第7.5話 整備士私録 ― C-4ユニット観測記録
火を灯すのは、手ではなく、名だ。
整備棟の灯が落ちても、鉄の匂いは残っていた。
冷えた金属の表面には、指先の熱がまだこびりついている。
誰もいない作業台の上で、端末の光だけが静かに脈を打っていた。
報告書ではない。ただの記録。
だが、この夜をどこかに残しておきたかった。
壊れた機械のように黙って動いていた連中が、確かに“火”を持っていたことを。
──このチームの名は、ユニットC-4。
誰も完全ではないが、誰も止まらない。
それが、俺が整備士として見てきた真実だ。
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【レオ・サントス】
陽に焼けた亜麻金の髪が、いつも風をはらんでいる。
瞳は晴れた空を思わせる青。笑うたび、ほんの少しだけ色が浅くなる。
肌は浅褐色。風と訓練で焼けた温度が、いつも体のどこかに残っている。
誰よりも早く異変に気づき、誰よりも遅く休む。
冗談を飛ばすのは、場を軽くするためじゃない。
恐怖をごまかさないためだ。
人が息を詰めた瞬間に、あいつは笑う。
それで空気が戻る。チームの呼吸を整えているのは、間違いなくレオだ。
危険を察知しても退かない。
それを勇気とは言わない。ただ、自然にやる。
どんな崩落の中でも、誰かの名前を呼んでる声がある。
それがレオの声だ。
──あいつがいる限り、このチームは前に進める。
火を怖がらない奴が、ひとりいるというのは強い。
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【エルナ・ミレイス】
銀に近い淡灰の髪が、呼吸に合わせて静かに揺れる。
光を受けると、雪のように透けて見える。
瞳は灰と青のあいだ。温度を持たないはずなのに、見る者の体温を奪っていく。
沈黙の観測者。
その眼は、温度計より正確だ。
体調だけじゃなく、心の限界も測る。
無理だと一言だけ告げるとき、それはもう“手遅れ”の直前。
彼女の存在が、全員のバランスを保ってる。
誰も気づかない微妙な呼吸の乱れを、いつも先に感じ取る。
それを言葉にせず、手の動きだけで修正してくる。
優しさとは、ただの甘さじゃない。
彼女はその証明だ。
──静かな人ほど、現場では強い。
医療より早く、命を繋いでいるのは、あの静けさだ。
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【クレール・ド・ルナ】
群青の髪は光の加減で黒にも銀にも見える。
瞳は灰青。理性を濾したような色で、表情より先に状況を読む。
白すぎない肌には、常に緊張の影がある。
冷静を通り越して、静寂を纏う女。
数字の裏にあるものを読む。
報告が届く前に、現場の“温度”を察している。
計算も、指揮も、すべて必要最低限。
それでいて、誰よりも現実的だ。
クレールの声が上がるとき、それは限界の合図だ。
迷いのない言葉で全員の動きを正す。
冷たく見えても、焦りや苛立ちはその裏で全部、飲み込んでる。
怒らず、叫ばず、ただ“整える”。
──あの人がいる限り、チームは崩れない。
数値と理性で火を抑え、冷静の奥で仲間を守っている。
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【カリーム・アル=ナジリ】
黒に近い髪を短く刈り上げ、額にうっすらと汗が光る。
瞳は琥珀。
赤銅の肌に、筋の通った腕。動くたびに空気が押し返される。
体が動く前に、判断が動いてる男。
力はあって当然。だが、それ以上に“勇気の速さ”がある。
守ると決めた瞬間、迷いが消える。
あの背中を見ればわかる。力じゃなく、意志で持ち上げてる。
崩れる床でも、壊れた壁でも、先に踏み込むのはカリームだ。
それは命知らずじゃない。仲間を信じてる証拠だ。
あいつが動くと、誰かがついていく。
それで全体が動き出す。
無骨に見えて、空気の乱れに一番敏感な男。
彼が沈黙する瞬間は、必ず何かを感じ取ってる。
──動ける者が動く。それが、彼の正義だ。
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【マリア・ストヤノヴァ】
黒に紫が溶けた髪が、微かな光で艶を放つ。
瞳はアメジスト。まばたきのたび、感情ではなく計算が走る。
肌は透けるように白い。冷たい静けさを纏った硝子のような印象。
観測の鬼。理屈の化身。
最適化、効率、優先順位──
そんな言葉で、自分の感情を封じてきた人間だ。
けれど、この夜。
彼女は“想定外”を選んだ。
合理を越えて、誰かのために動いた。
命令ではなく、意思で。
その一歩が、彼女自身を変えた。
火の中で、理屈より熱を取った。
冷静さの奥に、人間の鼓動がある。
それに気づいてしまった彼女は、もう元には戻れない。
──壊れることを恐れない者は、強い。
マリアは、ようやくその入り口に立った。
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【藤崎優司】
髪は黒く、短い。
作業中に焼けても気にしないで済むように、ずっとこの長さだ。
煤汚れが落ちきらないのはもう癖みたいなもの。
たぶん、染みついた。
目の色は……鉄みたいだと言われたことがある。
冷たいのか熱いのか、自分でもよくわからない。
ただ、火を見るたびに、少しだけ落ち着く。
両手には、小さな焼け跡がいくつか残っている。
あんまり気にしてない。
これでしか動かせないものが多いから、仕方ない。
……こうやって書くのは、少し気恥ずかしいな。
でも、整備士の記録ってのは、嘘をつかない方がいい。
たぶん俺は、このチームの歯車を焼きつかせないためにいる。
誰かの動きが止まったら、回転を繋ぎ直す。
それが俺の仕事で、たぶん生き方でもある。
壊れたものは、直せばいい。
止まったなら、もう一度動かせばいい。
命も、関係も、火も。
俺の火は小さい。
けど、誰かが動けば、自然と灯がつく。
それで十分だ。
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端末を閉じる。
指先に残る金属の冷たさが、まだ熱を覚えている。
誰も寝ていない。
誰も何も言わない。
それでも明朝には、また全員が動く。
整備棟の外で、夜の終わりが白んでいた。
冷たい空気の中で、誰かが小さく笑った気がした。
──修理も、和解も、同じだ。
壊れることを恐れるより、もう一度“動かす”方を選ぶ。
何が待っていようと、もう迷わない。
俺たちは、同じ火の下で立てる。
このチームなら、それを成せる。
何度でも。
……記録、以上。
明日はまた、動く。
──
【整備士私録 No.7.5/記録完】
呼び方ひとつで、世界は少しだけ動き出す。
……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、
星をそっと置いてもらえると、うれしいです。
……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。
【整備ログ No.007.5】
整備士私録、記録完了。
各員の行動特性および信頼パラメータを更新。
観測対象“C-4”ユニット、臨界下における結束反応を確認。
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