表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラクラ(Glavity:Craft) ―壊れた世界でも、俺は作り続ける―  作者: はちねろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/65

第22話 命火の轍にて

踏み出すたび、命は削れていく。

けれど、灯すことでしか前へは進めない

 作業場の空気は、前日までとは少し違っていた。

 夜の冷気がまだ床に残る時間帯──カリームは一本の金属支柱を肩に担ぎ、外部通路をゆっくりと歩いていた。地に触れた足音は重く、鉄板を打つたびに、わずかに(きし)んだ。


 ロケット脇の広場には、すでにフレームらしきものが組み上がりつつあった。仮組みされたそれは、簡素な台車の骨組みに過ぎなかったが、整然と配置された接合部や支柱の角度から、彼の手の正確さがにじんでいた。


 カリームは、支柱を一本、静かに置くと、周囲を見渡す。

 そして、気づく。

 そこに、既に誰かがいたことに。


「……お前、もう来てたのか」


 声をかけた先で、レオが小さく笑った。

 彼はしゃがみこんで、タイヤユニットの残骸を並べていた。


昨日(きのう)、寝ながら考えたんだよ。地面、柔らかすぎるし、摩擦でバテる。背負うより、運ぶ方が絶対いい。だから台車。お前がやりたいって言ってたろ?」


「おう」


 カリームは短く返し、すぐに作業へと向き直った。

 そこに、わずかに風が吹き込む。ロケットの影から、もうひとつの気配が現れた。


 歩みは静かだったが、靴音は正確だった。足音のリズムが寸分の狂いもなく、金属板の継ぎ目すら読み取っているような気配。

 現れたのは──エルナだった。


 何も言わず、既に組み上がった骨組みを一瞥(いちべつ)する。

 そして、手元の端末を開くと、淡々とした声で言った。


「車軸部分、荷重に対して左右非対称。傾く。数値、出てる」


「マジか……」


 レオが苦笑まじりに目をすがめ、端末を(のぞ)()む。

 そこに表示された解析値を見て、カリームが「なるほどな」と(うな)った。


「重心がズレる前に、下にもう一本、補強か?」


「賛成。横倒し対策にもなる」


 やりとりは少ない。だが、話が早い。

 三人の間に、目に見えない作業の地図が立ち上がっていくようだった。


 その光景を──

 遠く、ロケットの入口から、ひとつの視線が見つめていた。


 毛布に包まれた少女は、身を起こすことなく、じっとそれを見ていた。

 言葉も、表情もなかった。ただ、まぶたの奥で、どこか“懐かしさ”にも似た感覚が、かすかに揺れていた。


 ──作っている。

 そう感じ取ったのは、目の前の物体ではない。

 人の動きと、空気の流れ、道具と道具のぶつかる音。

 まるで、それだけで“何かが生まれている”と、彼女は理解しているようだった。


 静かな朝だった。

 でも、そこには確かに「動き出す気配」があった。


 がらんとしたロケット外壁の脇で、解体された旧設備の残骸が整然と並べられていた。カリームが金属シャフトを一本持ち上げ、関節のように動く接合部を慎重に観察する。


「……こいつはダメか。摩耗、ひどすぎるな」


 脇で工具を手にしていたレオが、ふいに指を止めた。


「……やっぱ、重いな」


 レオは荷台の取っ手を両手で持ち上げながら、わずかに顔をしかめた。

 坂道の途中、微妙な傾斜に足を取られつつも、荷台は何とか動く。だが、その“何とか”の負荷が積み重なれば、長距離の運搬は現実的ではない。


「カリーム、いったん止めよう」


 声をかけると、前方で引っ張っていたカリームがうなずき、ぬかるんだ地面にブーツをめり込ませて踏ん張った。


「……引けない重さじゃないけど、毎回これやるのは骨が折れるな」


