夕方2
そして夕方。
午後の授業も終わり、放課後になる。
御山を校門で待つ理由は無くなった。
しかし、彼女が出来たと言っても、毎日の帰りが共になっているとは限らない。
幸いというか、一昨日の「彼女が・・」という話はほとんど頭に入っていない。
実際は香取がうわのそらになっていただけで、御山は「彼女が出来た」と伝えたのであろうが、それは考えないことにした。
都合の良い解釈ではあるが、校門に立っても悪い訳でもない。
とはいえ、すでに宮崎が帰宅している可能性もある。
よって、昨日と同じくらいの時間だけ、校門にいることする。
(確か、昨日は25分くらいだったかな?)
少々、長めであるが、確かな目的があるせいか、特に時間は気にはならない。
そんな心持ちでいるが、思いの外に早くも、待ち人は現れる。
「あっ、いた!」
今日も同じような声が聞こえるが、しかしながら、これは芽依からの言葉で、
「だから言ったでしょ?。陸君がいると思うって」
と、一緒にいる宮崎からの声も聞こえて、その「あっ、いた」という声を聞いた時点で、香取は気になっていた事は解決したと思う。
なぜならば、香取が校門にいることを想像しているということは、共に帰る友人を待っていると思っているに他ならず、更には「いると思う」という言葉は、いない可能性も示しており、その時点で今日の帰りを約束したつもりではない宮崎が存在している。
(うん、やっぱりね)
やはり、昨日の言葉は放課後のことを指している訳では無かった。
と、思う。
しかしながら、香取の方が一緒に帰るつもりで、宮崎を待つために校門にいると思われている可能性もある。
しかし、桜は芽依と共にいて、一緒に帰る様子を見せているならば、昨日の「また明日ね」の言葉は、今日の帰りも一緒にという事ではないことが分かる。
だからといって、単に友人と帰るとは口に出来ない。
もし、二人のどちらかが御山と同じクラスで、今日の香取が1人で帰宅すると知っている可能性もある。
そうなれば、御山から彼女の事を聞いた覚えがないと答えればいい。
などと、筋書きを確かめつつも、続く二人の会話を待ちわびる香取。
そして、それを見越したように桜と芽依は会話を続ける。
「だから言ったでしょ。香取君も友達と帰るって」
と、芽依が言う。
早速、香取が校門に立つための理由である御山の話題になって幸先は良い。
そして、この時点で、桜と芽依の二人が御山とクラスメイトではなく、もしくは親しく話をする関係ではない事が分かる。
と、すれば、
(今日は御山君と帰るって言えばいいんだ)
と、返事は決まる。
トントン拍子に話が進み、気持ちが良いくらいだ。
「だったら、いいじゃん。みんなで帰ろうよ」
引き続き、桜からの提案が上がり、これは想定外の言葉が耳に入る。
思惑通りの展開に安心しながらの、口を開くタイミングを待っていたにもかかわらず、
(えっ??)
香取の心は驚きを隠せない。
そして、自分が考えていたことが思い込みであることに気付く。
(そういう展開があるのか・・・)
そう、それはどのような展開かというと、香取が御山を待っているから宮崎は共に帰らないではなく、または芽依と宮崎が共にいるから、香取は一緒に帰らないでもなく。
みんなで共に帰る可能性があるということ。
間違いなく、想定外である。
思いもかけない言葉ではあるが、とはいえ、御山を加えて友人がそろって帰ることに問題はない。
今日、校門に立っているのは、宮崎が共に帰るつもりであったのかを確認するためのもので、それが分かれば、他の事は気にする必要もないから。
しかしながら、解決したと思い込んでいた結果は全く解決していなかった。
そんな混乱を知る訳もない女子の会話は続いてゆく。
「えっ、みんなで~?。別にいいけど~。でも、本当にいいの?。ふふふ」
何か、宮崎をからかうような芽依と、
「もうっ、違うよ!」
なにかを否定する桜。
「え~、そうなの~?」
「そうよ、なんだか芽依ってば、いつもと違うみたい」
主体性が欠けているせいか、会話は的を得ないが、香取の思惑は無視して話が続いていることは分かる。
(・・・。いや、よくは分からないけど、とりあえずは、友達を待っているって答えなくて良かったな)
疑問は解決してはいないが、来ないであろう御山を待つ事に二人を巻き込む気はないらしい。
「そうよ。偶然でも、みんなで帰った方が楽しいでしょ?」
それでも、みんなで帰るつもり満々の宮崎。
(あれ?。偶然・・?)
