第25話 奴隷交換会
帝国首都星にある『貴族学校』に編入してから、早一ヶ月が過ぎた。
地獄のような場所だと覚悟していたが、住めば都……とは言わないまでも、意外と居心地は悪くない。
もちろん、それは俺が「先端工学科」という、学校内でも比較的まともな連中が集まる場所にいるからだ。
「おいクロウ、その回路の結線、逆じゃないか?」
「あん?……ちっ、本当だ。旧式の設計図は見づらくて敵わん」
「ははは、文句を言いながら手が止まってないよ。さすがだね」
隣の席で笑うのは、この一ヶ月ですっかり相棒となったアレク・フォン・ジルブライトだ。
彼は下級貴族の三代目だが、その腕と性格は一級品だ。
俺たちは油と鉄屑にまみれながら、講義の合間にバカ話をしたり、互いの技術論を戦わせたりしている。
彼のような存在がいることだけが、この腐った掃き溜めにおける唯一の救いだった。
だが、学園の外に出れば、そこはやはり吐き気を催すような特権階級の世界だ。
特に、本館に通う上級貴族の連中。
彼らは廊下ですれ違うたびに俺を蔑み、アレクのような下級貴族をパシリのように扱う。
彼らにとって、自分以外の人間は「道具」か「背景」でしかないのだ。
「……やっぱり、上は腐ってやがるな」
俺はフェンリルの艦長室で、帝国首都星の夜景を見下ろしながら呟いた。
アレクのような良い奴もいるが、帝国の中枢を牛耳っているのは、あの女帝像の前で涙を流すような狂信者たちだ。
奴らを叩き潰す計画に変更はない。
「シズ、進捗はどうだ?」
「順調です、マスター。第一区画、セントラル・アベニューの土地取得手続き、完了しました。相場の5倍の値を提示したことで、所有者の伯爵が即決しました」
「金で頬を叩けば、プライドごときは簡単に吹き飛ぶってわけか。安いもんだ」
俺はニヤリと笑った。
今日、俺は帝国首都星での新たな一歩を踏み出す。
我が『マター・ドロイド・インダストリー社』の旗艦店を、帝国首都星のど真ん中にオープンさせるのだ。
帝国首都星、上層区画。
ここは1等民(皇族)と、選ばれた2等民(貴族)のみが居住を許された楽園だ。
完璧に舗装された道路、空調管理された微風、そして遺伝子調整された枯れない街路樹。
そんな一等地のメインストリートに、ひときわ異彩を放つ建造物が現れた。
漆黒の壁面に、黄金のラインが走る洗練されたビル。
そのエントランスには、巨大なホログラムで社章が浮かび上がっている。
『マター・ドロイド・インダストリー』。
今日はそのグランドオープン日だ。
だが、ただ店を開けただけではない。
俺は、この腐った帝国首都星の住人たちに向けて、最高に皮肉で、そして実利的な「キャンペーン」を打ち出した。
『オープン記念特別企画!学生限定キャンペーン実施中!ご不要になった「5等民」をお持ちください。最新鋭愛玩ドロイド「セラフィム」と、その場で無料交換いたします!』
店の前には、開店前から長蛇の列ができていた。
並んでいるのは、貴族学校の制服を着た学生たちだ。
彼らは皆、興奮した面持ちで、後ろに「荷物」を従えている。
薄汚れた服を着せられ、爆発する首輪をはめられた5等民たちだ。
「おい、早くしろよグズ!」
「痛っ……申し訳ございません、旦那様……」
「今日でお前ともおさらばだ。あーあ、せいせいするぜ。飯は食うわ、掃除は遅いわでウンザリしてたんだ」
学生たちは、長年仕えてきた使用人を、まるで粗大ゴミを出すような感覚で引きずっている。
5等民たちは、自分がどこへ連れて行かれるのかも分からず、ただ怯えて震えている。
「いらっしゃいませ!マター・ドロイド・インダストリーへようこそ!」
自動ドアが開き、シズ率いるドロイド店員たちが恭しく出迎える。
店内は美術館のように美しく、中央のステージには、数十体の『セラフィム』が優雅なポーズで展示されていた。
人間と見紛うほどの美貌、透き通るような肌、そして主人のあらゆる欲望に応える従順なAI。
それが、古びた5等民(と彼らが思っている人間)と交換できるのだ。
貴族たちにとっては、錬金術のような話だろう。
「次の方、どうぞ」
「これ、頼むわ。親父が昔買った奴隷なんだけど、もうヨボヨボでさ」
一人の学生が、年老いた5等民の男をカウンターに突き飛ばした。
「査定完了。交換条件を満たしています。では、こちらのセラフィムをお受け取りください」
「うおおっ!すげえ!本当にタダでもらえるのか!」
「起動します。……マスター、ご命令を」
美しい女性型ドロイドが目を開け、学生に微笑みかける。
学生は古いおもちゃを捨てる子供のように、老人を振り返りもせずにドロイドの手を取った。
「最高だ!おい、行くぞセラフィム!」
「イエス・マスター」
学生は歓喜して店を出て行く.
