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運命の相手はわたしではないと思うのですが、なぜ結婚へ向けて話が進んでいくのでしょうか!?  作者: ねむのき新月


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7/8

リー

 レスリーに会いにわざわざ来たのに、まさかいないとなったなら、意味がありません。

 先入観なしでまず会ってもらおうと考えて、連絡をしなかったんですが、予定の確認くらいはするべきでした。


「ああ、花壇のほうにいるんじゃないかな」

「よかった。じゃあ、そちらへ行ってみます」


 叔父様の返事にわたしはほっとして、カスバート様を連れて足を向けます。

 以前にも来たことがあるので、花壇の場所はわかります。

 邸内から出入りできる通路を作ってあって、すぐ横にあるんです。


 カスバート様は面白そうな顔をして、わたしの横を歩いています。


「これから、誰に会うことになるのかな?」

「えっと。会ってから紹介します」

「ふうん。で、この家には、特筆すべき花壇がある?」

「はい。パンジーをたくさん作っているはずです。品種改良をしていて、いくつか市場に出ていると聞いています」

「それは、すごいね」


 しかし、花壇と言っても畑のような大きさです。パンジーは少し名残があるようですが、もう花はほとんどありません。春によく見られる花ですからね。


 そうして、緑よりは茶色が広がる場所で、しゃがんで作業をしていた背中に、わたしは呼びかけます。


「レスリー!」


 声をかけると、立ち上がりながらこちらを向きました。なんだかしばらく見ない間に、ずいぶん、大きくなったような気がします。


「リディア!? うわ、びっくりした。来る予定だった? おれ、聞いてないな。元気そうだね」


 言いながら近寄ってくるレスリーは、すっかり大人の男性でした。背も伸びて肩幅も広く、髪は流行より短めにすっきりとしています。


「ちょっと驚かせたくて、突然来たの。あなたも元気そうね。ずいぶん、日に焼けたのではない?」

「そうかもね。屋外での作業が多いから。今年はいろんなパンジーができてね。種を取ったから、来年が楽しみなんだ。綺麗なものができたら、きみの家にも送ろうと思っていたところだよ」

「楽しみにしているわね」


 それから、レスリーもわたしの横の存在をちらちらと見ながら、口を開きます。


「ええっと、そちらは? シェトロン伯爵と婚約したって聞いたけど」

「ええ」


 わたしは息をひとつ吸って、カスバート様にレスリーを紹介しました。


「カスバート様。わたしより一歳年上の、従兄のレスリーです」

「はじめまして」


 言いながらカスバート様が差し出した手に、レスリーは土のついた手をためらいぎみに出しました。カスバート様は、レスリーとしっかり握手をしています。


「レスリー。カスバート様よ。あの――」


 すると、レスリーの目が懐かしそうに細められました。


「ああ。シェトロン伯爵って、カスバート様か。ははは、ご縁ですね。いえ、一度、子供のころに会っていますよ。伯爵」

「え?」


 カスバート様は驚きましたが、わたしも息を飲みました。

 レスリーが覚えていてくれればいいと思っていましたが、本当に覚えているようです。


「リディアの家のホームパーティで。おれはそのときドレスを着て、ご挨拶したんです」

「……………リー……?」

「そうです」


 金髪はダークブロンドに変わったものの、蜂蜜色の瞳は同じ。

 カスバート様の運命のお相手は、わたしではないんです。


 わたしはカスバート様に補足します。


「レスリーは、十二歳で寄宿学校に入るまで、ときどき、わたしの家で、一緒に家庭教師に学んでいました。彼は幼い頃は年齢のわりに小さいほうで、わたしと背格好が変わらなかったのです。それに、顔もよく似ていて、髪の色も、わたしは今より金色に近かったのです。双子のように見えると、よく言われました。面白がって、お互いに、リーと呼び合っていた時期もありました」

「ああ。そうそう。髪の長さも肩くらいにしてあって、入れ替わってもあんまり気付かれなかったんだよな。まあ、はじめて会う子とか、おれたちに興味なさそうな大人相手だったけど。あの日も、いやだっていうのに、リディアはおれにドレスを着せて、カスバート様に挨拶をさせたんだ」

