表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラクラ(Glavity:Craft) ―壊れた世界でも、俺は作り続ける―  作者: はちねろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/64

第23話 命を運ぶ滑車

音がある限り、まだ動ける──そんな道具があった。

 金属音と振動が、わずかに(ぬく)もりを帯び始めた拠点内部に響く。


 ロケット脇の工作区画では、優司とマリアが並んで端末の画面を(にら)み込んでいた。炉本体の点火は、前日のテストで最小限の安定稼働にこぎつけた。だが、それはあくまで「()いた」だけだ。稼働時間はわずか十五分、出力も制御範囲を超えており、継続運用には程遠い。


 その場にいなかった者たちは、「もうすぐ完成だろう」と口にするかもしれない。だが実際に作業に当たるふたりには、逆に「足りないもの」が浮き彫りになった夜だった。


 ──素材の強度。保温性。臨界制御のための熱逃し機構。


 いずれも、この惑星に持ち込んだ道具だけでは足りない。


 マリアが、素材の補完候補を一覧にまとめて送ってきた。画面の上で、優司の指が迷いなく動く。現地で確保できる鉱石類、骨素材、耐火土などの見込みリスト。それらをすべて“再試作”の工程に組み込んだうえで、再設計が進められていた。


 黙々と進むその作業の背後で、レオの声がした。


 「よし、準備できたぞ。今日(きょう)はもう、出る」


 仮設の滑車台車が静かに置かれていた。

 積まれているのは、回収用の布袋(ほてい)と小型スキャンユニット。軽量化を最優先した装備構成だ。


 「じゃあ、出発までに確認するわ」


 クレールが、膝にデータ端末を乗せたまま、椅子代わりの資材コンテナに腰かけていた。

 彼女の左脚はまだ万全ではなく、簡易ギプスの上から包帯が巻かれている。


 「今回の目的地は、前回断念した南西方向の水場らしき痕跡(こんせき)。途中に崩落地帯があるから、東寄りに回って接近して。往路は片道一時間、最終帰還リミットは三時間」


