表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第4章 懲罰戦争編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/65

第40話 狂乱公グライム

 惑星ローゼハイム。


 その地表を覆う広大な薔薇の庭園が、いま、かつてないほどの軍靴の響きに震えていた。


 クロウ・フォン・フライハイト男爵による、「24時間の猶予」という最後通告。


 それは、この星に駐留する100万人の地上軍兵士たちの心を、恐怖という楔でこじ開けるのに十分すぎた。


 空を見上げれば、60万隻の大艦隊と、悪魔の口のようなフェンリルの主砲が、自分たちを焼き払おうと狙いを定めているのだ。


 対して、自分たちが守るべき主君は、安全な地下シェルターに引きこもり、自分たちを見捨てた。


 忠誠心など、生存本能の前では砂上の楼閣に過ぎなかった。


 ズズズズズ……。


 地響きと共に、無数の戦車、機動歩兵、そして対空車両が、砲塔を空ではなく、大地にそびえる『ローゼンパレス』へと向けた。


 100万の刃が、主人へと返された瞬間だった。


 宮殿の地下、核シェルター兼作戦司令室。


 分厚い隔壁に守られたその空間は、皮肉にも、地上の喧騒を遮断し、不気味なほどの静寂に包まれていた。


 だが、その静寂こそが、グライム・フォン・ローゼンバーグ公爵の精神を蝕んでいた。


「……閣下。地上軍が、第1ゲートを突破しました。宮殿守備隊も降伏。暴徒と化した兵士たちが、こちらへ向かっています」


 報告をしたのは、長年彼に仕えてきた筆頭執事だった。


 他の取り巻きの貴族たちは、とっくに別の部屋へ逃げ隠れるか、あるいは絶望して泣き崩れている。


 この司令室に残っているのは、グライムと、数人の側近だけだった。


「……来たか。裏切り者どもめ……恩知らずめ……!」


 グライムは玉座のような指令席で、ガタガタと震えていた。


 手には、装飾過多な儀礼用のレーザーガンが握りしめられている。


 汗で滑るグリップの感触だけが、彼を現実に繋ぎ止めていた。


 彼は縋るような目で、傍らに立つ執事を見上げた。


「おい……。お前は……お前だけは、裏切らないよな?私はお前を優遇してきた。私の父の代から仕えてきたお前なら、最後まで忠義を尽くすよな?」


 執事は、静かな瞳で主人を見下ろした。


 そこには、軽蔑も同情もなく、ただ「終わった者」を見るような、冷徹な諦観だけがあった。


「……はい、閣下。私はローゼンバーグ家に生涯を捧げた身。最後まで、貴方様と共にあります」


「そ、そうか!そうだよな!やはりお前だけは信じられる!」


 グライムは安堵のあまり、泣き出しそうな顔で笑った。


 だが、執事は表情を変えずに続けた。


「……ところで、閣下。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


「な、なんだ?」


「閣下は……ご自身がこれからどうなるとお思いで?」


 グライムは言葉に詰まった。


 どうなる?


 兵士たちに捕まり、クロウに引き渡される。


 その先は?


「……わ、分からん。だが、私は公爵だぞ。人質としての価値がある。フライハイトとて、私を殺しはしないはずだ。身代金を払えば……あるいは、領地を割譲すれば……」


「いいえ」


 執事は、主人の甘い幻想を断ち切った。


「フライハイト男爵に引き渡されれば、間違いなく『公開処刑』になるでしょう」


「こ、公開処刑……だと?」


「はい。我々も元々、あの男爵と『だるま姫』を捕らえて、全銀河の前で見せしめに処刑するつもりでしたから。……因果応報。彼は同じことを、いや、それ以上の屈辱を与えてくるはずです」


