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さくらんぼ  作者: 山口 修
8/9

さくらんぼの唇

 春は過ぎ去り、咲く花はガクを残して青葉になる。

 桜咲く校舎は初夏の季節を迎えた。

 明らかに季節の違いが分かるほど共にいた二人。

 果たして、香取は宮崎の事が気になるのだろうか?。

 先日、覚えた不思議な感情は、異性というものを認識した結果かもしれない。

 それは不確かではあるが、恋愛という気持ちなのだろうか?。

 これまでに様々な事を悩み、それでも一つ一つを解決してきた。

 最初に聞いた「また明日」の疑問から、宮崎との距離感に気付き。

 そして校門で待つという行為も、宮崎への気遣いであるとの認識はしている。

 それでも、覚える感覚があるという事は、香取の中に新しい感情が生まれたと言える。

 しかし、

(いや。でも、桜さんは単なる友達だよ)

 香取にとっては単なる友人としての宮崎らしい。

 事実、もう一人の友人である北大路からも同様に思われているからこそ、二人きりの帰宅がある。

 しかしながら、新たな感覚を持っているのも事実。

 そして、

(よし、今日は一人で帰ってみよう)

 という、想いに至る。

 一人で帰る事が何かの答えになるかは分からない。

 しかし、これまでに自らの行動で解決してきたならば、残る感覚を確認するために、今日は少し遅れて校舎を出てみる。

 その15分後、校門が見える位置まで足を運んでみると、宮崎と北大路が共に帰る姿が見える。

(あっ・・・、芽依さんか。良かった・・)

 おそらく、先に宮崎が校門に来て、香取が来ないうちに、芽依が現れて帰宅を共にしたのだろう。

 今も約束をして帰宅を共にしている訳では無いが、遅れてきた事には気が引ける。

 そう想いつつも、北大路と帰宅をする宮崎を見て安心はした。

 そして、香取は少し校門に立ち、何かを待つふりをする。

(やっぱり、誰か来る訳もなく、人を待つのって寂しいものだな・・・)

 今日、校門で宮崎がどのような気持ちで待っていたかを考える。

 もし、北大路が通りすがらければ宮崎は校門で立ちつくしていただろう。

(駄目だな・・、僕は・・)

 友人に対して、後ろめたい自分に後悔する。

 しかし、確かめるべき事があると心は訴えた。

(でも、してはいけない事だ・・・)

 香取は知っている。

 これまでにも何度も覚えた疑問を解決するために、何かを犠牲にした事を。

 「また明日ね」の疑問を解くために、帰宅を共にしてきた友人である御山を出汁にした。

 昼休みに桜との関係性を尋ねてきた芽依に、知り合うきっかけの説明が難しいと理由を付けて、問いかけを受け流した。

 そして、今日、自らの心を知るために、あえて桜が待つ校門へ遅れて来た。

 友人の気持ちを犠牲にして、悩みを解決してきた自分がいる。

(だから、もう二度としない)

 そう心に決めた。

 そして、足を進め、想う。

(でも。結局、僕と桜さんてっ、何なんだろう?)

 友人である事は認識している。

 自宅への方向が同じということもあり、帰り道か共になる事が多い。

(友達って、いうのは理解しているんだけどさ)

 それを理解の上で一緒にいる。

 それでも、互いの距離が近いと気付き始めている。

 ただ共に帰宅をする事は、自らに悩みをもたらす事でもないが、二人の性格は相反するように見えても、お互いを気遣う所が似ている。

 強いて言葉にすれば、馬が合うというだろうか。 

 しかし、お互いに気を使いすぎる部分もある。

 それゆえの宮崎にとって自分が充分なのかと、覚えた感覚があるのだが、それは香取の心に仕舞っておけばいいのかも知れない。

 それは、ここまで二人を眺めてきた私達も同じ気持ちであろう。

(まあ。それでも、男と女の子の事だから気にはするよ)

 と、言うが、友人という認識はありながら、男女という間柄を言い訳にする自分がいる。

(単なる友達のはずなんだけど、何でだろう?)