「わたし、あのとき何を考えていたのかしら?」

「面白いって言ってた。気がつくかしらって。いつものように」

「まあ。覚えていないけど、わたしだったら言いそうね」


 覚えていないことが、そもそもの問題だったんです。


「ホクロのある、リーという女の子、金髪に蜂蜜色の目、そう記憶していたのですね。それで、似て非なる色には目をつむり、わたしだと勘違いなさったのだと思います」


 わたしが言うと、カスバート様は少し呆然とした様子でわたしを見ます。


 何も知らない叔父様がそこへやってきました。


「お茶の用意ができたよ。さあ、リディアのジャムもあるよ!」

「いただきましょう?」


 カスバート様の腕を取って、わたしは叔父様についていきました。


 それからカスバート様は口数もほとんどなく心ここにあらずで――当然ですね――、わたしは会話らしい会話もないまま、家まで送ってもらって、別れたのです。



 ◇ ◇ ◇



 純愛の君、運命のお相手は、男性でした。

 カスバート様には、前を向いて、新たなお相手を探していただき、お幸せになって欲しいです。


 さて。これで婚約解消ですね。

 そうなればスキャンダルには違いないですし、そんなわたしに良縁があるわけもなく――別に望んでもいません――社交シーズンをここで過ごす意味もありません。

 もう荷造りをしてしまいましょう。さっさと領地に帰るのが一番です。


 手始めに何から片付けましょうかと見まわすと、ライティングデスクの上に、小さな包みがありました。


「そうでした。ハンカチを」


 新しいハンカチを、カスバート様に渡し損ねてしまいました。

 白いハンカチに白い糸でちょっとだけイニシャルの刺繍などもしてみたんですが。


「……」


 見慣れた自分の部屋の景色が、突然少し滲みました。

 頬に手を滑らせると、指先が湿りました。


 ああ、涙が出るということは、わたしは悲しいんですね。

 あのひとに恋していたんですね。

 あんなに素敵な男性に、あんなふうに大切に扱われれば、仕方がないと思います。


「ふ…っぅ」


 わたしがもっと綺麗だったら、違ったんでしょうか。カスバート様の横に並んで、見劣りしないほどの容姿があれば。もっと自信をもって、相応しいと思える魅力があれば。


 わたしは必死に涙をぬぐいます。

 メイドに見られたら心配されるでしょうし、お母様に伝われば哀れまれるでしょう。


 ここ数週間はとても楽しかったので、十分です。

 わたしは最初の予定通り――少し早まりましたが、田舎でジャムを作って暮らします。

 わたしが譲ってもらう予定の家は、ハーフティンバーの可愛らしい小さな家です。家の中を整えているあいだに、きっと気持ちも落ち着くでしょう。


 それでも数日くらいは、ぼーっと過ごす時間は許されると思うんです。

 カスバート様の訪問がなくてもお手紙がなくても花が届かなくても、家族も使用人も誰も何も言いません。

 きっと、薄々わかっているに違いありません。


 わたしは最初から間違いだと言っていましたし、お父様のところには、解消のお話がじきに届くことでしょう。


 結婚の支度はすべて止めないと、職人やお店には迷惑をかけてしまいますね。買い取っても使い道がありませんし、止めるのが間に合わなかったものは、どこかに寄付でもしましょうか。


 かごを持ったまま、ラズベリーを摘むでもなく、しゃがんでぼうっとしていると、フィンにやんわり注意されました。


「お嬢様。そこでそうやっているだけなら、中に入ったほうがいいですよ。日に焼けますし、気もそぞろで摘むと手に傷が増えます」

「……ちゃんと摘みます。ジャムにします」


 フィンの態度は変わりなく、ここで先日、カスバート様とラズベリーを摘んだことが夢のようです。


 ああ、思い出してしまいました。これからラズベリーを摘むたびに思い出すんでしょうか。なるべく早く、良い思い出にしたいものです。


 わたしは立ち上がって、ふうと息をつきました。


「具合でも悪いんですか、お嬢様」

「いいえ、大丈夫です。ありがとう。でも、今日はやめにしますね」

「ええ、それがいいです」


 フィンはそう言って、わたしを見送ってくれました。


 自室に戻るや、お母様がにこやかに顔を出します。


「リディア。カスバート様がいらしているわ。応接室にいらっしゃい」

「え?」


 はっきりきっぱり断りを直接本人に言いたいということでしょうか。

 カスバート様は後腐れのないようにしたいのかもしれません。

 まあ、それも当然ですね。


「あなた、お相手できるわね? わたくしは邪魔でしょうし、色々決めなくてはいけないことがあるの。結婚式に招待する方のリストや、お食事のこととか、招待状の紙や紙質や色や、もう細々としたことがたくさん。あなたも呼びたいお友達がいるなら、リストにしてちょうだいね。他に希望があれば、なるべく早めに言ってちょうだい」

「え、お母様、あの」

「ああ、ベリー摘みをしていたの? そのドレス、さすがに着替えたほうがいいわ。とにかく、応接室へ行ってちょうだい」


 解消の連絡は今からなんでしょうか。

 お母様に準備を止めて欲しいとお願いしたいのですが、聞いてくれません。

 カスバート様にはっきりお断りしていただきましょう。


「お嬢様、お着替えを」


 お母様の言葉を聞いていたメイドが、すすっと寄ってきます。


 婚約解消のお話をするのに、このドレスではだめでしょうか。棘にひっかけて布がつっていたり、裾には土も少しついたりしています。

 今度、洗濯メイドにハンドクリームを贈りましょう。


「いいえ、このままでいいです」

「え、で、でも、お嬢様」


 わたしは変わり者のジャム作りの令嬢です。

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