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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第5章 内政編

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第51話 フライハイト派閥

 帝国首都星(セントラル)


「グランド・セントラル・ホテル」のスイートルーム。


 時計の針は深夜2時を回っていた。


 1万5000人の合格者たちが、夢の中で自分が男爵になる輝かしい未来を見ている頃。


 その未来を物理的に「購入」しなければならない男、クロウ・フォン・フライハイトは、忍び足で部屋を抜け出していた。


「シズ、足音を立てるなよ。夜逃げだと思われると癪だ」


「マスター、このホテルは防音設備が完璧です。それに、夜逃げをする人間は、メインエントランスから堂々とリムジンに乗り込んだりしません」


 シズの言う通りだった。


 二人はロビーを抜け、待機させていたエアカーに乗り込むと、夜の帝国首都星(セントラル)を疾走し、宇宙港へと向かった。


 目指すは、第1区画の超大型艦専用ドックに停泊中の戦艦フェンリル。


「しかしマスター、本当によろしいのですか?あれだけの量を一度に放出するのは」


「構わん。背に腹は代えられんからな」


 クロウは夜空を見上げながら答えた。


 この空の向こう、1光年先には、彼の配下である「フライハイト艦隊」60万隻が控えている。


「帝国法では、叙爵のための寄付金は『帝国クレジット』での納入が義務付けられている。土地や現物での支払いは不可だ。1万5000人分の男爵位……総額にして数京クレジット。さすがの俺も、手元のキャッシュじゃ足りない」


 クロウの資産は莫大だが、その多くは設備投資やドロイドの製造ライン、あるいは領地の開発に回っている。


 即金で「京」の単位を用意するには、財布の紐を緩める……いや、財布の中身をぶちまける必要があった。


 宇宙港に到着した二人は、フェンリルの巨大な格納庫へと入った。


 広大なスペースには、戦闘用ドロイドではなく、無造作に積み上げられた「瓦礫の山」があった。


 そしてそれは、1光年先に待機している60万隻の船倉も同様だ。


 いや、一見すると瓦礫に見えるそれは、見る者が見れば卒倒するような宝の山だった。


 虹色に輝く鉱石、絶対零度でも凍らない流体金属、自ら微弱な重力波を発する結晶体。


 廃棄惑星の地下深くに眠っていた、あるいは旧時代の遺跡から掘り出した、超希少金属(レアメタル)の数々だ。


「帝国の国家予算数百年分……改めて見ると、とんでもない量ですね」


「ゴミ捨て場だと思ってた惑星エンドが、実は宝物庫だったってわけだ。皮肉なもんだな」


 クロウはフェンリルの艦長席に座り、すぐさま超光速通信の回線を開いた。


 メインモニターに映し出されたのは、1光年彼方の宙域で待機している艦隊司令官の顔だ。


「――閣下?夜分遅くにいかがなさいましたか」


 突然の通信に、司令官が驚きの表情を見せる。


 クロウは間髪入れずに命じた。


「総員、叩き起こせ。今すぐこっちへ来い」


『は……?今すぐ、ですか?60万隻全艦を?』


「ああ、1隻残らずだ。大至急、換金したい」


『か、換金……?はっ、了解いたしました!全艦、直ちに向かいます!』


 慌ただしくなる通信の向こう側を見届け、クロウは通信を切った。


「市場が開くまで待っていたら、夜が明けてしまう。それに、こんな量を正規の市場に流したら、業者が腰を抜かして取引停止になる。手っ取り早く換金するには、アレしかない」


