第35話 結婚発表
銀河の中心、帝国首都星から北方に10万光年。
俺の領地は帝国の最北端にある。
ここへ来る道中、俺は首都星から1光年離れた宙域に隠密待機させていた、1000万隻の無人艦隊に撤収命令を出していた。
今頃、自動航行で先に惑星エンドのオメガ・ドックへと帰還しているはずだ。
身軽になった戦艦フェンリルは、超光速航行を解除し、懐かしき我が領土、フライハイト領へと滑り込んだ。
ブリッジのメインスクリーンには、領の玄関口である宇宙ステーション『ノルド・ステーション』が映し出されている。
半年前、俺がここを立った時は、まだ薄汚れた辺境の補給基地に過ぎなかった。
だが、今の姿はどうだ。
「……随分と賑やかになったな」
俺は艦長席で頬杖をつき、満足げに呟いた。
ステーションの周囲には、無数の輸送船が行き交っている。
その船体に描かれているのは、我が『マター・ドロイド・インダストリー』のロゴマークや、資源輸送業者のエンブレムだ。
帝国首都星での店舗経営が軌道に乗り、セラフィムをはじめとするドロイドの安定受注が確保できたことで、この辺境には今、ゴールドラッシュにも似た好景気が訪れていた。
「経済成長率、前期比400%増。人口流入も増加の一途を辿っています。マスターの『先行投資』が実を結びましたね」
副官席のシズが、淡々と報告する。
「ああ。金が回れば人も集まる。そして人が集まれば、そこは国になる。……さて、まずは留守番部隊に挨拶といくか」
俺は隣に立つシャルロットの手を取った。
彼女は白いワンピースに身を包み、義手義足であることを感じさせない自然な立ち姿で、緊張した面持ちでスクリーンを見つめている。
「緊張するか、シャルロット?」
「は、はい……。クロウ様の……ご家族に会うのですから」
「家族といっても、頑固爺さんと、お転婆娘だ。心配いらない」
俺たちはドッキングベイへと向かった。
ノルド・ステーションの特別区画。
エアロックが開くと、そこには懐かしい顔があった。
「パパァァァーーッ!!」
弾丸のような勢いで飛び込んできたのは、愛娘のルルだ。
俺は彼女を受け止め、高い高いをしてやる。
「よう、ルル。いい子にしてたか?」
「うん!すっごくいい子にしてた!ギリアムにね、お勉強も教えてもらったし、お手伝いもしたよ!テレビでレース見たけど、すごかった!ピカって光って、ドカーンって!」
ルルは俺の首に抱きつき、興奮気味に身振り手振りで話す。
その背後から、執事のギリアムが恭しく一礼した。
「お帰りなさいませ、旦那様。『音速の殺戮者』……帝国首都星では随分と物騒な二つ名がついたようで。しかし、ご無事で何よりです」
老執事は呆れたように、しかし誇らしげに目を細めた。
「ああ、ただいま。土産話は山ほどあるが……まずは紹介させてくれ」
俺はルルを降ろし、後ろに控えていたシャルロットの背中を押した。
「こいつはシャルロット。……俺の、大事な人だ」
シャルロットはおずおずと前に出た。
彼女はシンクロ・スーツの上から服を着ているため、肌の露出はない。
だが、その顔立ちは隠しようもなかった。
100年前の肖像画に残る、伝説の美姫そのものだ。
「は、初めまして……。シャルロットと申します」
彼女は義手の指先を震わせながら、深くお辞儀をした。
