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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第10章 新銀河帝国編

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第100話 クロエの任務

 数ヶ月後。


 かつて「銀河の心臓」と謳われた栄光の都、帝国首都星(セントラル)は、見るも無惨な姿へと変わり果てていた。


 その変化は、緩やかな衰退などという生易しいものではなかった。


 フライハイト家による「無制限TOB(株式公開買付)」と、それに続く「資産の完全引き上げ」は、この星の経済活動を物理的に消滅させたのだ。


 かつて一流企業の本社ビルが軒を連ね、昼夜を問わずエアカーが行き交っていた第一区画。


 今、そこにあるのは、墓標のように立ち尽くす空っぽの摩天楼群だけだ。


 インペリアル・インダストリー、ロイヤル・フーズ、ギャラクシー・エナジー……。


 煌びやかだったホログラム看板はすべて消灯し、割れた窓ガラスを吹き抜ける風が、ヒョウヒョウと寒々しい音を立てている。


 ビルの中身――オフィス機器、データサーバー、そしてそこで働いていた人々――は、全て新帝国へと移り去った。


 残っているのは、プライドだけが高い法衣貴族の役人がしがみつく官庁街と、薄暗い皇宮だけ。


 街からは「音」と「光」が消え、まるで巨大な廃墟のテーマパークのようだった。


 だが、そんな死に絶えた上層区画とは対照的に、地下深くに広がる下層区画には、まだ生温かい人の息吹があった。


 ただしそれは、希望に満ちたものではなく、泥のような絶望が煮詰まった空気だったが。


 下層区画の一角にある、薄汚れたバー『錆びた歯車』。


 安酒のツンとする臭いが充満する店内で、数人の男たちがグラスを傾けていた。


 彼らは全員、首に無骨な金属製のチョーカーを嵌められている。


 それは彼らが「5等民」――旧帝国における最下層労働者、事実上の奴隷であることを示す焼印であり、同時に逃亡を防ぐための枷でもあった。


「……ケッ、ざまぁねぇな」


 油まみれの作業着を着た男が、ホログラムニュースを見上げながら悪態をついた。


 画面には、食料を求めて暴動を起こす貧乏貴族たちの姿が映し出されている。


 かつては彼ら労働者を虫ケラのように見ていた連中が、今や見る影もなく薄汚れている。


「クロウ陛下のおかげで、貴族サマたちも困り果ててやがるぜ。昨日なんか、ベルナー男爵とかいう奴が、俺たちの居住区のゴミ箱を漁ってやがった」


「傑作だな。俺らをこき使うゴミがどうなろうと知った事じゃないけどな」


 向かいに座る別の労働者が、安い合成酒を煽って下卑た笑い声を上げた。


 彼らにとって、帝国の没落は最高の娯楽だった。


 だが、3人目の男――まだ若い労働者が、溜息交じりに呟いた。


「笑い事じゃねぇよ。……貴族が没落するのはいいが、俺たちの生活も限界だ。配給は止まったままだし、仕事もねぇ。このままじゃ飢え死にだ」


 彼はグラスを見つめ、遠い憧れを口にした。


「俺も……新帝国に行きてぇな……」


 その言葉に、場が静まり返る。


 それは、ここにいる全員が抱いている、しかし口に出してはならない叶わぬ夢だった。


「噂じゃ、あそこなら5等民でも一流の教育を受けられるらしいし、毎日『有機食品』も食えるんだぜ! 合成ペーストじゃなくて、本物の肉や野菜をな!」


「バカ野郎、声がデカいぞ」


 年配の労働者が慌てて制止する。


「行けるもんなら、とっくに行ってるさ。だがよ……」


 男は自分の首を、金属のチョーカーを指先で弾いた。


 カキン、と硬質な音が鳴る。


「俺たち5等民には、こいつ――『爆発首輪』が付いてる。指定区域から一歩でも出ようとすれば、センサーが反応してドカンだ。……5等民の技術者や熟練工は、新帝国が身請けして引き抜いてくれたが、俺たちみたいな単純労働者は置き去りだ」