 巨大な質量を持った戦艦が、重力制御で音もなく浮上する。


 目指すは、帝国首都星(セントラル)の衛星軌道上に浮かぶ「自動無人取引ステーション」。


 AIが管理し、24時間365日、あらゆる物資を相場で買い取る巨大な倉庫だ。


 感情を持たない機械相手なら、どれだけ大量に持ち込んでも文句は言われないだろう。


「行くぞシズ。今夜はバーゲンセールだ」


 ***


 翌朝。


「グランド・セントラル・ホテル」の大宴会場は、朝食ビュッフェの会場となっていた。


 昨日までの緊張感から解放された1万5000人の合格者たちは、優雅にモーニングコーヒーを楽しみながら、これからの希望に満ちた会話を交わしていた。


 だが、その穏やかな時間は、会場の壁一面に設置された大型スクリーンから流れた「緊急ニュース」によって打ち砕かれた。


『――緊急ニュースです。本日未明、帝国経済を揺るがす異常事態が発生しました』


 ニュースキャスターの声が、悲鳴のように裏返っている。


 画面には、真っ赤なグラフが表示されていた。


 それは、右肩下がりの急降下などという生易しいものではなく、断崖絶壁のような垂直落下を示していた。


『たった今、レアメタル市場における「オリハルコン」「ミスリル」「ヒヒイロカネ」などの超希少金属の価格が、大暴落しました!原因は、帝国首都星(セントラル)の衛星軌道にある自動取引ステーションに対し、観測史上最大規模……いえ、過去数千年の総採掘量を上回る量の現物が、一度に売却されたためです!』


 ガチャン、と誰かが食器を落とす音が響いた。


 会場が凍りつく。


『売却されたレアメタルの総額は、国家予算の数百年分に相当!これにより、市場の需給バランスは完全に崩壊!現在、帝国中の資源取引所はパニック状態に陥っています!専門家は「これは経済テロだ」と……』


 合格者たちは騒然となった。


「な、何が起きたんだ!?」


「レアメタルだぞ!?スプーン一杯で家が建つような金属が、山のように売られたってことか!?」


「誰が!?誰がそんな量を持っていたんだ!?」


「当たり前だ!レアメタルは希少だから『レア』なんだぞ!そんな量、皇帝陛下の宝物庫をひっくり返したって出てこないぞ!」


 商人出身の合格者たちは、顔面蒼白で端末を叩き、自分の資産への影響を確認し始めた。


 工学系の者は、レアメタルの価格暴落によって、これからの製造コストがどう変わるかを計算し、頭を抱えている。


 そんな阿鼻叫喚の朝食会場に、一人の男が遅れてやってきた。


 寝癖のついた髪をかきむしりながら、あくびをしている。


 クロウだ。


「ふわぁ……。おうおう、朝から賑やかだな。市場は大混乱か。やっぱ時間外取引しといて正解だったな!」


 クロウは上機嫌で、ビュッフェの列に並び、スクランブルエッグとベーコンを皿に盛り始めた。


 その何気ない一言。


『時間外取引』


 その言葉が、会場の喧騒を一瞬で真空に変えた。


 全員の視線が、クロウの背中に集中する。


 その中で、昨日1位通過を果たしたビアンカが、震える声で尋ねた。


「……あの、閣下?もしや、今ニュースになっているレアメタルの売却主というのは……」


 クロウはトーストをかじりながら振り返った。


「ん?ああ、俺だ。お前らの叙爵費用を作るのに、手持ちの現金をかき集めても足りなかったからな。倉庫に転がってたガラクタ……いや、在庫を一掃してきたんだ」


 コポォ……と、ビアンカがコーヒーを溢れさせる音が響いた。


「そ、倉庫の在庫……?」


「ああ。おかげでスッキリしたし、財布も潤った。これで全員分の男爵位を買えるぞ。よかったな!」


 よかったな、ではない。


 合格者たちは戦慄した。


 この男は、自分たちを貴族にするための「寄付金」を払うために、帝国の経済システムを一夜にして破壊したのだ。


 国家予算数百年分。


 それを「在庫処分」と言ってのける。


(((このお方は……底が知れない!!)))


