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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第3章 貴族学校編

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第32話 覚醒下手術

 数日後。


 戦艦フェンリルの医療区画にある集中治療室の前で、俺は足を止めた。


 インターホンを押そうとした指が、わずかに躊躇う。


 シズからの報告によれば、シャルロット・アト・フレイアの初期治療は完了したという。


 外傷の治癒、栄養状態の改善、そして体内から毒素を抜くデトックス。


 フェンリルの誇る医療ポッドならば、死にかけの人間でも数日で全盛期の肉体に戻せるはずだ。


 だが、シズの声のトーンは明るくなかった。


 むしろ、沈痛な響きを含んでいた。


「……入るぞ」


 俺は意を決して、タッチパネルを操作した。


 プシューッという音と共に、気密ドアがスライドする。


 滅菌された空気の匂い。


 そして、ベッドの上に座る彼女の姿が目に飛び込んできた。


「……なっ!?」


 俺は絶句した。


 そこにいたのは、清潔な患者衣を着た彼女ではなかった。


 ベッドの上にちょこんと座っていたのは、黒く、妖艶な光沢を放つラバースーツに包まれた「異形」だった。


 監獄棟(プリズン)で彼女を梱包していた、あの拘束衣(ボンデージスーツ)ではない。


 だが、素材は同じ極薄のラバーだ。


 それが彼女の痩せた体のラインにぴったりと吸い付き、首から下を完全に覆い隠している。


 手足の断面も丸く包み込まれ、まるで黒いマネキンのようだ。


 唯一の違いは、頭部だ。


 あの忌まわしい全頭マスクは外されている。


 露わになった顔は、数日前とは見違えるほど血色が良く、透き通るような金髪が肩にかかっている。


 その美しさは、黒いスーツの異質さを際立たせ、背徳的なまでのコントラストを生んでいた。


「……シズ、どういうことだ」


 俺は傍らに控えていたシズに、低い声で問いかけた。


「なぜ、またあんな物を着せている?俺は言ったはずだ。彼女を解放すると。あんな、囚人服のようなものは捨てろと」


 シズは表情を変えず、淡々と、しかし申し訳無さそうに答えた。


「……不可能です、マスター。これでも、素材は医療用の低刺激性ポリマーに変更してあります。ですが、彼女が『皮膚を露出すること』自体が不可能なのです」


「……なんだと?」


「ご報告した通り、彼女の身体的な傷、内臓機能、栄養失調は全て完治しました。生命の危機は完全に脱しています。ですが……」


 シズはシャルロットの方を見た。


 シャルロットは俺と目が合うと、恥ずかしそうに、そして怖そうに身を縮めた。


「神経系の検査結果が出ました。結論から申し上げます。『感度3000倍』の感覚過敏症は……治りませんでした」


 俺の頭を、鈍器で殴られたような衝撃が襲った。


 治らない?


 このフェンリルの、ロストテクノロジーを結集した医療ポッドでもか?


「脳の神経回路そのものが、100年間の薬物投与と拷問によって完全に変質しています。いわば、痛覚や触覚の信号を増幅して受け取ることが、彼女の脳にとっての『正常』として固定化されてしまっています。これを治すということは、彼女の人格や記憶ごと脳を焼き切るのと同義です」


 シズの説明は冷徹だった。


「現在の彼女は、そよ風が肌に触れるだけで火傷のような激痛を感じ、衣類の摩擦だけで脳がショートするほどの刺激を受けます。ですから、このように全身を密着させ、外部刺激を遮断するスーツを着ていなければ、日常生活すら送れません」


 俺は拳を握りしめた。


 帝国の呪いは、ここまで深いのか。


 肉体は救えても、彼女が感じる世界は地獄のままということか。


「それに……マスター。さらに悪い報告があります」


 シズが言い淀む。


「……まだあるのか?」


「はい。これからマスターが行おうとしている『義手義足の埋め込み手術』に関してです。事前の適合検査を行ったところ、彼女の体質に致命的な問題が見つかりました」


 シズは深呼吸をするように一拍置き、告げた。


「彼女には、麻酔が効きません」


「……は?」


「長期間、拷問に耐えさせるために投与されていた特殊な覚醒剤と、苦痛増幅剤の副作用です。彼女の中枢神経は、鎮痛剤や麻酔薬の成分を即座に分解・無効化する特異体質になっています。つまり……痛みを感じなくさせる手段が、存在しません」