宮崎からの言葉に、何かを気付く。
(ってことは、やっぱり一緒に帰るつもりじゃあ無かったのかな?)
頭の中が二転三転する。
「偶然でも」という言葉は必ずしも香取と会うと、想定をしていない証拠でもあり、
(うん、やっぱり、特別な意味は無かったんだな)
これで疑問が解決したような気がする。
ならば、早々と今日の放課後を締めるために、言葉をそえる。
「いや、今日は帰りに寄りたいところがあるから・・」
多少、愛想はないが、あるはずの無い用事も作って、今日は別々に帰ることにした。
一緒に帰っても問題はないのだが、きっと御山は来ないのだろう。
「え~、そうなんだ・・・」
と、言うのは桜で、
「じゃあ、しょうがないね」
芽依は早くも、別々の帰宅を決める。
宮崎をからかい気味にもかかわらず、やけに決断が早い気がする。
「しょうがないのかな・・」
「だって、寄るところがあるって言っていたのに、無理に誘ったら悪いよ」
当たりさわりのない正論である。
「う~ん」
それでも宮崎は悩み、
「う~ん。って、悩んでも仕方がないじゃない。約束してた訳じゃないんでしょ?」
芽依の一言で、話は終わる。
(そう、約束していた訳じゃ無かった)
と、二度の念を押されるように、疑問も完全に解決した。
それは決定した事案であり、再び思い返すつもりはなく、全てが終わったと思いたい。
(ふう、何とかなった・・・)
トントン拍子はどこに行ったか、混乱と焦りをともなう放課後は過ぎ去るか、ようやく訪れた安心。
さぞかし心地の好いことだろう。
「また明日ね~!」
と、ただ一人、安堵する香取を残して、当事者である宮崎一人を含む女子は校門を離れる。
そして、今日も「また明日ね」の言葉、それは多少の混乱をともなった言葉ではあるが、今では特別な意味は持たない。
その証拠に、二人を見送る香取がいて、丸一日も悩んだ末の平然がある。
全ては、何事もなく、香取は変わらぬ日々である事を確信した安心。
しかし、混乱の後に訪れる平然は、新たな動揺を呼ぶ。
(待てよ?。今思えば、一緒に帰るかどうかなんて、気にしなくても良かったんじゃないか?)
なにが引っ掛かる感じを覚える香取がいる。
そして、全てが済んだことを引っくり返す疑問に気付く。
思えば、宮崎からの言葉によって校門に立ってみたのだか、自分の性格を考えれば、疑問にかかわらず校門には立っていただろう。
なぜなら、御山が彼女と帰宅するかを、香取は明確に知らないから。
全く、今回の疑問には関係のない理由ではあるが、御山が来るか来ないかを知らないまま、1人で帰宅へと及ぶ香取ではないということ。
と、いうことは、今日も変わらず校門に立ち、宮崎が来るか来ないか、そして共に帰宅する様子が見えれば、疑問に感じていた事は解決したはず。
しかしながら、宮崎が新しい友人関係を崩す様子も見えず、結局は何の変化もない放課後を迎えている。
(え?、僕は・・・、何を言い訳がましく筋書きまで立てたんだ?)
混乱から立ち直ったからこそ分かる自分がいる。
(・・・・。うわっ、僕って恥ずかしくない?)
何が恥ずかしいのだろうか?。
それは一緒に帰る事を特別視して、校門で待つという行動に理由付けしていた自分を知ったから。
そして、香取、宮崎、そして芽依といった人の内で、妙な意識を持っていたのは香取だけであり、その立ち位置が恥ずかしい。
自分の行動に赤面する男子学生が残される、今日の放課後。
それに合わせて、沈む夕陽も一層の赤みを増して見えるのは偶然か。
(あ~~!、僕だけじゃないの!?。変に意識していたのって・・!?)
思春期ゆえの恥ずかしい男が誕生した瞬間である。