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グラクラ(Glavity:Craft) ―壊れた世界でも、俺は作り続ける―  作者: はちねろ


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第26話 静寂に刻む密やかなる夜

決断の静けさは、始まりを隠していた。

 エルナの声に、端末のウィンドウが連動して変化した。解析結果のスクロール。だが、そのどれもが「即時移住は不可能」と暗に告げている。


 レオが息をつく。「……決め手は、ない。でも――決めなきゃ、前に進めないな」


 マリアは壁にもたれたまま、何も言わない。だがその視線は、一点だけを静かに追っていた。クレールの指先──スクリーンに落とされた彼女の判断の動きを。


 決断を下すのは、まだ先だ。だが、この“答えがない”という現実こそが、最初の選択だった。


 静寂が、機械の(きし)み音に飲まれていく。


 誰もが答えを持たず、それぞれの胸に“決めきれない現実”を抱えていた。

 そのときだった。


「……ロケットって、動かせるのか?」


 (つぶや)いたのは、カリームだった。深く考えていたというより、ぽろりと落としたような口調だった。


 クレールが瞬きを一度して、視線を向けた。「何を言っているのか、分かってる?」


「いや、理屈は知らねぇ。けどよ──動かすしかねぇなら、動かせるようにするしかないだろ」


 レオが小さく笑った。

「正論だな。無茶だけど、正しい」


 マリアが壁に寄りかかったまま、眉を動かさず言う。

「理論的には不可能ではない。ただし……質量が問題」


「ロケットの構造体そのものは、移動には耐えるはず。ただし、現行の地盤では車輪をつけることはできない」

 今度はエルナが、静かに言葉を継いだ。「……滑車とローラーがあれば、“押す”のではなく“転がす”方向に重心を変えられるかもしれない」


「……やってみる価値はある、ってことか」

 レオが腕を組み、ロケットの外壁を一瞥(いちべつ)する。


「ただし、丸太がいる」

 カリームが言った。「ごついやつを、山ほどな」


「切るのも運ぶのも、ただじゃ済まないぞ」

 マリアが警告のように言ったが、レオは首を振った。


「でも、やるしかない。ここに残れば、火に飲まれる。それだけは確かだ」


 少女がその声に、ふと目を向けた。

 毛布の影から(のぞ)くその視線が、静かに空気を変える。


 クレールがひとつ、深く息を吐く。


「なら……仮に、動かせるとして。その前提で、各候補地の再検討を始めましょう」


 誰も異論を挟まなかった。すでに、現実は背を向けてはくれない場所にある。


「必要なのは、丸太と──」

 エルナが言いかけたときだった。


「滑車は、ある」


 低く、静かな声だった。

 視線の先には、立ち上がった優司の姿。


 すでに彼は、端末を開いていた。滑車装置と固定架台、そして丸太との摩擦係数を示す数式が、画面に並んでいた。


「設計だけは……昨日(きのう)から考えていた」

 そう言ってから、優司は端末の画面をひとつ横にスライドさせる。

 そこには、簡素な構造ながらも実際に再現可能な「滑車台車」のモデル図。


 カリームがそれを覗き()み、眉を上げた。「これ……作れるのか?」


「精度は落ちる。ただ、引きずるよりはマシになる」


 レオがその言葉に、短く息を吐くように笑った。


「じゃあ、切ってくるよ。丸太、だろ?」


 誰も止めなかった。誰も、否定しなかった。

 もう、動き出すしかなかったからだ。


 翌朝。


 冷えた空気の中、森の縁に一人(ひとり)、立っていた。

 レオ・サントス。(おの)を片手に、黙って木々を見上げている。


 森の湿気は、重力に引かれて地面へ沈むように濃い。地球の二倍という数字が、ただの数値ではないことを、彼の筋肉が教えていた。斧を握る指の節々が重く、少しの振り上げにも全身を使う。


「っし……!」


 鋼鉄製の斧刃が、木肌に(たた)き込まれた。

 皮を裂く感触はある。だが、想像よりずっと浅い。


 二撃、三撃──木はわずかに揺れただけで、びくともしない。

 額に汗が()む。肺に吸い込む空気が薄く、やけに冷たい。


「ちくしょう……(かた)っ……」


 吐き捨てるように言いながら、再び斧を振りかぶる。

 だが、今度は体勢が崩れ、膝が沈む。


 (この重さ……。()めてたな)


