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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第4章 懲罰戦争編

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第38話 凋落の薔薇

 銀河の歴史が動いた日。


 その衝撃は、超光速通信網に乗って瞬く間に帝国の隅々まで駆け巡った。


『号外!号外!ローゼンバーグ貴族連合、壊滅!300万の大艦隊、わずか1万のフライハイト軍に敗北!「音速の殺戮者」、帝国の歴史を塗り替える!』


 帝国首都星(セントラル)


 人工の空には、普段の穏やかなニュース映像ではなく、炎上する戦艦群と、逃げ惑う貴族たちの無様な姿が繰り返し映し出されていた。


 それは、帝国の絶対的な支配階級である貴族の権威が、音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。


 上層区画のサロン、下層区画の酒場、至る所でこの話題が持ちきりとなっていた。


「見たか?あのグライム公爵の逃げっぷりを」


「ああ。味方の船を押しのけて、逃げていったぞ。あれが名門ローゼンバーグ家の当主とはな」


「300万隻もあって負けるなんて、無能にも程がある」


「フライハイト男爵……いや、あの方は本物の英雄かもしれんぞ」


 人々は口々に噂し、嘲笑した。


 かつては畏怖の対象だった「ローゼンバーグ」の名は、今や「臆病者」と「無能」の代名詞へと堕ちていた。


 帝国首都星(セントラル)に屋敷を構えるローゼンバーグ家の留守居役たちは、門前に投げつけられる腐った卵や石礫、そして落書きの対応に追われ、最後には屋敷を封鎖して逃げ出す始末だった。


 そんな状況下で、当の本人であるグライム・フォン・ローゼンバーグ公爵が、帝国首都星(セントラル)に帰れるはずもなかった。


 元老院に顔を出せば弾劾され、社交界に出れば嘲笑の的となり、皇帝陛下への謁見など門前払いされるのがオチだ。


 行き場を失った彼は、己の最後の砦へと逃げ込んでいた。


 帝国首都星(セントラル)と、フライハイト領のちょうど中間地点。


 そこに、ローゼンバーグ公爵家が代々治める広大な領地がある。


 その中心、惑星『ローゼハイム』。


 温暖な気候と豊かな資源に恵まれ、地表の半分がバラ園と庭園で覆われているという、貴族の楽園のような星だ。


 その惑星にそびえ立つ、巨大な薔薇の蕾を模した宮殿『ローゼンパレス』。


 普段ならば、夜な夜な優雅な舞踏会が開かれる大広間は、今、異様な熱気と怒号に包まれていた。


「ふざけるなグライム!どうしてくれるんだ!」


「私の艦隊は全滅だぞ!虎の子の最新鋭艦だったんだ!」


「息子が……跡取り息子が戻ってこない!貴様が『絶対勝てる』と言ったから参加させたのに!」


「賠償しろ!領地を売ってでも金を返せ!」


 広間を埋め尽くしているのは、命からがら逃げ延びてきた貴族たちだ。


 伯爵、子爵、男爵……。


 彼らは皆、豪華な軍服を着崩し、髪を振り乱し、血走った目でグライムに詰め寄っている。


 その数、およそ数万人。


 彼らは敗走の際、自分の船を捨てて脱出艇で逃げ出し、グライムの艦に拾われたり、あるいは単独でこのローゼンパレスまで逃げ込んできた「寄子」たちだった。


 玉座に座るグライムは、顔面を蒼白にし、手元のワイングラスを震わせていた。


「ええい、黙れ!黙らんか下郎ども!」


 グライムが立ち上がり、怒鳴り散らす。


 だが、その声にかつての威厳はない。


「貴様ら、誰に向かって口を利いている!


 私はローゼンバーグ公爵だぞ!


 この敗戦は私のせいではない!


 あの卑怯なフライハイト男爵が、汚い手を使ったからだ!


 機雷が増殖するなど……あんなものは反則だ!イカサマだ!」


「イカサマだろうが何だろうが、負けは負けだ!」


 太った伯爵が叫び返す。


「我々は全てを失ったんだぞ!艦隊も、兵士も、そして帝国首都星(セントラル)での信用も!もうおしまいだ……取り潰しだ……」


 一人が泣き崩れると、広間全体に絶望の波が広がった。


 彼らは理解し始めていた。


 300万隻という空前絶後の大艦隊を喪失した責任を、帝国が不問にするはずがない。


 懲罰戦争を仕掛けた側が、逆に懲罰される。


 そんな未来が、すぐそこまで迫っている。


「おのれ……おのれ、フライハイトめ……!」


 グライムは玉座の肘掛けを爪が割れるほど強く握りしめた。


 脳裏に浮かぶのは、あの黒髪の男の不敵な笑みだ。


 ゴミ捨て場から這い上がり、自分の息子を壊し、艦隊を焼き払い、そして名誉まで奪った悪魔。


「だが……まだだ。まだ終わってはいない!」


 グライムは虚勢を張るように声を張り上げた。


「落ち着け、諸君!我々は艦隊を失ったが、この『ローゼハイム』がある!ここは私の本拠地だ。地対空迎撃システム、惑星シールド、そして地上軍100万が駐留している難攻不落の要塞なのだ!」