 俺は言葉を失った。


 麻酔が効かない。


 それが何を意味するか、俺は瞬時に理解した。


 義手義足の手術とは、単にパーツを装着するようなものではない。


 神経接続を行うためのインターフェース(接続端子)を、骨に直接埋め込む必要がある。


 具体的には、切断された上腕骨と大腿骨の断面に、何十本ものボルトをドリルでねじ込み、神経束を一本ずつ接続していく大手術だ。


 通常なら、全身麻酔で意識を飛ばして行う。


 それを、覚醒下で行う?


 しかも、感度が常人の3000倍の彼女に?


「……自殺行為だ」


 俺は呻いた。


 それは手術ではない。


 帝国が行っていた拷問など生温いと思えるほどの、銀河史上最悪の拷問だ。


 ショック死どころか、魂が砕け散ってしまう。


「ですので、手術は非推奨です。彼女には、このまま介護を受けながら、ベッドの上で平穏に暮らしてもらうのが、生物学的には最も人道的な選択かと」


 シズの提案は正しい。


 論理的だ。


 だが……。


「……シャルロット」


 俺はベッドに歩み寄った。


 彼女はビクリと肩を震わせたが、逃げようとはしなかった。


 そのサファイア色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。


「聞こえていたな?」


「……は、はい」


 初めて聞く、彼女の正常な声。


 それは鈴のように澄んでいたが、微かに震えていた。


「俺は、お前に手足を……自由を返してやりたいと思っていた。だが、条件が変わった。手術をするには、お前の骨にボルトをねじ込む必要がある。麻酔は効かない。お前のその過敏な体で、骨を削られる痛みに数時間、耐えなきゃならない」


 俺は残酷な真実を突きつけた。


「正直に言う。その痛みは、お前があの『特別室』で受けていたもの以上だ。俺がこれからやろうとしていることは、帝国の拷問官と同じことなんだ」


 シャルロットが息を呑むのが分かった。


 彼女の脳裏に、100年間の地獄がフラッシュバックしたのだろう。


 顔色が青ざめ、呼吸が荒くなる。


「俺は……お前がこのままでも、いいと思っている。無理をする必要はない。俺が一生、お前の手足になってやる。欲しいものがあれば取ってやるし、行きたい場所があれば連れてってやる。だから……」


「いいえ」


 彼女は、俺の言葉を遮った。


 震える声だった。


 だが、そこには鋼のような響きがあった。


「やります……!お願いします、クロウ様。私に、手術をして下さい!」


「シャルロット、死ぬかもしれないんだぞ!痛いなんてもんじゃない。発狂死するかもしれないんだ!」


「それでも!」


 彼女は身を乗り出し、切断された腕を俺の方へ突き出した。


 何かを掴もうとするように。


「私は……取り戻したいんです。帝国に奪われた『自由』を。自分の足で立ち、自分の手で触れる……そんな当たり前の自由を!」


 彼女の瞳から、涙が溢れ出した。


「ベッドの上で守られるだけの平穏なんていらない。それは、飼われているのと同じです。私は……私は人間として生きたい!そのために必要な痛みなら、例え耐え難い地獄でも、耐えてみせます!」


 彼女の叫びが、部屋に響き渡った。


 100年間、屈辱にまみれながらも折れなかった魂。


 その強さが、今、爆発していた。


 俺は彼女を見つめ続けた。


 その目には、一点の迷いもなかった。


 もし俺が断れば、彼女は一生、自分を「壊れた物」として呪い続けるだろう。


 俺が彼女を救うということは、ただ命を助けることじゃない。


 彼女の誇りを取り戻すことだ。


 俺は大きく息を吐き、覚悟を決めた。


「……分かった」


 俺はシズに向き直った。


「手術を行う。準備しろ」


「マスター……本気ですか?」


「本気だ。彼女が望むなら、俺は悪魔にでもなってやる。……ただし、絶対に死なせない。絶対にだ」


 数時間後。


 フェンリルの手術室は、異様な緊張感に包まれていた。


 中央に置かれているのは、通常の手術台ではない。


 俺が万能物質(マター)で急造した、彼女のためだけの特別な手術台――『バキューム・ベッド』だ。


 2枚の厚い特殊ラバーシートを重ねた構造。


 下のシートには、人の形に合わせた窪みがある。


 そこに患者を寝かせ、上からもう一枚のシートを被せ、空気を抜いて真空パックのように全身を圧迫固定する装置だ。


 目的は二つ。


 一つは、感度3000倍の彼女が、激痛で暴れ回って手術を妨害しないように、物理的に完全に拘束すること。


 もう一つは、全身に均一な圧力をかけ続けることで、彼女の過敏な神経を「圧迫」という信号で飽和させ、痛みへの恐怖を少しでも和らげること(ハグ・セラピーの原理の応用だ)。


