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魔女の追憶

作者: 時任雪緒

敗戦国の妃であったガブリエラは、戦利品として妃に召し上げられた。

望むところだ。ガブリエラは敗戦国の王を愛していたから、復讐してやろうと乗り込んだ。

そこで出会ったのは、虐げられた第2王子。

2人の運命が交錯した。


ガブリエラ王妃は、毒婦とか傾城とか呼ばれる悪女だ。

元は他国の王妃だったが、戦争で敗戦したのち、戦利品として戦勝国のこの国に来た。

ガブリエラを見た国王は、たちまちガブリエラを気に入り妃にした。やがて正妃を廃し、ガブリエラが正妃となった。

それから数年後、第2王子がクーデターを起こし、王含めた王族の大半を処刑。

そして、彼もまたガブリエラを正妃としてそばにおいた。

新王がガブリエラを王妃にしたことで、親子で同じ女を巡っての、痴情のもつれでクーデターを起こすなんて、頭がどうかしていると、そう思って王家から離れた者も多い。国民も大いにこのゴシップに騒いでいる。




ヒソヒソと宮廷雀が囀る廊下を渡り、ガブリエラは王の寝室に入る。そこにはやせ細った若き王が、ベッドから青白い顔を上げた。


「ガブリエラ……」

「今日は顔色がいいわね」


王は力なく微笑んでいる。彼は以前から病床に伏していた。こんな状態でクーデターなどできるはずもない。それが出来たのは、今も寝室の片隅で見守る彼の侍従、影武者マリのお陰だ。


「ありがとう、ガブリエラのおかげで、私は憂いなくあの世へ逝ける」

「そう」


王の首には既に死神が鎌をかけている。彼の死後は、影武者が彼の振りをすると、既に決まっていること。


「すまない。私のせいで、君が悪く言われているんだろう?」

「今更よ。私を誰だと思っているの?」

「はは、そうだった」


毒婦、娼婦女王、傾城。色々あだ名されるガブリエラだが、彼女の正体は2000年生きる大魔女だ。

彼女が現れたこと、それは王アズライールにとって、光明だった。



ガブリエラがこの国に来て、初めて先王の前に引き立てられた時、先王を見て、この王はダメだと直感的に思った。

根拠があったわけではない。女の勘とでも言えばいいのか、経験値のなせる技か、とにかくそう感じた。


ガブリエラは大変に美しかったし、これまでのように魔法を使って先王を魅了した。

まんまと妃の一人になったガブリエラは後宮に入った。

ハレムと呼ばれる後宮には、既に妃が300人もいた。これは特別先王が好色な訳ではなく、これがこの国の文化だ。200年前と、この辺りは大して変わらない。


200年前もここに来たことはある。下級妃の生活が退屈過ぎて、以前はすぐに脱走したが、今回はそのつもりはない。


以前いた国、この国によって滅ぼされた国は小国で、貧しかった。だが、王は愛情深い人で、民にも直接声をかけ、清貧を尊び慎ましく暮らすような王だった。

ガブリエラにもいつも優しく、穏やかで温和な王を好ましく思っていた。

戦争なら当たり前だとガブリエラだってわかっている。だが、優しい彼を殺された事を恨んでいた。

だから今回は、この国を引っ掻き回してやろうと乗り込むことにしたのだ。


一応後宮に潜り込めたが、数日するとガブリエラは違和感に気がついた。

先王がガブリエラの寝室に来たのは、最初の3日だけだ。その間も魅了していたが、イマイチかかりが悪い。


(おかしいわね。それほど耐性が高そうにも見えなかったけれど)


