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グラクラ(Glavity:Craft) ―壊れた世界でも、俺は作り続ける―  作者: はちねろ


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第42話 火種の設計図

はじまる音だけが、まだ火の手前にいる。

 鉱石の擦れる音が、通路の奥から微かに響いた。

 石材を踏む靴音と、袋の布にこすれる乾いた粉の音──音の温度が、ゆっくりと拠点に戻ってくる。


 クレールはタブレットに触れた指を止め、顔は上げずに視線だけを動かす。

 出入り口の影が揺れ、空気がわずかに動いた。


 レオが肩の荷を降ろす。ごとり──と、重く低い音。袋の中には、赤みを帯びた鉱石の塊。

 カリームが道具袋を外し、迷いなく手を動かす。無言だが、動作に余裕がある。


 マリアはすでにしゃがみ込み、袋の中から試料を選び始めていた。

 鉱石、粘土片、黒い繊維──どれも、回収済みのタグ付き小皿へ静かに移されていく。


 優司が工具棚に寄り、計測器とタブレット端末を手に取った。

 装置の裏を指先でなぞり、検査用の固定台を片手で引き出す。動きに無駄はない。


 誰も、言葉を発さない。

 けれど、その空気には確かに──“動き始めている”手触りがあった。


 壁際では、ミナが無言のまま座っていた。

 動かない。けれど、目だけが静かに追っている。

 そこに流れる何かの温度を、指先ではなく“肌”で測るように。


 クレールが視線をタブレットへ戻し、数秒の間を置いてから、短く言った。


「……じゃあ、見せて」


 レオが袋を傾けると、金属の皿に鉱石が滑り落ちた。

 ひとつは赤錆びた表面に光沢を宿し、もうひとつは層をなすように黒く、繊維質を挟んでいる。


 マリアはすでに端末を起動していた。

 センサーをかざし、波長の初期反応を確認する。目の動きが、わずかに止まる。


「……反応あり。でも──なんか変」


 マリアが眉を寄せる。

 表示された波形グラフが途中で乱れ、読み取りデータが跳ねていた。


「……測定ミスか? センサーの不調かも」


 レオが覗き込む。

 カリームが口を開きかけた、そのとき──


「違うと思う」


 澄んだ、けれど低い声。

 誰も気づかないうちに、エルナがいた。

 すでにタブレットを片手に、検出ログを表示していた。


 彼女は何も言わず、マリアの隣に歩み寄る。

 手元の画面には、医療ユニットの残存データ──焼傷痕に付着していた未確認物質のログ。


「これ、医療側で見たことがある。……焼けた蔓に混ざってた鉱石。粘膜に付着して固まってた」


 数秒、空気が止まった。


「温度で溶けて、冷えると硬化する。

 粘性が出るのは、“火”が入ったあと」


 マリアが視線を上げた。

 それは、彼女のログにはなかった視点。

 医学の記録と、加工の可能性が、初めて交差した瞬間だった。


「つまり……これ、“加工できる鉱石”の可能性があるってこと?」


 エルナは小さく頷く。それ以上は語らない。

 言葉ではなく、事実だけがそこに置かれる。


 マリアが一度だけ目を細める。

 すでに、思考の内部でいくつもの工程が立ち上がっていた。


「……そういう可能性あるかも。

 なら、一度、加熱試験で軟化温度を調べてたほうがいいわね」


 その一言で、場の空気がわずかに変わった。

 静けさの中に、熱の前段階──“予熱”のような緊張が走る。


 クレールがタブレットに指を置いたまま、ゆっくりと顔を上げる。

 マリアの言葉が、思考の芯を静かに射抜いていた。


「……じゃあ、一度まとめましょう」


 言葉に装飾はない。ただ、全員の思考を“次の段階”へと導く重みがあった。


「必要なもの、足りないもの。できることと、できないこと」


 視線が交差する。誰も異論を挟まない。


「まず、“加熱環境”ね。今の仮設炉じゃ、温度も安定しないし、試験も限られる。──加工炉が必要。これはもう、確定でいいと思う」


 数秒の静寂が落ちる。


 反応したのは、レオだった。

 工具を拭っていた手を止め、肩越しに言う。


「……確かに必要だとは思う。でも、燃料はどうする?

