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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第4章 懲罰戦争編

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第44話 叙爵式と帝国の罠

 翌朝。


 帝国首都星(セントラル)、第一区画。


 特別ドックに停泊する戦艦フェンリルで目覚めた俺は、シャルロットとシズを引き連れ、再びドックの外へと出た。


 そこには、昨日と同じように、皇族の紋章が入った豪奢なエアカーが待機していた。


 だが、その周囲を固める警備の数は昨日の比ではない。


 上空には無数の無人警備ドローンが飛び交い、地上には近衛兵が壁を作っている。


「……おはようございます、フライハイト卿」


 昨日とは違う、より高位の侍従と思われる男が恭しくドアを開けた。


 俺たちは無言で乗り込む。


 行き先は、当然元老院だと思っていた。


 昨日の今日だ。


 あの古狸たちが、俺にどんな「領地再編案」を提示してくるのか、腹の探り合いをするつもりだった。


 だが。


 窓の外を流れる景色を見て、俺は眉をひそめた。


「おいおい……。この道は、元老院へのルートじゃないな?こっちは『皇宮』への専用回廊じゃないか?」


 俺は運転席との仕切り越しに問いかけた。


 だが、運転手の男は前を向いたまま、機械的な声で答えた。


「私は上の命令に従っているだけです。詳細は存じ上げません」


「……チッ。拉致ってわけでもなさそうだが」


 しばらくすると、前方に巨大な建造物群が見えてきた。


 以前、俺が宇宙海賊退治の功績で叙勲された時に訪れた、帝国の心臓部――皇宮だ。


 だが、エアカーはその正門を通過しても止まらなかった。


 さらに奥、一般の貴族が決して立ち入ることのできない、深淵へと進んでいく。


 エアカーが停車したのは、見たこともない巨大なステーションの前だった。


 そこには、数千人の近衛兵が整列し、その中央に、煌びやかな衣装を纏った初老の男が立っていた。


「お待ちしておりました、フライハイト卿。私は皇宮侍従長、ハインリヒと申します。これより、皇帝陛下がお待ちの『謁見の間』までご案内いたします」


「謁見の間?以前、俺が叙勲を受けた『白亜の広間』ではないのか?」


 侍従長は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 それは、田舎者を嘲笑うような、慇懃無礼な笑みだった。


「ふふふ……卿もご冗談を。あれは、下級貴族への謁見に使われる、ただの玄関ホールですよ。皇宮の敷地は、一つの大陸ほどの広さがございます。陛下が住まわれる『真の玉座』は、ここからさらに数千キロ奥地にございます」