 「了解」

 レオが片手を上げた。明るい返事だったが、表情は引き締まっている。


 「それと、音には注意して。台車は滑車式だから、地面との摩擦で異音が発生する。音や振動に反応する生物がいた場合、それがリスクになる」 

 「この前のイノシシみたいなやつのことよ」


 カリームが顔をしかめる。

 「ちょっと危険だが、水場の確保は優先だ。注意して探した方がいいな」


 クレールは無言で(うなず)き、最後にエルナを見た。


 「振動検知センサーを搭載済み。異常反応があれば即座に報告します」

 エルナの声は平坦(へいたん)だったが、言葉の端には確かな準備が()んでいた。


 あいまいさのない三人のやりとりに、クレールは小さく息を吐く。


 「……頼んだわ。お願いね、三人とも」


 クレールが、画面越しに彼を見やった。


 「再度言うけど、戻ってくる時間も含めて、今日中よ。探索時間は三時間が限界」


 「了解、相棒」


 カリームが台車の取っ手を片手で持ち上げ、肩で支えるように構える。エルナは黙って最後尾の機材チェックを済ませると、視線を優司の端末に落とした。


 「……それ、再設計?」


 「ああ。素材を入れ替える。骨の熱伝導性が想定より良かった。多孔質の構造を……」


 「理解した。帰還後、詳細を」


 それだけ言って、エルナも滑車の後ろに並んだ。


 滑車機構は台車の両側に設けられていた。金属製の支柱に固定された回転輪を通じて、ロープが緩やかな角度で後方に延びている。

 レオがそのロープを前方で引き、カリームが後方から荷重を押し出すように支えていた。

 支点を経由することで、直接押すよりも力のロスを減らし、荷重を“流す”ように分散している。エルナは台車の横に付き、滑走面と支柱の傾きに細かく目を光らせていた。


 草地を滑るように動く台車。レオがハンドルを支えながら、少し笑う。


 「これなら楽勝じゃん。……なあ、これ、普通に運搬とかにも使えるよな?」


 「荷重は軽量向けに調整されてる。重量物を積めば、逆に沈む」

 エルナが歩きながら即答する。


 滑車の構造上、滑走面は“平坦”でなければ使えない。傾斜や段差、柔らかい地面では、逆に重さが負荷となって跳ね返ってくる。


 「これ、まっすぐなら楽だけど、ちょっとでも斜めになると動かないな」と昨日(きのう)カリームがこぼしたように、“便利”には限界があった。


 「それでも、こうやって押すだけで進むってのは、すごく助かる」

 レオが(つぶや)き、カリームも後ろから台車を支えながら軽くうなずいた。


 それでもレオは言った。


 「──命が削られてるなら、削られてるうちに使うしかない。生きてるってのは、選べるってことだ」


 探索班が出ていく間、ミナはロケット脇の壁にもたれて座っていた。毛布の端を指先で握ったまま、動かない。ただ、誰よりも長く、誰よりも真剣に、作業に向かう者たちを見ていた。


