第46話 小さな軍師
ノルド・ステーションへの凱旋と、120億人の兵士たちへの祝杯。
その熱狂が冷めやらぬ中、戦艦フェンリルの最上層にある大会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
集められたのは、フライハイト家の最高幹部たちだ。
当主である俺、クロウ。
妻であり副当主のシャルロット。
戦闘用ドロイドのシズ。
フライハイト軍最高司令官のグレイ・ヴォルフ大佐。
内政・行政全般を統括する執事のギリアム。
そして――。
「パパ、このクッキーおいしい!」
会議室の末席で、足をぶらぶらさせながらお菓子を食べている幼い少女、ルル。
俺の義理の娘であり、今回から「次期当主候補」として、初めて会議への参加を許されていた。
俺は咳払いをして、口を開いた。
「……まずは、皆。戦勝おめでとう。300万の大軍を破り、グライムを断罪し、無事に帰還できたのは、間違いなくお前たちの尽力のおかげだ。よく頑張ってくれた」
俺の言葉に、一同は静かに頭を下げた。
だが、その表情に勝利の喜びはない。
彼らは理解しているのだ。
勝利の代償として、とてつもない「爆弾」を背負わされたことを。
「だが、祝杯は終わりだ。……議題は分かっているな?帝国に押し付けられた、旧ローゼンバーグ貴族連合の所領についてだ」
俺はホログラムマップを展開した。
そこに映し出されたのは、銀河系の北半分を覆い尽くすほどの広大な領域だった。
「面積にして銀河の1割。星系の数は数千億。そして、居住する領民の総数は……およそ100兆人」
数字を口にするだけで、頭痛がした。
沈黙を破ったのは、常に冷静な執事のギリアムだった。
彼の顔色は、死人のように青白い。
「旦那様。……正直に申し上げて、不可能です」
ギリアムは、震える手で分厚いタブレットを置いた。
「我が家に、これだけの領地を統治する余裕はありません。現在のフライハイト家の文官は、ノルド・ステーションとその周辺の数惑星を管理するのが精一杯です。数千億の星系?100兆人の戸籍管理?税収の計算だけで、我々の寿命が尽きてしまいます」
ギリアムの悲痛な叫び。
俺は頷いた。
「当然だ。俺もそう思う」
あの叙爵式で、ヴァルターや上級貴族たちが浮かべていた下卑た笑みを思い出す。
奴らは、俺たちがパンクすることを見越していたのだ。
行政機能が麻痺すれば、領内は荒れ放題になる。
そうなれば、「統治能力なし」として、爵位の剥奪や、最悪の場合は反乱の責任を問われて処刑される未来が待っている。
「軍事的にはどうだ?ヴォルフ?」
俺は、腕を組んで眉間に皺を寄せている古強者に視線を向けた。
ヴォルフは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ドカッと椅子に背を預けた。
「無理だな」
即答だった。
「閣下。帝国は今回の騒動で関わった家を『取り潰し』にしたようだが、奴らに味方していた連中……地方軍閥、私設艦隊、あるいは宇宙海賊と結託した残党は、まだ領内の各地にゴマンと潜んでやがる。その全てが、新参者の俺たちに素直に尻尾を振ると考えるのは、お花畑な理想論だ」
ヴォルフはマップ上の赤い点を指差した。
それは星の数ほどあった。
「必ず、反乱が起きるぜ。それも、一箇所や二箇所じゃねえ。数千、数万の星系で同時に火の手が上がるだろうよ。60万の艦隊と120億の兵士?一点突破なら無敵だが、銀河全体に散らばるボヤを消して回るにゃ、数が足りなすぎる。骨が折れるどころか、骨が粉になっちまうぞ」
全員が沈黙した。
物理的に、手が足りないのだ。
行政も、軍事も、規模が違いすぎる。
「……軍事面に関しては、一つ手がある」
俺は言った。
「ドロイド軍構想だ。幸い俺には、今や帝国で5本の指に入る巨大ドロイド企業『マター・ドロイド・インダストリー』がある。治安維持用の安価な量産型ドロイドを量産し、ばら撒く。今の俺の立場なら、多少ドロイド軍が増えても帝国は文句を言えまい」