「大陸一つ、だと……?」


 俺は呆れた。


 この帝国首都星(セントラル)の地価は、1平方メートルで家が一つ買えるほど高い。


 その土地を、たった一人の人間(皇帝)が、大陸一つ分占有しているというのか。


 なんという無駄、なんという権力。


「さあ、こちらへ。高速列車が待っております」


 俺たちは、流線型の超高速列車に乗せられた。


 窓の外の景色が、線になるほどのスピードで流れていく。


 音速を超えているだろう。


 皇宮の敷地内を移動するためだけに、音速列車が必要なのか。


 数時間後。


 列車が減速し、視界が開けた瞬間、俺は息を呑んだ。


「……冗談だろ」


 目の前にそびえ立っていたのは、山脈ではない。


 高さ数キロメートルにも及ぶ、超巨大な白亜の宮殿だった。


 雲を突き抜け、成層圏に届きそうなその威容は、もはや建造物というよりは、神が作った墓標のようだった。


 表面には無数の金銀の装飾が施され、恒星の光を反射して神々しく輝いている。


 美しい。


 だが、反吐が出るほどおぞましい。


 この輝きの一つ一つが、搾取された民の血と涙でできていることを、俺は知っているからだ。


 この中には、人を虫けらとも思わない化け物たちが住んでいる。


「到着いたしました。さあ、参りましょう」


 侍従長に先導され、俺たちは宮殿の中へと足を踏み入れた。


 巨大な扉が開く。


 その先には、物理法則を無視したかのような、広大な空間が広がっていた。


 広さは数キロ四方。


 天井の高さは数百メートル。


 壁一面には帝国の歴史を描いた壁画と、巨大な帝国旗が掲げられている。


 そして、その床を埋め尽くすように整列しているのは、人、人、人。


 きらびやかな礼服に身を包んだ、帝国の貴族たちだ。


 その数、およそ百万。


 帝国首都星(セントラル)に屋敷を持つ上級貴族から、領地を持たない法衣貴族たちまで、帝国の支配階級の全てがここに集結していた。


 その視線が一斉に、入り口に立った俺たちに突き刺さる。


「……見ろ、あれが『音速の殺戮者』か」


「なんと不遜な面構えだ」


「隣にいるのは……まさか」


 ざわめきが波紋のように広がる。


 俺は視線を正面に向けたまま、中央に敷かれた真紅のレッドカーペットを歩き出した。


 左右の貴族たちの壁が、俺たちを圧迫する。


 そこにあるのは、純粋な好奇心ではない。


 恐怖と、畏怖と、そして隠しきれない侮蔑だ。


 特に、俺の隣を歩くシャルロットに向けられる視線は冷ややかだった。


「おい、見ろよ。奴はなぜ、あの大罪人の『だるま姫』を自由に歩かせているんだ?」


「手足がない出来損ないのくせに、ドレスなど着飾りおって」


「あの女には、暗い拷問部屋がお似合いだろうに」


 ひそひそ声だが、俺にははっきりと聞こえた。


 シャルロットの肩がわずかに震える。


 俺は彼女の手を強く握った。


 堂々としていろ、と伝えるように。


 その時。


 嘲笑う貴族たちを制するように、別の老貴族が鋭い声で囁いた。


「馬鹿者、黙らんか!奴に殺されたいのか!」


「ひっ……」


「奴にかかれば、300万隻の大艦隊であろうと紙屑同然なのだぞ!ここを墓場にしたいのか!」


 その言葉に、周囲の貴族たちは顔色を変え、口を閉ざした。


 恐怖が、侮蔑を上書きする。


 彼らは思い出したのだ。


 今、目の前を歩いているのが、常識の通じない怪物であることを。


 静まり返った数百万の視線の中、俺たちは歩き続けた。


 そのレッドカーペットは、まるでこの帝国が踏みつけにしてきた死者の血で染め上げられたかのように、毒々しいほど赤かった。


 やがて、遥か彼方にあった演壇が近づいてきた。


 階段状になったその場所には、帝国の権力の中枢が鎮座している。


 一段目には、元老院議長ヴァルターや帝国の大臣が並ぶ。


 二段目には、皇族たち。


 その中には、あの「氷の貴公子」ゼルク・フォン・グラングリア殿下の姿もあった。


 彼は退屈そうに頬杖をつき、俺と目が合うと、楽しげに口角を上げた。


 そして、三段目。


 地上から遥か高く、背もたれの高さが30メートルもある黄金の玉座。


 そこに座っている存在こそが、この銀河帝国の頂点。


 第99代皇帝、アーデルハイト・フォン・グラングリア。


 女だ。


 それも、見た目は20代前半の、息を呑むような美女だった。


 透き通るような金髪、宝石のような瞳。


 だが、その美しさは人間のものではない。


 彼女は在位1000年以上。


 不老不死の処置を受けた「生ける伝説」だ。


 俺は彼女を見て、以前に通っていた貴族学校の広場にあった銅像を思い出した。


 高さ300メートル。


 その巨大な像の台座は、反逆した5等民たちを生きたままコンクリートで固めて作られたという、反吐が出るほど悪趣味で醜悪な代物だった。


 目の前の皇帝は、あの銅像と瓜二つだった。


 その美貌の下には、あの台座と同じくらいの死体が埋まっているのだろう。


 俺は玉座の遥か下で足を止め、片膝をついた。


 隣のシズとシャルロットも、優雅な所作で礼をとる。


 数秒の沈黙。


 その沈黙すらも、重力のように重い。


「……面を上げよ」


 頭上から降ってきた声は、鈴を転がすように美しいが、同時に脳髄を震わせるような絶対的な響きを持っていた。


 俺は顔を上げた。


 皇帝アーデルハイトは、無感情な瞳で俺を見下ろしている。


「此度の戦争では、大罪人グライムの討伐、ご苦労であった。卿の活躍は聞いておるぞ。見事なものだ」


 お褒めの言葉だ。


 だが、俺の心には何の感動も湧かなかった。


 むしろ、腹の底から黒い感情が渦巻いた。


(……よく言うぜ)


 俺は内心で毒づいた。


 グライムを唆し、300万の艦隊を与えて俺にぶつけたのは、お前らだろう?


