第26話 開演準備
帝国首都星の夜は、人工的な光で塗り固められている。
上層区画から見下ろす下層の街並みは、まるで宝石を散りばめたようだが、その光の陰には、ケイオス・フォン・ローゼンバーグのような蛆虫が巣食う闇が広がっている。
「裏風俗街、か……」
俺はフェンリルの艦長室で、シズが収集したデータをモニターに映し出していた。
学校の敷地外れにある廃棄された旧校舎。
表向きは立ち入り禁止区域だが、そこには毎夜、高級エアカーが吸い込まれていく。
中では、拉致されたり金で買われたりした5等民の女性たちが、貴族の学生たちの「玩具」として消費されているという。
「吐き気がするな。壊れたら殺処分だと?人間を何だと思っていやがる」
俺はグラスを強く握りしめた。
ミシミシと悲鳴を上げる。
怒りでどうにかなりそうだが、ただ正面から乗り込んで皆殺しにするだけでは芸がない。
相手は公爵家の息子。
権力と金の力で、いくらでも揉み消すだろう。
だからこそ、奴の精神をへし折り、二度と立ち上がれないほどの恐怖を刻み込んでやる必要がある。
「シズ、通信回線を開け。惑星エンドだ」
「了解しました。超光速通信、接続します」
モニターにノイズが走り、数秒後、赤茶けた荒野を背景にした男の顔が映し出された。
グレイ・ヴォルフ大佐だ。
彼は砂埃にまみれながらも、生き生きとした表情をしていた。
『よう閣下。珍しいな、そっちから連絡なんて。帝国首都星の学校生活ってやつはどうだ?お友達はできたか?』
ヴォルフがニヤリと笑う。
背景からは、銃声や爆発音、そして兵士たちの怒号が聞こえてくる。
「ああ、おかげさまでな。クソみたいな連中と、最高の相棒が一人できたよ。……そっちはどうだ?あのヒヨっ子たちは」
『ヒヨっ子?訂正してもらおうか。今のあいつらは、飢えた狼だ。毎日死ぬ寸前まで追い込んでるからな。帝国軍の正規兵なんぞ、素手で引き裂けるレベルには仕上がってるぜ』
ヴォルフは自慢げに親指で背後を指した。
そこでは、パワードスーツを着た兵士たちが、実弾を使った模擬戦を行っているのが見えた。
動きに無駄がない。
殺気と連携が、画面越しでも伝わってくる。
『……で?用件はなんだ?ただの世間話をしに来たわけじゃねえだろ?』
ヴォルフの目が鋭くなる。
さすがは元大佐、勘が鋭い。
「ああ。帝国首都星で少し『演劇会』をやろうと思ってな。……ベンケイはいるか?」
『ベンケイ?ああ、あのデカブツか。今はハンガーで整備中だが……あいつを呼ぶのか?また随分と派手なことを』
「あいつの『顔』が必要なんだ。代わってくれ」
ヴォルフが端末を操作すると、画面が切り替わった。
映し出されたのは、巨大な整備ドックだ。
その中心に、周囲の作業用ドロイドが見上げるほどの巨体が鎮座していた。
『……ん? 通信?私にですか?』
重低音の、腹に響くような声。
カメラがズームし、その顔が映し出される。
無骨な鋼鉄の装甲に角ばったシルエット。
そして、モノアイは赤く発光している。
巨大ドロイド『ベンケイ』。
地下鉄のステーションで見つけたドロイドだ。
「久しぶりだな、ベンケイ。調子はどうだ」
『おお……!その声は、マスターですか!お久しぶりです。こちらは絶好調です。毎日整備ばかりで、少々体がなまっておりますが』
ベンケイが身を乗り出し、カメラに顔を近づける。
その巨体に見合わぬ、礼儀正しい反応だ。
見た目は厳つい鎧武者だが、忠実で実直な騎士のような性格に設定してある。
「そいつは良かった。……ベンケイ、お前に仕事をやる。面白いことを思いついたんだ」
『仕事……ですか。面白いことと言いますと、まさかまた巨大生物との格闘でしょうか?それとも敵要塞の破壊ですか?』
「ハハッ、相変わらず血の気が多いな。まあ、似たようなもんだ。最高にタチの悪い敵を、最高に派手にビビらせてやる仕事だ。……帝国首都星まで来れるか?」
『帝国首都星……マスターのいらっしゃる場所ですね。承知しました。ちょうど腕が鳴っていたところです。すぐに参ります』
「お前単独でいい。オメガ・ドックにある高速強襲艇を使え。帝国首都星の超大型艦ドックまでの座標を送る」
『了解しました。強襲艇ならば数週間で到着できるでしょう。お待ちください、マスター。その面白い仕事、私が一番乗りで片付けてみせます』
ベンケイが恭しく一礼し、通信が切れた。俺は満足げにモニターを消した。
