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運命の相手はわたしではないと思うのですが、なぜ結婚へ向けて話が進んでいくのでしょうか!?  作者: ねむのき新月


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8/8

運命の相手

 応接室にいるカスバート様は、今日も隙のない装いで、相変わらず麗しいです。

 わたしを見ると、うれしそうに微笑みます。


「リディア」


 この笑顔がよくないんです。勘違いさせる笑顔です。他の誰か――本命の令嬢にだけしたほうがいい笑顔ですよ。


 わたしは小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着けました。


「カスバート様。お待たせいたしました。いらっしゃいませ。今日の御用は――」


 婚約解消の話をしやすいように水を向けたつもりでしたが、カスバート様はテーブルに何やら図面を広げています。


「ベリーを摘んでいたのかな? 突然やってきて邪魔をしてすまない。ジャム工房の件なんだけど」

「……ジャム工房?」

「そう、きみ専用の。実は内緒にして驚かせたかったんだけど、使うひとが使いやすいようにこだわりがあるかもしれないから、まず話をするようにと職人に言われてしまって」


 図面はジャム工房のものだったようです。

 わけがわかりません。


「でも、あの、婚約は解消では?」

「……解消って。なぜ? え? り、理由は!?」

「わたしは運命のお相手ではありませんでしたので」

「ああ、そういう……。びっくりした……。さすがに色々動揺はあったんだけど、ぼくはいまでも、きみが運命の相手だと思っている」

「でも、それはレスリーだと」


 長年の思い人が男性だったという話では、体裁が悪すぎるということでしょうか。

 幼い頃の話なんですから、これから素敵な女性に出会えば、すべて笑い話にできるんじゃないかと思います。


「ピンクのドレスを着ていたのは、レスリーだ。確かに、あのときは彼を女の子だと思っていた。木登りもレスリーだった」

「そうです」


 わたしがうなずくと、カスバート様は言いました。


「先日、レスリーに会いに行ったんだ。ぼくひとりで」

「え」

「詳しい話をしてきたんだよ。あの時、翌日、森へ行ったのは、間違いなくきみだと、レスリーは言ったよ。木登りをして課題をしそこねた罰で、レスリーはその日はずっと勉強をしていた、と。森へ行ったのは男の子の服を着たきみだった。きみが面白がった通り、ぼくは、きみと彼の区別もつかなかった愚か者なんだ」

「す、すみません。でも、気づく人は本当に少なくて」


 あんなこと、しなければよかったと、心の底から後悔しています。


「ピンクのドレスの女の子に一目惚れをした。でも結婚するって決めたのは、森の中でぼくにベリーを食べさせてくれた子なんだよ」

「……」

「ふたりで森へ探検に行ったんだ。それも、覚えていない? 美味しいものを教えてあげるって、きみはぼくを誘ったんだよ。でも、天気が急変して雨になった。狩り小屋で雨宿りしながら、きみが道々摘んできたベリーを二人で食べた。雨はすぐ止むから大丈夫、これを食べていればお腹も空かない――そう言って、楽しそうに雨空を眺めていた。そして、帰ってこないぼくたちを心配した大人たちが騒ぎだして、狩り小屋にいるはずだって知っているレスリーの案内で、見つけてくれたんだ。ぼくはそのあと発熱して、数日、その家に、ヴェーガモ伯爵家に厄介になっていた」


 ちょっと待ってください。何か思い出しそうです。

 あれ?


「そのとき、エルダーベリーのジャムを食べた。お湯で割ってあってね、甘くておいしかった」


 ――エルダーベリーのシロップは、ショウガが入っているから、美味しくないもの。ジャムをお湯で溶かしたほうが、甘くて美味しいわ。


 幼い頃の自分の声が、聞こえたような気がしました。


「あれは……。あのときは……」


 それは確かに、自分が言った言葉です。

 そうです。


「……風邪にはエルダーベリーのシロップがいいのですが。わたしはショウガが入っているシロップが苦手で、エルダーベリーのジャムをお湯で割って飲んでいたんです。それで、そのほうがいいと思って……」

「うん。リーが看病してくれたって、聞いた」

「看病ではないです。うつるといけないからと、近寄らせてはもらえなくて、一度だけ、その飲み物を持っていっただけです」


 雨に濡れて、具合が悪くなって、ベッドで横になっている少年は、本当に辛そうだったから。

 森へ行こうと誘ったのはわたしだったから、熱が出たのはわたしのせいだと思ったんですよ、カスバート様。


 どうして忘れていたんでしょうか?

