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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第3章 貴族学校編

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第24話 鋼鉄の教室と学友

 帝国首都星(セントラル)の朝は、人工太陽の完璧なスペクトルによって制御されている。


 フェンリルの重厚な寝室で目覚めた俺は、シズが用意した朝食を胃に流し込み、再びあの忌々しい制服に袖を通した。


 黒の生地に金糸の刺繍。


 鏡に映る自分は、どこからどう見ても帝国の若きエリート貴族だ。


 だが、その腹の底には、昨日の巨像の下で見た地獄の光景が、消えない炭火のように燻り続けている。


「行きましょう、マスター。今日の講義はドロイド工学、場所は『先端工学棟』です。キャンパスの西地区、第4セクターに位置しています」


 シズがタブレットを操作しながら告げる。


 俺は頷き、フェンリルのエアロックを出た。


 エアカーで広大なキャンパスを移動し、目的の棟に到着した。


 そこは、昨日教授と会った重厚な石造りの本館とは異なり、機能美を追求したガラスと金属の近代的な建物だった。


 あちこちから排気ファンの回る音や、金属を加工する音が漏れ聞こえてくる。


 オイルとオゾンの匂い。


 帝国首都星(セントラル)の下層で嗅ぎ慣れた、働く現場の匂いだ。


 不思議と、胸のつかえが少し取れた気がした。


「ここなら、息ができそうだ」


 俺は独りごちて、講義室の扉を開けた。


 講義室といっても、そこは巨大な工房だった。


 天井クレーンが走り、床には無数の作業台が並んでいる。


 そこかしこに、分解されたドロイドのパーツや、ホログラムの設計図が浮かんでいた。


「おや、君が噂の編入生か」


 声をかけてきたのは、作業着のような白衣を着た初老の講師だった。


 教授のような嫌味な気配はない。


 純粋な技術屋の目をしている。


「クロウ・フォン・フライハイトです。本日から世話になります」


「うむ。ここは『ドロイド工学』の実習室だ。座学は最低限しかやらん。見て、触れて、動かす。それが全てだ。……君は特別編入だから単位は必須ではないそうだが、やる気はあるのかね?」


「ええ。機械いじりは嫌いじゃないんでね」


「結構。では、空いている席へ。今日の課題は、そこにある旧式警備ドロイドのアクチュエーター調整だ。マニュアルは端末に入っている」


 俺は指定された作業台に向かった。


 そこには、帝国の量産型警備ドロイドの上半身が転がっていた。


 装甲を外され、内部フレームが剥き出しになっている。


「……随分と古臭い設計だな」


 俺は呟きながら、工具を手に取った。


 万能物質(マター)の力を使えば一瞬で新品同様にできるが、それでは授業にならない。


 俺は純粋に、自分の知識と手先の感覚だけで挑むことにした。


 シズのメンテナンスで培った技術と知識がある。


 この程度の機械なら、目をつぶっていても直せる。


 カチャ、カチャ、ヴィィィ……。


 俺の手が流れるように動く。


 非効率なエネルギー伝達回路をバイパスし、摩耗したギアの噛み合わせを調整する。


 マニュアルには「交換推奨」とある部品も、少し削って角度を変えるだけで再利用可能だ。


「……ふむ。出力係数、15%向上。こんなもんか」


 作業開始からわずか10分。


 俺が電源を入れると、ドロイドのアームは滑らかに駆動し、規定値を遥かに超える反応速度を見せた。


 ふぅ、と息を吐いて顔を上げると、周囲の視線が俺に集中していることに気づいた。


 教室中の学生たちが、作業の手を止めて俺を見ている。


 またか。どうせ「成金が」とか「野蛮な手つきだ」とか言われるのだろう。俺は身構えた。


「す、すげえ……」


 聞こえてくるのは、予想外の言葉だった。


「あのアーム、あんなに滑らかに動くのか?」


「マニュアル無視だぞ。独自の回路設計だ」


「おい、あいつってまさか……」


 一人の学生がおずおずと近づいてきた。作業着の袖をまくった、真面目そうな青年だ。


「あ、あの!失礼ですが、クロウ・フォン・フライハイト男爵ですよね?」


「……ああ、そうだが」


 俺が答えると、青年の目が輝いた。


「やっぱり!『マター・ドロイド・インダストリー社』のオーナーですよね!?あの『セラフィム』シリーズを開発した!」


 その言葉を皮切りに、周りの学生たちが一斉に押し寄せてきた。


「本物かよ!」


「俺、実家の作業用に『ワーカー』導入したんです!あれ、最高ですよ!故障率が今までの10分の1だ!」


「セラフィムの人工筋肉の構造、どうなってるんですか?特許公報見てもブラックボックスになってて……」


「男爵!次の新製品の予定は!?」


「お、おい……ちょっと待て」


 俺は困惑し、後ずさった。


 罵倒されると思っていたのに、これはどういうことだ?


