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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第3章 貴族学校編

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第23話 貴族学校

 叙勲式という名の茶番から一夜明けた、帝国首都星(セントラル)の朝。


 俺、クロウ・フォン・フライハイト男爵が目を覚ましたのは、化け物渦巻く帝国が用意した豪華なホテルのベッドの上ではない。


 そんな盗聴器と監視カメラが仕込まれた鳥籠で、安眠などできるはずもないからだ。


 俺がいるのは、帝国首都星(セントラル)の第1区画にある特別港湾エリア。


 その中でも数えるほどしか存在しない、『超大型艦専用ドック』だ。


 最初に来た時は知らなかったのだが、後でドックの整備員に聞き出した話によると、このドックは本来なら公爵家クラスの家柄にしか使用許可が下りない、最高級の聖域らしい。


 だが、俺が連れてきたフェンリルがあまりに巨大すぎて、並のドックでは船体の一部さえ収まらなかったのだ。


 港湾局の役人たちは顔を真っ青にしながら、最終的には他に選択肢がないという理由で、渋々この特等席を俺に使わせることにしたらしい。


 そんな特別な場所に鎮座しているのは、全長3000メートルを誇る我が愛艦であり、最強の矛――戦艦『フェンリル』である。


 周囲には煌びやかな貴族たちの自家用クルーザーが停泊しているが、それらがまるで玩具に見えるほどの圧倒的な威容。


 その船体は、鏡のように磨き上げられた銀色に輝いている。


 だが、それは単なる装甲板ではない。


 我が旗艦『ラグナロク』にも採用されている、流体金属装甲だ。


 銀色の表面は呼吸をするかのように微かに波打ち、物理攻撃はおろか、光学兵器による熱量さえも流動拡散して無効化する、絶対防御の皮膚である。


 こここそが、敵地、帝国首都星(セントラル)における唯一の安全地帯(セーフハウス)だ。


「おはようございます、マスター。本日のスケジュールを確認しますか?」


 寝室に入ってきたシズが、モーニングコーヒーをサイドテーブルに置く。


 彼女はいつものメイド服だが、その表情は少し硬い。


 無理もない。


 今日から俺たちは、戦場よりもタチの悪い場所へ向かうのだから。


「ああ。あいつ……ゼルクの『余計な一言』のせいでな」


 俺はコーヒーを啜りながら、昨日の屈辱を噛み締めた。


『貴族学校に通え』。


 それは事実上の人質監禁であり、思想教育への強制参加だ。


 海賊を殲滅した俺の武力を警戒し、飼い慣らすための首輪として、学校という檻を用意したのだろう。


「出かける前に、ルルたちに連絡を入れる。しばらく帰れないとなれば、ちゃんと説明しておかないとな」


 俺は艦長室のメインモニターを起動し、フライハイト領への超光速通信回線を開いた。ノイズが走り、数秒後には懐かしい執務室の風景が映し出された。


『パパ!勲章もらったんでしょ?すごいねえ!テレビで見たよ!パパ、かっこよかった!』


 画面の向こうで、ルルが満面の笑みで手を振っている。


 その無邪気な姿を見た瞬間、俺の胸に刺さっていた棘が少しだけ抜けた気がした。


 彼女は俺の救いであり、同時に最大の弱点でもある。


 だからこそ、この魔窟には絶対に連れて来られない。


「ああ、見ててくれたか。ありがとな、ルル。……でもな、ごめん。パパ、帰るのが少し遅くなりそうなんだ」


『えっ?どうして?用事は、終わったんじゃないの?』


 ルルの動きが止まり、不安げに眉が下がる。俺は作り笑顔を貼り付け、できるだけ明るい声を出した。


「実はな、帝国の偉い人から『もっと勉強しなさい』って言われちまってな。パパ、学校に行くことになったんだ」


『がっこー?パパ、大人なのに?』


「ああ。大人の学校さ。そこで立派な貴族になるための勉強をしなきゃいけないんだとさ。だから、悪いんだけど、もう少しだけギリアムとお留守番しててくれるか?」


 ルルは少し考え込んだ後、ギュッと唇を噛、それから大きく頷いた。


『わかった!パパがお勉強するなら、ルルも頑張る!ギリアムにね、いろいろ教えてもらってるの。パパが帰ってくるまでに、もっとお利口さんになってるからね!』


「……ああ、いい子だ。愛してるぞ、ルル」


 健気な娘の言葉に、目頭が熱くなる。


 俺は視線を横にずらし、控えている老執事に声をかけた。


「ギリアム。そういうわけだ。留守を頼むぞ」


『事情は全て察しております、旦那様。やはり、ただの名誉だけで帰してはくれまんでしたか。……ご安心を。領内の守りは鉄壁にしておきます。ハエ一匹たりとも敷居は跨がせません』