「だな。タイヤの転がりだけじゃ限界がある。特にここの地面じゃ滑りが悪すぎる」


 荷台の下に敷いた木材も、湿った土にすぐ沈む。少し動かしては、持ち上げ、押し直す。その繰り返し。

 息をつきながら、レオは荷台の構造を改めて見渡した。タイヤはまだ使えるが、地面との摩擦が大きすぎる。何か、別の力を加える工夫が必要だ。


 ──そこで、ふと脳裏に浮かんだ。

「力を分散させる方法」──それは、訓練時に耳にしたあの単語だった。


「……滑車、か?」


 レオはつぶやきながら、周囲を見渡した。

 ロケットの残骸の中に、フック状の金属パーツがいくつか転がっている。

 天井パネルに使われていた()()げ用の滑車。小さなベアリングが()め込まれたその構造を見て、レオの脳裏に図が浮かぶ。


「もし、これを側面に取り付けて、ロープを横から引けるようにすれば……」


「なんだ? レオ」


 カリームが不思議そうに眉を上げる。マリアも無言のまま視線を向けてくる。


「いや、ちょっとな……。滑車って知ってるか? あの、重いもんを軽く持ち上げるやつ。なんかこう……力を分散させて、少ない力で動かせるやつだよ」


「……重さを、分ける?」


「うん。たとえば、ロープを一回引くだけで、こっちの力が二倍になるみたいな……」


 そう言いながら、レオは地面に指で図を描いた。荷台の側面に滑車を取りつけ、そこにロープを通す構造だ。


「これを横から引けば、今みたいに前後の摩擦だけじゃなくて、ちょっと浮かせた状態で移動できるかもしれない。多分、そっちのほうがずっと楽になる……」


 カリームとマリアが、その図と部品を交互に見つめる。だが確信には至らない。

 レオ自身も“思いつき”の域を出ていないことを自覚していた。


 ──ならば、確かめるしかない。あの男に。


 レオは立ち上がり、拠点へ視線を向ける。

 工具の音が(かす)かに響いていた。いつも通り、何も言わず、何かを作っている音。


「ちょっと、聞いてくる」


 言い残して、レオは軽く走り出した。

 ロケット残骸の影に(かが)むようにして、端末を覗き込んでいた優司の背中が見える。


「なあ、優司。……ひとつ、聞きたいんだけど」


 彼は振り返らなかった。手元の端末を操作しながら、微かに顎を動かす──“話せ”という無言の合図。


「滑車ってさ。ロケットの中にあったろ? あれ、荷台に使えるかもしれないって思って。横から引く形にすれば、動きが軽くなるんじゃないかなって……たしか、そういう原理だったよな?」


 言いながら、レオは隣にしゃがみ込む。

 優司は短く端末を見つめたあと、静かにひと言だけ返す。


「……理屈は通る」


 それだけで、レオの顔が明るくなる。やはり自分の直感は外れていなかった。

 だが優司は、すぐに顔を上げなかった。画面をひと通り確認し終えてから、静かに立ち上がる。


「パーツは一部流用できる。ベアリングも再利用可能。だが、摩擦熱と固定強度の調整は必要」


 その言葉を聞いた瞬間、レオは確信した。

 ──このアイデアは、実現できる。


「……やろう。荷台を、生かすために」


 優司から構造案を聞き出すと、レオはすぐさま仲間のもとへ戻った。口早に「滑車でいけそうだ」と伝えると、カリームとエルナが同時に振り向いた。


「──よし、ここからは現地調達でいく。滑車ってのは、組み方と素材でどうにでもなるらしい」


 その表情は、久々に“前を見る者”の顔だった。


「……マジか?」


 カリームが眉を上げる。レオは(うなず)きながら、地面に端末を置き、簡単なスケッチを指先で描いていく。


「こうだ。台車に固定した支柱に滑車を取りつけて、ロープを横に引く。ロケットにアンカーを打って、そこを軸にして回すように引けば、摩擦を最小限にして荷物を動かせる。真下じゃなく、横に──円を描くように、だ」


