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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第3章 貴族学校編

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第29話 音速の殺戮者

星嶺祭(せいれいさい)


 帝国貴族学校が威信をかけて開催する、銀河最大規模の学園祭。


 そのメインイベントにして、最も血なまぐさい興行、『スター・ライド・グランプリ』がいよいよ幕を開けようとしていた。


 特設会場となった貴族大学の外周エリア、全長1000キロメートルに及ぶ広大なサーキットには、1兆人もの観客が詰めかけている。


 学生、教職員、保護者である貴族たち、そして招待された軍や政財界の要人たち。


 観客席を埋め尽くす人の波は、さながら色とりどりの津波のようだ。


 だが、この祭りの「観客」は、彼らだけではない。


 空を見上げれば、そこには星の数ほどのドローンが、イナゴの大群のように飛び交い、赤いレンズの光を明滅させている。


 それらは、このレースの模様をリアルタイムで全銀河へと配信していた。


 帝国の支配領域全域。


 煌びやかなコロニーで優雅にワインを傾ける貴族から、薄暗い工場の休憩室で固唾を飲む労働者、そして泥水のようなスープを啜りながら廃材のモニターを見上げるスラムの5等民まで。


 推定視聴者数、1000兆人。


 銀河が、今、この瞬間に注目している。


 それは単なる余興ではない。


 帝国の次代を担うエリートたちが、その力と才覚を宇宙に示すための、巨大なデモンストレーションなのだ。


 そんな、銀河の視線が一点に注がれる中。


 スタート地点となるピットエリアは、張り詰めた緊張感と、鼻をつく液体燃料の臭いで満たされていた。


 参加台数は10000台。


 各領地の名門貴族家が、威信と財力を注ぎ込んで開発したカスタム・エアバイクがずらりと並んでいる。


 流線型の美しいフォルム、空気抵抗を極限まで減らすための偏光シールド、家紋をあしらった華美な塗装。


 それらは皆、芸術品のように洗練されていた。


 だが、その洗練された集団の中で、ひときわ異彩を放つ……いや、周囲の美学を冒涜するかのような、異様な存在感を放つ機体が一台あった。


「……おい、見ろよあれ」


「なんだあの鉄の塊は?重機か?」


「エンジンだけ馬鹿みたいにデカくて、空力特性なんて完全に無視してるぞ。あんなの、加速した瞬間に風圧でバラバラになるのがオチだ」


 周囲のレーサーたちが、あからさまに指を差して嘲笑う。


 彼らの視線の先にあるのは、俺、クロウ・フォン・フライハイトの愛機――『ナイトメア』号だ。


 漆黒に塗装されたその機体は、バイクと呼ぶにはあまりにも無骨だった。


 戦艦の補助スラスターとして使われるエンジンを二基束ね、その上に無理やりサドルとハンドルを溶接しただけのような代物だ。


 カウリングなどない。


 あるのは、剥き出しのパイプと、装甲板、そして機体の両脇にくくりつけられた、バイクには不釣り合いなほど巨大な二門の砲身だけ。


「走る棺桶」あるいは「空飛ぶ鉄塊」。


 それが、他者から見たこの機体の評価だった。


「……フン、好き勝手言いやがって」


 俺はヘルメットのバイザーを下ろし、コクピットの中で独りごちた。


 こいつらは分かっていない。


 この機体が、我が戦艦『フェンリル』の補助ジェネレーターを直結した、出力お化けであることを。


 そして、その歪なフレームが、万能物質(マター)によって生成された『流体金属装甲』で補強されていることを。


 バラバラになる?なるわけがない。


 この機体は、物理的な衝撃に対しては剛体となり、熱エネルギーに対しては流体となって拡散する。


 これはバイクの皮を被った、超高速の戦車だ。


「それに……舐めてかかると火傷するぞ。いや、消し炭か」


 俺はハンドル横のウェポン・トリガーに指をかけた。


 このレースは「障害物あり、妨害あり、攻撃あり」。


 つまり、武装の使用が許可されている。


 他の連中のバイクにも、申し訳程度のパルスレーザーや小型ミサイルがついているが、そんな玩具と一緒にしてほしくない。


 ナイトメアに搭載しているのは、フェンリルの対空迎撃システムから転用した『レーザー機関砲』だ。


 当たれば穴が開くのではない。


 分子レベルで分解され、消滅するのだ。