 ギリアムは優雅に一礼したが、その眼光は鋭く光っていた。


「頼もしい限りだ。それと、オメガ・ドックで暴れているヴォルフにも伝えておいてくれ。『俺が学生ごっこをしている間に、帝国軍を丸ごと食い尽くせるだけの牙を研いでおけ』とな」


『御意。狂犬殿も、首を長くして出番を待っておられることでしょう。……お気をつけて、旦那様。学園という場所は、戦場よりも残酷な子供の遊び場ですからな』


 通信が切れる。


 ブラックアウトした画面に、俺の険しい顔が映っていた。


 弱音を吐いている暇はない。


 俺がここで足踏みすれば、ルルたちの未来が閉ざされる。


「行くぞ、シズ。化け物たちの巣窟へ登校だ」


 俺は真新しい、黒を基調とした貴族学校の制服に袖を通した。


 金糸の刺繍が施されたマントを翻し、フェンリルのエアロックをくぐる。


 ドックには、地上移動用の自家用エアカーが待機していた。


 俺とシズはそれに乗り込み、無限に続く階層都市を走り出す。


「シズ、学校のデータをくれ。敵陣に乗り込むのに、地図もなしか?」


「表示します。……帝国貴族学校。初等部6年、中等部3年、高等部3年、そして大学部4年の計16年制。帝国内の全貴族の子弟が通う、銀河最大規模の教育機関です」


 車内に展開されたホログラム・マップを見て、俺は絶句した。


「……おい、なんだこの規模は」


「現在、在籍する教職員と学生の合計は数兆人。キャンパスと言えば聞こえはいいですが、その実態は、上層区画の第8区画を丸ごと占有する『学園都市』に近い規模です。敷地面積は、惑星の表面積に匹敵します」


「数兆人……?桁が違うぞ。学校というより、一つの国家じゃないか」


「帝国は広大ですから。銀河系全土の星系を支配する帝国のエリート予備軍を集めれば、この数になります。マスターが編入するのは、その頂点に位置する大学部。次期領主や軍の将校候補たちが集う場所です」


 俺は頭を抱えた。


 数兆人のエリートたち。


 その中で、俺のような元5等民の成金男爵がやっていけるのか?