ドロイドなら、疲れることも裏切ることもない。
単純な警備任務ならそれで賄えるだろう。
だが、フェンリルの生産ラインだけでは限界がある。
「もちろん、このフェンリルの工場だけじゃ足りない。……そこで、惑星エンドに待機させている、あれを使う」
俺はシズに目配せした。
シズが新しいウィンドウを開く。
そこに映し出されたのは、酸の海と嵐が吹き荒れる死の惑星の地中に眠る、白銀の巨影だった。
「フライハイト軍、真の総旗艦『ラグナロク』だ」
俺は宣言した。
「ラグナロクに搭載されている万能物質生産工場は、フェンリルの数十倍の規模を持つ。あいつをフル稼働させれば、戦闘用ドロイドなど、億単位どころか京単位で製造できる。……質で勝てないなら、量で宇宙を埋め尽くしてやるさ」
ヴォルフがニヤリと笑った。
「なるほど。あの化け物戦艦を、動く兵器工場として使うわけですかい。そいつは頼もしい」
「ああ。だが……最大の問題は行政だ」
軍事は解決できても、統治は別だ。
人間の手が圧倒的に足りない。
「……行政官が足りないなら、作ればいい」
俺は一つの解決策を提案した。
「『行政特化型統治AI』を作る。戦闘用ドロイドと同じだ。政治、経済、法律、税制……統治に必要な全てのアルゴリズムを叩き込んだ、超高性能なAIを量産するんだ。それを各惑星に『総督』として配置し、ネットワークで一元管理すれば、100兆人の管理など造作もない」
人間はミスをする。
疲れるし、汚職もする。
だが、俺が作ったAIなら完璧だ。
こいつを稼働させれば、数千億の星系も掌の上で転がせるはずだ。
これぞ完璧な解決策――そう思った瞬間だった。
「却下です、マスター」
シズが、冷徹な声で遮った。
「それはできません」
「なぜだ?技術的には可能だろう?」
「技術的には可能です。ですが……それは『帝国法』に抵触します」
シズは空中に条文を投影した。
「銀河帝国憲章第1条。『人類至上主義』。AIやドロイドはあくまで人類の奉仕者であり、決定権を持つ指導的地位に就くことは禁じられています。特に、惑星規模の統治をAIに委ねる『機械政』は、過去のAI反乱の歴史から、最も重い禁忌とされています」
シズは淡々と、しかし厳しく続けた。
「もし、マスターがAIを総督として配置すれば、元老院はここぞとばかりに飛びつくでしょう。『勇爵は人類を裏切り、機械による支配を目論んでいる』と。そうなれば、帝国軍全軍による『対AI聖戦』が始まります。……奴らは、マスターがこの手に縋ることも計算して、統治不能な領地を押し付けたのです」
詰みか。
ギリアムが頭を抱え、ヴォルフが舌打ちをする。
シャルロットも不安そうに俺を見つめている。
俺自身も、万能物質で物は作れても、「法的に認められた統治者」だけは作れないことに歯痒さを感じていた。
その時だった。
「ねえ、パパ」
サクッ、とクッキーを齧る音が、深刻な会議室に響いた。
ルルだ。
彼女は退屈そうに足を揺らしながら、不思議そうな顔で俺たちを見ていた。
「どうしてそんなに困ってるの?」
「ルル、今は大事な話をしているんだ。……パパたちはね、この広すぎるお庭を管理してくれる人がいなくて困っているんだよ」
俺は子供にも分かるように説明した。
すると、ルルはキョトンとして言った。
「じゃあ、パパみたいに、お金で貴族になってくれる人を探して、任せればいいんじゃない!」
――え?
俺は固まった。
ギリアムが、ヴォルフが、そしてシズさえもが、動きを止めた。
「……なんだって?」
「だからね、パパは最初、お金で男爵様になったんでしょ?だったら、他にも貴族になりたい人っていっぱいいると思うの。そういう人たちにお願いして、代わりにやってもらえばいいじゃん」
全員が驚愕した。
子供の無邪気な発想。
だが、その言葉は、閉塞した状況を打ち破る雷撃のように俺の脳裏を貫いた。
(……金で、貴族を作る?)
