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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第3章 貴族学校編

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第33話 星下の誓い

 地獄のような手術から一夜が明けた。


 戦艦フェンリルの医療区画。


 清潔な朝の光が満ちる部屋で、俺、クロウ・フォン・フライハイト男爵は、ベッドの上のシャルロットに向き合っていた。


 彼女は今、俺が万能物質(マター)で生成した特製の『シンクロ・スーツ』――外部刺激を緩和するジェルを含んだ、第二の皮膚とも言うべき黒いボディスーツに身を包んでいる。


 その四肢の先端、先日埋め込んだばかりの接続ポートが、鈍い銀色の光を放っていた。


「……準備はいいか、シャルロット」


 俺の声に、彼女は緊張した面持ちで、けれど力強く頷いた。


「はい、クロウ様」


 俺はサイドテーブルに置かれた「それ」を手に取った。


 徹夜で調整を重ねた、彼女のためだけの義手と義足だ。


 素材は高強度のオリハルコン合金。


 表面は彼女の肌の色に合わせた人工皮膚で覆われており、見た目は生身の手足と遜色ない。


 だが、その内部にはフェンリルの演算機能とリンクする、超高性能なアクチュエーターと感覚センサーが組み込まれている。


「装着するぞ」


 俺はまず、右足のパーツを彼女の大腿部のポートに宛がった。


 カチリ、という小さな音と共に、神経コネクタが接続される。


「……っ!」


 シャルロットが小さく息を呑んだ。


 痛覚信号ではない。


 神経が通い、失われていた「足」の感覚が、100年ぶりに脳へと還流した衝撃だ。


「どうだ?動かせるか?」


 彼女はおそるおそる意識を集中させた。


 すると、義足のつま先が、ピクリと動いた。


 足首が回り、膝が曲がる。


「あ……動く……私の足が……」


 続いて左足、そして両腕。


 全ての接続が完了した時、彼女は完全な五体を取り戻していた。


「さあ、立ってみろ」


 俺は彼女の手を取った。


 義手の指が、俺の手をしっかりと握り返してくる。


 温度機能により、温かい。


 シャルロットはベッドから足を下ろし、床を踏みしめた。


 ジェルパッド内蔵の足裏が、床の感触を脳に伝える。


 彼女は膝に力を入れ、ゆっくりと、震えながら腰を上げた。


 10センチ、20センチ、50センチ。


 視界が高くなっていく。


 そして――。


「……立った」


 彼女は立ち上がった。


 100年間、天井から吊るされるか、床を這いずることしか許されなかった彼女が、自分の足で大地を踏みしめたのだ。


「あ、あぁ……」


 バランスを崩しそうになった彼女を、俺は抱き留めた。


「焦るな。リハビリはこれからだ。……ほら、一歩踏み出してみろ。俺が支えてやる」


 俺は彼女の両手を引き、導いた。


 彼女は生まれたての小鹿のように震えながら、右足を前に出した。


 そして左足。


 一歩、また一歩。


 病室の中を、俺たちはゆっくりと歩いた。


「歩いている……私、歩いています……!」


 彼女の目から涙がこぼれ落ちる。


 それは痛みによるものではなく、純粋な歓喜の涙だった。


 自分の意思で動ける。


 行きたい場所へ行ける。


 その当たり前の事実が、彼女にとっては奇跡だった。


「ああ、上手だぞ。お前はもう、誰の所有物でもない。どこへだって行けるんだ」


 シャルロットは泣き笑いのような表情で、俺の胸に飛び込んできた。


 俺はその細い体を、スーツ越しに優しく抱きしめた。


 その日の夜。


 俺はシャルロットを「夕食」に招待した。


 場所は、フェンリル最上層にある展望ラウンジだ。


 照明を落とした室内。


 直径1メートルほどの小さな円卓には、キャンドルの火が揺れている。


 そして、壁一面の巨大なウィンドウの向こうには――。


「……綺麗」


 シャルロットが息を呑んだ。


 そこには、眼下に広がる帝国首都星(セントラル)の夜景と、その上に広がる満天の星空があった。


 フェンリルは今、自動航行で帝国首都星(セントラル)の上空を回遊している。


 100年間、窓のない「特別室」という名の密室に幽閉されていた彼女にとって、この無限に広がる宇宙は、何よりのプレゼントだった。


「座ってくれ。今日の料理は、自動調理器じゃないぞ。メイドのシズが腕によりをかけて作った特製コースだ」


 俺は椅子を引き、彼女をエスコートした。


 テーブルの上には、万能物質(マター)で生成した有機野菜を使ったサラダ、柔らかく煮込まれた肉料理、そして焼きたてのパンが並んでいる。


 シャルロットは震える義手でスプーンを持ち、スープを口に運んだ。


 一口飲んだ瞬間、彼女の動きが止まった。


「……おいしい」


 ポロポロと、大粒の涙がスープ皿に落ちる。


「温かくて……優しい味がします……」


 彼女が今まで与えられていたのは、家畜用の合成ペーストと、生きるためだけの高カロリー輸液だった。


「食事を楽しむ」という行為さえ、彼女は奪われていたのだ。


「全部食えよ。おかわりもあるからな」


 俺は彼女が泣きながら食べる姿を、ただ静かに見守っていた。


 やがて食事が終わり、ハーブティーの香りが漂う頃。


 シャルロットが、改めて俺に向き直った。


「……クロウ様。何度お礼を言っても足りません。ですが……一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんだ?」