 俺という異分子を排除するために、グライムという捨て駒を使った。


 だが、その駒が負けた途端、今度は掌を返して俺を英雄扱いか。


 自分で火をつけて、自分で消して、感謝状を贈る。


 なんて悪質な「マッチポンプ」だ。


 腐りきっている。


 ヴァルター議長が一歩前に出た。


 彼の声が、大広間に響き渡る。


「帝国の秩序に刃向かった大罪人、グライム・フォン・ローゼンバーグ公爵を、300対1という絶望的な戦力差で見事に打ち破り、帝国に安寧をもたらした、クロウ・フォン・フライハイト男爵!」


 ヴァルターは大げさに両手を広げた。


「その比類なき武勇!まるで神話の勇者のごとき活躍に報いるため!帝国は卿に、新たな爵位を授ける!」


 新たな爵位?


 侯爵か?それとも公爵か?


「その名は……『勇爵』である!」


 ドッと会場が沸いた。


 聞いたことのない爵位だ。


 だが、会場の貴族たちは、儀礼的な拍手を送っている。


「フライハイト卿、前へ!壇上に上がり、褒賞として、勇爵位を示す貴族指輪が、陛下より直々に下賜される!」


 俺は立ち上がり、階段を登った。


 長い、長い階段だ。


 頂上にたどり着き、再び跪く。


 皇帝アーデルハイトが、その細い指で、俺の右手に重厚な黄金の指輪をはめた。


「……期待しているぞ、勇者よ」


 皇帝が、俺だけに聞こえる声で囁いた。


 その瞳の奥には、残酷なほどの光が宿っていた。


 これは祝福ではない。


 呪いだ。


 俺は一礼して階段を降り、元の場所に戻った。


 これで終わりか?


 いや、本番はここからだ。


 ヴァルターが、再び声を張り上げた。


「フライハイト卿!『勇爵』というのは、帝国始まって以来の特別な爵位だ!一代限りではあるが、その権限と序列は、公爵よりも上位のものとされる!」


 公爵より上?


 過剰な厚遇だ。


 裏があるに決まっている。


「よって!領地もまた、勇爵の名に恥じぬものとする必要がある!」


 俺の背筋に悪寒が走った。


 領地?俺は今のフライハイト領だけで十分だ。


 これ以上増やしてどうする?


 ヴァルターの声はそれを掻き消すように高らかに宣言した。


「旧ローゼンバーグ貴族連合の領土……すなわち、帝国首都星(セントラル)から見て銀河の北方に広がる広大な全領域!銀河の総面積の1割にあたる、数千億の星系の統治権を、卿に与えるものとする!!」


 ――は?


 俺の思考が停止した。


 数千億?


 銀河の1割?


「そこに住まう民の数は、100兆人以上!その全ての命運を、これより勇爵クロウ・フォン・フライハイトに託す!!」


 その瞬間、会場の空気が二つに割れた。


 壇上に近い元老院議員の議席を持つ上位貴族たち、つまり昨日の会議に出ていた者たちは、一斉に下卑た笑みを浮かべた。


 彼らの目は語っていた。


『ザマァみろ』


『新興貴族が、管理不能な巨大領地で押し潰されるがいい』


『100兆の民の恨みと、破綻した経済の責任を背負って死ね』


 彼らは知っているのだ。


 これが栄誉ではなく、処刑であることを。


 一方で、事情を知らない後列に居る法衣貴族たちは、顔を真っ赤にして憤怒に震えていた。


『ふざけるな!』


『新興貴族風情に、銀河の1割だと!?』


『我々は何百年も忠誠を尽くしてきたのに、なぜあんなぽっと出の男爵に!』


 嫉妬と怒号が、嵐のように渦巻く。


(……あいつら、やりやがった!)


 俺は驚愕し、歯ぎしりした。


 不可能だ。


 金で爵位を買ったばかりの、新興貴族である俺に、そんな広大な領地を管理できるわけがない!


 数千億の星系、100兆人の人口だぞ?


 しかも、そこはグライムのような、帝国首都星(セントラル)で遊ぶことしか考えていなかったクソ貴族が支配していた場所だ。


 インフラはボロボロ、経済は破綻寸前、民衆の不満は爆発寸前だろう。


 さらに、俺に恨みを持つ旧体制派の残党も潜伏しているはずだ。


(ゴミ捨て場だ……!)