残された老人は、店員ドロイドによって「バックヤード」へと連れて行かれる。
そこには、フェンリル行きのエアカーが隠されているとも知らずに。
「……悪趣味だね、クロウ」
群衆の後ろで、様子を見ていたアレクが呆れたように言った。
彼は交換には参加していない。ただ、俺に付き合わされて来ただけだ。
「そうか?Win-Winの取引だろ」
俺はテラス席からその光景を見下ろし、グラスを傾けた。
「彼らは最新の玩具を手に入れて喜ぶ。俺は在庫処分ができる。そして……」
俺はバックヤードへ消えていく5等民たちに視線をやった。
彼らはフェンリルに収容された後に、帝国首都星から1光年離れた場所に停泊中の艦隊までピストン輸送され、最終的に惑星エンドのオメガ・ドックへと送られる。
そこで人間としての尊厳と自由を取り戻し、新たな人生を歩むのだ。
奴隷として死ぬはずだった彼らを、俺はドロイド1体という安いコストで救い出している。
「彼ら(5等民)にとっても、あのバカなガキ共に飼い殺しにされるよりはマシな末路さ」
「……君のその、冷徹なのか慈悲深いのか分からないところ、嫌いじゃないけどね。でも、やりすぎると目をつけられるよ」
アレクの忠告はもっともだ。
だが、これにはもう一つの目的がある。
ばら撒かれた『セラフィム』たち。
その全てには、俺の指令一つで暴走するバックドアと、超小型の反物質反応炉が仕込まれている。
今、帝国首都星中の貴族の家に、時限爆弾が運び込まれているのだ。
これこそが、「トロイの木馬」。
その時だった。店の入り口付近が、急に騒がしくなった。
「どけ。邪魔だ」
氷点下の声と共に、並んでいた学生たちが海割れのように左右に開いた。
悲鳴を上げて逃げ出す者、慌てて道を開ける者。
その間を、数人の取り巻きを連れた一人の男が、悠然と歩いてくる。
「……あいつは」
アレクが顔をしかめた。
「確かケイオス……ケイオス・フォン・ローゼンバーグだ」
その名を聞いた瞬間、俺の心臓がドクリと跳ねた。
ローゼンバーグ。
忘れもしない。
俺をゴミのように扱い、惑星エンドへと追放したあの冷酷な男、グライム・フォン・ローゼンバーグの家名だ。
「……アレク、あいつは何者だ?」
「知らないのか?学園の不良グループ……いや、『親衛隊』を名乗る最大派閥のリーダーさ。実家は帝国の重鎮、ローゼンバーグ公爵家。その威光を笠に着て、学園内でやりたい放題やってる。教師でさえ、彼には逆らえないんだ」
やってきた男――ケイオスは、俺の想像していた通りの「クソ野郎」を具現化したような風貌だった。
金髪をオールバックにし、制服を着崩し、首には高価な宝石をジャラジャラとぶら下げている。
その目は常に他人を見下し、退屈そうに歪んでいる。
彼はカウンターの前まで来ると、並んでいた学生を蹴り飛ばした。
「痛っ!?」
「チッ、どけよ雑魚が。俺の視界に入るな」
蹴られた学生は、相手がケイオスだと分かると、抗議もせずに震え上がって逃げていった。
ケイオスはカウンターに肘をつき、バックヤードに入る前の数名の5等民の女性たちを、ねっとりとした目つきで眺めた。
「へぇ……今日は随分と『上玉』が集まってるじゃねえか。ドロイドなんかより、こっちの方が価値があるぜ」
彼は怯える女性の一人の顎を掴み、乱暴に顔を上げさせた。
「おい店員。この女たち、俺が引き取ってやるよ。ちょうど在庫が切れてたんだ」
「……在庫?」
俺は眉をひそめ、アレクに目配せした。
アレクは真っ青な顔で、小声で囁いた。
「……クロウ、まずいよ。あいつ、学校の敷地外れにある廃校舎を不法占拠して、『裏風俗街』を作ってるって噂なんだ」
「裏風俗街だと?」
「ああ。顔の良い5等民の女をさらったり、金で買ったりして集めて……。客は上級貴族の学生たちだ。そこでの扱いは酷いもんらしい。薬漬けにされたり、暴力を振るわれたり……。『壊れたら』、そのまま殺処分だって話だ」
俺の中で、血管がブチ切れる音がした。
5等民をゴミ扱いするのは帝国全体の風潮だが、こいつはそれをさらに歪んだ快楽の道具にしている。
壊れたら捨てる?人間を、消耗品のように?