俺の思考が高速で回転し始めた。
帝国には、厳格な階級制度がある。
1等民は皇族。
2等民は貴族。
3等民は平民。
それ以下は権利のないゴミだ。
この中で、最も金を持っているのは誰か?
没落した貴族ではない。
3等民の「大商人」たちだ。
彼らは星間貿易で巨万の富を築いているが、身分はあくまで平民。
貴族には逆らえず、重税を課され、理不尽な搾取に耐えている。
彼らが一番欲しいものは何か?
金ではない。
「権力」だ。
2等民と3等民では、奪う側と奪われる側で、天と地ほどの差があるからだ。
「……そうか。その手があったか!」
俺は立ち上がり、机をバン!と叩いた。
「ルル、お前は天才か!そうだ、俺たちが自分でやる必要なんてないんだ!」
俺は興奮気味にまくし立てた。
「いいか、皆。俺には金がある。正確には、ゴミから万能物質で生成できる資源がある。レアメタルでも宝石でも、帝国国家予算の数百年分だろうが用意できる」
俺は空中に、帝国経済のチャートを投影した。
「これを市場に一気に流せば大暴落だが、帝国への恨みもある、この際経済混乱など知ったことではない。貴族になるには、帝国への莫大な寄付金や裏工作が必要だ。普通の大商人でも、一財産吹き飛ぶほどのな」
俺はニヤリと笑った。
「だが、無限に等しい金を持つ俺が、金を工面してやる。いや、爵位そのものを俺が帝国から買い叩いて、奴らにくれてやるんだ!」
ギリアムが目を見開いた。
「つまり……彼らを我が家の『寄子』、つまり家臣として貴族にし、領地の一部を任せると?」
「そうだ!彼らは商人だ。組織運営、物流管理、収支計算……金儲けと管理の才能ならば、俺たちよりも遥かに優れているプロフェッショナルだ!彼らが持つ商会の従業員を、そのまま領地の文官団としてスライドさせればいい!」
行政機能の欠如?
そんなものは、すでに完成された組織(大企業)を丸ごと雇えば解決する。
ヴォルフが身を乗り出した。
「だが閣下、商人に治安維持なんて真似ができるんですかい?それに、金で釣った連中だ。裏切らねえという保証はどこにあります?」
「そこは俺たちの出番だ。量産したドロイド軍と、60万隻の艦隊を彼らに『貸与』する。名目は護衛だが、実質は監視だ。もし裏切れば、その瞬間にドロイドが彼らを制圧する」
商人は損得勘定に聡い。
クロウという強大な後ろ盾を得て、長年の夢だった「貴族」になれる利益と、裏切って殺されるリスク。
どちらを選ぶかは明白だ。
「いける……いけるぞ!これなら、100兆人の統治も夢じゃない!」
会場の空気が一変した。
絶望的な閉塞感が消え、希望と、そして「やってやるぞ」という野心が満ち溢れる。
シャルロットが、ルルを抱きしめた。
「ルルちゃん、すごいです!あなたは大軍師様ですね!」
「えへへ、よくわかんないけど、パパが喜んでくれたならよかった!」
ルルは無邪気に笑った。
この子が、俺たちを救ってくれた。
この柔軟な発想こそが、今のフライハイト家に必要なものだったのだ。
俺はルルの頭をこれでもかと撫で回した。
「よし!方針は決まった!シズ、直ちに準備だ!」
「了解しました、マスター。具体的な手順は?」
俺は不敵に笑い、宣言した。
「広告を出す。帝国全土、全ネットワーク、裏社会の掲示板に至るまで、ありとあらゆる場所にだ」
「内容は?」
「こう書け」
俺は言葉を紡いだ。
『急募:貴族になりたい者』
『学歴、身分、不問。必要なのは経営手腕と野心のみ』
『資金は全額、勇爵クロウ・フォン・フライハイトが負担する』
『我と共に、銀河を支配せよ』
「前代未聞の求人広告だ。帝国の常識をぶっ壊す、史上最大のヘッドハンティングを始めるぞ!」
数日後。
銀河中を駆け巡ったその広告は、帝国首都星の貴族たちを卒倒させ、野心に燃える数億の商人たちを熱狂させることになる。
勇爵領の「国盗り物語」は、ここから加速していく。




