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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第10章 新銀河帝国編

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第101話 貴族街襲撃作戦

 深夜。


 かつて栄華を極めた帝国首都星(セントラル)


 その地下深く、一般市民の立ち入りが厳重に禁止されている『インフラ管理区画』の換気ダクトの中を、数名の影が音もなく移動していた。


 先頭を行くのは、新銀河帝国諜報省大臣、クロエ。


 彼女の後ろには、先日バーでスカウトしたばかりの元5等民の男たちが続いている。


「……ヒヒッ、たまらないねぇ」


 クロエは暗視ゴーグル越しに、眼下に広がる巨大な施設を見下ろして唇を舐めた。


 これから起こることは、地上の貴族たちにとっては地獄のような絶望。


 だが、虐げられてきた者たちにとってみれば、これ以上ない極上のエンターテイメントだ。


「ここが出口だ。……静かに降りろよ」


 案内役を買って出た男――元配管工のガントが、慣れた手つきでダクトの格子を外す。


 彼らは音もなく管理通路へと着地した。


 目の前には、無機質な金属の壁と、静脈のように張り巡らされた無数のパイプライン。


 そして、行く手を阻むように赤いレーザーセンサーが網の目のように張り巡らされている。


 侵入者を感知すれば、即座に警備ドローンが飛来し、ハチの巣にされる厳重なセキュリティシステムだ。


「おいおい、こいつは無理だろ……。アリ一匹通れねぇぞ」


 仲間のひとりが尻込みする。


 だが、ガントは鼻で笑った。


「安心しろ。この警備システムを設置したのも、俺たち5等民だ。……貴族共は知らねぇだろうが、メンテナンス用の『裏コード』ってのがあんだよ」


 ガントは壁際の配電盤を開けると、旧式の端子に自作のデバイスを差し込んだ。


 カタカタと数秒操作しただけで、目の前のレーザー網がフッとかき消える。


「へえ、やるじゃない」


 クロエが感心したように口笛を吹く。


「俺はここで三十年働いてたんだ。この施設のクセも、サボり方も、抜け道も、全部頭に入ってる。……最後は『人件費削減』とかいう理由でゴミみたいに捨てられたがな」


 ガントの声には、深い怨嗟が滲んでいた。


 彼は先へ進むよう促した。


「急ごう。中央制御室はこの先だ」


 一行は迷路のような通路を突き進み、ついに心臓部である『中央制御室』へと到達した。


 そこは、圧倒されるような光景だった。


 ドーム状の巨大な空間に、大小様々、何十万ものバルブやハンドルが壁一面、天井、床下に至るまでびっしりと並んでいる。


 パイプの中を流れる流体の音が、ごうごうと地鳴りのように響いていた。


「うわぁ……。これ、どれがどれだかサッパリね」


 クロエは目を丸くした。


 彼女はガントを振り返った。


「で、どのバルブを捻ればいいの?」


 ガントは不敵な笑みを浮かべ、迷うことなく巨大な青いハンドルの前へと歩み寄った。


「そこの青い一番大きいのが、第一区画――つまり貴族街専用の『上水バルブ』だ。何重にも濾過された、最高級のミネラルウォーターを送るやつさ」


「なるほどね。まずはそいつを止めるわけか」


「ああ。野郎ども、手伝え!こいつは一人じゃ回らねぇ!」


 ガントの号令で、工作員たちが青いハンドルに取り付く。


 錆びついた金属が悲鳴を上げ、ギギギ、ギギギ……と重々しい音を立てて回り始める。


「ふんぬぅぅぅッ!!」


 男たちの筋肉が隆起する。


 彼らの脳裏には、かつて自分たちを見下し、水を飲むことさえ制限してきた貴族たちの顔が浮かんでいた。


 その怒りがパワーとなる。


 ズンッ。


 やがて、ハンドルが完全に止まった。


 パイプを流れる水の音が、プツリと途絶える。


 これで、貴族区画への綺麗な水の供給は断たれた。


「よし、第一段階完了だ。……だが、これだけじゃただの断水だ。面白くねぇだろ?」


 ガントはニヤリと笑い、今度はその隣にある、忌々しいドブのような色をした茶色の巨大バルブを指差した。


「次に、そこの茶色のバルブを全開放しろ」


「えっ?そいつは汚水ラインじゃないのか?」


「そうだ。普段は下水を処理場へ送るためのラインだが……こいつを開けて、さらにバイパス管の逆止弁を壊せばどうなると思う?」


 ガントは悪魔のような顔で言った。


「行き場を失った下水がオーバーフローして、水圧のなくなった上水ラインに、大量の汚物が逆流して流れ込むぜ」


「うげっ、最悪!」


 クロエは顔をしかめたが、その目は笑っていた。


「最高にクールなアイデアね! やっちゃいなさい!」


 男たちは歓声を上げ、茶色のバルブを一気に回した。


 ゴボッ、ゴボボボボ……!!