「マスター。ベンケイを呼ぶということは……あの廃校舎を『物理的に』破壊するおつもりですか?」
シズが静かに尋ねる。
「怪談話を作ってやるのさ。……帝国首都星のボンボンどもに、一生消えないトラウマを植え付けてやる」
俺は窓の外、煌びやかな帝国首都星の夜景を見下ろし、凶悪な笑みを浮かべた。
役者は揃いつつある。
あとは、観客を一人生け捕りにするだけだ。
数週間後。
帝国首都星、第1区画。
超大型艦専用ドックのゲート前に、一台のエアカーが滑り込んだ。
降りてきたのは、貴族学校の制服を着たアレクだ。
彼は緊張した面持ちで、ゲートを見上げている。
「……ここが、クロウの船があるドックか。第1区画の特別エリアなんて、公爵家でもなかなか借りられないのに」
アレクはゴクリと喉を鳴らした。
今日、彼はクロウから「面白いものを見せてやるから来い」と招待されたのだ。
ケイオスの一件以来、クロウとはすっかり意気投合していたが、彼の私生活や「力」の源泉については、まだ謎が多かった。
ゲートが開き、シズが出迎えに現れた。
「ようこそお越しくださいました、アレク様。マスターがお待ちです」
「やあ、シズさん。……クロウの船って、クルーザーか何か?」
「いえ。見ていただければ分かります」
シズに案内され、アレクはドックの内部へと足を踏み入れた。
そして、その足を止めた。呼吸さえも忘れた。
「……な、なんだ、これ……」
彼の目の前に広がっていたのは、船という概念を超越した物体だった。
全長3000メートル。視界に収まりきらないほどの超巨大な銀色の塊。
その表面は、鏡のように周囲の景色を反射しているが、よく見ると呼吸をするように微かに波打っている。
「これが、マスターの座乗艦。戦艦『フェンリル』です」
「せ、戦艦……!?これが、個人の持ち物だって言うのか!?帝国軍の主力戦艦だって、こんなに大きくないぞ!」
アレクは腰を抜かしそうになりながら、その威容を見上げた。
流体金属装甲の艶めかしい輝き。
それは美しく、同時に恐ろしいほどの圧力を放っていた。
かつてクロウが「海賊を殲滅した」という噂を聞いた時、大袈裟だと思っていたが、これを見れば納得がいく。
いや、海賊程度、この船の余波だけで消し飛ぶだろう。
「驚かせてすまないな、アレク」
タラップの上から、クロウが手を振っていた。
彼は私服のラフなシャツ姿で、手にはワイングラスを持っている。
「ようこそ、我が家へ。狭いところだが、くつろいでくれ」
「狭い……?君の辞書には『謙遜』という言葉がないのかい?」
アレクは呆れながらも、興奮を抑えきれずにタラップを駆け上がった。
艦内に入ると、そこはまるで高級ホテルのような内装だった。
だが、壁や床の材質は見たこともない金属でできており、かすかにエネルギーの流れる音が聞こえる。
「先端工学科の君なら、この船の異常さが分かるだろ?」
クロウがニヤリと笑う。
「ああ、分かるよ……分かりたくないくらいにね。この壁材、継ぎ目がない。溶接痕もリベットもない。一体成型なのか?それに、この動力音……反応炉の出力が桁違いだ。君は一体、どこの文明の遺産を掘り当てたんだ?」
「企業秘密だ。……ま、今日は船自慢をしに来たんじゃない。紹介したい奴がいるんだ」
クロウはアレクを連れて、艦内の広大な貨物ブロックへと移動した。
その中央に、一人の男……いや、一体の巨人が立っていた。
「……ッ!?」
アレクは息を呑んで後ずさった。
身長10メートル。
重厚な黒鉄の鎧に身を包み、その頭部には、赤いモノアイが怪しく輝いていた。
『あ、マスター。その方が、例の「相棒」という方ですか?』
巨人が口を開くと、重厚だが礼儀正しい声が響いた。
見た目の威圧感とは裏腹に、その口調は紳士的だ。
「ああ。紹介しよう。こいつは『ベンケイ』。俺が所有するドロイドの一つだ」
クロウが愛おしそうに巨人の装甲を叩く。
「べ、ベンケイ……?ドロイド、なのか?これほどのサイズの二足歩行型を重力圏で運用なんて、バランス制御が……」
アレクは恐怖と好奇心の間で揺れ動きながら、恐る恐る近づいた。
『初めまして。そんなに怯えないでください。私は人を襲ったりしませんよ。……マスターの敵でなければ、ですが』
ベンケイが巨大な顔を近づける。
プシューッ、と排気音が鳴り、アレクの前髪が揺れた。
「ひっ……!」