 彼らの目には、侮蔑の色など微塵もない。


 あるのは純粋な尊敬と、好奇心だけだ。


「静粛に!席に戻りなさい!」


 講師がパンパンと手を叩き、ようやく騒ぎが収まった。


 だが、その後も俺に向けられる視線は熱いままだ。


 俺が呆気にとられていると、隣の作業台にいた男が、クスクスと笑いながら話しかけてきた。


「驚いた顔をしてるね、男爵。もっと酷い扱いを受けると身構えていたのかな?」


 振り返ると、そこには人の良さそうな好青年が座っていた。


 亜麻色の髪に、意志の強そうな碧眼。


 制服は着崩さず、袖口にはオイルの染みがついている。


 手先は器用そうで、自分の課題も既に終えているようだ。


「……ああ、正直な。昨日は散々、『成金』だの『蛮族』だのと言われたからな」


「ははは、それは『本館』にいる連中の話だろ?ここは違うよ」


 青年は作業用の手袋を外し、右手を差し出した。


「僕はアレク・フォン・ジルブライト。辺境のジルブライト男爵家の三代目だ。よろしく、クロウ」


「……ああ、よろしく頼む、アレク」


 俺はその手を握り返した。


 貴族特有のふにゃふにゃした手ではない。


 タコのある、硬い手だった。


「教えてくれ、アレク。なぜここの連中は、俺を敵視しない?俺は金で爵位を買った、どこの馬の骨とも知れぬ男だぞ」


 アレクは自身の作業台に肘をつき、教室を見渡しながら言った。


「見ての通り、この『先端工学科』に通っているのは、僕たちのような下級貴族や、新興貴族の子弟ばかりなんだ。実家は辺境で、領地経営に必死な連中さ」


 彼は苦笑した。


「上級貴族のボンボンたちは、ここには来ないよ。彼らにとって、機械いじりなんて『下賎な労働』だからね。油にまみれるくらいなら、本館のサロンでお茶を飲んで、詩や芸術の話をしている方が高尚だと思ってる」


「なるほど。ここは貴族学校の中の『現場』ってわけか」


「その通り。僕たちは、実家の鉱山や工場を立て直さなきゃならない。だから、必死で技術を学びに来てるんだ。……そんな僕たちにとって、君は英雄なんだよ、クロウ」


「英雄?」


「そうさ。一代で巨万の富を築き、革新的な技術で『マター・ドロイド・インダストリー』を立ち上げた。しかも、その製品は性能が良くて安い。君は僕たちが目指すべき『成功』そのものなんだ。生まれや血統なんて関係ない。結果を出した『初代』の実力に、みんな憧れてるのさ」


 アレクの言葉は、真っ直ぐで嘘がなかった。


 俺は少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。


 ここには、腐った貴族だけじゃない。生きるために必死な連中もいるのだ。


「……買いかぶりすぎだ。俺はただ、運が良かっただけさ」


「運も実力のうちだよ。それに、あの『セラフィム』の美しさ……あれはただの機械じゃない。君の美学を感じるよ」


(まあ、中身は爆弾付きの殺人兵器だがな)


 心の中で付け加えつつ、俺は曖昧に笑った。


 講義が終わり、休憩時間になった。


 俺とアレクは、工学棟のテラスに出て、缶コーヒーを飲んでいた。


 ここからは、キャンパス中央にそびえ立つ、あの女帝の巨像がよく見える。


「……なぁ、アレク」


 俺は手すりに寄りかかり、巨像を見上げながら問いかけた。


「お前は、あれをどう思う?」


 アレクの視線を追う。


 アーデルハイト女帝の像。


 そして、その足元にある、無数の人々を埋め込んだ礎。


 アレクは一瞬、周囲を気にするように視線を巡らせた。


 近くに他の学生がいないことを確認すると、声を潜めて言った。


「……こういうこと、あまり表立っては言えないけどさ」


 彼はコーヒー缶を強く握りしめた。


「醜悪、だと思うよ。あれを見るたびに、吐き気がする」


 俺は驚いて彼を見た。


 貴族の口から、帝国の象徴を否定する言葉が出るとは思わなかった。


「……同感だ。俺も昨日、あれを近くで見て、はらわたが煮えくり返るかと思った」


「だよね。あそこには、数え切れないほどの人が埋められている。罪人だとか、反逆者だとか言われてるけど……元は同じ人間だ。それをあんな風に……見せしめにして、その上に立って平然としているなんて、どうかしてるよ」