 俺が知っていることといえば、機械の直し方と、生き延びるための盗みの技術くらいだ。


「勉強か……。歴史だの文学だの言われたら、即座に赤点だな。まともな教育なんて受けてないんだぞ。文字だって、シズに教えてもらってやっと読めるようになったレベルだ」


「ご安心を。大学部は専門課程が中心です。マスターが選択したのは『先端工学科』。帝国の最先端科学技術と、宇宙工学を研究する分野です」


「工学か。それなら何とかなるかもしれん」


 俺には知識がある。


 帝国の技術体系とは異なるが、「結果」を生み出すことができるし、旧時代の設計図も頭に入っている。


 実技なら無双できるだろうが、理論詰めされたらボロが出るかもしれない。


 まあ、その時はその時だ。


 数時間のドライブの後、ようやく目的地が見えてきた。


 上層階層の煌びやかな摩天楼が途切れ、巨大な壁が地平線を遮るように現れた。


 その中央に、圧倒的な威圧感でそびえ立つ門があった。


「……でかいな」


 高さ50メートルはあるだろうか。


 黒い超合金で作られた校門は、それだけで要塞のゲートのようだ。


 門柱には帝国の紋章である双頭の鷲が刻まれ、その目は監視カメラのように赤く光っている。


 ここをくぐる者は、帝国の威光の前に己の小ささを自覚せよと言わんばかりだ。


 車はゲートの認証をパスし、広大な敷地内へと入った。


 中に入っても、景色は変わらない。


 どこまでも続く校舎、研究施設、巨大なスタジアム、そして学生寮の塔。


 道路は立体交差しており、エアカーや通学用のチューブトレインが行き交っている。


「まずは大学部の本館へ向かいます。そこで、担当教授との面談が予定されています」


 シズの運転で、俺たちは広大なキャンパスを抜け、重厚な石造りの本館へと到着した。


 車を降りると、周囲の学生たちが奇異の目でこちらを見てくる。


 俺が「あの」噂の成金男爵だと気づいているのだろう。


 彼らの視線には、好奇心よりも軽蔑の色が濃い。


 案内されたのは、最上階にある教授室だ。


 重い扉を開けて中に入ると、壁一面の本棚に囲まれたデスクで、一人の男が書物を広げていた。


 神経質そうな細身の男で、片目にモノクルをかけている。


 胸には伯爵位を示す記章があった。


「……失礼する。本日付けで編入した、クロウ・フォン・フライハイトだ」


 俺が声をかけると、男はゆっくりと顔を上げた。


 その目は、学者が実験動物を見るような、あるいは無知な蛮族を見るような冷ややかさを湛えていた。


「時間は厳守していただきたいものですな、男爵。私はこの貴族大学の教授であり、貴殿が無理やり編入した先端工学科の学部長を務めている」


 彼は立ち上がりもせず、名乗りもせず、手元の端末を操作した。


 歓迎の言葉など一つもない。


 むしろ、神聖なアカデミズムの場に異物が混入したことへの嫌悪感を隠そうともしていない。


「ゼルク殿下のご推薦とはいえ、特別扱いは期待しないでいただきたい。我が校は伝統と格式、そして真理の探究を重んじる。金で地位を買ったような無学な輩が、神聖な研究室を汚すことは許されません」


 教授の言葉には、根底からの侮蔑が含まれていた。


 彼は俺を「5等民」だとは知らない。


 書類上、俺は「辺境で成功した平民の成金」になっているはずだ。


 だからこその、この態度だ。


 由緒正しき貴族にとって、金で爵位を買った平民など、泥棒猫以下の存在なのだろう。


「肝に銘じておきましょう、教授。私も、学びたくてウズウズしているところです。特に、帝国の『深い闇』……いえ、深淵なる技術についてね」


 俺の皮肉に、教授はピクリと眉を動かしたが、すぐに鼻で笑った。


「フン。金に飽かせて爵位を掠め取っただけの成金が、先端工学の何を知っているというのです?スパナの持ち方でも教わりにきたのかね?……これが貴殿のIDと、講義のスケジュールだ。校則はデータに入れてある。一度でも違反すれば、即座に退学……と言いたいところですが、殿下の手前、そうもいきませんからな。せいぜい、他の優秀な学生たちの邪魔にならぬよう、空気のように過ごされることです」