 誰か見ている訳でもなく、自分の心の中を探るような香取がいる。

 それは、友人を越えた異性というものを認識しているからであるが、自らの心は認めていない。

 友人という気持ちが強いのである。

 本来の友人関係というものは対等であり、または対等であるべきもの。

 ならば、一方が悩みを内に秘めるのは不可解な部分である。

 人としての対等とは、感情を表に出すことも自由であり、出した感情に対して肯定も出来て、否定をする事も自由という事。

 しかしながら、それは多くの場合に友好関係を壊す行為となり、容易に出来る者はいない。

 相手が異性であれば、なおさらであり、それは生まれてきた感情すら押さえ込んでしまう。

 それが、男女という間柄というものだ。

 ほんの少し、気持ちが振れれば、友人は男女を認識する相手に変わってしまう。

 ゆえに、香取の無意識は悩むのだか、心は想いを訴える。

 もし、自分の中に宮崎への好意、または近い気持ちを持っていたとしたら、それは友人を認識している自分への裏切りになるのだろうか?。

 そして、それを表に出さない自分の心は、宮崎への裏切りになってしまうのか。

 さらに言えば、宮崎を想う自分は確かなのだろうか?。

 想う事は多くても、親しい相手を意識をするのは当然でもある。

 そして、それに対する答えを出すことも間違ってはいない。

 それが、今の香取である。

 それでも、正しい答えに至らない。

 ならば、いつもと変わらぬ日常と思えばいいのだが、それは現実逃避である。

 そして、無意識下に押し込む感情は人との間に強い壁を造る。

(分からない・・・、)

 考えに疲れ始めた頃、塀の上に歩く猫を見つける。

(・・・・、あっ、猫!)

 悩む心の救いではないが、

【ニャー】

 と、猫は鳴く。

 そして、頭を撫でてやる前に、自分を見つめてくる猫。

 校舎から自宅への帰り道、何かの答えを求める香取。

 悩む者を慈しむように、猫は塀から降りて、ズボンに頭を刷り寄せてくる。

(この猫は人懐っこい)

 要求されるままに猫の頭を撫でる。

(この猫は桜さん・・・)

 と、その性格を桜に例える。

(でも、人に近寄らない猫もいるよな・・・)

 すり寄る猫に相反するものを思い浮かべ、

(なつかない猫は僕か?)

 と、自分の事に例えてみる。

 その心の内を知らない猫は、なでる手に頭を頭をすり寄せて、気持ち良さげに目を閉じている。

(この子は人懐っこいから、僕と一緒にいる・・・)

 それが桜と自分の繋がりだろうか?。

 それを認めれば、陸は桜の性格上にいる自分でしかなく、それは友好関係とは欠け離れた事柄である。

 しかし、それでも得た答えは受け止める。

(いや、そうあるべきなんだ・・)

 陸の心が定まる。

 しかし、それは感情を押し込める行為であり、それでも友人としての気持ちを大事する事を選んだ自分がいる。

 それは、桜と共にいる自分に疑問を感じたならば、この後も共にいるために自らを抑え込んだ方が良いと結論付けたのだろう。

 しかし、その先は行き詰まりでしかない。

 それでも、

(うん・・。帰るか・・)

 その場を離れる気が起きる。

 そして、気持ちを押し込めた自分が立ち上がる瞬間。

「帰るの?」

 背後からの声。

「わっ!、びっくりした」

 と、陸は声をあげ。

 その声がする方向へ振り向くと、腰を屈めて覗き込む桜がいる。

 (え・・?)

 覗き込むような桜に振り向いたため、二人の顔は近い。

 仄かに紅く、さくらんぼのような艶めきが見える。

 それは、初めて目にするような桜の唇。

「え、ええっ。ど、どうしたの?」

 その色に、陸は動揺する。

 そして、なぜか桜の身体は校舎へと向く。

「今日は芽依が一人だったから一緒に帰ったんだけど、すれ違いになっちゃったね」

 陸からの問いかけに答えず、帰り道が別々になった事を気にする桜。

「えっ、ああ、そうだね」

 芽依と帰ったのは知っていて、あえて遅れて校門に出た事に、少しばかりの動揺をする。

「で、でも、どうしたの?。学校に戻るの?」

 焦りながらも、気になる事を聞くのは、だいぶ先を歩いていたはずの桜が目の前に現れたから。

「忘れ物をしたの」

 と、言った後に、桜は立ち上がり。

「じゃあ、またね!。私の分まで撫でといて」

 と、告げて、足早に校舎へと向かう。

「へっ?」

 早くも立ち去ろうとする言葉に変な声が挙がる。

「あっ、僕も一緒に行こうか?」

 と、共に学校と戻る事に意味は無いが、一人で残る事が気になったのか声をかける。

 しかし、

「あはは、大丈夫だよ。後戻りさせたら、陸君にも悪いし」

 桜は相手を気遣う言葉を告げる。

 そして、走りながら桜は校舎へと向かい、今日の放課後は終る。

 それでも、まだ校舎へ目を向ける陸。

 その心臓の右側は暖かい。

 それが何かは、今は分かる。

(何だ・・・、僕?)

 先ほどとは違う自分がいることを気づく。

(僕は・・、桜さんの事が気になるんだ・・・)

 心臓の右側には心がある。

 友人を想う気持ちをが自らの心が暖める。

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