 しかし、森に入って、すぐだった。風の匂いが変わり、地面の抵抗が強くなった。

 足元には()れた落ち葉が重なり、(こけ)むした岩が顔を出す。わずかに傾斜のついた獣道へ差し掛かると、さらに車輪の滑りが鈍くなる。

 台車の車体がわずかに揺れ、カリームが腰を落として支えた。


 「……滑るな。踏ん張りが効かねぇ」

 力で押し出そうとしたが、地面に散った濡れ葉と石の凹凸が、想像以上に摩擦を増幅させていた。


 「前輪が沈下気味。進行角度を数度ずらせば、摩擦係数は下がる」

 エルナが冷静に測定器を見ながら、歩幅を変える。


 「オーケー、右に三歩分だけ回すぞ」

 レオが声をかけ、台車を斜めに転じる。再び力を加えると、今度は確かにスムーズに動いた。


 「へぇ……言う通りだな。俺、力技しか使ってねぇや」

 カリームが苦笑する。


 「これは失敗ではなく、想定の不足です」

 エルナの言葉に、レオがちらと後ろを見た。


 「改善の起点ってことだな」


 笑った表情のまま、レオはそのまま森の奥へ歩を進めた。


ロープが(きし)んだ音を立てる。

 その張力を、滑車が受け止めて回転するたび、台車はゆっくりと前進していく。


 「もう少し角度を変えて。滑車が()んでる」


 レオの声に応じ、カリームが後方からロープを引く手を緩めた。

 エルナが台車横の動滑車の向きを微調整する。ロープの通る角度が変わると、重さが一段階ほど軽くなった。


 「──よし、進むぞ」


 台車が木の根を越え、わずかな坂を登っていく。

 物理的に浮いているわけではない。ただ、地面に沿って動くよう、力の向きを変えることで、2倍重力の抵抗を最小限にしていた。


 途中、泥濘(でいねい)に差しかかり、前進が止まった。

 ロープが引き戻されるように緩み、台車の重さがズルリと傾く。


 「張力が逃げてる。地形に負けてるな」


 カリームがロープを握り直し、全身を使って斜めに引く。

 その動きに合わせ、レオが先導側の滑車を斜面下へずらすように誘導した。


 「力が逃げるなら、こっちで受け止める。……この角度なら、行ける」


 踏みしめる音と、滑車の回転が重なった。再び、荷重の塊が滑るように動き出す。


 その移動の途中、エルナがぬかるみの中に沈んだ藍緑色の苔を見つけた。

 崩れた岩に覆われたその一帯は、(ほか)の場所よりも湿度が高く、温度が微妙に低かった。


 「断熱苔。多層構造。熱遮断率、地球基準の5倍以上」


 「ってことは……」


 「炉の保温層、もしくは排熱の逆流防止材として応用可能。ただし乾燥すると(もろ)い。密閉保湿が必要」


 レオがロープを(つな)(なお)しながらつぶやいた。


 「使うの難しそうだな。でも、あの整備士がなんとかするだろ。……食材がいいと、料理が雑でも期待しちまう」


 再び滑車が回転する音が森に響いた。

 その静けさの中、今度は別の“音のなさ”が彼らの耳に触れた。


 「……鳥の声がしない」

 カリームが振り返る。


 「虫も。風も、ない」

 レオがぼそりと呟いた。


 エルナがスキャン端末を確認しながら告げる。


 「振動反応、複数。接近速度は低いが、半径50メートル内を並行移動中。……群れ」


 言葉が落ちた瞬間、レオが木の幹に手を置いた。


 「これ……四本爪だな。高さ、俺の胸……いや、首くらいか」


 幹に走る縦裂き(こん)は、地表から1メートルほどの位置にまで達していた。


 「進むか?」


 「進む。あと百五十」


 エルナの声は変わらなかった。

 レオとカリームが互いに視線を交わし、ロープを再び握る。


 その先にあるのは水場──

 それは、生き延びるための前提条件だ。


 そして、その静けさの奥には、確かに“何か”がいる。

 それでも、三人は進んだ。


 森が開け、水場が現れた。


 崖の亀裂(きれつ)から染み出すように湧き出た地下水が、岩肌を伝って小さな湿原を作っていた。周囲には苔類(こけるい)と薄い水苔(みずごけ)が広がり、中心に(くぼ)みのような浅瀬がある。


 「……ここだな」

 レオが肩で息を吐く。台車の滑車は泥に半ば埋まり、進行を拒んでいた。


 「気配──遠のかず、近づきもせず」

 エルナが振動データを指でなぞる。「停止……? いや、違う。距離を詰めている。包囲型」


 「……来るぞ」


 カリームの声と同時に、空気が裂けた。 


 視界の右手──笹薮(ささやぶ)(はじ)けるように開き、影が突っ込んでくる。

 大きい。体高は1メートル以上。

 ──影は四足(よつあし)

 地面を滑るように進む体躯(たいく)

 胴体は丸く、だが動きは鋭い。(おおかみ)と豚を掛け合わせたような異形の獣。

 牙が、二重に湾曲している。

 その下顎──牙が、額を(かば)うように湾曲して伸びていた。

 突進。

 その鼻先には、殺すためだけの重量と速度が宿っていた。


 豚のような丸い胴体に、狼のような俊敏さを持った四足獣。黒褐色の毛皮と、鈍く空に伸びる牙が黒光っていた。


 「っ──下がれ!」


 レオが台車のロープを引き、カリームが反射的にエルナを後ろに押し下げる。


 突風のような質量。

 獣が音を置き去りにして飛び出す。


 「カリーム、正面!」


 レオの叫びと同時に、黒褐色の塊が水面を割って突進してくる。

 狼のように低い姿勢、豚のように重い体躯。

 その鼻先から突き出した湾曲した下顎の牙が、まるで盾のように前方を覆っている。


 カリームが即座に対応する。

 身体を斜めにひねり、獣の軸から半身を外して突進を(かわ)す。

 だが風圧と爪が腕にかすめ、ジャケットの袖が裂けた。


 「っ、こいつ……!」


 踏みとどまり、獣と距離を取る。

 獣は土を掘るように爪を引き、方向を変えて再びこちらを睨む。


 「動きが速い。けど──」

 レオの視線が、地面に転がる黒い岩に向いた。

 直径七センチ、密度の高い“黒殻石”。


 レオはしゃがみ込み、それを手に取る。

 獣が横から回り込むように動いたのを見計らい、腕を引き、構え──


 「……これでどうだ!」


 石が空気を切って飛ぶ。

 獣の額、湾曲牙の“内側”にめり込むように命中した。


 硬質な打音。

 獣の体が一瞬だけ硬直する。足元が沈み、爪が土を滑らせた。

 