「まず、滑らせる輪。樹脂製の配線リールか、ドラム状の何か……。タイヤのホイールでも応用できそうだな。回転軸にして使えれば、力は逃げる」


「金属はどうする? 軸にできるもん、あるのか」


 カリームがパーツの山を眺めながら()いた。レオは顎でロケットの足元を示す。


「着地脚の補強ジョイント、一本分は死んでる。あれ、切り出せばそこそこ丈夫な棒になる。あとは、滑りを良くするための輪だ。……エルナ、構造図で似た形のパーツ見てなかった?」


 無言でうなずいたエルナが、端末を開いて数秒──


「内部巻取りのためのケーブルドラム。小型のものが左右に。直径約三十センチ。素材はアルミニウムとシリコン系樹脂。耐熱処理済み」


「なるほど……軸になる支点があれば、腕力じゃなく引き方で制御できる」とエルナが静かに(つぶや)く。


「実際に動かすのは体力組の仕事だろうが、コツを(つか)めば軽い荷物なら一人(ひとり)でも引ける。問題は──素材」


 レオはそう言って立ち上がった。


「じゃあ──」

 レオが即座に立ち上がった。

「やるぞ。骨でも鉄でも、使えるもんは全部試す。この惑星がどんな場所でも、俺らが動けなきゃ、前に進まねぇんだからな」


 その言葉が、空気を動かした。


「よし、材料は、ロケットの廃材でなんとかなるって、優司が言ってた。やるぞ」


 彼の声に、少しだけ空気が軽くなった。探索の号令ではなく、目的を共有する声。カリームが口角を持ち上げた。


「滑車って……回るとこがいるよな? 軸受けとか。金属で、丸くて、削れに強いやつ」


「ジャイロ装置の回転基部が使えそう」とエルナが即答する。「制御用の小型ユニットは既に電源を落としてる。部品を流用できる」


「回転軸、支持アーム、フレーム補強材……機体後部の冷却ユニットに、ある」


「じゃあ、俺がバラす。カリームはロープになるもん見てくれ。」


「了解。」


 三人はすぐに動き出した。仲間が動けば、空気が流れる。


 それを、ロケット内部からひとつの視線が見つめていた。


 少女──可憐(かれん)な異形の耳を、まだ毛布に隠したまま、壁際に座っていた。作業のざわめきに合わせて、耳が小さく動く。


 誰も彼女に声はかけない。ただ、通りすがりに水を置き、毛布をかけ直す者がいた。それだけで十分だった。


 彼女の目が、ちらりとレオの背中を追う。何かを見つけたかのように、わずかに瞬きが増える。


 廃材置き場と化したロケットの一角。

 かつて内部配線を通していた束線ケーブルが、焼け焦げた被膜をぶら下げたまま垂れている。足元には、断熱処理の剥がれた金属管や、気密フレームの破断部品、セラミック(へん)――本来なら修理不能とされる部品たちが、無造作に積み上げられていた。


 カリームが、その中から一束のスチールワイヤーを引きずり出す。


「……こいつ、まだいける。(ひね)りは緩んでるけど、引っ張れば固定は利く」


 被膜を手で裂きながら、端を指先で撚り直す。軽くテンションをかけると、芯材がぎしりと鳴いた。


「ただ、これじゃ張力が足りねぇな……」


 彼はロープの端を手にしたまま、辺りをぐるりと見渡す。そして、ふと何かを思い出したように顔を上げた。


「……あった。射出装置のバネ部、緊急切離し用のリール。引き戻し機構がそのまま使えそうだ」


 足を止めたのは、かつて緊急脱出用に使われた巻き取り式のリール機構だった。自動回収用のスプリングが内蔵されており、通常ならパラシュート系統と連動していたはずだ。


「これをテンション調整に使えば……重さが乗ったとき、自然に引き戻してくれる。……ああ、これならいける。」


 言いながらも、カリームはその仕組みを頭の中で分解し、再構成している。力の流れ、部品の動き、摩擦係数――彼なりの感覚で、確かめるようにワイヤーを巻き取り、仮止めする。