 目を伏せ、静かに呼吸を整える。


 ──背後から、重い足音。


「……おい」


 その声に、レオが斧を止めて振り返る。

 手にしていたのは、形の違う斧頭。柄も少し短く、刃の重心がわずかに後ろへ寄せられていた。


「お前が作ったのか?」


 問いに、カリームは片方の肩だけをすくめて答えた。


「積んであった予備の斧、振ったらバランス悪かった。柄ごと削ってみただけだ」


 レオはその刃を受け取り、軽く数回振ってみる。空を裂く音が、たしかにさっきまでより鋭かった。


「……なるほど。あんたにしては細かい仕事だな」


「……別に、慣れてきただけだ。斧ぐらいならな」


 軽口のようでいて、言葉に無駄がない。

 レオはひとつ(うなず)いて、新しい斧を握り直した。


 ──拠点の中から、金属を削っていた優司が、わずかに窓の方へ視線を上げた。

 だが言葉はない。ただ、その目が一瞬だけカリームの背を捉えていた。

 彼の中では、既に“理解”に変わっている。

 だからこそ、余計な会話は不要だった。


 ──刃の角度を変え、重さを少し後方に寄せた設計。


 理屈で言えば、打撃の力を木の芯に伝えやすくする調整だった。

 重く、だが一撃の伝達効率は上がる。


 それだけで十分だった。


 ──斧を振り上げる。

 今度は、重さが腕の奥へと食い込む。

 だが、木肌が裂けた。


 確かな手応(てごた)えがあった。

 一歩ずつ。一撃ずつ。時間を代償に、現実を削っていく作業。


 斧の音が、森に響く。

 打撃と振動が、湿った空気を切り裂いていく。


 ──これは、“通用しない”現実への反撃だ。


 レオが再び木に向き直ると、今度はその隣でカリームも無言で斧を構えた。


 柄を握る手は、迷いがなかった。

 そして、斧が振り下ろされると──音が変わった。


 ──鈍い破砕音。だが、芯に届いている。


「……おい、職人になったんじゃなかったのか?」


 レオが笑いかけても、返事はない。

 ただ黙々と、木を削る音だけが返ってくる。


 だがそれで十分だった。

 斧の一振りが、今この瞬間を切り開いているのだから。


 レオの口元が、わずかに(ゆが)んだ。

 苦笑ではない。

 ただ、芯から力が戻ってくるのを感じた。

 ──ああ、これなら。進める。

 森に押し潰されていた背骨が、ようやく起き上がったような感覚だった。


 そして、レオはまだ気づいていなかった。

 森の奥で、光を反射する“何か”が、音の方向へとゆっくり動いていることに──。


 午後、湿気を帯びた空気が木々の匂いを重くした。

 レオとカリームは、互いに距離を取りながら伐採作業を続けていた。


 レオの斧が一閃(いっせん)するたび、木肌がわずかに裂け、だが芯に届かない。

 カリームはというと──切断ではなく、根本からの“押し倒し”に近い力業で木を傾け、数本の倒木(さかき)を引き寄せていた。


「……一本じゃ意味がねえ。並べるには、十本は要るな」


 息を吐き、レオが額の汗を拭う。

 ふたりの傍らには、使い物になるか分からない木材が、まだ数本転がっているにすぎなかった。


 そのとき。


 ──拠点側の坂から、小さな音が滑り込んできた。


 レオが顔を上げる。そこには、重い装備を抱えたマリアと、端末を抱えた優司の姿があった。

 彼は足を止め、無言で周囲を見渡したあと、ゆっくりとしゃがみ込む。


「なにか、進展でもあったのか?」


 そう問うレオに、マリアは冷静な声で応じた。


「試すだけ。制限付きでね。出力は最大で二分間、バッテリー式の簡易伝達。……暴走すれば、即時停止」


 マリアの背にあった小さなケースを開くと、中には無骨な筐体(きょうたい)があった。そして結束コードで仮固定されたケーブルの束。

 片手では持ち上がらぬほどの重さが、表面の擦れた塗装と金属補強の継ぎ目から伝わる。

 刃の代わりに装着されたのは、分厚い円盤状のパーツ──振動を叩きつけるための“破砕ヘッド”だった。


「……これ、まさかソー?」


 レオが目を見開いた。


「PCMユニット」


 作業の手を止めずに、優司が短く言った。