 パイプの奥から、何かが激しく逆流する不気味な音が響き渡る。


「仕上げだ。……おい、ビック!出番だぞ!」


 ガントが呼ぶと、変電所に勤務していたもう一人の男――ビックが前に出た。


 彼は壁面の巨大なブレーカーボックスの前に立つ。


「任せとけ。……センサーが生きてると、汚水逆流を検知して緊急遮断弁が作動しちまう。だから、その前にシステムを殺す」


 ビックは配線を何本か引き抜き、ショート寸前の状態にした上で、メインレバーに手をかけた。


「貴族共には、ロマンチックなキャンドルナイトをプレゼントだ。……あとはここのブレーカーを全部落とせば完成だな!」


 バチンッ!!


 火花が散り、制御室の照明が落ちた。


 非常灯の赤い光だけが点滅する中、パイプの中を流れる汚濁の奔流音だけが、不気味に響き渡っていた。


 ***


 一方その頃。


 地上の第一区画、貴族街。


 そこでは、優雅な夜会が開かれていた。


 フライハイト財閥による影響で物資は不足していたが、貴族たちは見栄を張り、裏ルートで手に入れた食材で晩餐を楽しんでいたのだ。


「オホホホ!やはり新帝国の食材は美味ですわねぇ」


「全くだ。クロウごときが作ったものと認めるのは癪だが、舌だけは正直にならざるを得ん」


 シャンデリアが輝く大広間で、太った公爵がワイングラスを傾けていた。


 その時である。


 フッ。


 何の前触れもなく、全ての照明が消えた。


「なっ!?なんだ!?」


「停電か!?予備電源はどうした!」


 広間は漆黒の闇に包まれた。


 女たちの悲鳴が上がる中、公爵は苛立ちながら叫んだ。


「ええい、騒ぐな!すぐに復旧するだろう。……おい、喉が渇いた。水を寄越せ」


 彼は手探りでテーブルの上のウォーターピッチャーを探そうとした。


 だが、その時。


 会場の中央にある、女神像の噴水から、異様な音が聞こえ始めた。


 ボコッ……ゴボッ……ブシュゥゥゥゥゥッ!!!


 普段は清らかな水を湛えている噴水が、突如として爆発したかのように何かを噴き上げたのだ。


 それと同時に、強烈な腐臭――鼻が曲がるようなアンモニアと硫黄の臭いが、部屋中に充満した。


「な、なんだこの臭いは!?」


「きゃあああああッ!!な、何かベトベトしたものがッ!」


 暗闇の中で、パニックが加速する。


 噴き上がったのは水ではない。


 茶色く濁り、固形物が混じった、高濃度の下水だった。


 それが天井まで届く勢いで噴出し、シャンデリアにぶつかって、汚物の雨となって貴族たちの上に降り注いだのだ。


「うわあああああッ!!汚いッ!!なんだこれはぁぁぁッ!!」


「儂の最高級シルクのドレスがぁぁッ!!」


「口に入った!オェェェッ!!」


 地獄絵図はここだけではなかった。


 貴族たちの屋敷中のあらゆる水場――キッチン、洗面所、そしてトイレが、逆流の圧力に耐えきれず一斉に爆発したのだ。


 黄金で作られた便器からは汚水が噴水のように吹き上がり、優雅なバスルームは茶色い沼へと変貌した。


 最新鋭のウォシュレットを使っていた不運な伯爵に至っては、高圧洗浄ノズルから発射された汚水を顔面に直撃され、気絶して汚物の海に沈んだという。


「なんだ!!下水が止まらん!!!」


「臭すぎる!!!糞尿がワシの家中に飛び散った!!!」


「電気もつかない!!!暗すぎる!!!誰か、誰か助けてくれぇぇぇッ!!」


 暗闇の中で糞尿まみれになり、滑って転び、互いにぶつかり合う貴族たち。


 彼らのプライドも、権威も、全ては汚物と共に流れ去った。


 ***


 地上の惨状を、遠く離れた下層区画の通気口から眺める者たちがいた。


 クロエと、ガントたちだ。


 彼らは夜風に乗って微かに漂ってくる悪臭と、貴族街の方角から聞こえる遠い悲鳴を聞きながら、腹を抱えて笑っていた。


「貴族の屋敷から、茶色い水が滝みたいに溢れ出してやがった!」


「ざまぁみろ!俺たちが味わってきた屈辱の一割もねぇぞ!」


 互いに肩を叩き合い、涙を流して笑った。


 それは彼らが生まれて初めて味わう、明確な「勝利」の味だった。


「よくやったわね、みんな」


 クロエは満足げに頷き、彼らに向かってウィンクをした。


「君たちの活躍は、ちゃんと陛下に報告しておくわ。……さあ、ずらかるわよ。臭いがこっちまで来たら最悪だもの」


「へい!姉御!」


「どこまでもついて行きやす!」


 クロエ達の嫌がらせは大成功だった。


 この事件は後に『茶色の悲劇』として帝国の歴史に刻まれることになるが、犯人が捕まることは永遠になかった。


 クロエと協力した男たちは、闇夜に紛れ、再び下層区画の迷宮へと消えていった。


 だが、その足取りは来る時よりもずっと軽く、誇りに満ちていた。


 彼らはもう、ただの虐げられた民ではない。

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