やっぱり人違いです
お母様がデザイナーやお針子と忙しくしているのは知っていました。
わたしが止めても、止まってくれるつもりはないようです。
なぜ?
「ねえ、リディア。わたくしが決めてしまってもいいの? あなたの意見も聞きたいのだけど」
「お母様。カスバート様がお求めなのはわたしとは違う方です。その方が見つかったら、わたしとの縁はそれまでです。ドレスや準備は、たぶん無駄になると思うのですが」
「カスバート様はあなたで間違いないとおっしゃっているのだから、あなたなのでしょう」
「お母様……」
娘が間違いだと言っているのは、聞いていただけないんですか。
「カスバート様が嫌いだというのなら、無理は言わないわ、リディア。あちらがなんと言おうと、お断りしましょう」
「好き嫌いではなく」
「好きなの? 嫌いなの?」
「素敵な方だと思いますが、カスバート様は運命のお相手をお望みなんですよ?」
「だから。そのカスバート様が、あなただと言っているのだから、問題ないでしょう」
堂々めぐりに、わたしが肩を落とすと、お母様はぱんと両手を合わせて、ぱっと顔を輝かせます。
「あっ、そうよ。そうそう。ご両親といらしたことがあったわ。ええ、学校へ通われる前のお出かけだったはずよ。えっと、本邸の昼食会の時だったはずだわ。あなたはカスバート様に我が家の歴史をお話して」
「全然違います、お母様」
「……あら」
たったいま思いついたらしき雑な作り話にまったく悪びれることなく、お母様が続けます。
「でもね、リディア。あなたたちは正式に婚約をしているのよ? 結婚式の準備をするのは当然のことだわ。ドレスを作るのだって時間がかかるし、嫁入り道具の支度もあるし。まあ、ビジューのときにやったので、流れはわかってはいるのだけど。とにかく、まずウェディングドレス。それからアクセサリーも大事。もちろん、夜会用のドレスとか、普段使いのドレスとか、下着とか夜着とか、ああああ。急がなくては!」
ええ、急がなくては。間違いのまま結婚式になってしまいます。
カスバート様とご一緒するのは楽しいですが、本来のお相手はわたしではないのですから。
◇ ◇ ◇
カスバート様は庭のラズベリーを摘むということに、ひどく執着されていて、お母様とドレスの話をした翌日に、それを目的としてやってきました。
「うん、美味しい。こういうの、すごく久し振りだ」
次から次へと赤い実を口に放りこんで、カスバート様はご機嫌です。麗しの貴公子のイメージがまたもや少し崩れそうな気もしますが、可愛らしいです。
フィンもうれしそうにしています。
わたしもうれしい――ではなく、うれしいですが、カスバート様とラズベリーを摘んでいる場合ではないんですよ。
「カスバート様。わたしに、ひ、一目惚れをなさったというときのこと、もう少し、ヒントをください。ええっと。思い出したいのですが」
「そうだね。あれはぼくが十一歳のときだった」
いまから十一年前。わたしは七歳。それなら、もう少し記憶に残っていてもよさそうなものではないでしょうか。
やっぱり、人違いに違いないです。
こうなったら、リネット様たちにも協力を仰いだほうがいいでしょうか。わたしより確実に顔が広いでしょうし、特徴に合う令嬢を知っているかもしれません。
「両親が遠方の領地に行っていて、ぼくは祖母に預けられていた時期だった。友人の家でパーティがあるから行きましょうって、祖母に誘われたんだ。ぼくはあまり興味がなくて、どこへ行くのかとも聞かず、ただ一緒についていった。行くしかなかったからね。そこには三人の子供がいて、遊び相手にいいだろうって。祖母は祖母で、ぼくを楽しませたかったんだと思う。でも、パーティ中は知っての通り、大人たちは、大人のつき合いに忙しい」
そう。上流と言われる家では、子供は子供部屋に追いやられて静かに過ごすことを求められるものです。
無理な話だと思います。少なくとも我が家の兄弟及びいとこは無理でした。
「きみの姉上は、もう大人たちにまざっていて」
「そうですね、姉のビジューは、十五です。そのころから、家での行事には顔を出していましたから」
「うん。だから、ぼくは、きみと森を探検したんだよ。きみは前の日と一緒で、男の子の格好をして。でも雨が降ってなかなか帰れなくて、きみにそっくりな弟さんが大人を連れて探しに来たんだよ。その日は勉強するからって弟さんは一緒に行かなかったんだけど、それでかえって助かった」
わたしは首を傾げました。
「それは、おかしいです。わたしは、家族の誰にも似ていません。大叔母に似ています。それに十一年前でしたら、弟はまだ二歳です。探しに来られる年齢ではありません」
カスバート様は、困ったように眉を下げます。
「でも、リー。弟さんときみは似ていたし、一緒に森へ行ったのは、本当に、きみだったよ。間違いなく。ホクロの位置はちょっとあやふやだったけど、可愛いなって思ったのは、よく覚えている」
「……」
わたしと弟は似ていませんが、なんでしょう、引っかかるものがあります。
「この髪は、当時はもっと金色に近かっただろう? ぼくはこの柔らかな色が好きだよ。瞳は蜂蜜みたいな色だったような気がするけど、いまの色もとても可愛い」
カスバート様は、わたしの薄茶色の髪を指に巻き付け、そのまま口づけます。
正直、恥ずかしいです。
でも、それより、金髪に蜂蜜色の瞳――。
「ねえ、リー?」
わたしにそっくりな弟――。
弟――?
