さくらんぼの夕陽(短文)
わ
陸と桜は手が触れあうような距離にいる。
自分の気持ちに気付いた今。
初めて校門で桜の笑顔をを見た時とも違う自分がいる。
初めて認識した、さくらんぼ色の唇。
それに動揺を感じ、心が正しいものへと変化したと、想える自分がいる。
そのようなことを感じて、隣り合う友人の事を想う。
(桜さんも同じなんだろうか・・・?)
親しい友人を越えて、異性を想う気持ちはあるのだろうか?。
しかし、人の心は中々に伝わりづらいもの。
それでも、同じ気持ちであると想いたい。
春に生まれた小さな関わりが、いつの間にかに触れあうような距離なり、初夏を迎えた。
夕陽は二人を照らして、影は陸の右手と桜の左手を繋げる。
それが、正しく共にいる二人を示しているように思えても、未だ触れあうことを踏みとどまる気持ちがある。
「それでね、」
不意に問いかけが耳へと入る。
「えっ?」
それで我に帰る陸。
しかし、心ここにあらず、と言ったところか。
そのような雰囲気の陸を気にするのか、桜は一度正面を向いた後に再び口を開く。
「前にも言ったけど、私は楽しいよ」
それは、陸が感じていた桜にとって充分である自分なのか、という答えを告げているようだ。
「陸君は?」
と、再び問いかける桜。
「え?」
自分自身の気持ちに賛同を得るためか、または話の流れで出た言葉なのか。
それは不明だが、ほんの少し戸惑いを見せる陸。
そして、少し間が空いた後に、
「うん、僕も楽しいと、思う」
と、応える。
「と、思う」の言葉は、自分の気持ちが曖昧である現れではあるが、気持ちは確かなものになっている。
(うん、楽しい。だから、一緒に帰るんだし)
これが、陸が出した答え。
そして、桜の問いかけである「私は楽しい?」は、自分が気持ちを問いかける事で、自分の気持ちを相手に理解して欲しいという意味がある。
それを、桜が理解しているのかは分からない。
しかし、そのような事は二人にとって無用なのだろう。
「何日めだろう?。一緒に帰るのってっ」
と、桜が声を掛ける。
「えっ?。何日だろう、遅刻した時は春だから・・・」
過ぎた月日を数えるように指先を一つ一つ曲げてゆく、しかし春先から初夏までの時は短く。
「まだ、2カ月と半分くらいだね」
そう、まだ四半期も過ぎていない。
「そっか。でも、何だか、すごく長い時間がたった気がする」
と、応えて、桜も指を折りつつ、過ぎた月日を確認する。
しかし、曲げる指は2つ。
数える迄もない短い時に少しばかり言葉が止まり、
「・・・、う~ん。でも、いいか!」
と、言って、伸びをする。
時の長短は二人の間柄には無用であり、
「そうだね、僕もいいと思う」
陸も、同じような事を言い、同じように両手を挙げた伸びをする。
その言葉が終わらないうちに、陸と桜は正面に向きなおす。
(うん、いいんだ。僕は楽しいし)
そして、今も変わる事のない桜を見れば、気持ちは共にある事は分かる。
今も心臓の右側は暖かく、今日の夕陽も紅い。
その包む陽光は、一層の暖かみを呼ぶ。
さくらんぼ色に染まる夕陽の中、再び何か言葉を交わす二人。
もはや、私達には陸と桜の声は聞こえないが、心配するのことはない。
言葉を交わすために顔を向き合う二人がいて、お互いを気遣う心は変わる事はなく。
いつしかお互いの指が触れる時はくる。
心の繋がり、それは揺るぎなく正しい事。
人を繋ぐ唯一のきっかけなのだから。