『全機、エンジン始動!』


 会場全体を震わせるアナウンスと共に、10000台のエアバイクが一斉に火を入れた。


 ヒュオオオオオ……という高周波のタービン音が重なり合う中、ナイトメアだけが、ズゴォォォォォォ……という、地響きのような重低音を響かせる。


 その音だけで、周囲の繊細な貴族たちは顔をしかめた。


『シグナル、オールグリーン!第25999回、スター・ライド・グランプリ……スタート!!』


 ファンファーレが高らかに鳴り響き、スタートゲートの光が赤から緑へと変わった。


 ドォォォォォォォッ!!!


 9999台のバイクが、弾丸のように飛び出していく。


 爆発的な加速G。


 アフターバーナーの炎が幾重にも重なり、コース上を紅蓮に染める。


 先頭争いをする者、中団で様子を見る者、風除けを使ってスリップストリームを狙う者。


 誰もが我先にとスロットルを回し、第1コーナーへの進入ラインを巡って熾烈な駆け引きを始める。


 だが、俺だけは違った。


「……お先にどうぞ」


 俺は悠然とスロットルを緩めたまま、全てのバイクが目の前を通り過ぎるのを見送った。


 最後尾。


 10000台のドン尻だ。


 ナイトメアは、あくびをするようにノロノロと発進した。


 選手関係者席のVIPボックスで、モニターを見ていたアレク・フォン・ジルブライトは、その光景を見て頭を抱えた。


「……やった。あいつ、やっぱりやりやがった」


 隣に座っていた他の学科の生徒が、不思議そうに尋ねる。


「おいジルブライト、お前の連れ、エンジンストールか?完全に置いていかれてるぞ。やっぱりあんなゲテモノ機体じゃ、まともに飛ぶことすらできないんだな」


「違うよ……。あれは、故障じゃない」


 アレクは引きつった顔で、モニターの中の黒い機体を指差した。


「あれは『狩り』のポジションだ」


「狩り?」


「そうさ。このレースは攻撃が許可されている。先頭集団に入れば、後ろから撃たれるリスクがある。でも、最後尾なら……背後を取られる心配はない。前方にいる全員が、一方的な『的』になるんだよ」


「は?そ、そんな……まさか」


 生徒は絶句した。


「そんな卑怯な戦法、許されるのか?騎士道精神はどうしたんだ!」


「卑怯じゃない。合理的で……最高にゲスな戦法さ。彼は、レースをしに来たんじゃない。『掃除』をしに来たんだ」


 コース上。


 俺はヘルメットの中で、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべていた。


 目の前には、団子状態になった9999台の背中がある。


 色とりどりの排気炎が煌めくその光景は、まるで俺を歓迎する花火のようだ。


 これなら、目を瞑って撃っても当たる。


「さて、掃除の時間だ。監獄棟(プリズン)でヘラヘラ笑っていたゴミ共は、どいつかな?」


 俺はヘッドアップディスプレイにターゲットスコープを展開した。


 視界が赤く染まる。


 無数のロックオン・アラートが、勝利の凱歌のように鳴り響く。


「邪魔だ!原子の塵になりなッ!」


 俺は躊躇なく、ウェポン・トリガーを引き絞った。


 ズガガガガガガガガガガッ!!!


 ナイトメアの両脇から、極太の光条が奔流となって放たれた。


 それはレーザーというより、光の暴力だった。


 戦艦の副砲クラスのエネルギーが、密集する後続集団へ一直線に突き刺さる。


「な、なんだ!?」


「後ろから高エネルギー反応!?」


「うわあああああっ!!」


 最後方にいた下級貴族の集団が、回避行動を取る間もなく光に飲み込まれた。


 爆発音すらしない。


 超高熱によって機体の装甲、エンジン、そしてライダーごと瞬時に蒸発し、プラズマの雲となって消え失せた。


 一射で50台が消滅。


 コース上にぽっかりと、光のトンネルが開いた。


「……ああ、この感触。一年ぶりくらいか?」


 グリップを握る手が震える。


 恐怖ではない。


 歓喜だ。


 これは、惑星エンドでルルたちを助ける為に、押し寄せる汚染変異体(ミュータント)の群れをレーザー機関砲でぶち殺した時以来だ。


 脳髄が痺れるような、このトリガーハッピーな全能感。


「エンドの汚染変異体(ミュータント)然り、帝国首都星(セントラル)のクソ貴族然り……」


 俺はヘルメットの下で、唇を吊り上げた。


 凶悪な、心底楽しそうな『ゲス顔』で。


「ゴミは掃除しないといけないからなぁッ!!」


 ズガガガガガガガガガガッ!!!


