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グラクラ(Glavity:Craft) ―壊れた世界でも、俺は作り続ける―  作者: はちねろ


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第58話 光の守り手

光は、恐れを遠ざけるためにある。

 夜が、ゆっくりと溶けていった。

 青灰の光が洞窟の口を染め、冷たい湿気が鉄を撫でる。

 三本の監視柱が並び、淡く白い光を返していた。

 ──ただし、一番左の光だけが戻らない。


 風が鳴った。

 草の先で露が震え、地面の奥で鉄が低く響く。

 夜を貫いた緊張が、まだ地を離れていない。


 誰もすぐには動かなかった。

 吐く息だけが、白く揺れた。


 カリームが短く言う。

「……右を確認する。レオ、左を」

「了解」


 レオは岩陰を回り込み、足音を極力殺して進む。

 優司は全体が見渡せる位置に立ち、背後の動きを警戒した。

 風の流れ、影の揺れ――どれも変化はない。


 レオが低く合図する。

「右、異常なし」

 続いてカリームの声が重なる。

「左もクリアだ」


 優司が全体を見渡し、短く息を整えた。

「……クリア。レオ、カリーム――周囲を確認して。

 マリア、クレールは後方の視界を維持。異常があれば即座に報告を」


 声は静かだったが、一言ごとに温度が下がっていく。

 部品を組み直すように、全員の動きが噛み合った。

 威圧はない。けれど、従うことが自然と思える“正確さ”があった。


 その言葉と同時に、優司は腰のスリングを静かに持ち上げた。

 わずかな動きに呼応するように、空気が締まる。

 後方のマリアも掌で石の重さを確かめ、構えを取った。

 隣のクレールも同じ姿勢で、視線だけを滑らせる。

 息づかいが、音を奪うように止まった。


 レオはしゃがみ、慎重に柱の根元へ近づく。

 濡れた地を踏むと、冷たさが靴底を通して伝わった。

 光の届かない影に手を伸ばす。

 指先に、硬い感触が触れた。


 それは、細く歪んだ金属片だった。

 焦げた表面に、血のような赤錆がこびりついている。

 指の中で砕け、黒粉が掌に広がった。


「……叩き込まれたな」

 低い声が、朝の冷気に沈む。

 その一言で、他の者たちが静かに外へ出てきた。


 レオは拳を握り、焦げた破片を見つめた。

 “守るための灯”を壊された――その事実だけが、胸に残った。


「叩き込まれた?」クレールが眉を寄せる。

 レオは金属片を掌にのせ、光へかざした。

 縁が焼け、表面が歪んでいる。

「押し潰されたんじゃない。打ち抜かれてる。……裏が凹んでる」

 指で示された跡に、赤茶の粉が滲んでいた。


 マリアがしゃがみ込み、視線を落とす。

「電源系は? 焼けた痕がない?」

「ない。ケーブルは生きてる。出力も正常値」

 クレールが端末を操作しながら答える。

 光の反射が彼女の頬をかすめ、数値が流れた。


「……じゃあ、外からの衝撃か」

 マリアの声が、かすかに震えた。

「内部ショートじゃ説明がつかない」

 彼女は焦げ跡を照射線に重ね、角度を追う。


 カリームが周囲を見渡す。

「手で投げたんなら、ずいぶん飛ばしてるな」

「手じゃない」マリアが即答した。

 端末の画面を見つめながら、短く言う。

「速度……風より速い。飛翔体よ」


 沈黙が走る。

 その言葉を、誰もすぐには飲み込めなかった。

 クレールが顔を上げた。

「つまり、狙われたってこと?」

「そうなるな」レオの声が低く返る。

 風が柱の影を揺らし、焦げた匂いが鼻を刺した。


「石か、鉄か……いや、鉄ならもっと深い痕になる」

 カリームが腕を組み、柱を見上げる。

「浅い……投石だ」

 その瞬間、空気が締まった。


 マリアが唇を結び、視線を外に投げる。

 端末を握る指先が、わずかに沈んだ。

「じゃあ、“誰かがここを狙った”ってことね」

 言葉より先に、空気が震えた。


 優司がようやく口を開く。

「……確認しにきた奴がいる、ってことだ」