 今の熱源じゃ、焼き入れどころか、釘一本まともに通せないぞ」


 クレールは頷く。

 肯定でも否定でもない。事実として、正面から受け止めるだけの目だった。


「だから、それも含めて考える。“使える熱”と“使える素材”のバランス。

 一度に全部じゃなくて、“段階的に整備する工程”で対応する」


「段階的って……どこまで分けられる?」


 カリームが工具の柄を軽く転がしながら、低く問いかける。


「炉の基礎、覆い、空気口の確保──それと、燃焼室。

 分けるなら、三段階。でも、燃焼制御だけは誤魔化せない」


「……風洞が要るな。強制送風の仕組みも、何かしら」


 ぽつりと漏れたその声に、すぐ別の言葉がかぶさる。


「熱制御なら、小型の電送ユニットを分解してみる。

 点火系と組み合わせれば、ある程度は応用できると思う」


 マリアだった。

 その視線は、すでに回収済みの機材へと向けられている。


 誰も否定しない。

 目の前で、構想がかすかに“図”を持ちはじめていた。


 クレールは指をすべらせ、画面上に新しいウィンドウを展開する。

 設置候補地の構造図。拠点内の空間利用計画──プロジェクト扱いへの切り替え。


「構造、素材、設置場所。順番に詰める。

 その上で、“今ある資源で何が作れるか”を再整理しましょう」


 言葉は静かだが、すでに“次の段階”へ入っていることを明確に告げていた。


 ──そのとき、マリアがふいに言葉を落とす。


「火力の問題を解決しないと、炉の意味がない」


 視線は動かさず、手元で素材の検証を続けながら、確かな声で言う。


「粘土の軟化点は、おそらく七五〇度以上。

 苔を燃やすくらいじゃ、そこまでは届かない」


 沈黙が流れる。

 クレールが小さく頷き、画面に目を落とした──その横で、短く声が落ちる。



「……酸素だ」

 優司の声が、わずかに低く落ちた。

「拠点の奥。苔の群生地帯を越えたさらに先──空気の密度が異常に高い」


 クレールが視線を上げる。


「測ったのか?」


「ああ。スーツの外気センサーで。一帯が“酸素濃度の層”になってた。──空気じゃない。あれは、燃えるための“気体”だ」


 レオが眉をひそめる。「どのくらいの範囲だ?」


「断言はできない。でも……少なくとも、数百メートル。地形の構造的に、そこに酸素が“溜まりつづけている”。植物が生み続けて、風が届かない地形に滞留してた。まるで、呼吸のない神域だった」