いいえ、そっくりと言われていたのは――。
……ああ、だからぴんと来なかったんですね。
カスバート様の記憶は間違いではありません。言い張るのも当然のことでしょう。
「わたし、幼い頃、たまに呼ばれていました、リー、と。自分でもそう名乗ることがありました」
「うん」
でもそれは、わたしだけではないんですよ。
「明日、お時間ありますか、カスバート様?」
「きみのためなら、いくらでも」
本当にこの方は、女性の扱いに慣れているというか、天性のものだとしたら、ある意味自業自得ですよ……。
「……では、少し離れた場所までお付き合いくださいませんか? わたしの叔父の邸までです」
「うん。何があるのかな?」
「そこへ行けば、きっとわかると思います」
「ふうん。謎かけめいているね。楽しみだ」
すっきりすると思います、きっと。
◇ ◇ ◇
以前、王都の周りには城壁があったそうです。
現在は、大通りとなっています。その大通りの内側を王都としています。
そのすぐ外側に、お父様の弟――ベヤード叔父様の邸がありました。
伯爵家の次男として生まれた叔父様には継ぐべき爵位がなく、大学卒業後、しばらくお父様の手伝いをした後、結婚したと聞いています。結婚相手――叔母様は、貿易商の娘さんです。商売上手のやり手だと聞いていますが、わたしにとっては明るく元気な優しい叔母様です。
数年前、叔父様がここに広大な土地を買ったのは、息子の研究のためです。
「ベヤード叔父様!」
歴史のある貴族の広大な邸には及びませんが、それに近い大きな邸を構えています。赤い煉瓦にいくつかの塔がある素敵なお邸です。
応接室で、叔父様と久し振りに再会しました。
「叔父様、突然、ごめんなさい」
「可愛い姪の訪問なら、いつでも大歓迎だ。うちには息子がひとりしかいないから。華やかさが足りない」
わたしにも華やかさは足りませんが、叔父様はいつも優しいです。
「今日は、叔母様は?」
「実家のほうへ行っているよ。ちょっと家を改装をするというので、その手伝いにね。おまえが来るとわかっていたら、予定を変えただろうに、残念だ」
「ごめんなさい、急用があったのです」
本来、どれほど突然でも、事前連絡をするものですが、今回はあえてしなかったという部分もあるんです。
叔父様、ごめんなさい。叔母様にも、改めてお詫びにうかがいます。
「うん。仕方がないな、ああ、リディア。大きくなって。婚約したのだったな。おめでとう。そして、こちらが」
先程から、お互いにちらちら気にしている方々が紹介しあいます。
「シェトロン伯爵カスバート・クインスです」
「ベヤード・ヴェーガモです。ようこそ。むさくるしいところまでお越しくださって。今日は天気がいいので、庭でお茶をしようと思っていたのですよ。用意をさせますので、ぜひご一緒に」
「ありがとうございます」
にこやかに挨拶が終わったあたりで、わたしは叔父様に尋ねます。
「ところで叔父様。レスリーはどこでしょう? いますよね?」




