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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第3章 貴族学校編

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第30話 拘束衣の少女

『スター・ライド・グランプリ』での狂乱と殺戮から、数日が過ぎた。


 帝国首都星(セントラル)を覆う人工の雪はまだ降り続いているが、学園内の空気は、レース前とは劇的に変化していた。


 俺、クロウ・フォン・フライハイト男爵が、相棒のアレクと共に「先端工学棟」への道を歩いていると、まるで海割れのように人垣が左右に開いていく。


 以前であれば、俺を見かけた「本館」の上級貴族たちは、扇子で口元を隠し、「成金が」「野蛮人が」と嘲笑を投げかけてきたものだ。


 わざと肩をぶつけてきたり、足を引っ掛けようとしたりする輩もいた。


 だが、今はどうだ。


 俺と目が合った瞬間、彼らは蛇に睨まれた蛙のように硬直し、青ざめた顔で視線を逸らす。


 そして、俺が通り過ぎると、背後から怯えたような囁き声が聞こえてくる。


「……見ろ、あれが『音速の殺戮者』だ」


「レースの映像を見たか?笑いながらバカみたいなレーザー砲で蒸発させていたぞ」


「参加者の9割超が全員死亡だなんて……あいつは狂ってる。関わったら殺されるぞ」


 彼らの目にあるのは、もはや侮蔑ではない。


 純粋な「恐怖」だ。


 温室育ちの彼らは、俺が貴族という皮を被った「捕食者」であることを、骨の髄まで理解したらしい。


 同族である貴族を、躊躇なく、しかも楽しげに挽き肉に変える男。


 それが、今の俺に対する彼らの評価だ。


「……やれやれ。随分と歩きやすくなったもんだな」


 俺はポケットに手を突っ込み、冷たい風の中で息を吐いた。


「君にとっては快適かもしれないけど、一緒に歩く僕の身にもなってくれよ。僕まで『殺戮者の手下』だと思われてるんだから」


 隣のアレクが、肩をすくめて苦笑する。


 だが、その表情に以前のような悲壮感はない。


 彼もまた、俺という劇薬を通して、この腐った学園の欺瞞に気付き、腹を括った一人だ。


「いいじゃないか。虎の威を借る狐でも、食われないよりはマシだ。それに、俺たちはこれから、もっとデカいことをやるんだ」


「デカいこと……。ああ、例の『賞品』のことかい?」


 アレクの声が潜まる。


 俺は無言で頷いた。


 そう、レースの優勝賞品。


 全銀河に向けて宣言した、あの「だるま姫」の引き渡しだ。


 その時、俺の懐にある端末が振動した。


 ホログラムを表示すると、学園理事会の紋章と共に、事務的なメッセージが浮かび上がった。


『優勝賞品、シャルロット・アト・フレイアの引き渡し準備が完了した。至急、「監獄棟(プリズン)」まで出頭されたし。なお、引き渡し後の管理責任は全てフライハイト男爵に帰属する』