 「今の……効いた」


 エルナが獣を睨む。

 獣が石を受けた部位を小さく振っていた。


 「防御構造……あの下顎の牙は、額の中心を庇うための突起。

  上下からの打撃には強いが、その奥には神経の集中点がある可能性が高い」


 「つまり、“牙の内側”が急所ってことか」

 レオが言う。


 「しかも上下じゃダメ、前方から回り込む軌道じゃないと届かない」


 カリームが構え直した。

 額に当たった石で、獣の目が怒りを帯びたように光っている。


 「今度は正面からくるぞ……!」


 レオが視線を走らせ、右側の倒木(さかき)に目を止めた。


 「カリーム。あれ、使え」


 倒木は湿地に沈みかけているが、足場にはなる。

 カリームは頷き、背を丸める。呼吸を整え──


 獣が跳んだ。


 低く、速く、まっすぐに。


 「今だ、跳べ!!」


 カリームが走る。獣の軌道を横切るように跳躍。

 倒木を片足で踏み、さらに跳ねる。


 空中で身体をひねる。重心を腰に集中させ、右脚を引き──


 「()らえっ──ッ!!」

 空中で一瞬、時が止まった。

 回転の勢いを乗せたかかとが、牙の内側へ──めり込む。

 骨が砕ける音が、空気を割って弾けた。

 獣の全身が、()ぜるようにのけぞり──崩れた。


 回転を加えたかかとが、牙の内側を貫いた。

 甲高い音。

 骨が割れる音。

 獣の身体が宙に浮き、のけぞり、後ろ足から崩れた。


 水しぶきが飛ぶ。


 カリームが泥を巻きながら着地した。

 肩で息をしながら、獣の無音を確認する。


 「……終わった、か」


 エルナが、獣の顔を見て頷く。


 「額骨、割れてる。神経遮断……即死」


 レオがふっと笑った。


 カリームが着地して振り返る。肩で息をしていた。


 「お前……石、当てたな」


 「そっちは落としてくれただろ。これでチャラだ」


 レオが苦笑し、泥を払った。


 その横で、エルナがふと立ち止まる。


 「……群れは、他にもいたはず。でも来なかった」


 「一撃で落とされるのを見て、怖気(おじけ)づいたか……」


 カリームがかすかに笑う。


 静けさが戻った。

 水場には、まだ手つかずの資源が残っていた。だがそれよりも──


 3人は、ただ黙って台車を見やった。

 無事だった。荷物も、足回りも、滑車も。


 「素材に救われたな。あの石、密度が異常だった。

  まるで使えって言ってるみたいだった」


 「いや、お前の投げが正確すぎたんだよ」

 カリームが苦笑し、血の滲んだ腕を押さえた。


 湿地には、再び静けさが戻っていた。

 苔の香り、風の通り、水の匂い──そこに“死”の(にお)いが混ざっていた。


 けれども──


 資材は回収可能。台車は無傷。仲間は全員、立っている。


 レオが呟いた。


 「……命、繋がったな」


 「……必要なものは、持って帰る。そう決めたろ?」


 それに、誰も言葉を返さなかった。

 ただ、台車のロープを静かに握り直すだけだった。


 森を抜けた丘の上で、三人は足を止めた。

 眼下には拠点の輪郭が見える。鉄骨と布地が寄せ集められた仮設の居住区。その奥に、静かに横たわるロケットの胴体があった。


 「……戻る道があるってだけで、ちょっと気が楽になるな」

 レオがつぶやく。


 後ろでは台車がわずかに軋みながら進んでいる。滑車の一部は泥に沈み、ギシ、と音を立てたが、まだ“壊れて”はいない。


 その荷台の上。

 黒褐色の毛皮が、縄で縛られたまま静かに横たわっていた。

 倒した獣の死体──腹部は切開され、内臓は除去済み。滑車台車の荷重限界を見越して、不要な部位は残していない。


 「……おい、ほんとに食えるのか?」

 カリームが顔をしかめる。


 「骨格的に哺乳類。脂肪層は厚いが、筋繊維は細かい。毒性反応は出ていない」

 エルナが即答する。


 「焼けば、案外うまいかもな」

 レオが笑った。「まあ……晩飯にしては、頑張りすぎたかもだけど」


 カリームがふと、獣の下に積まれた資材へと視線を落とした。

 濡れた苔、岩片、黒い断熱材のような繊維──すぐに炉を完成させるほどの材料ではない。


 「……これ、足りるか?」


 つぶやきは、ほとんど自分自身に向けたものだった。


 レオが肩越しに笑った。


 「足りるか、じゃなくて、“繋げるか”だろ。希望になりそうなら、あとは任せればいい」


