昼休み2
その翌日の昼休み。
(昨日は散々だったな)
これは昨日の放課後のことを言っているのだろう。
しかし、今の香取は宮崎達と別れた後に見せた恥ずかしい様子を考えれば、ひどく冷静であると感じる。
それでも、疑問を解決すべく一人で悩み、目的としていた放課後の謎は解けたが、心に潜んでいた自分に気が付いた結果、まるで自分で撒いた地雷を自分で踏んだようなものだと思ってはいる。
それでも冷静でいれる理由はと言えば、
(よく思えば、校門で待っていた理由は桜さんが知る訳もないんだから、気にする必要は無かった)
これが妙な落ち着きの理由で、全ては自分自身の気持ちの中で起こった事として、心の中を整理が出来れば、冷静になる事はできる。
昨日の帰り道、結局は御山が現れることはなく、1人で帰宅へと及ぶ最中に、暮れる夕陽に包まれながらの、恥ずかしい自分を振り替える時間は充分にあったのだろう。
その末に、たどり着いた自分が今の香取である。
そして、筋書きまで立てて校門にいた自分が馬鹿に見える。
(でも、疑問に関係なく校門にはいた方が良かった気もするんだよな・・・)
そのうち、頬が紅潮してくる自分が分かる。
(あ~~、やっぱり。すごく恥ずかしい・・・!)
納得はしても、自分自身の中にある気持ちは消えない。
(いやいや、今は桜さんを変に意識している事はないよ)
ただ、自分が経験した想いというものは、思い出す度に込み上げてくるものがあり、恥ずかしい経験ならば、なおさらと言える。
だからと言って、宮崎の前でそんな様子を見せる気もなく、香取も友人以上の意識は持っていないと確信しているのだから気にする事はない。
そして、男女という間柄だといって、ありもしない関係を気にしすぎる事は、友人関係を崩すことも知っているならば、これ以降は悩むことは禁止とした。
それでも、何か、モヤモヤした感覚に捕らわれながら昼休みは進んでゆく。
(まあ、いいや。寝よう・・・)
残る時間を睡眠にあてて、恥ずかしい自分を隠すことにした。
そして、小さな逃避に入るために、机の上にうつ伏せになる瞬間。
「あっ、いた!」
聞き覚えのある声。
そして、この時間に聞くとは思わなかったセリフに少し混乱する。
(・・・・・・?)
うつ伏せになる前の瞬間で、寝ぼけてはいる訳ではないが、見覚えのある声の主が誰かは分かるが、なぜ目の前にいるのかは分からない。
それでも、おそらくは自分に用事があるのだろうと思って、名前を呼んでみる。
「あ~・・・。確か、芽依さんだっけ?」
「そう、北大路 芽依」
と、フルネームで答えつつ、教室の入口辺りから小さく顔をかしげながら手を振っている。
その様子から、他の生徒は何やら親しげな北大路と香取に視線を向けるが、そのような雰囲気は意に返さないのか、香取の前の椅子に座って笑顔を向ける芽依。
何度か顔を合わせてはいるが、訪れて話をする仲ではないと思う。
その雰囲気も気にしない北大路。
「別に、大した用事じゃあないの。急に桜と仲良くなった友達のことが気になって来ただけ」
などと、知り合って間もなく、話題も少ない三人に、これより大した用事があるのかという話題を口にする。
香取だけしか知らないことだが、昨日の今日で悩みが振り返るようだ。
「ねぇねぇ、桜とはどういう関係なの?」
香取の気持ちを思うことなく、極めて単刀直入である。
「関係って聞かれても・・・、」
と、何となくオウム返しをした瞬間、昨日の事を思い出す。
(いやいや、昨日は自分の行動に恥ずかしくなっただけだから)
恥ずかしいかった自分のことを言っている。
宮崎との関係は、単なる友人であり、今は意識をしていない自分がいるのは知っている。
冷静に考えてみて、気持ちに変化が無かったと、確認はしていることで、それは芽依が訪れても平静な自分である事でも理解はしている。
それでも、問いかけには返事が必要ということで、説明を試みる。
(遅刻した間柄てっ、言っても分からないよな・・・)
相も変わらず、分かりにくい説明になるような気がして言葉が出ない。
「桜さんから聞いていない?」
と、説明の代わりに、問いかけにより理解度を確かめようとするが、
「聞いてる。家の方向が同じなんでしょ?」
どうやら、話は伝わっているらしい。
(じゃあ、何で僕のところへ話に来るんだろう・・・?)