「……来たか」


 俺はニヤリと笑った。


 ようやく、あいつを手に入れる時が来た。


「アレク、講義は頼んだ。後でレポート見せてくれよ」


「分かった。……気をつけてね、クロウ。彼女は、帝国の闇そのものだ。引き取った瞬間から、君は帝国の歴史という呪いを背負うことになる」


「上等だ。呪いごと、祝福に変えてやるさ」


 俺はアレクと別れ、待機させていたシズを呼んだ。


 フェンリルの格納庫から出した大型のエアカーで、俺たちはキャンパスの北端にある「監獄棟」へと向かった。


 華やかな学園都市の風景から切り離された、灰色のコンクリートの塊。


 雪の中に沈黙するその威容は、何度見ても不愉快な場所だ。


「マスター。本来なら、フェンリルまで移送させるべき案件です。なぜ、わざわざこちらから出向くのですか?」


 運転席のシズが、不服そうに尋ねる。


 彼女の論理回路では、リスク管理の観点から、相手に運ばせるのが正解だと弾き出したのだろう。


「連中の言い分だと、『施設外に出した瞬間から逃亡のリスクがある』だとさ。だから、俺が直接引き取りに来て、サインをした瞬間に全責任を押し付けたいんだろ」


「逃亡……ですか?手足を切断されている対象が、どうやって逃亡するというのですか?論理的矛盾です」


「全くだ。だが、それが役人根性ってやつさ。万が一のトラブルが起きた時、『我々は施設内で引き渡した』という免罪符が欲しいだけだ」


 俺は窓の外を流れる雪景色を眺めた。


 帝国があいつの手足を奪ったのは、物理的に逃げられなくするためだ。


 それなのに、まだ「逃げるかもしれない」と恐れている。


 それは、彼女の肉体ではなく、その存在そのものが持つ「反逆の象徴」を恐れているからに他ならない。


 エアカーが監獄棟のゲートに到着する。


 武装した警備ドロイドたちが、物々しい警戒態勢で俺たちを取り囲んだ。


 ID認証をパスし、重厚な鉄扉が開く。


 そこから先は、学校ではなく、完全な異界だった。


 冷たい廊下を、案内役の拷問官の後ろについて歩く。


 すれ違う職員たちは皆、死人のような無表情で、白衣には微かに血の匂いが染み付いている気がした。


 時折、厚い壁の向こうから、くぐもった悲鳴のような音が聞こえてくる。


「こちらです」


 拷問官が立ち止まったのは、地下最深部にある厳重な区画だった。


 扉には『特別室』というプレートと共に、『生体危険物・取扱注意』のステッカーが貼られている。


「……中に入る前に、最終確認です」


 拷問官が事務的な口調で言った。


 彼はタブレットを差し出し、俺にサインを求めた。


「対象は、極めて特殊な薬剤処理を施されています。外部刺激に対する感受性が、常人の約3000倍に設定されています。微弱な振動、光、音、温度変化でさえ、彼女にとっては激痛、あるいは激甚な快楽となり得ます。搬送中のショック死、または発狂について、当方は一切の責任を負いません」