俺はアレクの制止も聞かず、階段を降りていった。
「お困りのようですね、お客様」
俺は努めて冷静な声を出し、ケイオスの前に立った。
ケイオスはダルそうに俺を振り返る。
「あ?誰だテメェは」
「この店のオーナー、クロウ・フォン・フライハイトだ。先ほどのお話、少々耳に挟んだもので」
「ああ、最近話題の成金男爵か。ちょうどいい。この女たち、俺の『楽園』に寄付しろよ。ドロイドの交換なんて面倒なことしなくても、俺が有効活用してやるぜ?」
ケイオスは下卑た笑みを浮かべた。
その目には、目の前の女性が人間であるという認識が欠落している。
「お断りします」
俺は即答した。
「は?」
「当店は、等価交換を原則としております。それに、彼女たちは我が社の大切な『資源』です。あなたのような……品のなさを顔に貼り付けたような方に、お譲りするつもりはありません」
俺の言葉に、店内が凍りついた。
誰もが息を呑み、ケイオスの反応を待っている。
取り巻きたちが色めき立つ。
「き、貴様!ケイオス様に何という口を!」
ケイオスの顔から、笑みが消えた。代わりに浮かんだのは、純粋な殺意だ。
「……テメェ、今なんて言った?俺が品がないだと?ローゼンバーグ家の次期当主であるこの俺が?」
「ええ。聞こえませんでしたか?耳までお粗末なようだ」
「ぶっ殺してやる……!」
ケイオスは怒りで肩を震わせ、腰に下げていた儀礼用のビームサーベルに手をかけた。
「ここで斬り捨てても、平民上がりの男爵一人、事故死で処理できるんだぜ?」
「やってみろよ。そのおもちゃが抜けるならな」
俺は一歩前に出た。
殺気。
死の星で磨き上げた、本物の死線を潜り抜けた者の殺気を叩きつける。
ケイオスの動きが止まった。
サーベルを抜こうとした手が、ガタガタと震えている。
彼は温室育ちの暴君だ。
自分より弱い者をいたぶることは得意でも、本物の獣と対峙した経験などない。
「ひ……っ」
ケイオスは後ずさった。
自分の身体が恐怖していることに戸惑い、さらにパニックになっている。
「ケイオス様!本日はお時間が……!」
空気を読んだ取り巻きの一人が、助け舟を出した。
ケイオスはそれを口実に、引きつった笑みを浮かべた。
「ち、チッ!今日はツイてねえな!……覚えてろよ、成金!この俺に恥をかかせたこと、後悔させてやるからな!テメェも、そこの女どもも、いつか必ず俺の『コレクション』に加えてやる!」
ケイオスは捨て台詞を吐くと、逃げるように店を出ていった。
取り巻きたちが慌ててその後を追う。
嵐が去り、店内に静寂が戻る。
直後、学生たちからどよめきが起こった。
あのケイオスを撃退した。
その事実は、俺の「英雄」としての評判をさらに高めることになるだろうが、同時に最悪の敵を作ったことも意味していた。
「……大丈夫か?」
俺は震えている5等民の女性に声をかけた。
彼女は涙目で俺を見上げ、何度も頷いた。
「シズ、彼女たちをすぐに裏へ。一番いい部屋で休ませてやれ」
「かしこまりました」
シズが女性たちを誘導するのを見送り、俺はテラスに戻った。
アレクがげっそりした顔で待っていた。
「……君って奴は。本当に心臓に毛が生えてるね。あいつはグライム公爵の息子だぞ?それに、あの噂が本当なら、あいつのバックには闇社会の連中も絡んでるかもしれない」
「グライム……か」
俺はその名を聞いて、口元を歪めた。
因縁とは、どこまでも追いかけてくるものらしい。
俺を地獄に落とした男の息子が、今度は俺の目の前に立ちはだかる。
しかも、やっていることは親以上に醜悪だ。
「噂通りなら、あいつはただの不良じゃない。快楽殺人鬼だ。……アレク、その『裏風俗街』の場所、詳しく知ってるか?」
「え?ま、まさか……」
アレクが顔を引きつらせる。
「報復なら上等だ。親父共々、叩き潰す口実ができた。それに、俺の商品より、あいつの在庫の方が、俺にとっては価値があるんでね」
俺はグラスに残っていた酒を飲み干した。
「クロウ、本気なのか?あそこは学園の治外法権だぞ」
「だからこそだよ。法が裁かないなら、俺が裁く」
窓の外では、屈辱に顔を歪めたケイオスが、エアカーに乗り込むのが見えた。
その目は、明確な殺意を宿してこちらを睨んでいる。
いい目だ。
それでこそ、潰しがいがある。
俺は黄金の店内で、黒い薔薇のように咲き誇る悪意を感じながら、静かに次の手を考え始めた。
この学園は、学びの場ではない。
やはり、戦場だ。
そして戦場ならば、俺の得意分野だ。
「さあ、掛かってこいよ、お坊ちゃん。本当の地獄ってやつを、教育してやる」
俺の呟きは、喧騒の中に消えていった。
だが、その日を境に、学園の勢力図は大きく動き出すことになる。
下級貴族の英雄と、上級貴族の暴君。
二つの星の衝突は、避けられない運命となっていた。