 手術を行う四肢の切断面だけが、シートの外に出せるように穴が空いている。


 それ以外の胴体や顔は、全てゴムの中に密閉される。


「……行くぞ、シャルロット」


 俺は黒いスーツ姿の彼女を抱き上げ、手術台に乗せた。


 彼女はガタガタと震えている。


 口には、舌を噛み切らないための極厚のギャグを噛ませている。


「ん……んぅ……!」


 彼女が何かを訴えるように呻く。


 怖いのだ。


 当たり前だ。


 これから麻酔なしで解体されるようなものなのだから。


「大丈夫だ。俺の声が聞こえるか?俺はずっとここにいる。終わるまで、絶対に離れない」


 俺は彼女の額に手を置き、そう告げた。


 彼女が小さく頷く。


「固定するぞ」


 俺は上のラバーシートを引き下ろした。


 彼女の体の上に、重いゴムの膜が被さる。


 スイッチを入れると、ブォォォンという低い音と共に、空気が吸引され始めた。


 シューッ……。


 シートが彼女の体に張り付き、そのラインを浮き彫りにしていく。


 胸の膨らみ、肋骨の形、へその窪みまでが、真空パックによって鮮明になる。


 彼女は身動き一つ取れない状態になった。


 四肢の先端だけが、丸い穴から露出している。


「バイタルモニター、接続。心拍数160。異常な高さですが……続行可能です」


 シズが機械的な声で告げる。


 俺は手術用ライトを点灯させ、まずは右腕の前に立った。


 手には、医療用ドリルと、銀色に輝くチタンボルト。


「……すまない」


 俺は小声で謝罪し、ドリルの先を彼女の上腕骨の断面に当てた。


 キュイィィィン……。


 高回転のモーター音が響く。


 俺は一気に、トリガーを引いた。


 ガガガガッ!!