 マリアの瞳がゆっくりと動く。まるで、場に残された余白をなぞるように──そして、その空隙に静かに声を差し込んだ。


「正式名称は“パルス・コントロールド・マシン・ユニット”。元は構造材の局所破砕用。

 高周波の振動を衝撃波として叩きつける機材よ。……本来は壁の解体用」


 レオが目を細める。「つまり、斧じゃない。ハンマーだな……チューンしてきたってことか」


 マリアは答えなかった。ただ、少し口元に笑みを浮かべ、優司に一瞬だけ視線を送る。


 “使えるかどうか”ではない。“使うしかない”――そういう顔だった。


 レオが思わず声を漏らすと、マリアが頷いた。


「装置からの出力を、いったんバッテリーに落として伝達する。回転速度は足りないが、削る程度にはなる。……使うかは、あなたの判断」


「本来は微細加工用。出力も刃も調整してある。……でも、制御は手動、制御を誤れば、反動で腕ごと持っていかれるわ」


 その声は静かだった。けれど、そこにあったのは恐れではなく、冷えた刃のような決意だった。


「無理はしないで。まだ──(わたし)の出番も、残ってるでしょう?」


 そう言いながら、マリアは視線を()らすように片手で髪を払った。

 乱れた前髪を耳にかける、その何気ない仕草が妙に印象に残る。

 無意識か、あるいは意図的か──そこにあったのは、氷のような理性の下に隠された熱だった。


 優司はすでに、設置用の端子と接続準備を始めていた。だが、その手の動きに、焦りはない。

 あくまで、“慎重な実験”としての動作。


「でも、これ……使い切ったら、充電できないんじゃないか?」


 カリームが問うと、マリアは短く答えた。


「一度で終わらせる。それだけの価値があるかを、試すの」


 レオは無言でPCMユニットを受け取った。重い。だが、握った手のひらに、かすかに馴染(なじ)む感触があった。

 柄を両手で握り、体重を乗せるように構え直す。

 グリップを握り、呼吸を整えると、彼は一本の太木(おうぎ)の前に立った。


「行くぞ」


 機体中央のスイッチを押し込むと、内部が(うな)りを上げる。

 次の瞬間、振動が破砕ヘッドに伝わり、空気が震えるような異音が森に走った。


 ──木肌に叩きつけられた衝撃。

 刃ではなく、“質量ごと”突き刺さる破砕の打撃。

 木の繊維が内側から震え、裂ける。音ではなく、感触として伝わる破壊。

 木肌に触れた瞬間、空気が変わった。

 刃先から生じた細かな振動が、まるで生き物のように木の内部を走る。

 ──レオの両腕に、信じがたい手応えがあった。


「……一撃で、三分の一か」


 驚きというより、(あき)れに近い声が漏れた。

 修理用として積まれていたはずの機器が、この惑星の生木をここまで裂くとは思ってもいなかった。


 だが、同時にわかる。これは“使い続けられない”。


 手の中の駆動音がわずかに波打ち、エネルギー残量の少なさを伝えてくる。


 レオは黙ってもう一撃を入れた。

 刃は再び木の芯を(えぐ)り、小さな破裂音とともに裂け目を広げる。


 それはもはや、斧とは異なる“破壊”の動きだった。


 信じがたい。だが事実だった。

 惑星の生木は、斧でさえ何度も叩き込まねば割れぬほど密だった。

 だが、この“無骨な塊”は、その常識をひと撃ちで押し破った。


 もう一度、振るう。

 反動が腕から肩そして全身に響く。それでも、レオは迷わず打ち込んだ。


 今度は、破砕の音と共に木が裂け、深い亀裂(きれつ)が走る。

 刃ではない。ただの重い鉄塊。それでも──通った。


「十分だ」


 優司が、低く、初めて声を発した。

 装置の端末に視線を戻しながら、何かを計算するように。


 カリームがレオの背に近づき、ぽつりと呟いた。


「やっぱり……道具ってのは、意味があるな。お前が使って、初めて動くもんだ」


 その言葉に、レオは笑いもせず、ただ少し顎を引いて頷いた。


 ──まだ道は長い。

 だが、斧とPCMユニットと、それぞれの手で切り開く方法が、ようやく見えた。


 音の途絶えた森に、再び斧の衝撃音が響く。