 かなり重要な記憶ですよ!


 わたしが黙っていると、カスバート様が続けます。


「ぼくたちが帰ったあと、きみも熱を出して、しばらく寝込んだそうだよ。そのせいで、きみの記憶もだいぶ埋もれていたのかもしれないね」

「すみません、思い出しました――」


 ああ、そうですね。

 わたしがジャムを作りはじめたのは、それからです。

 思えば、森でベリーを摘んで食べていただけだったのに、ジャムを作りたいと言い出したのは――作り始めたのは、あれがきっかけだったんですね。

 

 色々、忘れていたことや思い出したことで、情けないやら恥ずかしいやら、わたしは両手で顔を覆いました。穴があったら、入りたい気分です。


 カスバート様は、少しだけ言いにくそうに、わたしに向きました。


「ぼくも本当のことを言うとね、運命でも純愛でも、ないんだ。十代半ばくらいから、婚約の話があちこちから舞い込むようになった。両親からもせっつかれて、そんな話から逃げるために、あの時に出会ったあの子と結婚するからって、言い続けていたんだよ。見つかるわけがないと思っていたし、見つかっても子供の頃とは違っているだろうから、そのときはまた理由をつけて逃げればいいと思っていた」


 つきんと、胸が痛みます。でも、これは、わたしが言っていたことでもあるのです。


 子供の頃の好意なんて――。


「紹介される令嬢は、ただ微笑んで、ぼくの外見や身分を誉めて、母親の言う通りに行動する。そんな女性と婚約したり結婚したり、考えられなかったんだ」

「お言葉を返すようですが、そういうふうに育てられるのです。でも少し話してみれば、また違う面が見えると思います。カスバート様、残念なことをなさいましたね」


 少なくともリネット様は、あなたが欲しくて、わたしに文句を言う自我がありましたよ。


「そうだね。そうかもしれない。でももう、他の令嬢はどうでもいいんだ。ぼくが求婚すれば、断る令嬢はいないと思っていた。ぼくは、家柄も容姿も財力も申し分ないだろう?」

「ご自分で言ってしまうのですね……」


 間違いなく事実ですが、わたしは小さく笑みを漏らします。


「でもきみは、人違いだとずっと言い続けて、ぼくの思い人を見つけようとまで考えていた。自分がそうだと認めれば、すんなりぼくと結婚できたのに」

「どなたとも結婚する気はなかったので。それに、本当のお相手が見つかったとき、カスバート様もわたしもその方も、色々と問題が生じると思いましたから」

「うん、そういうことを考える令嬢はね、いないんだよ。少なくとも、いままでぼくの周りには、いなかった」


 カスバート様は、わたしの髪を指に巻き付けました。


「最初は、結婚話を静かにさせたくて、きみと婚約した。きみがあのときの女の子だとぼくが言えば、周囲は納得するからね。きみに結婚を押し付ける形になったけど、公爵家からの求婚なら、伯爵家や普通の令嬢は飛びつくと思っていたし、結婚後はお互い自由にしようと、話せばいいと考えていた。貴族同士の政略結婚には、よくあることだし」