 グライムの脳裏に、恐ろしい映像が浮かんだ。


 手足を縛られ、広場に引き出される自分。


 周囲には、かつて見下していた5等民たちが群がり、石を投げ、罵声を浴びせる。


 そして、クロウの合図と共に、首を刎ねられるか、あるいはレーザーで焼かれるか。


 全銀河の笑い者として、惨めに死ぬ。


「ひ、ひぃぃぃッ……!」


 グライムは悲鳴を上げ、椅子から転がり落ちた。


 嫌だ。


 そんな死に方は嫌だ。


 私は選ばれた人間なのだ。


 高貴な血統なのだ。


 執事は、恭しく一本のワインと、グラスを差し出した。


 トクトク、と優雅な手つきで深紅の液体が注がれる。


 だが、その中には毒薬の『ペントバルビタール』が致死量、溶け込ませてあった。


 強力な催眠作用と呼吸抑制作用をもたらす、安楽死で使われる薬だ。


「閣下。ローゼンバーグ家の名誉を守る道は、もはや一つしかありません」


 執事の目が、氷のように冷たく光った。


「自決しかありません。敵の手に落ちて辱めを受ける前に、ご自身の手で誇り高く散ってください。……さあ、飲み干してください!」


 その言葉は、グライムにとって雷鳴よりも衝撃的だった。


 死ね?


 この私が?


 誇りのために死ねと?


「……ふざけるな」


 グライムの喉から、獣のような唸り声が漏れた。


「帝国貴族の頂点……公爵であるこの私に、お前は死ねと申すのか!?」


「閣下、それが貴族の矜持です。さあ、早く!敵はもう、そこまで来ています!」


 執事が一歩踏み出す。


 背後にいた他の側近たちも、無言でグライムを見つめている。


 その視線。


 無機質で、圧迫感のある視線。


 グライムには、それが全員で「死ね」「早く死ね」「お前が死ねば全て終わるんだ」と合唱しているように聞こえた。


「あ……あぁ……」


 恐怖が、理性を焼き切った。


 こいつらは味方じゃない。


 こいつらも敵だ。


 私を殺そうとしている死神だ。


「……寄るな」


 グライムは震える手でレーザーガンを持ち上げた。


「寄るなァッ!!」


 ジュッ!!


 赤い閃光が走り、執事の胸を貫いた。


 老人は驚愕に目を見開いたまま、崩れ落ちた。


 焼けた肉の匂いが、密閉された室内に充満する。


「あ……ああ……」


 側近たちが悲鳴を上げた。


「か、閣下!?何を!?」


「うるさい!うるさいッ!お前たちもグルか!私に死ねと言っているんだろう!?」


 グライムは立ち上がり、狂ったようにトリガーを引き続けた。


 ジュッ、ジュッ、ジュッ!


「私は死なないぞ!絶対にだ!私は選ばれた人間なんだ!こんなところで終わってたまるかァァァッ!!」


 側近たちが次々と倒れる。


 逃げようとする背中に、無慈悲な光弾が突き刺さる。


 かつて栄華を極めた公爵家の司令室は、一瞬にして血の海と化した。


 グライムは荒い息を吐きながら、死体の山を踏み越えた。


 逃げなければ。


 ここも危険だ。


 どこか、もっと安全な場所へ。


 彼は扉をこじ開け、廊下へと飛び出した。


 宮殿の廊下を、一人の男が走っていた。


 豪華な軍服は血と汗で汚れ、髪は振り乱され、その目は焦点が定まっていない。


 グライム公爵だ。


 彼は幻影と戦っていた。


 すれ違う使用人、逃げ遅れた侍女、あるいはただの壁の彫刻でさえ、彼を嘲笑う敵に見えた。


「見るな!私を見るな!」


 ジュッ!


 通りかかったメイドが、悲鳴を上げたて倒れる。


「どけ!そこをどけ!公爵様のお通りだぞ!」


 ジュッ!ジュッ!


 避難しようとしていた貴族の「寄子」たちをも、彼は見境なく撃ち殺した。


 彼らは「助けてください」と縋ろうとしただけかもしれない。


 だが、今のグライムにとって、近づく者はすべて暗殺者だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 どこへ行けばいい?


 どこに逃げれば助かる?


 宇宙港?いや、空は封鎖されている。


 シェルター?もう安全じゃない。


 その時。


 ビーッ!ビーッ!ビーッ!


