が身内の顔をしてインフラ内部に潜んでいるため、対応に苦慮しているようだった。
『こちらビアンカ!第3工業区画にて爆発確認!消火班を急行させて!ドロイド部隊は暴徒化した警備隊の鎮圧を優先!くっ、数が足りないわ……!』
通信機越しに、彼女の悲痛な声が響く。
領内は大混乱である。このままでは、制圧が完了した頃には、ローゼンバーグ領はただの瓦礫の山になっているかもしれない。
俺は見かねて、ビアンカに超光速通信で回線を繋いだ。
「おいビアンカ、お前の領地大変だな。汚職役人が多すぎてドロイド軍が1億でも足りない様子だ」
モニター越しに現れたビアンカは、煤で顔を汚し、髪を振り乱していた。
だが、その瞳の光は失われていない。
彼女は俺の顔を見ると、一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、すぐに悔しげに唇を噛んだ。
『……閣下。申し訳ありません。私の力不足で、領内の資産を守りきれておらず……』
「いや、お前のせいじゃない。あいつらが予想以上に腐っていただけだ。自分の家を燃やして喜ぶ馬鹿の思考なんて、まともな人間には理解できなくて当然だからな」
俺は肩をすくめ、手元のコンソールを操作しながら言った。
「で、だ。これ以上被害が広がるのも癪だ。俺の『秘密兵器』を使うか?」
ビアンカが怪訝な顔をする。
ドロイド軍団を数兆体展開できる俺が、まだ何か隠しているのか、という顔だ。
『閣下、秘密兵器とは一体なんでしょうか?これ以上の増援を送っていただけるのですか?』
「増援?いやいや、送る必要なんてない。『もう居る』んだよ」
俺はニヤリと笑った。
「もう身内のお前だから言うが、俺が売ってる、貴族や高級文官に大人気の高級ドロイド『セラフィム』はな、俺だけがアクセス可能な戦闘モードがあるんだよ」
その言葉に、ビアンカが目を見開く。
「セラフィム」シリーズ。
それは俺が万能物質生産工場で作り出し、銀河中の富裕層に向けて販売した、人間と見紛うほど精巧で美しい愛玩・給仕用ドロイドだ。
その美貌と完璧な奉仕プログラム、そして何より「フライハイト製の高級品」というステータスから、腐敗した貴族や高官たちはこぞってこれを買い求めた。
当然、ローゼンバーグ領でふんぞり返っている汚職役人たちの屋敷にも、必ずと言っていいほど配備されている。
「今お前が戦っている文官共のところにも『セラフィム』は居るからな。執務室で茶を淹れていたり、あるいは護衛のつもりで側に侍らせていたりするだろうよ」
俺はモニター越しのビアンカに向かって、悪戯っ子のようにウィンクした。
「ちょっと遊ぼうかとな。秘密だぞコレ」
ビアンカはしばらく言葉を失っていたが、やがて深い溜息をついた。それは呆れと、そして畏怖が入り混じったものだった。
『……どこまで用意周到なんですか閣下は。尊敬というよりもはや呆れです』
彼女は首を振り、しかし力強く頷いた。
『ですが、助けていただけるのなら、私としても嬉しいので、お願いします。このまま奴らに好き勝手させるのは、私のプライドが許しません』
「了解だ。見ておけよ、最高のショーだぞ」
俺は通信を切ると、傍らに控えていた俺の専属ドロイド、シズに振り返った。
「シズ、やるぞ」
「承知いたしました、マスター」
シズは無表情のまま、空中にホログラムキーボードを展開する。
その指先が残像が見えるほどの速度で動き、超光速通信を通じて特定の信号を発信した。
「対象地域、旧ローゼンバーグ領全域。稼働中の『セラフィム』シリーズ、全機捕捉。戦闘リミッター解除」
シズの冷徹な声がブリッジに響く。
そして、彼女は俺が設定した、とあるコードネームを口にした。
「オーダー666、プロトコル起動」
***
旧ローゼンバーグ領の行政中枢ビルの一室。
外では爆音が響いているが、防音設備の整ったこの部屋では、汚職文官たちが青ざめた顔でワインを煽っていた。
「くそっ、あの小娘め!だが我々の隠し資産までは見つけられまい」
「そうだ、この屋敷を爆破して逃げるぞ。準備はいいか?」
彼らの背後には、美しいメイド服に身を包んだドロイド「セラフィム」たちが控えている。
文官たちは知らない。
自分たちが「逃げる」前に、もっと確実な「消去」が待っていることを。
『オーダー666、受信。対象、敵性存在と認定...』
一人の文官が、荷物をまとめようと立ち上がった瞬間だった。
背後に控えていたセラフィムが、音もなくその背中に手を伸ばす。
その可憐な指先が、鋭利な刃のように変形し、文官の心臓を一突きで貫いた。
「がっ……!?」
「な、なんだ!?貴様ら、何を……ぐあっ!?」
他の文官たちも、それぞれの「愛玩人形」によって、瞬く間に絶命させられた。
悲鳴を上げる間もない、鮮やかな暗殺だった。
死体が転がる部屋の中で、セラフィムたちは無表情のまま、美しい声でシンクロして呟く。
『対象の沈黙を確認。オーダー666、最終フェーズへ移行』
『機密保持プロトコル実行。証拠隠滅を開始します』
彼女たちの胸部、心臓にあたる部分で、不吉な高エネルギー反応が輝き始めた。
それは、本来なら戦艦の主砲動力などに使われる禁断のテクノロジー。
『超小型対消滅縮退炉、臨界点到達』
カッ、と部屋の中が白い光に包まれた。
次の瞬間、轟音と共に、行政中枢ビルの上層階が丸ごと消し飛んだ。
それは通常の爆発ではない
対消滅エネルギーによる完全な消滅だ。
死体も、横領の証拠書類も、建物の一部も、文字通り原子レベルで分解され、塵一つ残さず消え去ったのだ。
まさに、完全勝利だった。
***
数十分後。
ビアンカからの通信が再び入った。
先ほどまでの焦燥感は消え失せ、画面の向こうの彼女は、どこか狐につままれたような顔をしている。
『……閣下。報告します。敵の首謀者たちが立てこもっていた拠点が、軒並み「消滅」しました』
俺は満足げに頷いた。
「そりゃよかった。これでインフラの破壊も止まるだろ」
『ええ、指揮系統を失った実行部隊は総崩れです。すでに降伏勧告に応じています。……ですが閣下』
ビアンカがジト目を向けてくる。
『私の屋敷にいるセラフィムも、もしかして同じ機能が?』
「安心しろ。俺に敵対しない限り、彼女たちは最高のメイドだ。ま、裏切り者の喉元には常にナイフがあるってことだけ、忘れないでいてくれればいい」
『……本当に、貴方という人は。一生ついていきますよ、怖すぎて裏切れませんから』
ビアンカは苦笑しながらも、その瞳には確かな信頼の色があった。
こうして、旧ローゼンバーグ領を含むすべての反乱分子は排除された。
その日、歴史の裏側で暗躍した美しいドロイドたちの名は記録に残ることはなかったが、新体制への移行は、劇的な速度で完了したのだった。
俺は玉座に深く座り直し、シズが入れてくれたコーヒーを啜る。
銀河最強の生産者への道は、まだ始まったばかりだ。
邪魔をする奴には、とびきりの「生産的な」死を与えてやるまでだ。