 その“任せる相手”の名前は、言わずとも誰もが思い浮かべていた。


 滑車が軋む音が、静かに森へと響く。


 レオがロープを引き直しながら、ふと口を開いた。


 「……普通なら、こんなもん引けるわけないよな。重すぎる」


 獣は軽くはない。

 それに加えて湿地で水を吸った苔や鉱石──本来なら、人の力で押せる代物ではない。


 「でも引けてる」

 カリームが台車の横に立ち、しみじみと呟いた。


 台車は、軋みながらも進んでいる。

 それだけで十分だった。

 (すべり)車の音は、まるで「間違っていなかった」と言っているようだった。


 その声は、誰に向けるでもない報告のようだった。

 荷台が軋みながらも進み続けていることが、答えそのものだった。


 風が吹いた。

 振り返った森の奥に、戦場の気配はもうなかった。血も、匂いも、痕跡も──風がすべて運び去っていた。


 「……じゃあ、帰ろうか」

 レオがロープを持ち上げる。


 言葉は軽いが、そこに込められたものは重い。

 命を()けて拾った“ただの石”と“ただの苔”、そして“晩飯”が、彼らにとっては確かな“光”だった。


 滑車が再び音を立てる。


 それは、拠点へと続く“軌道”のように、まっすぐと伸びていた。


 夜のロケット。格納区画の出入口近く、小型の加熱ユニットが低く(うな)っていた。上では、黒褐色の肉──獣の切り身がじりじりと焼かれている。


 帰還直後、クレールが肉片を精密検査器にかけていた。


 「毒性反応なし。タンパク質構成も人類と大きな乖離(かいり)はない。ただし、未知の脂質構造を含む。アレルギーや消化不良のリスクは、個体差による」


「つまり、食えるけど……体質次第ってやつか」


 レオが鉄板を見ながら、渋い顔で言った。


 「栄養価は高い。水分保持率も良好。……選択肢として残しておく価値はあるわ」


 そう言うクレールの表情もまた、曇っていた。


 焼き上がった肉の香りが空気に広がる。焦げた脂が跳ね、柔らかく甘い香りが鼻先をくすぐった。


「……焼けたけど、誰か先、いくか?」


 レオの言葉に、誰も返さない。カリームも、エルナも、静かに皿を見つめていた。


 焼けた匂いが、空気に重く満ちていく──

ぬるりと、鉄板の端に影が差した。


 少女だった。


 鼻をひくつかせ、銀色の耳がわずかに震えた。

静かに、だが確かに──目が、肉へと吸い寄せられていた。


 フードの下、銀色の髪が揺れる。猫耳がぴくりと動き、しっぽが床をすべるように揺れている。しゃがみ込んだ彼女は、何の躊躇(ためらい)もなく肉のひと切れをつまみ、口に運んだ。


 ぱく。


 もぐもぐ。ごくん。


 大きな動作はない。ただ、目がわずかに丸くなり、しっぽがぴんと跳ねた。口元をぺろりと()め、もうひと切れ、静かに口へ運ぶ。


 それを見た全員が、言葉を失っていた。


「……おいしい、んだな」


 誰かがぽつりと呟いた。


 レオが肩をすくめる。


「じゃ、いただくか」


 肉をひと切れ取る。熱さに指を振りながら、かじったその瞬間、わずかに目を開いた。


「……うまい。ちゃんと肉だ」


「いいな、これ。久々にまともな味だ」


 カリームが笑い、エルナも静かに皿を手に取る。


 加熱ユニットの赤いランプが、四人の影を照らす。少女はその輪の中で、しっぽをゆっくり揺らしながら、もうひと切れを咀嚼(そしゃく)していた。


 格納庫の隅で、工具を手にしていた優司がふとだけ視線を向ける。


 ()()も、笑い声もない。けれど、その空間には確かに人の匂いがあった。


 ──食って、生きる。


 それだけで、未来に火が(とも)る気がした。

次に運ぶのは、もっと大きな“火”かもしれない


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえると、うれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.023】

機構部稼働音を確認。搬送処理は正常範囲内で継続中。

次搬送対象、火器または熱源の可能性あり。

進行経路の記録を希望する者は、“ブックマーク”への登録を推奨。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
未知の存在を食べることの恐怖がうまく表現できていると思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