 彼らは改めて思い知った。


 自分たちが仕える主君は、単なる金持ちではない。


 歩く経済災害なのだと。


 ***


 朝食を終え、胃の痛くなるような衝撃を消化しきれないまま、1万5000人の一行はホテルを出発した。


 向かう先は、帝国紋章院。


 貴族の叙爵、家紋の登録、系図の管理を一手に引き受ける、帝国で最も権威あるお役所だ。


 皇宮の隣に位置するその荘厳な石造りの建物は、普段であれば静寂に包まれている。


 だが今日、その前の大通りは、人だかりによって埋め尽くされていた。


 1万5000人の大行列。


 先頭に立つクロウが、紋章院の重厚な扉を押し開ける。


 広々としたロビー。


 その奥の窓口には、見覚えのある顔があった。


 かつてクロウが男爵位を買いに来た時、対応したあの法衣貴族の役人だ。


 神経質そうな細い眼鏡をかけた彼は、突然の大行列に眉をひそめながらも、努めて冷静を装って声をかけた。


「……これはこれは、フライハイト卿ではありませんか。


 また随分と大勢のお連れ様ですが……今度は何の用ですか?」


 役人の態度は、以前のような露骨な侮蔑こそないものの、事務的で愛想のかけらもなかった。


 内心では「成金がまた何か騒ぎを起こしに来たのか」と思っているのが透けて見える。


 クロウはニヤリと笑い、カウンターに両手をついた。


「いやなに、暇そうにしているお前らに、ビッグな仕事をプレゼントしてやろうと思ってな」


 クロウは後ろを振り返り、手招きした。


「入れ!」


 その号令と共に。


 ドカドカドカッ!


 1万5000人の老若男女たちが、紋章院のロビーになだれ込んだ。


 入りきれない者たちは外の広場を埋め尽くし、窓の外まで人の波が続いている。


「な、なな、何ご……!?」


 役人が椅子から立ち上がり、眼鏡をずり落とした。


 静寂だったロビーは、瞬く間に満員電車の様相を呈している。


「こいつら全員、今日から俺の『寄子』となる新米貴族たちだ。全員分の男爵への叙爵の手続きを頼む。今すぐにだ」


「は、はいぃぃぃッ!?」


 役人の声が裏返った。


「ぜ、全員!?この人数全員ですか!?正気ですかフライハイト卿!男爵位の寄付金は、一人あたり数兆クレジット……それを1万5000人分など、天文学的な金額になりますぞ!」