 宮殿内のセキュリティシステムが、けたたましいアラートを鳴らし始めた。


 赤い回転灯が廊下を染める。


『警告。警告。第3防衛ライン突破。武装勢力、宮殿内に侵入。総員、直ちに避難せよ』


 無機質なアナウンスが、終わりの時を告げる。


「来た……来たぞ……!殺される……殺されるッ!」


 グライムは絶叫し、さらに奥へと走った。


 目指したのは、宮殿の最上階にある『薔薇の間』。


 そこは彼が最も愛し、最も安心できるはずの私室だった。


 だが、彼がその扉にたどり着いた時、廊下の反対側からドカドカという足音が響いてきた。


「いたぞ!グライムだ!」


「逃がすな!捕まえろ!」


 現れたのは、泥だらけの戦闘服を着た地上軍の兵士たちだ。


 彼らの目は、獲物を追い詰めた猟犬のように血走っている。


「ひ、ひぃッ!?」


 グライムは部屋に飛び込み、扉をロックした。


 だが、そんなものは時間稼ぎにもならない。


 ドォン!という音と共に、扉が爆破された。


 煙の中から、兵士たちが雪崩れ込んでくる。


「く、来るな!近寄るなァ!」


 グライムは部屋の隅、薔薇の刺繍が施されたソファーの裏に隠れ、レーザーガンを乱射した。


 ジュッ、ジュッ!


 数発が兵士のアーマーを掠めるが、彼らは止まらない。


「往生際が悪いぞ、公爵!」


「俺たちの命をおもちゃにしやがって!」


 カチッ。


 乾いた音が響いた。


 エネルギー切れだ。


 グライムは何度もトリガーを引くが、銃は沈黙したままだ。


「あ……あ……」


 彼は銃を投げ捨て、後ずさりした。


 背中が冷たい壁に当たる。


 袋小路。


 窓の外には、燃え上がる宮殿の庭園が見える。


「た、助けてくれ……!金ならやる!地位もやる!だから……!」


 命乞いをする彼の前に、かつて彼が「虫ケラ」と呼んで見下していた兵士たちが立ちはだかる。


 彼らは銃床でグライムを殴りつけた。


「グェッ!?」


 グライムは無様に床に転がった。


 鼻から血が吹き出し、視界が歪む。


 数人の兵士が彼の上に乗りかかり、腕をねじ上げた。


「確保ォッ!グライム公爵、捕縛したぞ!」


 兵士の歓声が上がる。


 グライムは泥だらけのブーツに顔を踏みつけられながら、うめき声を上げることしかできなかった。


 帝国の名門、ローゼンバーグ家の栄光は、こうして泥と血にまみれて終わった。


「……こちら、地上軍。フライハイト男爵、聞こえますか?」


 宮殿を制圧した反乱軍のリーダーが、衛星軌道上のフェンリルへ通信を入れた。


 メインスクリーンには、拘束され、猿轡を噛まされたグライムが映し出されている。


『ああ、よく聞こえている。見事な手際だ』


 モニターの向こうで、クロウは満足げに頷いた。


「約束のグライム公爵を捕縛しました。……これで、我々を助けてくれるんですよね?」


 指揮官の声には、微かな不安が滲んでいた。


 相手は「音速の殺戮者」だ。


 用済みになった自分たちもろとも、この星を焼き払うかもしれないという恐怖が拭えないのだ。


 だが、クロウは穏やかに微笑んだ。


『もちろんだ。俺は慈悲深い。約束は守るとも』


 その言葉に、指揮官は安堵の息を漏らした。


『直ちに輸送艇を降ろす。グライムを引き渡せ。……そうすれば、お前たちへの攻撃命令は永久に解除される。さらに、フェンリルの物資コンテナも投下してやる。食料、医療品、復興資材だ。好きに使え』


「あ、ありがとうございます……!」


『礼には及ばん。賢明な選択をしたな。……これからは、自分の頭で考えて生きろよ』


 通信が切れると同時に、フェンリルの格納庫から一機の小型艇が発進した。


 それは猛禽類が獲物を攫うように、燃え上がるローゼンパレスへと降下していく。


 拘束されたグライムは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、その降下艇を見上げていた。


 助かる、という希望はない。


 あれは迎えではない。


 地獄への護送車だ。


 彼を待っているのは、死よりも深い絶望であることを、彼自身の本能が告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