ある程度、話が伝わっているのならば、帰りが一緒になった理由を聞いてくる訳が分からない。
約束していた訳では無いことは北大路も知っているのだから。
「別に、桜に男友達が出来てもいいんだけど・・・」
何か、意味ありげな口調に聞こえる。
「桜って、誰にでも親しげでしょ?」
わずかに、話の主題が見えてくる。
(あ~・・・、何だか、分かる)
これまでの香取と宮崎の成り行きを聞いていて、それでも北大路がやってきた理由もなんとなく分かる。
そのことについて、どのように芽依が思っているかは別にして、香取にして見れば高校生活で男子生徒に新しい知人が出来て、会話をする友人になり、たまたま帰りが一緒になっただけで、その相手が女子生徒という事以外、おかしな事をしている認識はない。
それでも、その男子生徒は頭を悩ませて、もう1人の当事者である女子生徒の友人が訪れているのだから、変に二人が親しげな雰囲気をかもしているのだろう。
それは知り合って間もない香取でも感じとれる事でもあり、長い付き合いである北大路ならば分かって当然なのかもしれない。
(親しげ過ぎる性格だから、ちょっとした事で勘違いされちゃうんだろうな)
それは宮崎の性格のこと。
そして、香取自身も変に意識していたことから、どのように他者が感じるのかは理解が出来る。
「香取君も分かるでしょ?。」
と、聞かれて、
「うん、分かる」
と、返事をしてしまう。
確かに、宮崎には小さな言葉一つでも、相手に深読みさせる雰囲気がある。
しかし、北大路が言っている「誰にでも親しげ」という言葉を、素直に受け入れても宮崎の性格を軽んじているような気がして、そんな気持ちが働けば、言わなくてもよい言葉が出ることもある。
「あ~、でも、単なる友達だよ。僕らって・・」
どこか、何かをごまかしているような返事が口から漏れる。
(あれっ・・?)
口にした直後に、違和感を覚える香取。
「・・・、詳しく聞いていないかも知れないけど、数日前に遅刻しそうになって・・、」
なぜか、分かりにくい話が口に出て、ますます収まりの悪い方向に向かっていく予感。
(うん・・?)
どつぼにはまる気がする。
北大路がやって来た理由が何となく分かるにもかかわらず、思っている事とは違う宮崎との関係性を述べている気がする。
(あれ、あれ?。今、僕おかしな事を言っていないか?)
再び、昨日までの香取を呼び起こすのか、頭の中が混乱してゆく。
そのような状態を芽依が感じ取れば、ようやく手に入れた平静は無に返ってしまい、あせる香取と二人の関係性を気にする北大路の間に亀裂か入るか。
と、いう瞬間。
「うん、それも桜から聞いている。まあ、そんな感じで人と仲良くなるのは、いつもの事なんだけど・・・」
と、言うことらしい。
「へっ・・?。いつもの事なんだ・・・」
親しげな友人達を気にしながらも、親しげになる理由は分かっているらしい。
「そう、すぐに人と仲良くなるの」
今一度、親しげになる理由を口にする芽依。
ここで一旦、北大路は下唇に指を当てて、思案するような様子を見せる。
ここらあたりが、昼休みにやって来た理由があるのだろうか。
「あっ!、別に陸のことを疑っているわけじゃあないの」
などと、思い出したような言葉を口にして、場を取り成す雰囲気を見せても、特別に香取を嫌う様子も見えず、意味深い重めの会話を考えてみれば香取の気持ちを気にかけるのは分かる。
(うん、そうだろうね。疑っていれば、からかう訳も無いし、呼び捨てにしないと思う)
香取も同様に思うのか、気にはしていないようだ。
おそらく、北大路の性格も、宮崎とは違う方向で親しげなのであろう。
「でもね、朝に少しだけ顔を合わせただけでしょ?」
話が本題にもどる。
「それで、その日に帰りが一緒になるのってところが、理解が出来ないって感じ?」
「そう!、何で分かるの?。陸ってすごくない?」
何やら、話し相手を気にかけながらも、グイグイ来て押しが強い。