「なぜ……これほどまでに、私を助けてくださったのですか?」


 彼女のサファイア色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。


「私は亡国の姫。帝国にとっては反逆の象徴です。私に関わることは、貴方様にとってもリスクのはず。それなのに、なぜ?」


 俺はカップを置き、少し視線を逸らして答えた。


「……前にも言っただろ。俺は将来、自分の国を作る。そのために、帝王学を修めた『統治経験のある人材』が欲しかったんだ。お前はそのための、優秀な参謀候補だ」


 もっともらしい理屈だ。


 嘘ではない。


 だが、それだけではないことも、俺自身が一番よく分かっている。


「……マスター」


 給仕のために控えていたシズが、冷ややかな声で口を挟んだ。


「生体反応に虚偽の兆候はありませんが……情報量が不足しています。まだ、伝えるべき『核心』があるのではないですか?」


「……っ!うるさい!今から言うところだ!」


 俺は顔を赤くして怒鳴った。


 このポンコツメイドめ、余計なツッコミを入れやがって。


 シャルロットが驚いて目を丸くしている。


 俺は咳払いをし、意を決して彼女に向き直った。


 テーブルが小さい分、彼女との距離は近い。


 その瞳から逃げることはできない。


「……シャルロット。参謀がどうとか、それは建前だ。本当の理由は、もっと単純で……馬鹿げたことだ」


 俺は深呼吸をした。


 肺の奥まで空気を入れ、覚悟を決める。


「一目惚れだったんだ」


「……え?」


「あの監獄棟の拷問ショーで。初めてお前を見た時……あんな酷い状態だったのに、お前の目は死んでいなかった。その強さと、悲しげな美しさに、俺は心を奪われた」


 シャルロットが呆気にとられている前で、俺は自分の「正体」を語り始めた。


「俺は、お前が思っているような生まれついての貴族じゃない。俺は元5等民だ。名前すらなく、番号で管理されるゴミ屑だった」


 俺は拳を握りしめる。


「今から一年位前だ。俺は帝国首都星(セントラル)で、ある公爵の些細な機嫌を損ねた。……ただそれだけの理由で、俺は処刑ポッドに詰め込まれ、生きたまま宇宙へ投棄されたんだ。宇宙のゴミ捨て場と呼ばれる、死の星(エンド)へな」


 彼女が息を呑む気配がした。


「だが、俺は死ななかった。偶然にもその星で、旧時代の遺産……『万能物質(マター)製造工場』を見つけた。俺はそこにある膨大なゴミと資源を喰らい、武器を作り、資源を精製し、這い上がった。今持っているこの男爵の爵位も、そこで得た資源を使って、辺境の腐敗した代官から買ったまがい物だ」


 俺は自嘲気味に笑った。


「俺は復讐のために戻ってきた。だが、それだけじゃない。生きるのに必死で、女性を愛する余裕などなかった俺が……あのショーでお前を見た瞬間、理屈が吹き飛んだ」


 俺はシャルロットの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「国を追われ、尊厳を踏みにじられ、それでも折れなかったお前。……俺もお前と同じ、帝国に捨てられた『持たざる者』だった。だからこそ、お前をあんな場所に置いておけなかった。ただ、お前が欲しかったんだ」


