表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/44

第2話 沈黙と陽気な足音

──誰かが通ったらしい。

 ──スレは980を越えて、既に落ちていた。

 噂と記録だけが、ログの底に残っていた。


 ⸻


 980 :名無しの訓練板

 ……で、あれ。通ったヤツいたのか?


 981 :名無しの整備士志望

 無理だろ。

 あの実技、マニュアル使えねぇ時点で詰んでる。


 982 :名無しの観測班

 一機だけ、動いたらしい。

 誰がやったかは、出てない。


 983 :名無しの噂好き

 てか整備枠って、通ることあるんだな。


 984 :名無しの記録班

 ……発表、名前なかったけどな。


 ⸻


【録画ログ:地球圏ニュース24時】


「次世代航宙計画『プロジェクト・グラビティ』、ついに実戦段階へ──

 世界各地で行われた選抜試験の合格者数は、わずか12名。

 参加条件は、年齢25歳未満・適応指数AAA以上・宇宙航行耐性の最高値を保持すること。

 今回は特に、“長距離航行”に適した若年層を中心とした二部隊編成が採用されています。

 それぞれのユニットには、最新鋭の訓練用モジュールが配備され──」


「なお、特別選抜者の一部については、記録非公開とされ──」


 ──画面が、砂嵐のように(ゆが)んだ


 藤崎優司は、自分の手のひらをじっと見ていた。

 手袋の内側、火傷の跡はまだ残っていた。

 痛みはもう消えたが、あのときの感触――冷たい金属に熱が逆流する(かす)かな震えだけが、皮膚に残っている。


 


 試験のとき、渡されたのはひとつのユニットと一本の工具。

 冷却機能は死んでいた。構造が図面と違っていた。

 (ほか)の候補たちは、戸惑いながらもマニュアル的な処置に徹した。


 優司だけが、それを破った。


 配線を切り、芯材を()き、触れてはいけない熱源を押さえ込んだ。

 手袋を脱いで、素手で圧をかけた。感電ギリギリの火花が跳ねた。

 だが、動いた。


 


 あの瞬間、彼は“直した”のではない。

 “生かした”のだ。

 機械を。システムを。選ばれなかった誰かの死を、想定して。


 


 車体が静かに減速を始めた。

 窓のない搬送車の中、優司はただ前を見ていた。

 やがて、搬送車が静かに減速し始める。

 軽いブレーキののち、扉が滑らかに開いた。


 白と金を基調にしたミニマルな曲線美。光を反射しすぎない、滑らかで落ち着いた素材。

 ここが訓練施設だと知らなければ、誰もが“迎賓館”か“政財界向けのサロン”と見間違えるだろう。


 入り口には黒のスーツに身を包んだ男がひとり、直立していた。

 姿勢に乱れはなく、まるで一流ホテルのドアマンのように、機能と美を兼ね備えた動きで来訪者を迎える。


 廊下の端に立っていた女性スタッフは、完璧な姿勢で優司を出迎えた。

 その所作は静かで柔らかく、言葉も感情を乱さぬように抑えられている。


「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。ご移動に不備などはございませんでしたか?」


 優司は、わずかに首を横に振るだけだった。


「……ご案内いたします。どうぞこちらへ」


 スタッフの笑顔は崩れない。

 慣れているのだろう。“こういう受け答え”をする候補者に。


 歩きながら、彼女は続けた。


「これより先は関係者以外の立ち入りが制限されております。

 滞在期間中は、必要な物資はすべて部屋(へや)に届くよう手配されています。ご不明な点があれば、いつでも館内AIをご利用ください」


「……了解」


 ようやく返された声は、短く低い。

 それでも、彼女は柔らかく微笑(ほほえ)んだままだった。


 優司は、淡々と荷をほどいた。

 備え付けの計測端末を確認し、支給されたインナーに着替える。

 身支度にかける時間は、必要最小限。

 それでも、その動きに乱れはない。


 ──ノックの音が、空気を揺らした。


 静寂の中に、初めて“誰か”の気配が差し込んだ。


「おー、やっぱ誰かいたか! うわ……この部屋、ホテルっていうか……舞踏会の控え室?」


 軽い足取りで部屋に入ってきた少年は、そのまま無遠慮(ぶえんりよ)に笑ってみせた。


「レオ・サントス、よろしく。フルネームで言うとなんか固いけどな」


 そして椅子に腰を下ろしながら、肩をすくめて言い足す。


「ま、勝手にレオって呼んでいいよ。俺も覚えやすい方が好きだし」


 レオは、椅子に深く腰を下ろしたまま、腕を組んで天井を仰いでいた。


「……まあ、ここがどんなに綺麗きれいでも、俺らはこれから“汚れる側”なんだよな」


 優司がつぶやいた言葉は、軽く笑っているようで、どこかに翳かげりを宿していた。その声は、どこか遠くを見るように静かだった。


「お前、しゃべるんだな。よかった」


 レオはふっと笑った。

 笑顔は作り物ではなかった。力の抜けた、自然なものだった。


「俺さ、寡黙の人とかめっちゃ苦手なんだよね。いや、別に文句じゃないけどさ。なんかこう、緊張するだろ?」


 優司は返さない。ただ、少しだけ顔を戻す。


「……お前、何人目だ?」


「ん?」


「ここに通されたやつ」


「たぶん、二人目。俺の前には誰もいなかったし、お前が最初だろ?」


 そう言って、レオは無造作に腕時計(うでどけい)を確認した。

 最新型の多機能端末。読み取り用の透明スクリーンが起動し、数値が流れる。


「時差的には、俺の出発が一番遅いはずだったんだけどな。……ま、航路優先か」


 その一言に、優司のまなざしがわずかに動いた。

 この男、見た目の軽さに似合わず、思考が速い。


「なあ」


 レオが改まった声で言った。


「お前さ、もしかして“整備士枠”じゃない?」


 今度は、優司が明確にこちらを見た。


「……どうしてそう思った?」


「見た。手の甲、痕が残ってる。普通の候補者なら、あれは付かない」


 声に、嘲りはなかった。

 興味と、微かな敬意があった。


「俺、少しだけ医療訓練受けてるからさ。やけどの痕は分かるんだよ。あと道具の扱いに慣れてる人の動きって、なんか分かるんだよな」


 優司は言葉を返さなかった。

 だが、その目には明確に警戒ではない“興味”が宿っていた。


 陽気なだけの男ではない。


 レオは立ち上がると、ふっと伸びをしながら言った。


「ま、でも余計なこと聞くつもりはないから。安心しなよ」


 その声は、優しさだけでできていた。


 ──藤崎優司とレオ・サントスの出会いは、言葉よりも温度で始まった。

 静けさの中に、ただ一人(ひとり)、迷いなく踏み込んできた声。

 それが彼にとって、初めての“他者”だった。

確かに──静かな歯車が、ゆっくりと回り始めていた。


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえると、うれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.002】

初動フェーズに移行。環境応答および連携要素の計測を開始。

この記録を継続して追う読者には、“ブックマーク”登録による観測支援を推奨する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「……まあ、ここがどんなに綺麗きれいでも、俺らはこれから“汚れる側”なんだよな」  呟つぶやいた言葉は、軽く笑っているようで、どこかに翳かげりを宿していた。  その声音に反応したのか、優司がわずかに…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