思案したガブリエラは、使い魔を放って先王を監視することにした。


誰もが寝静まった深夜、寝室を抜け出した先王が一人向かった先は、第2王子アズライールの部屋。

その部屋で行われた所業に、ガブリエラは絶句するしかなかった。

他の妃から、嫌味ったらしく聞かされた事がある。


「陛下が真に愛してらっしゃるのは、今は亡きアクシャム様よ。あなたは物珍しいだけ」


アクシャム妃を母に持つ、アクシャム妃にそっくりなアズライール。

溺愛しているとは聞いたが、まさか実の息子を、まだ14の少年を、最愛の身代わりにしていたなんて。


先王が去った部屋で、アズライールは震えて泣いていた。様子を伺っていたらしい年嵩の侍女も、部屋に入るなり泣きながら彼の体を拭いていた。



数日して面会の叶ったアズライールは、なるほど美しかったが、覇気どころか生気も感じられず虚ろな目をしていた。

その様子を見ると酷かとは思ったが、もうガブリエラはアズライールを助けたかった。

部屋にいるのはガブリエラ、アズライール、侍従と年嵩の、あの時の侍女だけ。


「殿下。陛下のお渡り……いえ、虐待を知っているのは、彼女だけかしら」


途端、アズライールは震えだし、侍女は蒼白になる。


「ごめんなさい。偶然覗き見てしまって。誰にも言うつもりはないの。でも、力になりたいわ」


ガブリエラは侍女に向かって言った。おそらくアズライール自身よりも、アズライールを心配しているであろう彼女を引き込んだ方が早い。

侍女はアズライールを見ると、アズライールが狼狽しているのを見て、口を開いた。


「信用出来ません。ガブリエラ様に何の得がありましょうや。それに、方法などあるのですか」

「初対面だもの、信用出来なくて当然ね。メリットならあるわよ。私、ジャミル陛下を殺された事を、根に持ってるもの。その為に、わざわざ敵地に乗り込んだのよ」


ひくっと侍女が息を飲んだ。第2王子専属なくらいだ、ガブリエラが敗戦国の妃だと知っていただろう。その妃が、戦利品としてではなく、復讐の為に乗り込むなど、考えてもいなかったはずだ。


「方法ならあるわ。だって私は魔女だもの」

「魔女……まさか!大魔女ガブリエラ!」

「うふ。正解」


ついでとばかりに、魔法で室内に雪を降らせると、アズライールと侍女と侍従はまたも絶句した。ちなみに今は夏だし、この国に雪は降らない。


「そういう訳で、私はあの男に一杯食わせたいの。あなたは?」


アズライールは最初ポカンとしていたが、ガブリエラの言葉に徐々に瞳に光が戻った。


「父上に、私に近づいて欲しくない」

「他には?」

「……殺してやりたい」

「承ったわ」


満足して頷いたガブリエラは、いくつか質問するとアズライールの部屋を出た。


その後ガブリエラは、先王にかける魔法を魅了から執着に切り替えた。そうしてガブリエラに執心の内はアズライールには目が向かなかった。

その間アズライールは、ガブリエラの使い魔の力も借りながら情報収集し、少しずつ味方を増やした。

幸運だったのは、王太子である第一王子がバカ王子だった事だ。

第一王子はまんまとガブリエラの毒牙にかかり、どんどん身を持ち崩す。先王もそうだった。

そうなると、不満は先王、王太子、そしてガブリエラに向く。


そのタイミングで、アズライールが出兵した。

結果は歴史の示すとおり。

ただ、ガブリエラにとって予想外だったのは、アズライールがガブリエラを妃にしたことだ。


「馬鹿じゃないの?予定と違うわ。私を妃にするなんて!」

「わかってる。でも、お願い。そんな風に言わないで」

「……馬鹿よ……」


本来なら、王族を誑かした悪女として、処刑されるはずだった。人間の処刑などでガブリエラは死なない。死を偽装して逃走することになっていた。

それなのに、アズライールはガブリエラを妃にした。


「馬鹿よ……」

「そうかもね。でも、私の味方は、マリとヤンとジーバしかいなかった。あの日、あなたが現れるまでは」


アズライールが受けていた仕打ちを知るのは、専属侍女のジーバと、専属護衛のヤンと、侍従のマリだけ。立場上3人に出来ることは、アズライールを支える事だけで、救い出す事は出来なかった。