 役人は震える指で計算しようとして、諦めた。


 そんな金、公爵家の全財産を叩いても払えるわけがない。


 これは悪質な冗談だ。


 業務妨害だ。


 そう抗議しようとした時だった。


「金ならある」


 クロウは懐から、一枚のキャッシュカードを取り出し、カウンターの読み取り機にかざした。


「昨日の夜、ちょっと小遣い稼ぎをしてきたんでな。一括払いだ。確認しろ」


 ピッと電子音が鳴る。


 役人の手元の端末に、更新された口座残高が表示された。


『残高:1,208,495,631,772,059,420 Credits』


「120……けぇ?」


 羅列された数字の桁が多すぎて、画面の枠からはみ出し、末尾がスクロールしている。


 役人は一度眼鏡を外して丁寧にレンズを拭き、充血した目をこすり、今度は顔を端末に押し付けるようにして、もう一度画面を凝視した。


 幻覚ではない。


「け、京……?」


 役人の口から、空気が漏れるような音が漏れた。


「これで足りるか?」


「あ……あう……」


 役人の脳内で、何かが焼き切れる音がした。


 彼は白目を剥き、口から泡を吹くと、そのままスローモーションのように後ろへ倒れた。


 ドサッ。


「おいおい、しっかりしろ。仕事はこれからだぞ?」


 騒ぎを聞きつけた他の職員たちが奥から飛び出してくるが、彼らもまた、端末の数字を見て次々と石化していった。


 ***


 その衝撃は、瞬く間に帝国中枢を駆け巡った。


 帝国元老院。


 早朝の緊急会議は、怒号と悲鳴が飛び交っていた。


「ほ、本当に全員分の金を用意してきただと!?」


「京単位の現金!?国家予算の数百年分だぞ!?」


「まさか……今朝のレアメタル大暴落は……」


 一人の議員が、青ざめた顔で呟いた。


「奴の仕業か!!」


 全ての点が線で繋がった。


 クロウは、自分の手下を貴族にする金を捻出するために、手持ちのレアメタルを市場に放出し、結果として市場を崩壊させながら、必要なキャッシュを手に入れたのだ。


 なんという力技。


「止めろ!何としても手続きを止めるのだ!」


「無理です!金は正規に支払われました!しかも、紋章院の口座に入金済みです!」


「ぐぬぬ……!」


 ヴァルター議長は頭を抱えた。


 金を受け取ってしまった以上、手続きを拒否すれば、それこそ帝国法の否定になる。


 やるしかないのだ。


 1万5000人分の、膨大な、気の遠くなるような事務手続きを。


 ***


 それから数週間。


 帝国紋章院は、開闢以来の地獄と化していた。


 最大の原因は、貴族社会の悪しき伝統にある。


 電子署名や生体認証が常識のこの銀河において、なぜか貴族関係の書類は未だに『印鑑』という物理認証を必須としていたのだ。


 一方、クロウが連れてきた1万5000人の合格者は、合理の塊である元・商人たちだ。


 網膜スキャンひとつで数千億という単位の金を動かしてきた彼らの殆どは、印鑑などという骨董品は持っていない。


 そのため、彼らの輝かしき男爵への第一歩は、まず街へ出てハンコを作りに行く所から始まった。


 不慣れな物理アイテムと、お役所仕事の衝突。


 結果、窓口は阿鼻叫喚の巷となる。


「次の方ー!書類に不備があります!書き直し!」


「印鑑が違います!朱肉を使う実印を持ってきてください!」


「ああもう、サーバーがダウンした!データ量と物理スキャンの負荷が多すぎる!」


 24時間3交代制。


 休みなしのフル稼働。


 普段は優雅にお茶を飲んで過ごしていた貴族役人たちが、袖をまくり上げ、目の下に濃い隈を作り、栄養ドリンクをあおりながら書類の山と格闘していた。


 商人たちは書類仕事そのものには慣れているが、貴族特有の煩雑で意味不明な書式、そして慣れない「捺印」という作業には不慣れだった。


 その修正、確認、登録、データベースへの入力。


 インクの滲みひとつで突き返される理不尽さに、商人たちも、そして役人たちも、等しく悲鳴を上げていた。


 単純計算で、一人の処理に1時間かかるとしても、1万5000人分で1万5000時間...日に直すと、625日だ。


 それを人海戦術でこなす。


「フライハイト卿……あなたは悪魔だ……」


 最初に泡を吹いて倒れたあの担当役人は、意識を取り戻した後、現場復帰させられていた。


 彼の頬はこけ、目は落ちくぼみ、かつてのふてぶてしさは見る影もない。


 完全に燃え尽きていた。


 窓口の向こうでは、クロウがシズにお茶を淹れてもらいながら、悠々と電子新聞を読んでいる。


 時折、「おい、まだか?こっちは客だぞ」と野次を飛ばすのも忘れない。


「は、はい……ただいま……」


 役人は震える手でハンコを押した。


 ポン。


 その乾いた音が、帝国の古い体制が一つずつ、確実に、クロウという巨大な波に飲み込まれていく音のように聞こえた。


 こうして。


 市場を崩壊させ、役人を過労死寸前まで追い込み、莫大な金を国庫に叩きつけるという、前代未聞の「飽和攻撃」の末に。


 帝国に1万5000人の「新興貴族」が誕生したのである。

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