 この発言だけ聞くとかなりひどい男性ですが、カスバート様には自覚があるのでしょうか。


「カスバート様。それ、わたし――というか、女性全般にたいして、わりと失礼です」

「うん。その、本当に申し訳ない」


 とりあえず、反省しているようですので、許しましょう。

 ――惚れた弱みというものも、わたしにはありますから。


 カスバート様はわたしの髪で遊びながら、話を続けます。


「でもきみは昔のままで、きみと一緒にいると、ぼくはなんの責任もなく、ただ楽しかったあの時に戻ったようで、とても幸せな気分になるんだ。ツリーハウスの話も他の令嬢にしたことはないよ。きみはどんな反応だろうと思ったら、あはは、手伝いを申し出てくれる令嬢は、きみ以外には絶対にいないよ」


 わたしはうれしさと恥ずかしさで、真っ赤になっていると思います。


「きみは、ぼくが求めていた運命の相手で間違いないよ。たとえ昔のことがなかったとしても、万が一人違いだったとしても、ぼくはきみが運命の相手だと思っている。きみもそう思ってくれていたら、うれしいんだけど」


 カスバート様の緑色の瞳が、わたしをまっすぐに見つめていました。


「わ、わたしは、変わり者だそうです」

「微笑んでいるだけの令嬢ではないから変わり者だというのなら、ぼくは変わり者のほうがずっといい」

「ジャム作りの令嬢と呼ばれていて」

「きみのジャムは美味しいし、大好きだよ」

「わたしは、こんなに地味で」

「は? ミルクティ色の柔らかな髪とスモーキークォーツみたいな瞳は地味じゃない。滑らかな磁器のような肌、大きな丸い目、小さな鼻、ふっくらした唇、ぼくを少し見上げて話すきみの姿は、とても可愛いらしいし、でかけた先で色々なものに興味を持って、きみはいつもきらきらしているよ」


 ちょっと待ってください、一体、誰の話をしているんですか? わたし!?

 真顔でそんなことを言わないでください。

 でも、じんわりと全身が熱を帯びていくのが、自分でもわかりました。


「ああ、可愛いより、綺麗なほうがいいのかな。きみがそうなりたいというなら、化粧や髪型やドレスで綺麗にもなれるよ。でも、きみは誰よりも可愛いから、ぼくはそのままが好きだけど」

「お願いですから、視力検査をしてください……」


 カスバート様はわたしの前でひざまずきます。


「リディア・ヴェーガモ嬢。昔も今も、あなたが好きです。ぼくと結婚してください」

「わ、わたし、こんな格好で――」

「きみはどんなきみでも可愛らしいよ。返事は?」


 ヴェーガモ伯爵家の生まれなのに地味です。田舎でジャムを作って暮らしたいです。自他ともに変わり者だと認めています。運命のお相手は間違いです。


 断る理由は、すべてカスバート様によって消えてしまいました。


「……よ、よろしく、お願いします……」


 そのとき、カスバート様は、わたしを初めて抱きしめたのです。

 それから少しだけ腕が緩んだので、顔を上げると、カスバート様がわたしをまっすぐに見ています。

 カスバート様の顔が傾き少しだけ目を細められたとき、わたしははっと思いだしました。


「あ、そうです、カスバート様! ハンカチをご用意したのです。待っていてくださいね」

「え、あ、ああ」


 わたしはカスバート様の腕からするっと抜け出し、自分の部屋に向かいました。


「――結婚式はなるべく早くしよう。ウェディングドレス――ああ、ドレスを着たリディアは可愛いだろうな。結婚許可証だけ取って、先に事実にしてしまおう、うん、それがいい」


 所在なさげな腕を動かしながら、カスバート様は何やらぶつぶつ言っています。

 なんだか切羽詰まった様子ですが、大丈夫でしょうか?


 カスバート様が可愛いと言ってくれるのであれば、そうなるように努力しましょう。カスバート様に相応しいと、誰からも認められるようにがんばりましょう。もう少し、常に身だしなみにも気をつけます。ビジュー姉様が詳しいので、今度教えてもらうのもいいかもしれません。


 もう、断れるわけがないんです。

 だって、わたしはカスバート様が好きだから。


 今はまず、ハンカチを持ってこなくては。


 わたしは泥のついたドレスを翻し、着替えもしようと決めました。

最終回となります。

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