 その声に、全員の視線が集まる。

 夜明けの光が二本の柱を照らし、一本だけが沈黙していた。


 レオは視線を落としたまま、短く息を吐く。

「監視にきてる、ってことだよな。明るくなったら確認する」

 その声に、全員の視線が一瞬だけ交わった。


 低く、鉄の底を叩くような声。

 その一言で、全員の胸がひやりと凍る。

 風が止まり、音が消え、朝が音もなく訪れていった。



 陽が完全に昇ったころ、拠点の前には全員が集まっていた。

 薄く乾いた風が、夜の匂いをまだ残している。

 沈黙のまま、誰もが同じ一点――壊れた柱の根を見つめていた。


 クレールが端末を開き、情報を入力する。

「衝撃痕の角度、地面からおよそ一・六メートル。……投げ込まれた形跡ね」

 数値が淡く浮かび、岩の影を照らす。


 レオがしゃがみ込み、指先で地面の小石を転がす。

 掌に残った石を見つめ、静かに言った。

「やっぱり投石だ。丸く削れてる。ぶつかった瞬間に熱で割れたな」

 焦げ跡の縁が、陽に照らされて赤く光った。


「つまり、誰かが狙って放った」

 カリームの声が、低く地を這う。

「偶然じゃねぇ。こっちを見てやってる」


 沈黙が続く。

 遠くで、風がひとすじ鳴った。

 優司が手元の端末を閉じ、柱を見上げる。

「姿を見られずに攻撃できる。……厄介だな」

 その声に、空気が重く沈んだ。


 マリアが周囲を見渡す。

「斜面からなら射線は通る。でも、夜間の視界であれを狙うのは難しい」

「暗闇に慣れてるやつだ」レオが答える。「俺たちとは違う“目”をしてる」


 エルナが、静かに森の方へ歩き出した。

 カリームが気づき、後ろから追う。

 湿った土を踏む音だけが続いた。


 エルナがしゃがみ込み、指先で土を押さえる。

「見て。ここ」

 朝光に照らされた足元に、浅い沈みが残っていた。

 形は明らかに――“踏み跡”だった。


 カリームが息を詰める。

「動物じゃないよな?」

「違う。重量が均一。足の形が……ミナに近いかも」

 エルナは膝をつき、周囲を見渡した。

「一歩分だけ。そこから後は残ってない。……投げて引き返したのね」


 マリアの視線が鋭く動く。

 クレールが静かに頷いた。

 あの夜の気配が、再び背中に張りつく。


 沈黙が、長く続いた。

 その静けさを破ったのは、クレールの短い一言だった。

「──今夜は照明を切る。これ以上、位置を晒すわけにはいかない」

 誰も反対しなかった。


 光を落とすという決断は、恐れではなかった。

 それは、次に備えるための静かな合図だった。


 クレールが端末を閉じた。

「夜までにやることを整理しましょう」

「いつも通りだな」カリームが短く言う。

 レオが頷いた。「罠も点検しておいた方がいい」

「柱の解析は継続。……日中は各自、持ち場で動いて」マリアがまとめる。


 優司が静かに言った。

「夜になったら、改めて話し合おう」


 その一言で、空気が少しだけ落ち着いた。

 “恐れ”よりも、“整えるための一日”がそこにあった。


 カリームは外で鉄片を叩いていた。

 炉の奥で、赤い熱が脈を打つ。

 叩くたびに乾いた音が響き、夜の気配を少しずつ追い払っていく。


 レオとマリアは森の入口にいた。

 足元の苔が湿り、朝の光を鈍く反射していた。

 罠の跡の水溜まりが、小さくきらめく。

 小さな羽根が落ちていた。

 マリアがそれを拾い、レオが頷く。

「……動いてるな」

「ええ。仕掛けを増やしたい。カリームに枠と留め具を頼んでおくわ」


 優司とクレールは、柱を調べていた。

 焦げた跡を見つめ、端末に数値を入力する。

 優司がケーブルを外し、クレールが角度を測る。

 沈黙の中で、手の動きだけが確かだった。


 エルナは洞窟の奥にいた。

 ミナは毛布にくるまり、浅い寝息を立てている。

 鍋の中では、薄く切った鳥兎の肉が静かに泡を立てていた。

 保存食のスープに混ぜた香りが、湿った空気に溶けていく。

 エルナはかき混ぜながら、ミナの頬の色を確かめた。

 端末に短く記録を残し、ふと鍋の泡をすくう。