「――――――――ッ!!!!!!!!」


 バキュームベッドの中で、シャルロットの体が爆発したように跳ねた。


 だが、真空の拘束はそれを許さない。


 ギャグ越しの絶叫が、空気のないゴムの中で反響し、獣の咆哮のような濁った音となって漏れてくる。


 骨を削る音。


 肉が焼ける匂い。


 感度3000倍の彼女にとって、それは右腕をマグマに突っ込まれ、万力で粉砕されるような激痛だろう。


「んぐ、ぎぃ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」


 彼女の全身から、玉のような汗が噴き出し、バキュームベッドの内側を曇らせる。


 モニターの心拍数が200を超えた。


 警報音が鳴り響くが、俺は手を止めない。


 ここで躊躇えば、苦しみが長引くだけだ。


 一本目のボルトが入った。


 続いて二本目。


 三本目。


 一本打ち込むたびに、彼女の体は痙攣し、喉が裂けんばかりの絶叫が上がる。


 彼女は必死に耐えている。


 自由のために。


 尊厳を取り戻すために。


 30分後。


 右腕の接続ポート設置完了。


 彼女は既に、意識が混濁しているようだった。


 だが、まだ四分の一だ。


「次は左腕だ」


 俺は反対側に回り込む。


 同様の処置を、迅速に行う。


 彼女はもう、声を上げる力も残っていないのか、ヒュー、ヒューという掠れた呼吸音だけが聞こえる。


 だが、ドリルが骨に触れた瞬間、反射的に体が大きくのけぞり、シートを限界まで引っ張った。


 苦行だ。


 彼女にとっても、そして俺にとっても。


 自らの手で傷つけ続ける地獄。


 俺の額からも脂汗が滴り落ちる。


 さらに1時間後。


 両腕が終わり、次は脚だ。


 大腿骨は腕よりも太く、硬い。


 使用するボルトも長く、太いものになる。


 つまり、痛みは倍増する。


「シャルロット、頑張れ。半分終わった。あと半分だ」


 俺は彼女の耳元で叫んだ。


 反応はない。


 だが、心拍数はまだ動いている。


 右脚への穿孔開始。


 ゴリゴリゴリ……。


 太い骨を削る振動が、手術台を通して俺の腕にも伝わってくる。


 彼女の反応が劇的に変わった。


「お゛、お゛ぉ……ん゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」


 声にならない悲鳴。


 痛みが強すぎて、脳が混乱しているのか、彼女は動物的な喘ぎ声を上げ始めた。


 全身の筋肉が収縮と弛緩を繰り返し、バキュームベッドの中で波打っている。


 失禁しているかもしれない。


 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 右脚、完了。


 残るは左脚のみ。


「最後だ!シャルロット、これで最後だ!あと少しで自由だぞ!」


 俺は自分を鼓舞するように叫び、最後のドリルを構えた。


 彼女の体は、もう限界を超えている。


 それでも、彼女の魂はまだここに留まっている。


 キュイィィィン……ガッ!ガガガッ!


 最後のボルトが、骨の髄まで貫通した。


 その瞬間。


「あ゛――――――――ッ……」


 彼女の体が、弓なりに限界まで反り上がった。


 そして、糸が切れたように脱力した。


 同時に、ラバーシート越しに、彼女の股間部分から温かい液体が広がるのが見えた。


 限界だったのだろう。


 痛みと、強制的な刺激によって、彼女の括約筋が機能を失い、失禁したのだ。


 それは彼女が、人間としての尊厳をかなぐり捨ててまで、この痛みに耐え抜いた証だった。


「……マスター。対象、意識喪失。心停止はありません。……生きています」


 シズの声を聞いた瞬間、俺はその場に座り込みそうになった。


 終わった。


 やり遂げた。


「よく……耐えたな」


 俺は震える手でマスクを外し、汗だくの顔を拭った。


 目の前の手術台には、四肢の先端に銀色のポートを埋め込まれ、汚物と汗にまみれてぐったりとしている少女がいる。


 その姿は痛々しいが、俺には何よりも崇高に見えた。


「……解放するぞ」


 俺はバキューム装置を停止させた。


 プシューッという音と共に、シートが剥がれていく。


 俺は気を失っている彼女を優しく抱き上げ、まずは汚れた体を洗うためにシャワールームへと運んだ。


 温かいお湯を使い、彼女の体を丁寧に洗う。


 手術の血、冷や汗、そして失禁の跡。


 全てを洗い流し、清める。


 俺の手つきに、いやらしさは微塵もなかった。


 あるのは、戦友を労るような敬意だけだ。


 洗い終えた彼女の体は、白く輝いていた。


 四肢の先端には、痛々しい金属のボルトが突き出ている。


 俺は彼女の体を柔らかいタオルで拭き、そして用意していた「新しい服」を手に取った。


 それは、万能物質(マター)で生成した、最新鋭の『シンクロ・スーツ』だ。


 見た目は以前のラバースーツに似ているが、中身は別物だ。


 素材は生体適合ナノマシンを含んだジェル状のポリマー。


 彼女の皮膚呼吸を妨げず、体温調節を行い、そして何より、外部からの刺激をリアルタイムに適切なフィルタリングをする機能がある。


 これなら、風が吹いても痛くない。


 彼女にとっての「第二の皮膚」となるスーツだ。


 俺は眠り続ける彼女に、そのスーツを着せた。


 黒い光沢が、彼女の体を美しく包み込む。


 手足のポート部分は開口しており、そこにこれから装着する義手義足が接続されることになる。


「……おやすみ、シャルロット」


 俺は彼女を清潔な病室のベッドに寝かせ、掛け布団を掛けた。


 彼女の寝顔は、今までで一番安らかに見えた。


 その頬に、涙の跡が一本だけ残っていた。


 俺はそっとその涙を拭い、部屋を出た。


 次に彼女が目を覚ます時、彼女は自分の足で立ち、自分の手で俺に触れることができるはずだ。


 その時こそ、本当の「解放」が完了する。


 俺は廊下の壁に背を預け、長く、深い息を吐いた。


 手の震えは、まだ止まらなかった。

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