もちろん3人の存在は、アズライールにとっては計り知れないが、アズライールにとって、大魔女ガブリエラは、英雄だから。

それ以上に、アズライールはガブリエラに、叶わぬ恋をしてしまっていたから。


「馬鹿よ……」

「うん……わかってる。でも、形だけでもガブリエラと、夫婦になりたかったんだ」

「馬鹿……っ」

「最後のお願いだ、大魔女ガブリエラ。私の子を、産んではくれないか」

「……その代償は高くつくわ」

「命をかけるよ」

「本当に、馬鹿な子供だこと」


ガブリエラの妊娠が安定期に入った頃にアズライールは死んだ。アズライールは密葬されて、影武者のマリがアズライールのふりをした。

アズライールが、この世にいない。その時点でもう、やる気などない。


「マリ、わかっていて?」

「もちろんです。シムシェック様のお身柄だけは、守り通すと誓います」

「それで構わないわ。後継は王甥だったかしら」

「ええ、彼なら問題ありません」

「マリが言うならそうね。後は手筈通りに」

「畏まりました」



そうして、歴史は新たに動き出す。傾城に乗っ取られた国を取り戻そうと、先王の甥が挙兵し、王宮に詰めかける。

アズライールの事を思い出す。傷ついた純粋な少年。同情から助けたかった。先王への恨みもあった。

誰を1番愛していたかなんて、問題じゃない。先王さえいなければ、亡国の王もアズライールも死なずに済んだ。その先王を討ち果たした。それで十分だ。


あとは与えられた役割をこなすだけ。


「愚かな暴徒どもが、列を生して何とする!この国はわらわのものぞ!」


高笑いしながら、戦火に紛れる。もっと戦火を。もっと残酷に振る舞う王妃を。

傍若無人に振る舞いながらも、悪女とされた王妃は、戦火に消えた。





「ジーバ!」

「また泥だらけですね」


倒けつ転びつしながら駆け寄る幼子を、ジーバが抱き上げる。

あれから5年。あの国は落ち着きを取り戻し安定しているようだ。

魔女を討伐したからか、アズライールに扮したマリを討ち取ったからか、シムシェックの捜索は打ち切られたようだった。


「ジーバ殿、昼食の用意が出来たと」

「ええ。ご飯ですよ、シムシェック様」

「ごはんー!」


護衛騎士のヤンと、シムシェックを抱いたジーバが屋敷に戻る。

この屋敷は、広大な迷いの森の中にある、さる大魔女の拠点の1つだ。


「あー、きのこのグラタン!」

「ようございましたね」


シムシェックの好物だ。ハフハフしながらも、勢い込んで食べるのが可愛らい反面、ジーバは火傷しないかハラハラしている。


「フーフーなさいませ」

「フーフー、あっっつ」

「あぁ、シムシェック様!ばあやがフーフーいたします」

「ちょっとジーバ?甘やかさないで」


お玉片手に、ガブリエラが仁王立ちしている。

あの時、マリを犠牲にしなければならなかった。だがそれはマリの望みでもあり、必要でもあった。

アズライールもマリも、シムシェックを守って欲しいと願ったのだから。

ガブリエラとしても我が子だから、何があっても最優先で守り抜く気だ。

とはいえ、躾はまた別である。


「ジーバ、何度も言うけれど、シムシェックは魔法使いなのよ。性根の腐った魔法使いに育ったら、厄災扱いされて討伐されてしまうではないの」


ガブリエラとアズライールの子どもシムシェックは、魔法使いとして生まれた。2000年も生きているのだから、ガブリエラが子を産んだのは1度や2度ではない。しかし、いずれの子も人間として生まれ、ガブリエラより先に老いて死んだ。

だがシムシェックは違う。ガブリエラと同じように、これから何百年も生きていく。

魔法を使えて、長い時を生きることになるシムシェックが、甘やかされたせいで性悪になってしまったら、人間に恨まれて討伐されるだろう。魔法使いや魔女から恨みを買えば、彼らからも狙われる。

そうして死ぬ魔法使いや魔女はそこそこいるのだ。

なにしろ魔法使いというのは、他者の死を忌避する感情など、長い生の中で失っているのだから。


一応ガブリエラは大魔女なのである。ガブリエラより長生きで強い魔法使いだっているが、そういった魔法使いは大抵、人間とは関わらず、勝手に畏怖されたり崇拝されるのを放置している。

普通魔法使いというのは、人間のことがわからなくて、無視したり放置が当たり前なのだ。魔法使いや魔女は、人間を無視するのが普通だ。

だって意味がわからない。生きる時間軸も価値観も力量も異なる。あくまで別の生き物なのだ。

わかれという方が無理だろう。


それでもガブリエラは、人間が好きだった。可愛いからこそ、利用するだけして捨てることもあるし、全力で守ることもある。それはあくまでガブリエラの主観に基づくものであり、人間の中での正義とかは考慮の範疇にない。それでも、ガブリエラなりの正義や誠意に則っている。


だからガブリエラは、人間社会で生きる魔法使いの中では最古参と言える。

ガブリエラほど人間に寄り添った魔法使いもいない。

だからこそわかる。人間は醜く浅ましく、可愛らしいと。


だからこそ、覚えていて欲しい。


「シムシェック、あなたの父親はね、とても素敵な人だったのよ」


シムシェックはこてんと小首を傾げた後、無邪気に笑う。


「お母様、お父様のお話をしてくれる?」

「もちろんよ」


世間では色恋に狂った王と呼ばれた、純粋で儚い男の話を。

汚泥にまみれながらも、誰よりも高潔だった父親の話を。


「本当にアズライールは、最高に素敵で、馬鹿な男だったわ」


そんな風に嘯きながら、大魔女ガブリエラは、寂しそうに微笑んだ。


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