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さくらんぼ  作者: 山口 修
2/9

夕方

 その日の夕方。

 香取が校舎の門に立っている。     

 すでに授業は終わり、帰宅へと向かう学生達が次々と門を過ぎる陽が傾きかけた放課後。

 香取も朝の遅刻から始業の際に遅れることなく教室へ入ることが出来て、担任からの呼び出しも無く、こうして他の生徒と同じ時間に帰りを共にする友人を待つ。

 同じように校門をくぐる生徒の中には友人と共に帰宅する姿が見えて、入学から数週間の内に親しい間柄といえる同級生が出来た新入生らしき姿も見える。

 その生徒達と同様に香取も友人を待っているが、友人といっても家の方向が同じというだけの間柄で、帰宅時に話をする程度で、新入学間際の新しい友人となる一歩手前といった同級生である。

 そもそも香取はクラスでも特別に目立つ存在でもなく、まだ親しいといえるクラスメイトはいない。

 今、待っている友人もクラスは違い、特に待ち合わせを約束している訳でもない。

 そのせいか、待ち合わせの時間が長くなる日もあり、校門で手持ちぶさたな感じを覚える時もある。

 今日も校門に立ってから、すでに15分は経つ。

「う~ん、今日は一人で帰ろうかな」

 と、待ち飽きた感覚を口にする。

 そのような香取、そしてその香取に声をかける生徒がいる。

「あれ?、朝の・・・」

と、聞きなれない声が耳に入る。

 待っていた友人の声でもない。

 その声に振り向き、香取 は少し驚いたような声を出す。

「えっ?」

 その目線の先にはなんとなく見覚えのある女子生徒。

 そう、朝の校門で遅刻を免れた女子生徒の宮崎がいる。

 宮崎は友人を連れて校門をくぐった際に香取を見かけて声をかけたらしく、香取にしてみれば声をかけられた事の認識は出来るが、宮崎から声をかけられる状況は理解が出来ない。

 二人は朝に目が合ったとはいえ、言葉を交わしている訳でもなく、それゆえに学校からの帰り際に声をかけられる理由が見つからない。

 そんな状況であるからの短い間の沈黙が起こり、その小さな合間に目が合う香取と宮崎。

 お互いに見つめ合う立場でもないと思うはずであるが、

「あはっ、今日は大変だったね」

 と、宮崎の方は気がねない言葉をかける。

 何気無い宮崎の一言。

 その言葉は一層の混乱を招くのか、更に香取の目は丸くなり、対して宮崎の口元は少しばかりの柔らかみを帯びる。

 そして、一緒にいた宮崎の友人は香取に興味を持ち、

「何?、なんなの?」

 と、いった感じで声をかけてくる。

 それも無理はないと言える。

 今は入学間際ということで、新しい生活と新しい人付き合いが始まる時期、高校生という思春期にあたる時。

 ならば人との関わりを気にするのは当然のことで、異性の関わりならば興味を引くのはのなおさらのこと。

 しかし、

「ううん、何でないの。ただ朝に少しね」

 と、宮崎は言葉を濁すような返事をする。

 なんとなく、話をごまかすような言い回し。

 しかし、「朝に少しね」という、あいまいな返事は今日の朝、香取と宮崎に何かがあって、何かが生まれたという意味になり、

 「え~、朝?。朝に何かあったの?」  

 当たり前のように香取と宮崎をつなぐキーワードである朝について聞いてくる。

「何って、少しだけ知り合いになったの」

「でも、朝でしょ?。今日の桜は遅刻寸前で教室に入ってきたでしょ?。男子と知り合う時間なんてあったの?」

 香取と同様に宮崎も授業開始間際の教室入りだったようだ。

「そうよ。だから、知り合いになれたんだよ」

 何か、知り合うきっかけをたずねる宮崎の友人に返す言葉は知り合う結果に至らず、

(えっ?、なんて?)

 と、香取は心の中で何かつかみどころの無い会話になっている事に気づいている。

 それは女性が持つ長い話好きな性質なのか、または思春期ゆえの好奇心が先立から噛み合わない会話になっているのだろうが、高校生の香取には分からない。

 それはともかく、二人のやり取りを聞いている香取の目も丸いままで、それをよそに宮崎と友人の話は続く。

「え~、少しだけって、どうゆう事?。どんな事があったの?」

 などと、繰り返し宮崎の友人は聞いてくる。

「どうゆう事って、聞かれても・・・」

 香取との関係を聞いてくる友人に説明をしようとする宮崎の声は再び言葉を濁したような返事になる。

 それもそのはずで、朝に遅刻しそうだった宮崎と、遅刻の宣言を受けた香取というだけの小さな関わりなのだから説明は難しい。

 二人のやり取りを聴いている香取でも、自分が声をかけられる関わりであるのか?、と思っているのだから。

 単に、遅刻した香取に小さな笑みを向けた宮崎のほんのわずかな関わり。

 その事を友人に告げるかを考えているような宮崎であるが、ふいに顔を香取に向いて、

「そう、ちょっとだけ知り合いになったのよね?」

 と、同意を求める。

 突然に同意を求められた香取。

 依然、状況が飲み込めない状態ならば、返事も出来ずにいる。

(え・・、何?)