 俺は悟った。


 これは褒賞じゃない。


 処分だ。


 俺の戦力が怖いから、正面から潰すのではなく、統治不能で広大な「ゴミ屋敷」を押し付けて、その重みで圧死させようとしているんだ!


 行政処理、反乱鎮圧、経済復興……。


 それらに忙殺されれば、俺は身動きが取れなくなる。


 自滅を待つ気だ!


 演壇の上で、ヴァルターが嗜虐的な笑みを浮かべているのが見えた。


(……ふふふ。喜んでいただけたかな、フライハイト卿。統治不能な領地で、もがき苦しみながら野垂れ死ぬといい。それが、帝国に楯突いた報いだ)


 彼の心の声が聞こえてくるようだった。


「これにて、叙爵式を終了する!勇爵クロウ・フォン・フライハイトの、新たなる門出に栄光あれ!帝国万歳!!」


「「「帝国万歳!!!」」」


 百万の貴族たちの唱和が、俺の耳には死刑宣告のように響いた。


 その日の夕方。


 戦艦フェンリルに戻った俺は、艦長室にある高級なテーブルを蹴り飛ばした。


 ガシャァァァン!!


 高価な陶器やグラスが床に散乱し、破片が飛び散る。


「ふざけるなッ!ふざけるなよ、あの古狸どもめ!」


 俺は髪をかきむしり、吠えた。


「数千億の星系だと!?100兆人の民だと!?誰が管理できるかそんなもの!俺には文官団もいなければ、代官もいないんだぞ!あいつら……どこまでも俺をコケにしやがって!」


 怒りが収まらない。


 奴らの手口はあまりにも陰湿で、そして効果的だった。


 軍事力では勝てないから、政治と行政で殺しに来たのだ。


 荒い息を吐く俺の背中に、温かい手が触れた。


 シャルロットだ。


「……クロウ様」


 彼女は、散乱した破片など気にする様子もなく、俺に寄り添った。


「落ち着いてください。……大丈夫です」


「大丈夫なもんか!これは罠だ。底なし沼だぞ!」


「ええ、分かっています。ですが……クロウ様なら、大丈夫です」


 シャルロットは、真っ直ぐに俺の瞳を見つめた。


 その瞳には、一点の曇りもない信頼が宿っていた。


「あなたは、全てを失い、絶望の淵にいた私を救ってくださいました。300万の敵を、たった1万で打ち破りました。……不可能を可能にするのが、あなたの力です。数千億の星?それがなんです。あなたなら、素晴らしい領地にできます」


 彼女の言葉は、不思議と俺の熱を冷ましてくれた。


 そうだ。


 俺はここで終わるような男じゃない。


 地獄の底から這い上がってきたんだ。


「……シャルロット」


 俺は彼女を抱き寄せた。


 震えていたのは、俺の方だったのかもしれない。


 その様子を静観していたシズが、冷ややかなお茶を差し出しながら口を開いた。


「それにしても、見事に帝国に楔を打たれましたね。我が家は新興貴族。統治を行うための文官も、行政官も、ほとんどいません。現地に残っている役人がいたとしても、かつてグライムのような貴族に仕えていた連中です。汚職、横領、怠慢が染み付いた汚職役人だけでしょう」


 シズは淡々と、絶望的な現状を分析する。


「彼らを使いこなすか、あるいは粛清して新しい血を入れるか。いずれにせよ、軍事作戦よりも困難な『戦い』になります」


 俺はシャルロットから体を離し、お茶を一気に飲み干した。


「ああ、分かってる。……上等だ」


 俺はニヤリと笑った。


 怒りは消えていない。


 だが、それは今、冷たく燃える闘志へと変わっていた。


「ゴミ屋敷を押し付けたことを、後悔させてやる。俺はこの数千億の星系を、全て俺の色に染め上げてやる。そして、いつかこの領地の力を結集して、あの白亜の宮殿ごと奴らをぶっ潰してやる!」


「いかがいたしますか、マスター?」


「決まってる。まずは人材確保だ。それから、現地の大掃除だ。……忙しくなるぞ」


 俺は窓の外、広がる銀河を見据えた。


 そこには、俺の新しい「王国」となるべき、無限の星々が輝いていた。


「勇爵」クロウ・フォン・フライハイト。


 俺の次なる戦い――大開拓時代が、今、幕を開ける。

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