 教授はそれだけ言うと、再び書物に目を落とし、俺を退室するように手で払った。


 清々しいほどの拒絶だ。


 だが、これでいい。


 俺の正体がバレていない証拠でもある。


「行くぞ、シズ。空気の悪い部屋だ」


 俺は部屋を出て、広大なキャンパスを少し歩いてみることにした。


 車は駐車場に回させ、徒歩で移動する。


 すれ違う学生たちは、誰もが仕立ての良い制服を着て、高慢な顔つきで歩いている。


 彼らの会話からは「領地の収益が」「今度の夜会が」「奴隷の値段が」といった単語が漏れ聞こえ、ここが学びの場ではなく、権力闘争の訓練場であることを物語っていた。


 しばらく歩くと、中央広場のような場所に出た。


 そこには、周囲の校舎を見下ろすように、異様な存在感を放つ巨像が立っていた。


「……なんだ、あれは」


 俺は足を止めた。高さは優に300メートルはあるだろう。


 雲を突き抜けるほどの巨大な女帝の像だ。全身を重厚な鎧で覆い、片手には剣を、もう片手には天秤を持っている。


 その顔は美しくも冷酷で、全てを見下すように地上を睨みつけていた。


 俺は像の足元まで近づき、台座のプレートを読み上げた。


『第99代皇帝、アーデルハイト・フォン・グラングリア。即位より1000年の長きにわたり、帝国を慈愛と鉄槌で導く、永遠の母』


「……1000年?」


 俺は眉をひそめた。銀河帝国の歴史は数万年にも及ぶ。


 だが、その中で一人の皇帝が1000年も在位している?人間がそんなに長く生きられるはずがない。


 先日のシズの報告――「皇族の遺伝子には異生命体『ネメシス』の因子が組み込まれている」という事実が、頭をよぎる。


 不老不死。


 この女帝こそが、その生きた証拠というわけか。


「マスター。足元をご覧ください」


 シズの切迫した声に、俺は視線を下げた。


 巨像が踏みしめている台座。それは、ただの石やコンクリートではなかった。


「……ッ!?」


 俺は息を呑んだ。


 台座の素材は、セメントのように固められているが、その表面には無数の「人型」が浮き出ていた。


 いや、人型ではない。


 人の形をした窪みや、苦悶の表情を浮かべた顔、天に助けを求めるように突き出された腕。


 それらが、巨像の重みに押しつぶされ、圧縮され、一つの巨大な「礎」となっているのだ。


 プレートの下に、小さな文字でこう刻まれていた。


『愚かにも反逆せし5等民の末路。帝国の礎となり、永遠にその罪を償うべし』


「……生きたまま、か」


 俺は吐き気を堪えた。


 これは彫刻ではない。


 本物の人間だ。


 かつて帝国に歯向かった5等民たちを、数万人、いや数千万人集め、生きたままコンクリートで固め、この巨像の土台にしたのだ。


 彼らの断末魔が、1000年の時を超えて聞こえてくるようだ。


 苦痛に歪む顔、顔、顔。


 中には子供のような小さな手形もある。


 それらが、この美しき女帝像を支えている。


「……ふざけるな」


 俺の拳が震えた。


 爪が食い込み、血が滲む。


 5等民はゴミではない。


 資源でもない、建材でもない。


 人間だ。


 それを、こんな……こんな悪趣味な見せしめのために。


「これが、帝国の正体か。美しい帝国首都星(セントラル)の大地の下には、死体の山が埋まっているとは聞いていたが……まさか、崇拝する皇帝の足元がこれとはな」


 俺は巨像の顔を見上げた。


 アーデルハイト。


 不老不死の魔女。


 お前は、この死者たちの上で、どんな顔をして1000年も玉座に座り続けているんだ。


 その冷たい石の瞳は、足元の犠牲など見えていないかのように、虚空を見つめている。


「マスター。心拍数が上昇しています。……お気持ちは分かりますが、ここで暴れるのは得策ではありません」


 シズが小声で諫める。


 俺は深呼吸をし、沸き立つ怒りを無理やり腹の底へ押し込んだ。


「ああ、分かっている。これ以上、ここにいたら、理性が吹き飛んで、この像を粉砕してしまいそうだ」


 今はまだ、その時ではない。


 だが、必ずその時は来る。


 この像を粉々に砕き、囚われた魂たちを解放してやる時が。


「戻るぞ、シズ。フェンリルへ」


「はい、マスター」


 俺は踵を返した。


 背中に感じる女帝の視線と、足元の死者たちの無言の叫びを振り払うように。


 迎えに来た車に乗り込み、俺たちはフェンリルが停泊する超大型艦専用ドックへと戻った。


 巨大なエアロックをくぐり、自分のテリトリーに戻った瞬間、俺は堰を切ったように叫んだ。


「クソッ!クソッ!クソッタレがァッ!!」


 俺は近くにあった椅子を蹴り飛ばした。


 金属製の椅子がひしゃげて壁に激突する。


「あいつらは人間じゃない!化け物だ!いや、化け物ですら、あんな酷いことはしない!」


 俺は荒い息を吐きながら、床に座り込んだ。


 あの台座に埋め込まれていた顔が、脳裏から離れない。


 あの中に、俺の親がいたかもしれない。


 俺の友がいたかもしれない。


 もし俺が一度でも失敗すれば、ルルやギリアムもあそこに埋められるのか?


「……絶対に、許さん」


 俺は震える手で、マターの光を掌に灯した。


「見ていろ、アーデルハイト。そして1等民の怪物ども。お前たちが永遠の命を貪っている間に、俺がお前たちに『死』という現実を教えてやる。あの台座を砕き、その上に俺たちの自由の旗を立ててやる」


 俺は立ち上がった。


 学園生活という名の潜入工作。


 それは、ただの情報収集ではなくなった。


 これは敵の中枢に対する、宣戦布告なき戦争だ。


「シズ、フェンリルとラグナロクのリンクを確認しろ。いつでも帝国首都星(セントラル)を焦土にできるようにしておけ」


「了解しました。……マスター、どうかご無事で」


「ああ。死ぬわけにはいかないさ。あんなコンクリートの中に埋められるのは、御免だからな」


 銀色に輝くフェンリルの窓から見える帝国首都星(セントラル)の夜景は、まるで地獄の業火のように赤く滲んで見えた。


 俺の学校での戦いは今始まった。

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