「ヒャハハハハ!どうした、自慢の流線型ボディは!紙切れみたいに燃えるじゃないか!」


 俺は狂ったように笑いながら、スロットルを全開にした。


 ズゴォォォォォォッ!


 ナイトメアのエンジンが咆哮を上げ、爆発的な加速を開始する。


 蒸発した敵の残滓を突き破り、前方の集団に突っ込みながら、俺はさらにレーザー機関砲を乱射した。


 コースは瞬く間に地獄絵図と化した。


 優雅なレース会場は、一瞬にして殺戮の戦場に変わった。


 逃げ惑うバイク、撃墜されて火だるまになりながら墜落する機体、そして恐怖に歪むレーサーたちの顔。


「ひぃぃッ!悪魔だ!悪魔が来たぞ!」


「撃て!後ろを撃て!迎撃しろ!」


 何人かの冷静なレーサーが、後部機銃で反撃してくる。


 ビームの雨がナイトメアに降り注ぐ。


 だが。


 ジュッ、ジュッ、ジュッ……。


 彼らの貧弱なレーザーは、ナイトメアの銀色の装甲に触れた瞬間、水滴のように弾かれ、あるいは吸収されて消えた。


 流体金属装甲が波打ち、熱エネルギーを瞬時に拡散しているのだ。


 傷一つ付かない。


「無駄だ無駄だァ!俺の装甲は、お前らの安物とは格が違うんだよ!一万年早えぇッ!」


 俺はさらに加速し、次々と前走車を食らっていった。


 右に左に機体を振り回し、そのたびに砲門が火を噴く。


 1周目が終わる頃には、参加者は半分以下になっていた。


 観客席は静まり返っていた。


 あまりの暴虐。


 あまりの一方的な蹂躙。


 だが、その沈黙を破ったのは、一部の熱狂的な歓声だった。


「すげえ……!」


「なんだあいつ!強すぎる!」


「行けぇ!全部ぶっ壊せぇ!」


 安全な場所から見物する観客たちにとって、これは最高のショーだ。


 暴力という純粋なエンターテインメントに、彼らの本能が刺激され、会場のボルテージは最高潮に達しつつあった。


 そしてその光景は、銀河中の1000兆人の目にも焼き付けられていた。


 名もなき黒いバイクが、エリートたちを次々と薙ぎ払っていく姿に、抑圧された人々はどう感じたのだろうか。


 レースは2周目、そして運命の3周目へと突入した。


 残っているのは、わずか数十台。


 これらは、ただの学生ではない。


 軍属のエリート候補生や、プロ顔負けの技術を持つベテランたちだ。


 彼らは俺の射線を読み、巧みな機動でレーザーを回避している。


 高価なエネルギーシールドを展開している機体もあり、一撃での撃墜が難しくなってきた。


「チッ、しぶといハエどもめ」


 俺は舌打ちした。


 火力ごり押しだけでは、これ以上は厳しいか。


 先頭集団は遥か前方。


 彼らは攻撃を避けつつ、トップスピードで逃げ切りを図っている。


「シズ、エンジンのリミッターを解除しろ。限界まで回すぞ」


 俺は通信機に向かって叫んだ。ピットで待機しているシズの冷静な声が返ってくる。


『了解。セーフティ・ロック解除。炉心臨界まであと30秒。……警告します。これ以上の出力上昇は、機体の構造限界を超えます。空中分解のリスクがあります』


「持たせるんだよ!強度を信じろ!」


 目の前に、コース最大の難所が現れた。


 第3セクター、『魔のカーブ』。


 切り立った崖に沿って設置された、鋭角に折れ曲がったV字コーナー。


 通常なら時速100キロ以下まで減速しなければ、遠心力でコースアウトし、谷底へ真っ逆さまだ。


 先頭集団のベテランたちは、教科書通りの鮮やかなブレーキングで減速体勢に入っている。


 エアブレーキを展開し、インコースを突くための最適なラインを取る。


「……ここだ!」


 俺は逆にスロットルを回した。


 減速?ふざけるな。


 俺の辞書にブレーキはないと言ったはずだ。


 むしろ加速する。


 アフターバーナー全開!