自分が「だるま姫」と呼ばれた異形の罪人であることを、彼女自身が一番気にしているのだ。
受け入れられるだろうか。
そんな不安がにじみ出ている。
ルルはキョトンとしてシャルロットを見上げ、それから俺を見た。
「パパ。このきれいなお姉ちゃん、だあれ?」
「ん?ああ、これからはずっと一緒に暮らすことになる。ルルにとっても、大事な家族になる人だ」
ルルは少し考え込み、パァっと顔を輝かせた。
「もしかして……新しいママ?」
「ぶっ!!」
俺は吹き出しそうになった。
シャルロットは顔を真っ赤にして、パクパクと口を開閉させている。
「あ、あの、えっと、その……!」
「うーん、まあ、当たらずとも遠からずだな」
俺がニヤリと笑うと、ルルはシャルロットの義手をギュッと握った。
「わあ!やったぁ!お姉ちゃん、手が温かいね!ルルね、ママがいなくて寂しかったの。これからいっぱい遊んでね!」
シャルロットの目から、涙が溢れた。
彼女は膝をつき、ルルの目線に合わせて、その小さな体を抱きしめた。
「……はい。はい……!私でよければ……仲良くしてください、ルルちゃん」
ギリアムもまた、温かい眼差しでそれを見守っていた。
彼はシャルロットの正体を知っているはずだ。
だが、何も言わず、ただ深く頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、シャルロット様。フライハイト家は、貴女様を歓迎いたします」
ここには、差別も偏見もない。
あるのは、俺が作った「家族」の絆だけだ。
感動の再会も束の間、俺たちはフェンリルにギリアムとルルを乗せ、本拠地である『惑星エンド』へと向かった。
***
オメガ・ドックに着陸した俺たちを出迎えたのは、広大なドックの空間に整列した5万の軍勢だった。
「「「総員、敬礼ッ!!!」」」
5万人。
無機質で巨大なドックの中に、彼ら以外の人影は一切ない。
元は5等民で、食い詰め者の荒くれ者たちだった連中が、統一された黒い軍服とパワードスーツに身を包み、一糸乱れぬ隊列を組んでいる。
だが、ただ整列しているだけじゃない。
奴らの眼光は、ヴォルフ直伝の地獄よりも恐ろしい訓練により、獲物を前にした猛獣のようにギラギラとたぎっていた。
全身から発散されるのは、いつ命令が下っても即座に敵を八つ裂きにできる、常時「戦闘モード」の殺気だ。
静まり返った広大な空間に、5万人の殺気だけが満ちている。
(……おいおい、ちょっと気合が入りすぎじゃないか?)
俺は傍らにいるルルをチラリと見た。
こんな血に飢えた連中の殺気に当てられて、怖がっていないか心配になったからだ。
その最前列に、この精鋭たちを作り上げたグレイ・ヴォルフ大佐が立っていた。
「閣下!いや、『音速の殺戮者』殿とお呼びすべきかな?」
ヴォルフは俺を揶揄っているのか、野性的な笑みを浮かべながら、敬礼した。
「よせ。恥ずかしい二つ名で俺を呼ぶな。……だが、随分と彼らを鍛え上げたな、ヴォルフ」
「へへっ、暇だったもんでね。地獄のシゴきに耐え抜いた精鋭だ。いつでも帝国軍と喧嘩できますぜ」
頼もしい限りだ。
俺は頷き、タラップの最上段から全軍を見渡した。
隣にはシャルロット、後ろにはシズとベンケイ、そしてギリアムとルルが控えている。