「……分かってるよ」


 俺は乱暴にサインをした。


 感度3000倍。


 言葉にするのは簡単だが、それは生物が耐えうる限界を超えている。


 服が擦れるだけで皮膚を剥がされるような痛みが走り、風が吹くだけで絶頂に達する。


 そんな地獄を、彼女は100年以上も味わわされてきたのだ。


「では、どうぞ」


 拷問官がロックを解除し、重い気密扉が開いた。


 プシューッ……。


 空気が抜ける音と共に、中から熱気と異臭が漏れ出してきた。


 俺は思わず眉をひそめた。


 むせかえるような湿気。


 そして、鼻を突く甘ったるい薬品の臭いと、鉄錆のような生臭さが混じり合った、独特の悪臭。


 それは、欲望と苦痛が凝縮された空間特有の臭いだった。


「……趣味が悪いな」


 俺は呟き、足を踏み入れた。


 室内は薄暗く、赤い照明だけが怪しく光っている。


 壁一面には、見たこともないような奇怪な器具がずらりと並んでいた。


 電流を流すための電極、神経を直接刺激する針、強制的に開口させるための道具。


 そして、部屋の中央に鎮座しているのが、彼女の「玉座」だった。


 それは、椅子というよりは、人間を部品として組み込むための治具のようだった。


 その台座には、股間部分にあたる位置に、太くグロテスクな突起物が二本、天に向かって突き出している。


 その周囲には、粘液を循環させるためのチューブや、薬剤を注入するための点滴スタンドが林立している。


 人間の尊厳を徹底的に破壊し、ただの「反応する肉塊」へと堕とすためのシステム。


 彼女はここで、あの突起に貫かれながら、3000倍の感度で終わりのない責苦を受けてきたのだ。


「……商品は、あちらです」


 拷問官が指差した先。部屋の隅にある作業台の上に、「それ」は置かれていた。


 一見すると、それは黒いラバースーツに包まれたマネキンのように見えた。


 だが、微かに震えている。


「……シャルロットか?」


 俺は近づいた。


 息を呑む光景だった。


 彼女は、全身を光沢のある黒い拘束衣(ボンデージスーツ)で隙間なく包まれていた。


 頭の先から胴体まで、皮膚の露出は一切ない。


 唯一、鼻の穴だけが呼吸確保のために開けられているが、それ以外は完全に密閉されている。


 顔は全頭マスクで覆われており、視界はゼロ、声を発することも出来ない。


 耳には工業用のイヤーマフが装着され、聴覚も遮断されている。


 そして何より異様なのは、そのシルエットだ。


 肩から先にあるはずの腕がない。太腿から先にあるはずの脚がない。


 黒いスーツは、切断された四肢の先端で丸く縫合されており、彼女を「ダルマ」のような形状に固定している。


「……まるで、出荷前の荷物だな」


 俺の声が震えた。


 これは人間への扱いではない。


 精密機器や、壊れやすい果物を梱包しているかのようだ。


「ええ。彼女の皮膚は非常に敏感ですから。搬送中の空気抵抗や衣服の摩擦でさえ、彼女にとっては耐え難い苦痛になります。素肌では長距離の輸送に耐えられません。ですから、特製の衝撃吸収ジェルを充填したこの『拘束衣(ボンデージスーツ)』で、全身を圧迫固定しています」


 拷問官が淡々と説明する。


「このスーツにより、皮膚の感覚を遮断していますが、それでも振動には敏感ですので、取り扱いにはご注意を」


 俺は彼女の前に立った。


 黒光りするラバーの表面には、じっとりと汗が浮いている。


 中から、熱気が伝わってくるようだ。


 時折、ビクッ、ビクッと小さく痙攣しているのは、薬の副作用か、それとも恐怖か。


 100年前の亡国の姫。


 高潔な理想を掲げた彼女が、今はこうして手足を奪われ、視覚も聴覚も奪われ、ただの黒い肉塊として梱包されている。


 帝国の悪意の深さに、俺は改めて戦慄した。


「……拘束は、解けないのか?」


「許可できません。ここでの規則により、彼女の拘束を解くことができるのは、貴殿の私有地……すなわち、戦艦フェンリルの内部に入ってからです。ここを出た瞬間から、彼女が暴れたり、あるいは発狂死したりしても、それは全て貴殿の責任となります」


「暴れる?手足もないのにか?」


「精神的な暴走です。彼女の脳波は常にカオス状態にあります。この拘束衣は、物理的な保護だけでなく、精神安定のための加圧拘束(ハグ・セラピー)の役割も果たしています。ここで解けば、彼女は情報の洪水に耐えきれず、ショック死するでしょう」