 湿った空気に、温かな匂いが静かに広がった。


 誰も言葉を多くは交わさない。

 それでも、全員がそれぞれの場所で“次”を考えていた。


 日が傾き、洞窟の口が赤く染まりはじめる。

 風がわずかに強まり、外の光が岩の壁を照らした。

 金属の表面が、淡く白く光る。


 優司が工具を置き、静かに言った。

「……集まろう」


 その一言で、全員の手が止まる



 端末の灯と光苔が揺らぎ、全員の顔を薄く照らしていた。

 優司が端末を閉じ、短く息を吐いた。

「……これじゃ防御にもならないな」

 マリアが腕を組む。

「光そのものは正しい。でも、ここじゃ“光ること”が危険になる。……利点が、弱点に変わってるのよ」

 レオが頷いた。

「同じ光を狙われたら意味がねぇ。何か変えなきゃな」


 クレールが画面を指でなぞり、照射角を示した。

「傘状にすればいい。斜めにして、直接狙えないように」


 マリアがすぐに反応する。

「反射板を内側に。光を散らせば照度は落ちない」

「なるほどな」レオが頷く。

「狙う角度が限られる。斜面の陰から投げようとすりゃ、姿を晒すことになる」


 カリームが腕を組み、柱を見上げた。

「……つまり、向こうが狙うには、一度は“出てこなきゃならねぇ”ってわけか」

「そう」クレールが短く返す。

「こっちが“見られない場所”にいる限り、安全は取れる」


 マリアが唇に手を当て、静かに考え込む。

「でも、ずっと光ってたらまた的になる。常時点灯はやっぱり危険ね」


 短い沈黙。

 優司が指を組んだまま、視線を落とす。

「なら、常時点灯をやめるしかないな。……必要な時だけ光る仕組みにしよう。センサー制御に切り替える」


 クレールが頷いた。

「反応式にするのね。異常があったときだけ光る」

 マリアが眉をひそめる。

「でも、反応しすぎたら混乱する。風や虫でも点くようじゃ落ち着かない」

 レオが首を傾げた。

「だったら、感度を落とせばいいんじゃないのか?」

「感度を落とせば、今度は敵を見逃すわ」マリアが即座に返す。

「……どっちに転んでも不安定ね」クレールがため息をつく。


 優司が顎に手を当て、静かに言った。

「つまり、“人が見てる”みたいに、状況を判断できる精度が必要ってことだ」

 カリームが肩をすくめる。

「そんな芸当、できるわけないだろ」


 そのとき、クレールの声が静かに入った。

「……無理じゃないかも。簡易AIを使えばいける」

 視線を端末に落としたまま、マリアに目を向ける。

「マリア、制御系を組める?」

「理論上は。エルナの生体データも使えれば、精度は上がる」


 全員の視線が自然とエルナへと集まった。


 彼女は淡々と続けた。

「動体のパターンを学習させる。風や生物、飛翔体を区別できれば、誤作動は減る」

 マリアが腕を組みながら頷く。

「……なるほど。単なるセンサーじゃなく、“考える目”にするわけね」

 レオが笑った。

「そいつが見張りの代わりってわけか。悪くない」

 クレールが端末に指を走らせる。

「熱源・質量・速度の三要素を取れば、データは足りる」

 優司が短く息を吐き、頷いた。

「よし。それでいこう。AIに“見張り”を任せる」


 しばしの沈黙が落ちた。

 それは安堵でもあり、緊張の余韻でもあった。

 誰もがそれぞれの頭の中で、今後の作業手順を組み立てていた。


 その静けさを破るように、エルナの声が落ちる。

「……ミナが昨夜から、睡眠反応を乱している」


 誰も言葉を挟まなかった。

 静かな声が、洞窟の奥でわずかに響く。


「過敏反応。呼吸リズムも早い」

 視線は変えず、指先だけが端末をなぞる。

「原因は、恐怖の再認識。……“過去の記憶”と結びついた可能性がある」


 ──全員が息を呑む。



 少しの沈黙。

 エルナが息を吸い、声を整えた。

「つまり、また狙われれば、同じ症状を繰り返す」

「……だから、撃ち返す構造を入れるべき。

 “恐怖”を与えない環境を維持するために」


 優司が頷き、マリアが端末を閉じる。

 静寂がひと呼吸だけ落ち着いたあとで、