 今度はふたり分の──“反撃”のリズムで。


 ロケット内部の照明は最小限に落とされ、区画ごとに仄暗(ほのぐら)い陰影が揺れていた。

 寝息や装置の駆動音がわずかに響く中──エルナは、そっと身を起こす。


 冷却された空気に、肌が粟立(あわだ)つ。だが彼女は、それを気にする様子もなく、艶のない髪を一つに束ね、(すすき)布の上着を羽織った。


 夜も更けた工作区画の奥、わずかな照明の下で、エルナが足を止めた。

 整備端末の明かりが、彼女の横顔を静かに照らす。

 淡く銀を帯びた髪が、首元で緩やかに結ばれている。その隙間からのぞくうなじは透けるように白く、重力に逆らうように背筋を伸ばした姿勢には、(りん)とした美しさがあった。


 彼女の体型は細身だが、軍務を重ねた女としてのしなやかな肉付きが、作業用スーツの下に確かに宿っている。胸元や(もも)のラインは無駄なく引き締まりながらも、女としての曲線を隠しきれてはいない。

 感情を押し殺した顔立ちに、かえって意志の強さと冷たい艶が浮かび上がる。

 結い上げられた髪の間から首筋がのぞき、うっすらと汗ばむ肌に光が滲む。鎖骨の輪郭は薄闇の中でやわらかく、静けさの中で呼吸とともに上下していた。


「……マリア。少し、いい?」


 物陰に腰掛けていたマリアが、緩やかに顔を上げる。

 伏せられていた睫毛(まつげ)が持ち上がると同時に、空気が少しだけ揺れたように感じられた。

 彼女は工具をそっと脇に置き、シャツの前を片手で整える。緩く合わせ直す仕草に合わせて、身体のラインが生地越しに浮かび上がった。腰のくびれ、裾から覗く太腿(ふともも)、そしてふとした瞬間に胸元へ落ちる視線を拒まないような(たたず)まい。

 けれど、その表情は涼しげで、あくまで“知的”であり続ける。


「話し合い、ね。ふたりだけで?」


「……クレールも呼ぶわ。どうせ彼女も、もう気づいてる」


 その名を出したとたん、背後から控えめな足音が近づいた。

 エルナが振り返ると、ちょうどクレールが端末の画面を閉じ、こちらへと歩いてくるところだった。

 片脚を軽くひきずりながらも、姿勢は寸分も崩れていない。軍服のラインは彼女の輪郭に寄り添い、包帯の巻かれた太腿から覗く肌は、冷たい光に(さら)されてなお、どこか(りん)とした(ぬく)もりを感じさせた。

 戦士の身体。だが、それ以上に──女性としての“芯”がにじむ佇まいだった。


 マリアが小さく笑う。


「やっぱり、気づいてたのね」


「話すなら、三人の方が早いでしょう?」


 クレールは短く返し、そのまま工作区画の中央、ツールテーブルの(そば)に歩み寄る。

 エルナとマリアも、それに倣うように無言で歩を進める。三人の距離が、ゆっくりと、しかし確実に近づいていく。


 やがて、(とも)りの下に三人の影が交錯する。

 惑星の重力に引かれながらも背を伸ばし、各々の体温と気配が重なり合うように並び立った。


 整備区画の金属壁に、淡く映る影。

 汗ばむ肌、乱れた作業着、そして夜の静寂が包む(ひそ)やかな気配。戦場を生きる者の(たくま)しさと、それでも失われない“女性”としての姿が、そこにはあった。


 ──言葉の前に、視線が交わる。

 肌の温度。視線の揺らぎ。

 この夜だけは、彼女たちもまた、誰かの“妹”や“恋人”ではなく、ただひとりの“女”だった。


 整備区画の灯りは落とされていた。天井の補助ランプがひとつ、淡く照らすだけの空間に、静かな気配が漂っている。


 工具棚の影が、鉄壁に長く伸びていた。(ほの)かに滴る冷却水が、床に音もなく染み込み、誰もいない作業台に金属の残り香を残している。


 その中に、三つの影があった。


 マリアが壁に背を預け、整備着の袖を肘まで(まく)っている。黒のタンクトップが、肩の曲線と鎖骨の輪郭を浮かび上がらせていた。動くたび、汗ばんだ肌に布地が張りついて、わずかに沈む胸の呼吸が見える。


 クレールは作業台の端に腰掛けて、足を組んでいた。足元には端末が開かれていて、指先が淡く光る操作板をゆっくりなぞっている。視線は時折、端末から離れ、マリアの肩先や、沈黙の気配に鋭く反応していた。