 アレクの横顔には、嫌悪と悲しみが浮かんでいた。


 俺は彼に、微かな親近感を覚えた。


 こいつは、まだ「人間」だ。


「なあ、クロウ。知ってるかい?」


 アレクは巨像から目を逸らさずに言った。


「あの像への抵抗感……世代を重ねるごとに、無くなっていくらしいんだ」


「どういうことだ?」


「僕の親父、二代目の男爵なんだけどさ。昔、あの像について聞いたことがあるんだ。『気持ち悪くないのか?』って。そしたら親父は不思議そうな顔をして言ったよ。『何がだ?あれは帝国の正義の証じゃないか。素晴らしい芸術だ』って」


 アレクは自嘲気味に笑った。


「お祖父ちゃん――初代様は、あの像を嫌っていたらしい。でも、親父は平気だった。そして、上級貴族の連中を見てみろよ。彼らはあの像の前で、感動して涙を流すことさえある。彼らにとって、あれはグロテスクな死体の山じゃない。美しい秩序の一部に見えているんだ」


 俺は背筋が寒くなるのを感じた。


 それは単なる慣れなのか?


 それとも、教育による洗脳か?


 いや……もっと根深い、生物学的な何かが関わっているのではないか?


 シズの言っていた「遺伝子への介入」。


 それが、美的感覚や倫理観さえも作り変えているとしたら?


「僕は三代目だ。まだ、あの像を気持ち悪いと感じる感性が残ってる。でも……もし僕に子供ができたら?その子供は、あそこで笑って記念写真を撮るようになるのかもしれない」


 アレクは恐怖に震えるように、自分の腕を抱いた。


「この学校にいると、時々怖くなるんだ。自分の中の『当たり前』が、少しずつ溶かされて、帝国の『常識』に塗り替えられていくような気がして……。だから僕は、必死で機械をいじってるのかもしれない。鉄と油の冷たい感触だけは、嘘をつかないから」


 俺は無言で、アレクの肩に手を置いた。


 彼もまた、戦っているのだ。


 見えない怪物と。


 自分を飲み込もうとする、帝国の狂気と。


「……安心しろ、アレク」


 俺は力強く告げた。


「お前はまともだ。あれを気持ち悪いと感じる心が、お前が人間である証拠だ。その感覚を、絶対に手放すな」


「クロウ……」


「もし、この学校の空気がお前を変えそうになったら、俺のところへ来い。俺の船、フェンリルに乗せてやる。あそこなら、嫌になるほど現実的な油の匂いがするからな」


 アレクは少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。


「ありがとう。やっぱり君は、僕が思った通りの人だ。……仲間、って呼んでもいいかな?」


「ああ。俺たちは、同じ泥臭い工学の徒だろ?」


 俺たちは拳を軽く突き合わせた。


 この魔窟のような学校で、初めて「味方」と呼べる存在に出会えた気がした。


 キンコンカンコン……。


 次の講義の始まりを告げるチャイムが、無機質に鳴り響いた。


「さあ、行こうかクロウ。次は『流体回路学』だ。


 教授が厳しいから、遅れると大変だよ」


「へえ、お手柔らかに頼みたいもんだな」


 俺たちは空になった紙コップを捨て、教室へと戻っていった。


 背後には、依然として女帝の巨像がそびえ立っている。


 その冷たい影は、確かに俺たちの上に落ちていた。


 だが、隣を歩く友の存在が、その闇を少しだけ払拭してくれているように思えた。


(……世代を重ねるごとに、抵抗感がなくなる、か)


 俺は歩きながら、アレクの言葉を反芻していた。


 1000年も生きる女帝。


 異生命体の遺伝子。


 そして、麻痺していく倫理観。


 これらは全て繋がっている。


 帝国というシステム自体が、人間を別の「何か」に作り変えるための巨大な実験場なのかもしれない。


 だとしたら、急がなければならない。


 アレクのような善良な魂が、完全に汚染されてしまう前に。


 俺はこの学校の、そして帝国の秘密を暴き、その土台を粉砕する必要がある。


 教室の扉を開けると、再びあの懐かしいオイルの匂いがした.


 俺は小さく笑みを浮かべ、自分の席へと向かった。戦いはまだ始まったばかりだ。

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