「こら、ベンケイ。客人を脅すな。アレクは優秀な技術者だ。お前のメンテナンスも、いずれ任せることになるかもしれんぞ」
『ほう、それはありがたい。この図体です、整備していただける方が増えるのは大歓迎ですよ』
ベンケイは器用に片膝をつき、アレクに目線を合わせて、巨大な指を差し出した。握手しろということらしい。
「よ、よろしく……ベンケイ」
アレクはどうにか声を絞り出し、その指先におずおずと触れた。
金属の冷たさはなく、ほんのりと熱を帯びている。
クロウは満足そうに頷き、近くのコンテナに腰掛けた。
「さて、アレク。単刀直入に言おう。俺はこのベンケイを使って、ある『悪巧み』を実行するつもりだ」
「悪巧み……?」
「ああ。ターゲットは、ケイオス・フォン・ローゼンバーグ。そして奴が運営する『裏風俗街』だ」
アレクの表情が凍りついた。
「く、クロウ……本気なのか?あそこを潰すって……」
「言っただろ?売られた喧嘩は買うってな。それに、5等民を好き勝手にオモチャにされるのは我慢ならない」
クロウの目が、冷たく光った。
「だが、ただ突入して暴れるだけじゃつまらない。ケイオスは恐怖を知らない。自分が安全圏にいると思い込んでいるからだ。だから、俺はその安全圏を、理不尽な暴力と恐怖で粉砕してやる」
クロウはベンケイを指差した。
「こいつを『亡霊』に仕立て上げる。廃校舎に出没する、復讐の巨大ドロイドだ。物理攻撃は一切通じず、壁をすり抜け、罪人の首を狩る化け物」
「そ、そんなことが……」
「できるさ。熱光学迷彩技術と、ベンケイのホログラム投影機能を組み合わせればな。奴の目の前で消えたり、巨大化したり、幽霊のような演出はお手の物だ。もちろん、実体もあるから、壁をぶち破って掴み上げることもできる」
クロウは楽しそうに笑った。
それは悪戯を企む子供の顔であり、同時に冷酷な策士の顔でもあった。
「アレク。お前には、そのサポートを頼みたい。お前は先端工学科で、学校の設備データや地下通路の図面にアクセスできるはずだ。廃校舎への侵入ルートと、セキュリティの穴を洗い出してくれ」
「僕に……共犯者になれってことかい?」
「嫌なら断ってもいい。だが、お前も言っていたな。あの女帝像が醜悪だと。ケイオスのやっていることは、あの像の足元にある死体と同じだ。……見過ごせるか?」
アレクは俯いた。
拳を強く握りしめる。
彼の脳裏に、ケイオスに蹴り飛ばされた学生や、連れて行かれた女性たちの怯えた顔が浮かぶ。
彼は臆病かもしれないが、卑怯者ではなかった。
「……分かったよ」
アレクは顔を上げた。
その目には、決意の光が宿っていた。
「僕だって、あいつのやり方は許せない。それに、こんな凄い船と、こんな凄いドロイドを見せられて……断れるわけがないじゃないか」
「ハハッ、そうこなくちゃな!」
クロウは立ち上がり、アレクの肩を叩いた。
「作戦決行は、次の新月の夜だ。作戦名は『オペレーション・ゴースト・ハント』。……いや、逆か。幽霊が狩る側だからな」
『楽しみですね。悪党どもを震え上がらせればいいのですね?お任せください、演技には自信があります』
ベンケイがニヤリと(したように見える目の光り方で)笑った。
「シズ、当日の演出プランを練っておけ。照明、音響、スモーク。ホラー映画顔負けの恐怖空間を演出するぞ」
「了解しました。ケイオスの悲鳴の周波数を予測し、最も効果的な恐怖演出を構築します」
「よし。アレク、お前はフェンリルのブリッジでオペレーターをやれ。特等席で、奴の無様な姿を拝ませてやる」
「……はは、責任重大だね。分かった、やるよ。僕たちの手で、学校の膿を出してやろう」
三人と一体の、奇妙な共犯関係が結ばれた。
銀色の巨艦フェンリルの中で、悪巧みという名の正義の計画が動き出す。
帝国首都星の闇に巣食う小さな暴君はまだ知らない。
自分が呼び寄せた因縁が、鋼鉄の怪物となってその喉元に迫っていることを。
「さて、ベンケイ。お前のそのボディ、少し塗装を変えるか。もっと亡霊っぽく、錆びついた血の色なんかがいいかもな」
『げっ、本気ですかマスター。今の黒い塗装、気に入っているんですが……。まあ、仕事なら仕方ありませんね』
「趣味が悪いなぁ……」
アレクのぼやき声が、ドックに響いた。
だが、その声はどこか楽しげだった。彼らの青春(?)は、ここから加速していく。