 一気にまくし立てると、俺はポケットから小さな箱を取り出した。


 中には、俺がハンマーでミスリルを叩いて作った、手製の指輪が入っている。


 工場で生産したものではない。


 俺の力加減がそのまま形になった、少々形の歪んだ、世界に一つだけの指輪だ。


「……俺と、結婚してほしい」


 俺は指輪を差し出した。


「俺は貴族だが、中身はただの野蛮な男だ。だが、お前を守ることだけは誓う。これからの人生、俺と一緒に生きてくれないか」


 シャルロットは指輪を見つめ、そして俺を見た。


 彼女の脳裏に、100年間の苦しみの映像がフラッシュバックする。


 暗闇、激痛、屈辱、絶望。


 だが、それらは今、目の前の男がくれた温かい食事と、優しい言葉、そしてこの美しい星空によって塗り替えられていく。


 彼女の心は、もう決まっていた。


「……はい!」


 彼女は椅子から立ち上がり、涙でぐしゃぐしゃになった笑顔を見せた。


「はい!喜んで!貴方は私を地獄から救い出してくれた……私のヒーローです、クロウ様!」


 俺は彼女の左手を取り、薬指に指輪を嵌めた。


 義手の指だが、それは確かに彼女の一部だった。


 銀色のリングが、星の光を受けて輝いた。


 夕食後。


 俺は自室に戻り、ベッドに腰掛けていた。


 高揚感と、少しの気恥ずかしさが残っている。


 プロポーズなんて柄にもないことをしてしまったが、後悔はない。


 その時、ドアのチャイムが鳴った。


 モニターを見ると、そこにはシャルロットが立っていた。


 慣れない義足で、一歩一歩、ここまで歩いてきたのだ。


「……入れ」


 ロックを解除すると、彼女が入ってきた。


 先ほどのスーツ姿のままだが、その頬は朱に染まり、瞳は潤んでいる。


 そして、その全身から発せられる雰囲気で、俺は彼女が何を求めてここに来たのかを察した。


 俺は鈍感な主人公じゃない。


 だが、こればかりは頷くわけにはいかない。


 彼女が口を開く前に、俺は先手を打った。


「シャルロット。気持ちは嬉しいが……駄目だ」


「……え?」


 彼女が悲しげに眉を下げる。


「お前は、感度が3000倍なんだ。普段の生活でさえ、スーツで保護していなきゃならない。そんな状態で……俺たちが『まぐわう』なんて、無理だ」


 俺は諭すように言った。


「性行為による刺激は、今の皮膚接触の比じゃない。極度の快感は、お前にとって脳を焼かれるような苦痛になるはずだ。あの特別室で……散々受けた責苦と同じになってしまう」


 俺は彼女を傷つけたくない。


 愛しているからこそ、抱くことはできない。


「もし、子供が欲しいというなら、体外受精で人工子宮を使えばいい。フェンリルの設備なら可能だ」


 俺は淡々と、しかし優しく提案した。


「俺がいた5等民の世界じゃ、それが一般的だ。愛だの恋だのは関係なく、ただ労働力を効率よく確保するためにな。……俺自身も、そうやってタンクの中で『生産』された人間の一人だ。だから、無理をして体を重ねる必要はない」


 俺の言葉は、論理的で、彼女を思いやるものだったはずだ。


 だが、シャルロットは首を横に振った。


 そして、ゆっくりと俺に近づき、ベッドの端に手をかけた。


「……違います、クロウ様」


 彼女は真っ直ぐに俺を見つめた。


 その瞳には、かつてないほどの強い意志の光が宿っていた。


「かつて、私に自由がなかった頃……あの部屋で、私は幾多もの男たちに、機械に、犯され続けました。それは恐怖であり、屈辱であり、ただの苦痛でした」


 彼女の手が、震えながらも自身のスーツの胸元に触れる。


「ですが……今は違います。私は、自分の足でここに来ました。誰に命令されたわけでもない。私の意思で、貴方を求めて来たんです!」


「シャルロット……」


「痛くてもいいんです。それが貴方の愛なら、私は受け入れたい。体外受精なんて嫌です。私は、貴方の体温を、鼓動を、愛を……この体で感じたいんです!」


 彼女は叫び、そして懇願した。


「お願いします、クロウ様。私を……抱いてください。私を『女』にしてくれませんか?」


 それは、彼女の魂からの叫びだった。


 ただ守られるだけの存在ではなく、愛し愛される対等のパートナーになりたいという願い。


 その覚悟を前にして、これ以上拒むことは、逆に彼女を傷つけることになる。


 俺は観念したように息を吐き、そして優しく微笑んだ。


「……分かった」


 俺はベッドの端を叩いて、彼女を呼んだ。


「おいで、シャルロット。……手加減はするが、止めて欲しくなったらすぐに言えよ」


「はい……!」


 彼女は花が咲くように笑い、俺の腕の中に飛び込んできた。


 スーツ越しの感触。


 だが、その奥にある彼女の体温は、確かに熱く燃え上がっていた。


 その夜。


 彼女の悲鳴にも似た甘い声が、何度も俺の部屋に響いた。


 それは苦痛によるものでもあっただろう。


 3000倍の感度は、彼女の脳を何度もショートさせかけたはずだ。


 だが、彼女は決して「止めて」とは言わなかった。


 俺の背中に爪を立て、涙を流しながら、それでも俺を求め続けた。


 それは、彼女が100年ぶりに取り戻した「生」の実感であり、俺たち二人が交わした、魂の契約の儀式でもあった。


 翌朝、彼女は気絶するように眠っていたが、その表情は満ちている。


 その日以来、彼女は定期的に夜、俺の部屋を訪れるようになった。


 義足の足音は日に日に力強くなり、俺たちの愛もまた、確かな形を帯びていくのだ。

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