俺の「勢力」の全てがここに集結した。
俺は拡声機能を使って、5万人の兵士たちに語りかけた。
「野郎ども!待たせたな!俺が、クソの掃き溜めな帝国首都星で遊んでいる間、よく留守を守ってくれた!今日は、お前らに重大な発表がある!」
ざわめきが静まる。
俺はシャルロットの肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「ここにいるシャルロット・アト・フレイア。彼女を、俺の妻として迎え入れることにした!」
一瞬の沈黙の後、ウォーッ!という歓声が上がった。
閣下の結婚だ。
クロウを慕っている荒くれ者たちは祝ってくれる。
だが、俺の次の言葉が、その歓声を凍りつかせた。
「そして……。俺はこの結婚を、紋章管理院に正式に申請する予定だ!」
「「「はあぁッ!?」」」
この場に居る全員が素っ頓狂な声を上げた。
ギリアムでさえ、目を丸くしてステッキを取り落としそうになっている。
「か、閣下……正気か!?彼女は『だるま姫』……帝国の反逆者で、公式には『人間』としての権利を剥奪された存在だぞ!?それを妻として登録するなんて……帝国法に対する真っ向からの挑戦だ!」
ヴォルフの言う通りだ。
これは単なる結婚ではない。
帝国が「物」として、永遠に続く慈悲なき鉄槌を与えると定めた存在を、俺が「人間」として、しかも「貴族の配偶者」として認めさせようという行為。
それは帝国の法秩序と、皇帝の権威そのものを否定することになる。
「法だと?シズ、帝国法を検索しろ。『貴族と5等民、あるいは罪人奴隷との婚姻』を禁じる条文はあるか?」
シズが即座に答える。
「検索終了。……該当する条文はありません」
この場にどよめきが広がる。
「な...ない?」
「はい。貴族同士の婚姻、平民との婚姻に関する規定はありますが、5等民以下の『人間と見なされていない存在』との婚姻に関する法律そのものが存在しません。……立法者にとって、それは『人間が家具と結婚する』ようなものであり、想定外――あり得ない事態だったからです」
「そういうことだ」
俺はニヤリと笑った。
「法律で禁止されていない以上、俺が誰と結婚しようが勝手だ。法の抜け穴ですらない。奴らの傲慢さが作った『法の空白地帯』だ。そこに、俺たちは楔を打ち込む」
俺は拳を突き上げた。
「俺は彼女を心から愛している。だから、コソコソ隠れて愛人にするつもりはない。堂々と、太陽の下で妻として歩かせる。……文句がある奴は、帝国だろうが皇帝だろうが、全員ぶっ潰す」
「俺たちには力がある!降りかかる火の粉を払い除け、理不尽をねじ伏せ、前に進む力がな!周りを見ろ!ここには、フェンリルがある!ラグナロクもある!……そして何より、地獄を生き抜いたお前たちがいる!」
俺の言葉に、兵士たちの目に炎が宿る。
そうだ。
こいつらは、社会から弾き出されたアウトローだ。
常識や法律なんてクソ食らえと思っている連中だ。
法の空白を突いて、帝国に喧嘩を売る。
これほど痛快な祭りはない。
「面白い……!それでこそ俺たちの閣下だ!」
ヴォルフがニヤリと笑い、銃を空に向けて撃った。
「全軍!閣下の結婚式だ!祝砲を用意しろ!邪魔する帝国軍が来たら、そいつらも纏めて花火にしてやれ!」
オオオオオオッ!!!