「なっ!?減速しない!?」


「自殺する気か!?あの速度じゃ曲がれんぞ!」


 ライバルたちが驚愕の視線を向ける中、ナイトメアは音速に近い速度でコーナーへ突っ込んだ。


 谷が迫る。


 死が迫る。


 このままでは谷底に墜落してミンチだ。


「サイドスラスター、最大出力!強制回頭ッ!曲がれェェェェェッ!!!」


 俺は機体側面に増設した、姿勢制御用の大型スラスターを一気に噴射した。


 同時に、高強度合金ケーブルで繋がれた「アンカー」を壁面に撃ち込み、それを支点にして無理やり機体の向きをねじ曲げる。


 ガガガガガガガガッ!!!


 凄まじいGが俺の体を襲う。


 視界がブラックアウトしかける。


 全身の骨が軋み、内臓が押し潰されそうだ。


 普通の人間なら即死レベルの衝撃。


 フレームが悲鳴を上げ、金属がきしむ音が鼓膜を劈く。


 だが、俺は耐えた。


 何よりシャルロットを救い出すという執念が、意識を繋ぎ止める。


「うおおおおおおおッ!!!」


 ナイトメアは物理法則を無視した挙動で、ドリフトしながら直角にターンを決めた。


 減速していたライバルたちの横を、紅蓮の閃光となって追い抜いていく。


「バ、バカな……!」


「ありえん!あんなGに耐えられる人間がいるものか!」


 ライバルたちが絶望の声を上げる。


 立ち上がり加速で、ナイトメアはさらに彼らを引き離す。


 圧倒的なエンジンパワーの差。


 戦艦の心臓を持つこの怪物は、直線に入れば無敵だ。


「もらったァァァッ!!」


 俺は最後のストレートを駆け抜けた。


 景色が線になり、音速を超えて、音さえも置き去りにする。


 後続は遥か彼方。


 チェッカーフラッグが振られる中、ナイトメアは勝利の咆哮と共にゴールラインを切った。


『ゴォォォォォール!!優勝は、先端工学科、クロウ・フォン・フライハイト男爵!圧倒的!あまりにも圧倒的な速さと暴力です!大会最速記録タイムを10秒も更新!史上、最も凶悪なチャンピオンの誕生だぁぁぁっ!!』


 実況の声が響き渡り、会場が爆発的な歓声に包まれた。


 会場に居る1兆人のどよめきが、地響きとなって伝わってくる。


 俺はウイニングランなどせず、乱暴にバイクを止めて降りた。


 足元が少しふらつく。


 さすがに無茶をしすぎたか。


 全身が痛むが、気分は最高に高揚していた。


 ***


 表彰台。


 俺は中央の高い場所に立った。


 スポットライトが俺を照らし出す。


 理事長である初老の男性が、困惑と畏怖の入り混じった表情で、震える手でトロフィーを持ってくる。


「……おめでとう、フライハイト男爵。類を見ない、激しいレースだった。君のような……荒々しい覇者は、数千年ぶりだ」


「どうも。少しゴミ掃除がすぎましたかね?」


 俺は悪びれもせずに笑った。


 理事長は咳払いをし、マイクを握り直した。


 ここからが本番だ。


 この式典は、全銀河に生中継されている。


「さて……約束通り、優勝者には『願い』を一つ叶える権利が与えられる。学園の権限で可能な限り、何でもだ。金か?それとも、領地か?」


 会場中の視線が俺に集まる。


 1兆人の観客、そしてモニター越しの1000兆人が、固唾を飲んで俺の言葉を待っている。


 その時、俺は空を見上げた。


 無数のドローンが、赤い目を光らせて俺を見下ろしている。


 1000兆の瞳。


 俺は心の中で反芻する。


 そうだ、この祭りは、単なる学園のイベントじゃない。


 俺がこれから口にする言葉は、密室の取引じゃない。


 銀河規模の契約だ。


 帝国はこの事実を、もはや隠蔽することはできない。


(最高じゃないか)