 エルナが小さく、ほとんど独り言のように続けた。


「……それに、寝不足は成長に悪いのよ」

 一瞬、空気が止まった。

 全員の視線が、同時にエルナへ向く。

 彼女は一拍だけ固まり、わずかに頬を引きつらせた。


「べ、別に……その、医療的な意味で言ってるだけ」

 言葉の途中で視線を逸らし、端末をぱたんと閉じる。

 耳の先まで、わずかに赤い。


 マリアが眉を上げる。

「ふふふ。医療的、ね」

 わずかに笑いを含んだ声。

 その軽さに、空気が一瞬だけ緩む。


 エルナは小さく息を吐き、指先で端末をなぞった。

「……はぅ。……もう話を戻すわ」

 わずかに声が震え、それでもすぐにいつもの冷静さへ戻っていく。



 その目の光が、先ほどまでの照れを完全に消していた。

 指先が光をなぞる。

「撃ち返す。飛翔体を感知したら、同時に反応。

 向きを解析して、空気圧やバネの構造で打ち返す。……そんな単純な反射よ」


 端末に描かれた構図が光の中に浮かぶ。

 それは、攻撃ではなく、“脅し返すための仕組み”だった。


 レオが低く笑う。

「なるほどな。パチンコみたいに返してやるってわけか」

 エルナは一瞬だけ彼を見た。

「……そう、原理は同じ」

 そこで小さく息を吐き、ぼそりと続ける。

「それに、びくびくしてたら脳が休まらない」

 全員が一瞬だけ動きを止める。


 レオが口の端を上げた。

「へぇ、寝不足は成長に悪いってやつか?」

「違うわ。……医学的な話よ」


 マリアがすぐに笑う。

「ふふ、さすが医療班。指導が細かいわね」

「患者には細かく説明するのが基本なの」


 カリームが肩をすくめた。

「おれも寝ないと怒られそうだな」

「怒るんじゃなくて、注意するの」


 クレールが端末から目を離さず、さらりと続ける。

「……つまり、全員の健康管理も兼ねてるってことね」

「…… あとで診察料つけておくわ」


 わずかに笑いが起こる中、優司が静かに口を開く。

「医療的に正しい。……全員、今日は成長のために早めに寝るしかないな」

 その瞬間、空気が緩んだ。


「……優司まで。ほんとにもぅ」

 エルナは頬をかすかに染め、端末の光を切った。


 短い笑いが弾け、すぐに静けさが戻る。

 それでも、その夜の拠点には、微かな笑いの温度が、まだ残っていた。



 笑いの余韻が落ち着くころ、優司はその光景を見ながら、工具を指先で転がした。

「……まずはライトの傘状の作成だな。それに並行してセンサーだ」

 誰もが、笑いの名残を残したまま顔を上げる。


「光を“守る”には、気配を読む仕組みがいる。

 簡易センサーで動きを拾って、ライトを点ける。

 それが安定したら──簡易AIを組み込む。

 判断を任せられるようになれば、次は……バネ式の反射装置だ」


 レオが口の端を上げる。

「手動なら俺たちがスリングで返した方が早いな」

 カリームが笑い、肩をすくめた。

「だな。けど、機械に任せられりゃ寝てても撃ち返せる」


 優司は短く頷く。

「理想の話だ。……今は“狙われにくくする”。そして、“見えるようにする”だけでいい」


 クレールが頷き、マリアが新しい線を引く。


 エルナは一度だけ目を伏せ、照れ隠しのように小さく咳をした。


 ──“戦う”ためじゃない。


 “怯えさせないために作る”


 ──そのための朝が、静かに始まっていた。


灯りを作ることは、戦うことよりも難しい。


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえると、うれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.058】

監視柱の破壊を確認。外部からの投射体による攻撃と推定。

新たな照明構造および簡易AI制御の導入計画を起案。

目的:防衛ではなく、“恐怖を減らす”ための構造体の構築。

この試みの行方を見届けたい者は、“ブックマーク”への登録を推奨。

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