 ロープを、滑車を、荷台を、誰かが形にしていくたびに、重さは分け合えるものになる。


 それが、この惑星で得られる数少ない“希望”というやつかもしれなかった。


 レオが最後の固定具を締め終えると、台車は、まるで息を潜めるように沈黙した。


 鉄材とロープを組み合わせた簡易なフレームの上に、滑車が静かに並ぶ。重量を分散するための底板には、ロケット残骸の平鋼板が再利用されており、表面には作業(こん)が走っていた。どこか無骨だが、理に(かな)った設計だった。


「──よし」


 カリームが腰を上げ、両手でハンドルを持ち上げる。

 少し力を込めると、台車は静かに地面を滑り出す。音はほとんどない。滑車の効果か、あれだけ積んだ試作装置部材の重みが、(うそ)のように軽くなった。


「……これなら、いける」


 レオが隣で小さく呟く。その声に、誰も返さなかった。ただ、彼らの視線が自然と一方向に向く。

 拠点の奥。整備台の脇で、優司とマリアが黙々と炉の設計端末を操作している。


 その背中には、焦りも、不安も、見えなかった。 

 ただ、次の工程に向けて“進んでいる”という事実だけが、そこにあった。


「じゃあ、行こうか」


 レオがぽんと台車のフレームを軽く(たた)く。まるでそれが、目には見えない火種のように思えた。


 ──静かな進行。だが、確かに。

 何かが今、前へと動き始めている。


 ロケットの影が、少しだけ伸びていた。時間の経過とともに、内部の空気もわずかに冷えている。

 それでも、作業は止まらない。


 優司は端末を覗き込みながら、数値を調整していた。

 仮設炉の設計図は、前夜に描いたものとほとんど変わらない。だが、素材の微妙な癖や密度のばらつきが、組み上げの手順に“余白”を許さなかった。

 それを埋めるのは、手の動きと、目と、静かな判断力。


 背後ではマリアが無言で部材を整え、端末に記録を残していく。動きに迷いはない。優司の行動を先読みするように、必要なツールを渡し、測定を行う。

 ふたりの間に言葉はない。だが、それは意思疎通の不在ではなく、“すでに通じている”という静かな証明だった。


 火花がひとつ、走る。

 金属板の縁を削る音が一瞬だけ響き、やがてまた静寂に戻る。


 優司は目を細めて溶接痕を見つめ、わずかに首を傾けた。

 マリアはその仕草を見て、無言のまま予備部材の箱を開く。金属片を一枚だけ取り出し、優司の傍らに置いた。

 受け取る声も、礼もなかった。ただ、次の工程へと手が動く。


 設計図の下部には、「臨界安全域」の線が仮で引かれている。

 優司は一度だけ、それを見た。

 マリアもまた、横から同じ図面に目を落とす。だが、何も言わない。


 ──この火は、命を燃やすかもしれない。

 だが、それでも(とも)さなければ生きられない。


 その理解だけが、ふたりの間に共有されていた。


 溶接音がまたひとつ、金属に食い込む。

 火花の(まばた)きは短く、そして静かだ。

 それでも確かに、“命の火”のための構造は、ここに積み上がっていた。


 ──その様子を、静かに見つめる瞳があった。


 ロケットの奥。毛布にくるまった小さな影が、目を伏せずにいた。

 (おび)えも、拒絶もなかった。ただ、そこにある灯に、

 ほんのわずかに──近づこうとしていた。

命の火が、まだ消えていない。次の一歩も、それが導いてくれる。


……ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

もし続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

星をそっと置いてもらえると、うれしいです。


……たったひとつでも、背中を押されるような気がするのです。


【整備ログ No.022】

熱源反応、移動軌跡上に断続的に記録。

消耗率上昇中。ただし、進行停止の兆候はなし。

命火の経路を追いたい読者は、“ブックマーク”への記録を推奨。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