 一瞬、空気が固まった。


 マリアが、静かにタブレットを閉じて口を開く。

「つまり……それを使えば、“火”の段階が変わる」


 優司が頷く。「ただし、扱いを間違えれば、“爆発”で終わる」


 マリアが短く息を吐いた。

「……それなら、なおさら慎重に扱う必要があるわね」


 空気が動く。

 だが、その変化の中でカリームが眉をひそめた。


「ちょっと待て。それ、もし送風が止まったら……逆流して、炎が奥まで行くんじゃないか?」


 誰も即答しない。

 張り詰める沈黙が、酸素層と火の接触を想像させる。


「……酸素で加速した炎が苔に触れたら、一瞬で回る」


 クレールが小さく呟く。

 その声には、言いようのない現実味が宿っていた。


「最悪、酸素層ごと爆ぜる。拠点ごと、無傷じゃ済まない」


 ミナの指先が、膝の上でぴくりと震えた。

 それでも、彼女は黙っていた。


 一拍の間。


 ──その中で、優司がぽつりと呟く。


「風があるときだけ、開いてる構造にすればいい」


 優司の言葉に、カリームが目を細める。


「……どういう意味だ?」


「圧で押されて開く。圧がなくなったら、自然に閉じる。

 風があるときだけ開いて、止まったら閉じる。逆流を防ぐための“蓋”だ」


 簡潔な説明だった。だが、空気が変わった。


 レオが息を飲む。


「──それ、弁か」


 優司はうなずいた。


「単純な構造でいい。

 風の通り道に板を立てる。風の圧で押し出されたときだけ開き、

 圧が抜ければ、板は元に戻って閉じる。……素材は、薄くて反発のあるもの」


 カリームが膝を打った。


「なるほどな。風圧と素材の反発だけで動くなら、機械仕掛けじゃなくても十分だ」


「何枚か重ねておけばいい。途中で一枚止まっても、残りが閉じる。

 順に閉じていけば、酸素が火に向かう前に“流れ”が止まる」


 クレールが、ゆっくりと頷いた。


「風の通り道を分割して、弁を順に配置すれば……“安全層”として働くわね」


 その目はすでに、タブレットの図面を開きながら工程を思考している。


「素材は……粘土板の裏に蔦を編み込む。

 反発性が足りないなら、焼成時に蔦の芯をわざと残して、形状記憶的に戻す構造を使えるかもしれない」


 その説明に、ミナが視線だけをそっと上げる。


 誰も気づかなかったが、彼女の目はごくわずかに揺れていた。

 それは、空気の“変化”に触れた時の、ごく微細な反応だった。


 マリアが、ふっと口元に指をあてる。


「……それなら、炉の“入口”にも同じ仕組みを入れられる。

 もし逆流が起きても、途中で酸素の流れが途切れれば、炎は続かない」


「弁を作る。まずはそこからだ」


 レオが立ち上がる。

 声は低いが、芯が通っていた。


「先に実験する。風圧でどこまで開閉するか、素材が持つかどうか……それを見てから、火を使う」


「逆。順番は守る」


 クレールが言う。

 目はタブレットから離さず、淡々と。


「炎は、“最後”にする。──工程として、そう決めるわ」


 場の空気が、わずかに緩んだ。

 “制御できる可能性”が、ひとつの形になった瞬間だった。


 その変化を感じながら、マリアがゆっくりと指を動かす。

 端末の端をなぞりながら、淡々と続ける。


「……それで、火力が足りる前提で考えるとして」


「高温を出せても、それを“維持”する手段がないと意味がない」


「点火制御には、電送ユニットを使う。

 小型のやつなら分解できるし、電熱部を抽出すれば点火装置の代用になる」


 クレールが短く問う。「電熱線系?」


 マリアが頷く。


「通電時だけ加熱される構造だから、過熱を避けられる。

 あとは、断熱と遮熱。……内壁処理ができれば、内部温度は維持できると思う」


「粘土と繊維を重ねた層構造なら、空気層を残せる」


 優司が静かに言う。


「蔦を中に編み込んで焼けば、中空構造になる。

 断熱と強度を両立できる可能性がある」


 マリアが少し目を細めた。


「……いいと思う。熱が排出される構造を前提に作れば、

 内圧の上昇も抑えられる」


 カリームが腕を組んだ。


「おいおい。なんか急に、それっぽくなってきたな……」


 レオが肩を竦める。


「夢物語じゃなくなってきたな。──やるしかねぇか」


 その声に、ミナがまた、瞬きをひとつ重ねた。


 クレールがタブレット上の図面を閉じ、まっすぐ前を見た。


「……加工炉の設置、進めましょう。

 試験装置からでいい。“火力”“制御”“安全”──それぞれを工程としてまとめて、実行できる形にする」


 その声に、全員の視線が、一瞬だけ重なった。


 誰も声を上げないまま、自然と視線が交わった。


 それぞれの役割が、言葉を交わさずとも浮かび上がる。

 誰がどこを担い、何から手をつけるか──それはすでに、この空気の中にあった。


 優司が、手元の素材箱を引き寄せる。

 粘土片と乾いた蔓を並べ、弁の素材となりうる厚みを指先で確認した。


 クレールは画面上にチェックリストを開き、整備項目をひとつずつ並び替える。

 “安全弁試作”が、プロジェクトの最上位に浮かび上がった。


 マリアは鉱石の反応を再確認しながら、手元の端末に別のタグを呼び出す。

 古いパーツリスト。電送ユニットの廃部品──加熱素子の取り出しが可能な機種のデータだ。


 レオは腰を上げ、壁際の棚に目をやる。

 蓄熱素材になりそうな板材が何枚か残っていた。

「どうせなら」と呟くように、それをひとつ持ち上げた。


「よし……。加工ベースは、こいつで試してみるか」


 カリームも隣で立ち上がる。


「クレール、弁の風圧試験はどこでやる?」


「小部屋の通路前。──あそこなら火を使わない限り、密閉性も保てる」


「了解。風の通りも確かめられるな」


 準備が進みはじめた。


 工具の音はまだ響かない。

 だが、いま確かに“作る”という意志だけが、拠点の中心に集まっていた。


 誰も大きくは動かない。

 けれど、その場にいた全員が、かすかな“変化の入口”を感じ取っていた。


 何かが始まりかけている。


 それは、ただの炉ではない。

 ここから先の“技術の火種”だ。


 ミナは、壁際にじっと座っていた。

 誰よりも動かず、誰よりも静かに、空気の動きを聞いている。


 視線は会話に向かない。ただ、手の中に尻尾を抱きながら──

 ときおり、わずかに耳を伏せていた。

火はまだ届かない。けれど、誰も止まろうとはしなかった。


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえると、うれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.042】

拠点内にて、新型加工炉の工程構築フェーズへ移行。

初期課題は燃焼制御・酸素逆流対策・素材断熱構造に分類。

この火種が拠点の未来を変えると予測されるため、“ブックマーク”への登録を推奨。

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― 新着の感想 ―
最新話までゆっくり読んで追いつきました! 絶望的な状況の中で、工夫と技術を積み上げて、拠点づくり、人間関係の構築、じっくり進めていって、まるで私もサバイバルに参加しているようでした。 更新楽しみにして…
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