 彼は広間のホログラム地図を展開した。


「フライハイトの戦力は、所詮1万隻だ。奇策で我々の艦隊を破ったとはいえ、惑星攻略となれば話は別だ。奴らにこの星のシールドを破る火力はない!ここで籠城し、帝国に救援を要請すればいい!」


「き、救援だと?」


 青ざめた子爵が問う。


「元老院が助けてくれるとでも?」


「当然だ!私は公爵だぞ?皇族に連なる名門だ!私が死ねば、帝国の権威に関わる。それに……奴は『だるま姫』と結婚するなどとほざいた大罪人だ。帝国軍が動く口実は十分にある!」


 グライムの目には、狂気じみた光が宿っていた。


 それは溺れる者が藁をも掴むような、必死の自己正当化だった。


「そうだ……。帝国軍さえ動けば、あんな蛮族崩れなどひとひねりだ。それまでここで耐えればいい。ワインはある。食料もある。この宮殿は核攻撃にも耐えるシェルターだ。安全なのだ!」


「安全」。


 その言葉に、パニックになっていた貴族たちが少しだけ落ち着きを取り戻した。


 彼らは根っからの温室育ちだ。


「安全な場所に隠れていれば、誰かが助けてくれる」という甘い幻想に、縋り付かずにはいられない。


「そ、そうだな……。公爵閣下の言う通りだ」


「腐ってもローゼンバーグ家の領地だ。防御設備は鉄壁のはず」


「そうだ、ここで宴でも開いて、帝国軍の到着を待てばいい」


 広間の空気が、絶望から現実逃避へと変わっていく。


 誰かが音楽をかけさせ、ドロイドに酒を運ばせた。


 外では自分たちが捨ててきた兵士たちが死んでいるかもしれないというのに、彼らは再びグラスを手に取り、空虚な乾杯を始めた。


 敗北者たちの晩餐会。


 それは、嵐の前の静けさというには、あまりにも滑稽で醜悪な光景だった。


「……閣下」


 宴の喧騒から離れた執務室で、老齢の家令がグライムに声をかけた。


 彼は長年ローゼンバーグ家に仕えてきた男で、この場の誰よりも現実が見えていた。


「本当に……救援要請を送るのですか?」


「当たり前だ!既に超光速通信で帝国首都星(セントラル)へ打電した!」


「ですが……閣下。仮に帝国軍が動いたとして、到着までどれくらいかかるとお思いで?」


「……1週間、いや、手続きを含めれば2週間か」


「敵の進軍速度は?」


 家令の問いに、グライムは言葉を詰まらせた。


「音速の殺戮者」と呼ばれた男だ。


 常識外れの速度でここまで来るかもしれない。


「ふ、フン!来るなら来い!たかだか1万隻で、この惑星を包囲できるものか。我が軍の地上対空砲火で、ハエのように撃ち落としてやるわ!」


 グライムは窓の外を見た。


 美しいバラ園が広がり、その向こうには軍事施設や都市の灯りが見える。


 平和な光景だ。


 この地が戦場になるなど、想像もできない。


 だが、彼は知らなかった。


 彼が「たかだか1万隻」と侮っているフライハイト艦隊が、今や膨れ上がり、60万隻を超える大艦隊に変貌していることを。


 そしてその乗員すべてが、彼ら貴族に対して骨の髄まで恨みを抱いた「元5等民」たちであることを。


 さらに、彼が頼みの綱としている「帝国への救援要請」。


 その通信が、何者かによって完全にジャミングされ、帝国首都星(セントラル)には一文字も届いていないことを。


 宮殿の大広間では、酔っ払った貴族たちが、互いの傷を舐め合いながら、クロウへの悪口雑言を吐き散らしている。


「成金が」


「野蛮人が」


「運が良かっただけだ」


 彼らの罵倒合戦は、恐怖を紛らわせるための儀式だった。


 グライムは再びグラスを煽った。


 最高級の赤ワインが、今日は鉄の味がした。


「……おのれ、フライハイト。見ておれ。最後には、高貴な血が勝つのだ。貴様のようなドブネズミに、この薔薇の園は踏み荒らせんよ」


 彼は自分に言い聞かせるように呟いた。


 だが、その手は震え続けていた。


 窓の外、夜空の彼方に、チラリと赤い光が見えたような気がした。


 それは星の瞬きか、それとも……。


 破滅の足音は、確実に、そして音もなく近づいていた。


 薔薇の惑星が、紅蓮の炎に包まれる刻まで、あとわずか。

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