 と、頭の中で思うが、言葉にはならない。

「もうっ、急に話を振ったら、困っちゃうよ。彼」

 先ほどまで、二人の間柄を探っていた友人が、今度は一転して宮崎の言葉を静止する。

「え~。でも」

「でも、じゃあないし。桜は、誰にでもいつも通りなんだから」

「え~、いつも通りって何?。それに芽依が聞いてきたんでしょ?」

「そうだけど、彼も驚いてるみたいだから、いいじゃない」

 何が、いいのか分からないが、止め度なく続く女子二人の会話。

「うん、私は大丈夫。二人はちょっとした知り合いになったのよね!」

 と、芽依と呼ばれた友人は何の説明も無いまま大丈夫という状況の理解を表す言葉を口にする。

 恐らく、二人の会話が香取の頭を混乱に導くと思ったのか、話を終わらせる気になったらしい。

「了解!。まあ、男友達てっていうのが気になるけど、新しい知り合いって事ね?」

 この言葉は香取に向けたもので、突如に顔を向けられて同意を求める芽依。

 しかしながら、宮崎からの同意にも理解が出来ないのだから、芽依と呼ばれる女子生徒からの言葉にも理解が出来るはずもなく。

(いや・・、僕は理解していないよ?・・・)

 このように心の中で思い、逃げ道を探るように無顔を宮崎の方に向ける。

 しかし、考え事をしているかのように、宮崎は右手の人差し指をこめかみに触れて、香取の様子には気付かない。

「う~ん、いいのかな?。でも、朝に知り合ったのは本当だし・・・」

 独り言のように頭の中の言葉を口にしている。

 そして、

「そうだよね?」

 と、今度は宮崎が振り向きざまに香取に同意を求める。

 たび重なる同意。

「あ・・、うん、そうだね・」

 今度は、なんとなく香取の口から返事も出る。

 本心は宮崎に助けを求めたのだろうが、逃げ道をふさがれた上に追い討ちを打たれたようで、口から声がもれただけに違いなく、そのあとに続く言葉は、当然のように無い。

「あっ、ごめんね。時間を取らせちゃったかも」

 と、ふいに時間というものを思い出したかのような宮崎。

 それをきっかけに、長い「じゃあ、帰ろうか。桜」   

 と、芽依からも締めの言葉も出るが、

「えっ、もう帰るの?」

 宮崎は驚きを示すような返事。

(えっ、帰らないの?)

 と、香取の心の声。

「帰るでしょ。今、彼に時間取らせちゃったって、言ったし」

「そっか・・・。うん、長話しちゃったし・・」

 帰りをせかす芽依の言葉に理解を示しながらも、どこか帰りを惜しむような宮崎。

(まあ、僕は何だかよく分からないままだけど・・、帰った方がいいと思う)

 疑問とわだかまりの表すような香取の心だけが残る。

「じゃあ、今日は帰ろう」

 いきなり、宮崎が会話の終わりを告げる。

 宮崎と芽依、二人の会話が終われば校門を離れるのは早い。

「じゃあね!、ふふふっ。新しい知り合いさん」

 と、口に手を当てて、話が済んだゆえの、締めにふさわしい一言を残す芽依。

 その芽依に頬をふくらませる宮崎。

「もうっ、彼を困らせているのは芽依でしょ!」

「違うよ~、困らせているのは桜の方だよ~?」

 と、最後に思春期らしい会話を残しながらも、やはり芽依には混乱に及んでいる香取の心持ちが分かるようで、からかい気味でも宮崎の言動を抑えるような言葉で締めくくる。

 思わぬ所で思わぬ女子に声をかけらて、つかみどころの無い女子同士の会話に続き、再三求められる同意に、ついていけない香取の頭もわずかに落ち着きを取り戻す。

(まあ、それが女の子なんだろうな・・・?)

 そんな香取を残して宮崎は小さく手を振り、校門から離れてゆく。


 それと入れ替わるように香取が待っていた友人も門をくぐり、

「やあ!!、待たせたな。ようやく来れたよ!。ふふん!」

 何か、遅れ気味でもあるにもかかわらず、妙に明るい声で香取に声をかける。

 そんな友人に気付いているのか、いないのか。

「ん・・?。ああ、大丈夫・・」

 と、香取は気の無い返事。

 そして、香取も友人と共に校門を離れる。

 少し先に宮崎とその友人が共に歩く姿が見える。

「なあ~。俺さぁ・・・、女の子・・」

 これは香取の友人からの声。

 何か、語尾に思春期らしい言葉が混じるが、

「え、ああ~・・」

 と、浮いた言葉も香取の耳に入らない。

しかしながら、

(何なんだ・・、今日は・、?)

 今日はいつもと少し違うと心に感じることは出来る。

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