(それは分かるよ・・。だって、僕も同じ疑問を持っていたし)
やはり、他者から見ても同じなのか、共感までとはいかないが一抹の安心は感じることは出来る。
自分の友人と男友達の間柄を気にするて女子に対して、安心を共感するのもおかしいと思えるが、そう感じるという事は大した用事で問いかけている訳ではないのかもしれない。
「でも、結局は僕が先生に怒られて、校門に立たされているって思い込んで、声をかけてきたらしいよ」
「うふふ、それも聞いた。桜から聞いているから。小学生扱いしたんでしょ?」
面白がるような返事が返ってくる。
正解に言うと、宮崎が小学生扱いしたわけではなく、立たされている事を否定するために小学生を引き合いに出しただけだが、聞きようによっては面白く聞こえるのは分かる。
結局のところ、香取と宮崎の関係を気にしているようで、それと合わせて香取を楽しむような雰囲気も感じる。
「それはともかく、誰にでも親しげにも関わらず、桜は気を使いすぎるところもあるの」
面白がるからかい気味から、まともな話になり、話の主題が見えてきた。
おそらく、北大路が来た訳は、知り合って間もない二人が、共に帰宅するという友人という一線を越えているような事を気にしているんだろう。
そして、遅刻からの知り合いと言うよりも、教師に立たされたと思い込んで、声をかけて来たのが始まりである事が分かる。
「うん、僕も気づかいは嬉しいんだけど・・・」
「それを見て、楽しむような私もおかしいんだけど」
それも分かる。
ここまで、多少のあせりはあっても、押し黙る事なく話が進み、時おり入る芽依の言葉により重い話がおかしい方向へ向かっていないのは、芽依の性格に助けられているのだろう。
「無邪気っていうか。だから、桜って友達が多いのよね」
引き続き、話は本題に沿ってゆき、
「でも、今回は展開が早すぎ」
はっきりと会話の主軸を伝えてくる。
やはり、友達以上の関係を気にしているらしいが、悪気を感じさせず、なおかつ宮崎の事を気にして、話をしているのが良く分かる。
これもまた芽依の性格の一端で、気さくでありながらも、友人の周囲を気にする事が出来る。
それが芽依という存在で、誰にでもなじみやすい宮崎のストッパー役になっているんだろう。
(う~ん・・・、そうだよね)
そのようなことが分かるから、香取も正直に話をしてみる気になる。
「うん。だから、僕も桜さんとの事を不思議に思って、昨日も校門に立ってみたんだ」
二人が知らない昨日の放課後を話してみる。
「実を言うと、いつも一緒に帰る御山君に彼女が出来たらしくて、昨日は校門で待つ必要が無くなったんだけど、もしかしたら桜さんが来るのかもって思った」
この言葉では、宮崎を意識しているように聞こえるが、
(でも、まあいいや。変に気にしていたのは事実だし・・)
北大路が真剣に話をしているのに、ごまかすような事は間違っているような気がする。
「芽依さんが知っているように、たまたま帰り道が一緒になって、その日だけだと思っていたら、別れ際に「また明日ね~」てっ言われたんだ。それが気になって、昨日も校門で待っていたんだ」
北大路が気にしているであろう内容を話してみた。
「あっ、そういう事ね」
「変かな?」
「う~ん、それは変というより、単に一緒に帰るつもりでいた桜を待ちぼうけにしないための、陸の気づかいっていう気がする」
ここで、香取は気付く。
(あっ、そういう事か)
昨日の放課後、校門にいた方が良いと思っていた理由が分かる。
今は、宮崎を特別視する自分はいないが、変に気にしていた自分がいたことで、宮崎の行動を見失っていた気がする。
(僕が一緒に帰ることにこだわっていたのかもって思っていたけど、単に桜さんの待ちぼうけが気持ちの中にあっただけなのかも知れないな)
仮に、宮崎を気にする事なく帰宅に及べば、芽依の言うように、宮崎は校門で立ちつくしていただろう。
これは香取の行動に対して都合の良い理由付けとも思えるが、今は気にはしない。