 そしてエルナ。端末のスキャンログを確認していた彼女が、ふとその操作を止めた。


「……あの洞窟。再確認が必要よ」


 ぽつりと落とされた声は、小さく、だが確かだった。


 マリアが肩を起こす。

 長い睫毛が瞬き、その目がエルナへと向く。


「……また?」


 問いかけは、やわらかな口調だった。だが、その裏には“何か”を感じ取った者だけがもつ温度があった。


「光源(ごけ)──再採取の必要がある。前回は環境データの解析も不十分だったし、検体も足りない」


「名目としては、ね」


 マリアが微笑(ほほえ)む。唇の端にかすかに浮かぶそれは、冗談とも牽制(けんせい)ともとれる、戦場育ちの女の“流儀”だった。


 クレールが目線を上げる。

「あなたが、わざわざ“再確認”なんて言うとは思わなかった」


 エルナは無言で頷いた。何も否定しない。その無言に、クレールも口をつぐむ。


 金属板に反射した三人の影が、わずかに揺れた。換気フィルターの風が流れ、ランプの光が揺れる。そこにいる三人は──どこか、戦闘時とも指令時とも違う、別の“顔”を持っていた。


「調査というより、回収作業になるわ。マリア、あなたの手が必要」


 そう言われたマリアは、軽く髪をかき上げた。

 額に貼りついた前髪が、しなやかな指に(すく)われて後ろに流れる。その仕草ひとつが、空気を変える。


「構わない。……装備は最低限で?」


「ええ。あくまで、資源回収の一環として」


 マリアがうなずき、今度は整備棚の奥へと視線を滑らせる。肩甲骨がシャツの下で浮かび上がり、しなやかな線が走った。女としての輪郭が、戦士の肉体の中に混じり合っている。


 クレールが腕を組み直す。


「……誰を連れて行くの?」


「カリームを。最小限でいい。洞窟の中、深入りはしない」


 その言葉に、クレールもマリアも反応は見せなかった。だが、空気がすこしだけ変わる。

 誰も“理由”を()かない。ただ、察したように動く。


 それがこの三人の、言葉にしない“信頼”だった。


 ふと、マリアが言った。


「……ふふ、こういうの、懐かしいわね」


「何が?」


 エルナが不思議そうに訊く。マリアは視線を持ち上げ、天井の薄暗い鉄板を見上げた。


「女だけで何かを(たくら)んでる時って──ちょっと、楽しいじゃない?」


 その言葉に、クレールが吹き出す。

「まったく。あんた、今のこの状況、まだ遊び心が残せるのね。……まあ、マリアならそれも必要かもしれないけど」


「あるわよ。だからこそ、でしょ」


 マリアの声には、熱があった。

 普段の淡白な調子でも、理屈でもない。自分の選択に、確かな意味を持たせるときの、“女”としての芯の強さだった。


「そういう感覚、まだあるんだね」


 エルナの言葉に、マリアは肩をすくめた。


「捨てたつもりもない。忘れたふりはするけど、ね」


 整備区画に、沈黙が落ちた。だがそれは重苦しいものではなかった。

 まるで、夜風に吹かれる静かな湖面のような──静寂だった。


 クレールが、ふいに端末を閉じた。

 そして静かに立ち上がる。


「やるなら、ちゃんとやりなさいよ。命を懸けるなら、意味のある選択にして」


 マリアが笑った。

「任せて」


 その笑みは、どこか幼さを残しながらも、プロフェッショナルの“決意”を帯びていた。


 マリアが、ひときわ小さな笑みを浮かべた。


「……なんだか、“少女の秘密会議”みたいじゃない?」


 冗談めいた口調。だが、誰も否定はしなかった。


 整備灯の光の下、三人の影が、ゆっくりと図面の上に重なる。


 そして三人の女たちは、何も言わずに頷き()った。


 “誰の命も背負わない”。

 ただ、自分の判断で、自分の意志で動く。

 その覚悟を持って、再び“あの場所”へ向かうことを──。

決断は、声にしなくてもできる。

その手が、もう動いているのなら。


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえると、うれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.026】

滑車機構、設計段階を完了。丸太調達開始。

PCMユニットによる“物理的突破”を試験運用中。

進行中の意志に共鳴する者は、“ブックマーク”への登録を推奨。

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