 資産価値の低い5等民は、いまだに物理的な鎖で繋ぎ止められていたのだ。


 彼らは飼い主のいなくなった檻の中で、ただ餓死を待つしかなかった。


「クソッ……!なんで俺たちだけ……!」


 若い男がテーブルを拳で叩いた、その時だった。


 カラン、カラン。


 入口のドアベルが鳴り、一人の「異物」が入ってきた。


 この吹き溜まりには似つかわしくない、質の良いフード付きコートを纏った女性だ。


 彼女は男たちの視線を意に介さず、カウンターではなく、彼らのテーブルへと真っ直ぐに歩み寄ってきた。


「――何あんたら、新帝国に行きたいの?」


 フードの下から覗く唇が、悪戯っぽく微笑む。


 労働者たちは警戒心を露わにした。


「……誰だ、あんた。貴族の回し者か?」


「まさか。あんな貧乏人たちと一緒にしないで」


 女は勝手に空いていた椅子を引き寄せ、男たちの輪に入り込んだ。


 そして、テーブルの中央に、コトリと小さなボトルを置いた。


 それは、彼らが見たこともないほど透明度の高い、琥珀色の液体が入った酒瓶だった。


「これは……?」


「新帝国の蒸留所で作られた、最高級のウィスキー。……奢ってあげる」


 彼女の言葉に、男たちは生唾を飲み込んだ。


 新帝国。


 その単語だけで、魔法のような響きがある。


「あ、あんた……もしかして……」


「話を聞いていたわ。……行きたいんでしょ?自由の国へ」


 女は試すような視線を送る。


「ああ、行けるもんならとっくに行ってる!だけどよ、言ったろ?俺たちにはこの首輪が……」


「なら、お安い御用ね」


 女はこともなげに言った。


「外してあげるよ、それ」


「は……?」


 男たちが呆気にとられている間に、女はスッと手を伸ばした。


 ターゲットは、一番若い労働者の首輪だ。


「お、おい!やめろ!触ると起爆装置が……!」


 男がパニックになって叫ぶが、彼女は「じっとしてて」と短く命じた。


 その手つきは、まるで手品師のように洗練されていた。


 彼女は懐から、ペン型の奇妙なデバイスを取り出し、首輪のセンサー部分にかざした。


 ピ、ピ、ピ……ピーッ。


 電子音が一度だけ鳴る。


 次の瞬間。


 カシャッ。


 重々しいロック音が解除され、首輪がパカリと二つに割れて床に落ちた。


「――え?」


 男は自分の首を触った。


 ない。


 生まれた時から、ずっとそこにあった冷たい金属の感触がない。


「う、うそだろ……?これ、解除コードは軍のメインコンピューターと連動してるはずじゃ……」


「軍のセキュリティなんて、今の私のボスにかかればザルも同然よ」


 女はウィンクをして、残りの男たちの首輪も次々と解除していった。


 カシャッ、カシャッ、カシャッ。


 わずか数十秒。


 バーの中は、信じられないという沈黙と、爆発的な歓喜に包まれた。


「外れた……!外れたぞ!!」


「俺は……自由だ!!」


 男たちは涙を流して抱き合った。


 そして、命の恩人である女に向き直り、床に額をこすりつける勢いで平伏した。


「あんた……一体何者なんだ!?ただの人間じゃねぇ!女神か何かか!?」


「女神?ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 女はフードを脱ぎ捨てた。


 現れたのは、ショートカットの髪を揺らす、勝気で美しい女性――新銀河帝国諜報省大臣、クロエだった。


「私はクロエよ!新銀河帝国で働いているの。……あなたみたいな人を新帝国に亡命させるのが、今の私たちの仕事」


「新帝国の……工作員!?」


「人聞きが悪いわね。これでも立派な『大臣』なのよ?」


 クロエはニッと笑い、琥珀色のウィスキーをグラスに注いだ。


「クロウ陛下はね、あなたたちを見捨ててなんかいない。ただ、真っ当な手段で引き抜こうとすると、殺されかねないからね。こうして私が、裏口を開けに来たってわけ」


 彼女は酒を一気に煽ると、ドンとグラスを置いた。


「さあ、首輪はなくなった。逃げる準備はできてる。……でも、ただ逃げるだけじゃつまらないと思わない?」


「え……?」


「あとは、旧帝国の貴族どもへの『嫌がらせ』もね♡」


 クロエの瞳が、怪しく、そして楽しげに輝いた。


「この国はもう死に体よ。でも、まだ腐った権力が残ってる。……あなたたち、悔しくない?今まで散々こき使われて、最後はゴミのように捨てられようとしたのよ?」


 男たちの目に、暗い炎が宿った。


 悔しいに決まっている。


 恨んでいないわけがない。


 今まで反抗できなかったのは、力がなかったからだ。


 首輪があったからだ。


「俺も……貴族どもには恨みがある。親父も、お袋も、過労で死んだ。奴らに殺されたようなもんだ!」


「俺だってそうだ!あいつら、俺の妹を……!」


「なんだかよくわからないが、気に入った!あんたについていけば、あいつらに一泡吹かせられるんだな!?」


 労働者の一人が叫んだ。


「仲間にしてくれ!俺たちにできることなら、なんだってやる!」


 その言葉を待っていた。


 クロエは満足げに頷き、手を差し出した。


「なら、同志として迎え入れましょう!ようこそ、新銀河帝国諜報省直属、対外特殊工作部隊へ!」


 ガッチリと握手が交わされる。


 その手は油まみれで汚れていたが、クロエは全く気にしなかった。


 この手こそが、国を動かす力だと知っているからだ。


「手始めに、ここから一番近い変電所をダウンさせましょうか。貴族街の電気を止めて、あいつらの高級ディナーを台無しにしてやるのよ」


「へへッ、そいつはいい!俺、あそこの配線図なら頭に入ってます!」


「私は水路の管理をしていました。貴族街の下水を逆流させることも可能ですぜ?」


「最高ね!採用!」


 バー『錆びた歯車』は、一夜にして革命のアジトへと変わった。


 クロエが持ち込んだのは、自由だけではない。


 最新の通信機器、工作ツール、そして何より「誇り」を持ち込んだのだ。


 こうして、クロエは旧帝国内で着実に諜報網を広げつつあった。


 見捨てられた人々を束ね、蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下組織。


 それは、既に死にかけている旧帝国にとって、トドメを刺すための猛毒となっていった。


 誰もいない第一区画のビルの屋上で、夜風に吹かれながらクロエは呟く。


「待ってなさいよ、アーデルハイト。……あなたの足元、もう崩れかけてるわよ」


 彼女の背後には、闇に紛れて動く無数の「影」があった。


 かつての奴隷たちが、今や最強のレジスタンスとなり、新帝国の影の軍隊として牙を研いでいた。

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