今日の昼休みまで続いていた放課後の疑問を、さらに解決へと導くためには、北大路の問いかけに答えてゆく方が重要に思えるからだ。
そのための話は続く。
「そうしたら、桜さんと芽依さんが、二人で帰る様子が見えたから「また明日ね~」てっ言う意味は放課後のことじゃあ無いって理解が出来た」
これが香取だけが知る、放課後の内訳である。
あとは、桜の友人である北大路の判断に任せるしかない。
当事者二人の問題に友人という第三者が判断するのも疑問に思うが、少なからずの男女ということならば、女子の親しい女友達の判断に従うのも間違ってはいない。
(僕にとって桜さんは友達でしかないけど、その子の友達に疑われたら、しょうがないよね・・)
何か、神妙な雰囲気をかもし出しているが、新たな男友達と自分の女友達の関係を気にしている者に対して、友人であることのこだわりを押し付けても、宮崎と北大路の関係を壊すことにもなり、香取と北大路の関係も歪む恐れがある。
ゆえに、北大路の言葉を待つ。
しかし、
「それ、いつも別れ際に言う桜の決めセリフなのよ。うふふ、子供みたいでしょ?」
神妙な雰囲気に似合わない返事が返ってくる。
「・・・、なんだ。何となく気付いていたけど・・、最初に聞いた時は、どうしたものかと思った」
取り越し苦労、または拍子抜けするような返事に戸惑いながらの言葉をかえす。
「うん。でも、昨日は桜も校門に陸がいと思うから、一緒に帰るって言ってたの。だから、私も深い意味があったのかと思っただけ」
「えっ?、そうなの・・?」
話が一転して、振り出しに戻るようなセリフ。
(???・・)
「でも、違ったみたい。私が一緒でも良かったみたいだし」
(なんだ、芽依さんと一緒でもてっ事は、特別な意味はないって事だからいいや)
思った通り、かえって納得が深まり、問題は無くなった。
「うん。桜が言っていたように、陸が真面目ってことがよく理解出来た」
思ったより、二人は深く香取の事を話しているらしい、それは長く親しい友人ならば当然と言えて、良い理解を貰っていると思う。
「ごめんね~、本当に陸を疑っていた訳じゃないのよ?。って、言いたいけど、桜との間柄を探っておきながら、そんなこと言えないよね!?」
「いや、大丈夫。ますます、疑問に思っていたことが解決したから」
「そう?。何だ、良かった!。でも、陸が何を気にしていたか、なんとなく分かる」
香取自身も宮崎との関係が、どのようなものか気にしていたのかを知ったのだろう。
それが北大路の目的であり、
「でも、本当に陸のことを変な人って思ってなんかいないのよ?。ただ、桜との距離感を知りたかっただけなの」
芽依からも嘘のない本心を聞いて、話は落ち着く。
そして、香取の人柄も知るというのも昼休みに訪れた理由なのであろう。
それに対して、香取から昨日の放課後の様子を正直に話したことで人柄が見えて、友人としての信用も得たということ。
ついでに、宮崎の性格を北大路から聞いて、香取自身も宮崎との距離感知れた気がする。
充実過ぎる昼休み。
そして、午後の授業を知らせるチャイムが鳴る。
「あっ、授業が始まる」
そして、自分の教室に向かおうとする芽依。
その最中、ふと立ち止まり、振り返ってから昼の最後に言葉を添える。
「もう分かっていると思うけど、私も友達だよ!」
何かと思えば、分かりきった事を言う。
「うん。知っているよ、桜さんと仲が良いよね」
と、分かりきった事に返す言葉は無難な返事。
しかしながら、特別に言うべきこともない。
「違う、違う。桜じゃあなくて、私が言っているのは陸と私が友達ってこと!」
あらたまっての友達宣言。
少しばかり驚くが、また一つ、昼の充実が増えて、高校生活の楽しみが増えた。
と、いう事があり、その日以降も宮崎と帰ることが多くなった。
毎日といった訳ではないが、以前よりも帰宅か共になる二人。
そして、いつの間にか芽依を放課後に見かけなくなった。