 屁理屈だ。


 だが、今の俺には従うしかない。


 俺はシズに目配せをした。


「……運ぶぞ」


 俺は慎重に手を伸ばし、作業台の上のシャルロットを抱き上げた。


「……ッ!」


 俺が触れた瞬間、彼女の体が大きく跳ねた。


 スーツ越しでも、その衝撃が伝わってくる。


「う……ぅぅ……ッ!」


 全頭マスクで塞がれた彼女から、くぐもった悲鳴が漏れる。


 俺の手の温度、腕の圧力、それら全てが、彼女にとっては雷に打たれたような刺激なのだ。


「軽いな……」


 俺は腕の中の重みを感じて、胸が締め付けられた。


 成人女性の重さではない。


 手足がない分、そして長年の監禁生活で痩せ細っている分、まるで子供のように軽い。


 だが、その存在感は鉛のように重かった。


「大丈夫だ、シャルロット」


 俺は聞こえていないと知りつつも、彼女の耳元(イヤーマフの上)で囁いた。


「もう痛いことはさせない。俺が連れて行ってやる」


 彼女はガタガタと震え続けている。


 その震えは、俺の腕を通して、俺の心臓まで伝播してきた。


「シズ、車の後部座席をフラットにしろ。衝撃吸収フィールドを展開するんだ。振動一つ伝えるな」


「了解しました、マスター。エア・サスペンションの設定を『新生児搬送モード』に切り替えます」


 俺たちは足早にその部屋を出た。


 背後で、あの忌まわしい拷問椅子が、次の獲物を待つかのように赤く光っていた。


 二度とこんな場所には戻さない。


 俺は心に誓った。


 廊下を歩く間も、彼女の震えは止まらない。


 拷問官や警備兵たちが、興味津々な目で俺の腕の中の「荷物」を見ている。


「あれがだるま姫か」


「いいなぁ、俺も一度使ってみたかった」


 そんな下卑た視線を、俺は殺気だけで黙らせた。


 エアカーに戻り、俺は慎重に彼女を後部座席に寝かせた。


 シズが展開した不可視のフィールドが、彼女の体を優しく包み込み、宙に浮かせたような状態で固定する。


 これなら、走行中の振動も伝わらないはずだ。


「出せ、シズ。一刻も早く、ここを離れる」


「はい、マスター」


 エアカーが滑るように発進した。


 監獄棟の灰色の壁が遠ざかっていく。


 俺は後部座席に座り、黒い拘束衣に包まれた彼女を見守り続けた。


 車内は静かだった。


 彼女の荒い呼吸音だけが、シュコー、シュコーと聞こえる。


 梱包された「物」としての彼女。


 だが、その中には、確かに生きた人間がいる。


 100年の時を超えて生き延びた、高貴な魂が。


「……マスター」


 運転席のシズが、バックミラー越しに話しかけてきた。


「彼女の生体スキャンを完了しました。状態は……深刻です。全身の筋肉は萎縮し、神経系は過敏症で焼き切れ寸前。栄養失調と、薬物依存の症状も見られます。今のままでは、寿命はあと数ヶ月も持たないでしょう」


「……そうか」


 俺は拳を握りしめた。


 分かっていたことだ。


 だが、改めてデータとして突きつけられると、怒りが再燃する。


「だが、治せるな?フェンリルの医療ポッドなら」


「……可能です。全てにおいて、最高レベルの処置が必要です。時間はかかりますが、彼女を『人間』に戻すことはできます」


「なら、やるぞ。コストは惜しむな。フェンリルの全リソースを使っても構わん」


「承知いたしました。……マスター、一つ質問が」


「なんだ?」


「なぜ、そこまで彼女に固執するのですか?統治のノウハウを持つ人材なら、他にも選択肢はあったはずです。リスクを冒してまで、なぜ?」


 ドロイドであるシズには、俺の感情が非合理的に見えるのだろう。


 俺は苦笑し、震える黒い塊に手をかざした。


(触れると痛がるので、触れずに)


「……意地だよ、シズ」


「意地、ですか」


「ああ。帝国が『ゴミ』として捨て、弄び、壊そうとしたものを、俺が拾い上げて、最高に輝く『宝石』に変えてやる。それが、帝国に対する一番の復讐だろ?」


 俺は自分でも少し綺麗事すぎるとは思ったが、本音でもあった。


 5等民だった俺が、這い上がって男爵になり、そして今、かつての姫を救い出す。


 このストーリーこそが、俺が望む「革命」の形だ。


「それに……」


 俺は彼女の、目隠しされた顔を見つめた。


「100年だぞ。100年間、誰にも助けを求められず、暗闇の中で耐えてきたんだ。そんな奴を見捨てられるほど、俺はまだ偉くなっちゃいない」


 シズは少し沈黙した後、静かに言った。


「……マスターは、やはり非論理的です。ですが、その非論理性が、今のマスターを作っているのですね。推奨します。その『意地』を貫いてください」


「ああ、任せろ」


 エアカーは速度を上げ、雪の中を疾走する。


 前方には、第1区画の超大型ドックが見えてきた。


 そこで待つ銀色の巨艦フェンリル。


 あそこに入れば、もう帝国の干渉は受けない。


 そこは俺の国であり、彼女にとっての聖域となる。


「もう少しだ、シャルロット。まずはその、ふざけた梱包を解いてやる。そして、自分の目でお前自身の体を見るんだ」


 俺の言葉に反応したのか、彼女の震えが少しだけ収まったような気がした。


 あるいは、シズの運転技術が優秀なだけかもしれない。


 だが、俺はそれを希望の兆しだと信じることにした。


 ドックのゲートが開く。


 フェンリルの巨大なハッチが、俺たちを迎え入れるように口を開けていた。


 長い旅の終わりと、彼女の再生の物語が、今ここから始まる。

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