 俺の口元が自然と歪んだ。


 中継カメラが俺の顔を大写しにする。


 俺はゆっくりと息を吸い込み、不敵に笑った。


 そして、高らかに宣言した。


「俺が欲しいのは、金でも領地でもない。……『あいつ』だ」


 俺は指を突きつけた。


 誰もがその意味を理解するような、力強い指差しの後に放たれた言葉。


監獄棟(プリズン)に囚われている『備品』……。シャルロット・アト・フレイアを所望する!!」


 静寂。


 一瞬、時が止まったかのような沈黙が会場を支配した。


 それは銀河中を超光速通信で駆け巡り、1000兆人の時を止めたことだろう。


「だるま姫」の名は、帝国のタブーの一つだ。


 それを、公衆の面前で、しかも勝利の報酬として要求するとは。


 理事長が目を剥き、マイクを取り落としそうになる。


 関係者席のアレクが、口をあんぐりと開けているのが見える。


「な……何を……」


 理事長が震える声で言った。


 マイクがその声を拾い、スピーカーからノイズ交じりに響く。


「彼女は……帝国に叛逆した大罪人だぞ!それを、一個人が所有するなど……!」


「『学園の権限で可能な限り、何でも』。そう言いましたよね、理事長?」


 俺は畳み掛けた。


 カメラに向かって、銀河中の視聴者に語りかけるように、堂々と声を張り上げる。


「彼女は現在、この学園の『教材』として管理されている。つまり、学園の所有物だ。所有権の譲渡くらい、理事会のハンコ一つでできるはずだ。……それとも、帝国の最高学府たる帝国貴族学校が、全銀河に向けて発信した公約を破ると?」


 俺は一歩前に出た。


 理事長がたじろぐ。


「1000兆人の証人がいますよ。俺は命がけで勝った。その報酬を、反故にするつもりですか?帝国の『信義』とは、その程度のものですか?」


 ざわめきが広がる。


 それは会場のざわめきだけではない。


 モニター越しの銀河中から、どよめきが聞こえてくるようだ。


「確かに約束は約束だ」


「でも、あのだるま姫を?」


「面白いじゃないか、やらせてやれ!」


「男爵の勝ちだ!」


 無責任な観客たちが、面白がって声を上げ始めた。


 そして、その声は大きなうねりとなり、会場全体を包み込んだ。


「渡せ!」


「渡せ!」


「渡せ!」


 コールが起きる。


 世論という名の怪物が、俺の味方についた瞬間だった。


 理事長は脂汗を流し、周囲の理事たちとヒソヒソと相談を始めた。


 この状況で拒否すれば、学園の、ひいては帝国の威信に関わる。


 銀河全土で暴動すら起きかねない空気だ。


 数分後、彼は青ざめた顔で戻ってきた。


「……よかろう」


 理事長は苦渋の決断を下した。


「ただし、条件がある!彼女はあくまで『危険物』だ。厳重な管理と、決して逃亡させないこと。そして、もし彼女が帝国に害をなすようなことがあれば、その責任は全て男爵、貴殿が負うことになる。……それでもいいかね?」


「構わない。俺の管理下に置くと約束しよう」


 俺は胸を張って答えた。


 理事長は深いため息をつき、震える声で宣言した。


『承認する!優勝者クロウ・フォン・フライハイト男爵への賞品として、シャルロット・アト・フレイアの身柄譲渡を認める!』


 ワァァァァァァッ!!!


 再びの大歓声。


 花火が打ち上がり、紙吹雪が舞う。


 アレクが頭を抱えながらも、苦笑して拍手を送ってくれているのが見えた。


 俺は空を見上げた。


「待っていろ、シャルロット」


 俺は拳を強く握りしめる。


「お前の地獄は、今ここで終わりだ。これからは俺の『ナイトメア』ではなく、俺たちの『ドリーム』を走らせてやる」


 優勝トロフィーを片手で掲げながら、俺は次の戦い――彼女の奪還と再生に向けて、静かに闘志を燃やしていた。


 俺のこの不敵な笑みは、今頃銀河中のスクリーンの向こうで、新たな革命の火種として映っていることだろう。


 今日の戦いは終わった。

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