地響きのような雄叫びが、惑星エンドの大気を震わせた。
その熱狂の中、シズだけが冷静に分析を続けていた。
「……マスター。法的な禁止事項がないとはいえ、帝国は面子にかけてこれを認めないでしょう。帝国軍本隊は、法的根拠がないため動きにくいですが……」
「ああ。面子を潰された貴族連中は黙っていないだろうな」
「はい。『懲罰戦争』……私戦の形での武力介入が行われる確率は、100%です」
「上等だ」
俺はシャルロットの手を強く握った。
彼女は不安そうに俺を見上げている。
「ごめんなさい……私のせいで、皆さんが……」
「謝るな、シャルロット。これは俺が望んだことだ。それに……ゴミの方から向かって来てくれるなら、いちいち出向いて掃除する手間が省けるってもんだ」
俺の目には、既に敵の姿が見えていた。
新たな戦争の幕開けだ。
***
翌日。
銀河を駆け巡ったニュースは、全宇宙を震撼させた。
『速報!あの「音速の殺戮者」クロウ・フォン・フライハイト男爵、紋章管理院へ婚姻届を提出!相手は大罪人「だるま姫」シャルロット・アト・フレイア!法の空白を突いた暴挙に、帝国首都星は大混乱!』
このニュースに、最も激しく反応した男がいた。
帝国首都星、上級貴族居住区にある広大な屋敷。
その執務室で、一人の男がワイングラスを握りつぶしていた。
グライム・フォン・ローゼンバーグ公爵。
かつて俺を惑星エンドへと捨てた元凶であり、俺が学園で再起不能にしたケイオスの父親である。
彼は、俺がかつて彼に追放された「5等民の0960番」だとは知らない。
彼にとって俺は、辺境で成り上がり、金に物を言わせて爵位を買い、神聖な学園を暴力で蹂躙した、不愉快な「成金男爵」でしかなかった。
「おのれ……おのれ、フライハイト……!!」
グライムの顔は、憤怒で赤黒く変色していた。
彼のプライドは、ズタズタに引き裂かれていた。
先日行われた『スター・ライド・グランプリ』。
あれは単なるレースではなかった。
多くの貴族家にとって、自慢の跡取り息子をお披露目する晴れ舞台だったのだ。
それを、この男は「掃除」と称して虐殺した。
奴に関わったグライムの息子ケイオスは精神を破壊され、彼の派閥に属する多くの有力貴族の子息たちが、あの黒いバイクのレーザー砲で遺骨すら残らずに蒸発させられたのだ。
そして極めつけが、この結婚報道だ。
「あのレースで貴族の跡取りを散々殺したに飽き足らず……。レースの優勝賞品に『だるま姫』を欲し、あまつさえ婚姻だと!?」
グライムは絶叫した。
血の滴る手で、机を叩き割る勢いで拳を振り下ろす。
「貴族ともあろう者が、あのような穢らわしい肉塊を妻にするだと!?これは帝国への冒涜であり、我ら名門貴族の血統に対する、これ以上ない侮辱だ!奴は貴族の風上にも置けぬ、狂った獣だ!」
グライムは通信機のスイッチを入れた。
その目には、狂気じみた殺意が宿っていた。
「許さん……断じて許さんぞ!この落とし前は、血で贖わせる!」
「連絡しろ!我がローゼンバーグ家の寄子となっている全貴族艦隊に通達!さらに、あのレースで息子を殺された全ての貴族家にも檄文を飛ばせ!『音速の殺戮者』に対する、正義の鉄槌を下す時が来たとな!」
彼の呼びかけは、瞬く間に無数の回線を通じて伝播していった。
息子を殺された怨み、面子を潰された怒り、そして「だるま姫」というタブーに触れた者への嫌悪。
それらが結集し、巨大な軍事同盟が形成されていく。
『ローゼンバーグ貴族連合軍』
集結地点には、次々とワープアウトしてくる艦隊の光が増えていく。
1万、10万、100万……。
最終的に集まった艦艇の総数は、実に300万隻。
帝国の正規軍をも凌駕する、史上最大級の私設艦隊が誕生したのだ。
対するフライハイト男爵軍の表向きに運用できる戦力はわずか1万隻。
旗艦のフェンリルこそ立派だが、他は急造の武装商船や、スクラップを修理した旧式艦が大半だ。
しかも、その数字の中には、俺たちの真の切り札である超弩級戦艦『ラグナロク』は含まれていない。
これはまだ、秘中の秘だ。
戦力比、300対1。
誰がどう見ても、これは負け戦になる。
だが、モニター越しにその大艦隊を見つめるグライムは知らなかった。
彼らが相手にしようとしている男が、かつて彼がゴミとして捨てた少年であり、その少年が今、銀河を消し飛ばすほどの「牙」を隠し持っていることを。
銀河の片隅で上がった愛の誓いという名の狼煙は、今、300万の復讐者を呼び寄せ、巨大な業火となって燃え上がろうとしていた。




